古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2003年10月31日(金) 紋別高等養護学校

 一昨日、紋別高等養護学校にて芸術観賞会があって、そこで
演奏させていただいた時のことです。

 私本当に幸せだった。トランペットボランタリーを吹いてる時、
腕を歩くようにして前後にふりながら聞いてくれている学生がい
たんだよね。
 「デンマーク王子の行進」というタイトルもある通り、もとも
とは行進曲なわけだからそうきこえるのが普通なわけです。ピッ
コロトランペットで華麗なスタイルの曲だから、やっぱり軍艦マ
ーチとは路線が違うのだけれども、すごく嬉しかった。

 レジェンドを吹いている時は、ブレスの長いところを一緒に息
をすって、吸うところで一緒に吸ってくれた人がいた。こんなに
大切に共感してもらえる自分は幸せだと思いました。

 アルチュニアンは、アクセントの効果で変拍子みたいにきこえ
させるところがあるんだけど、そこでアクセントにあわせてユー
モラスに頭をカクカク横にふっていた人もいた。そうなんだよ、
そうきこえてほしくて私はふいていた。長い曲なのですが非常に
集中力が高かったです。

 「トランペットを、その形にしたのはどこの誰ですか?」とい
う質問があったので、自分の知っている限り説明しましたが、楽
器に興味をもってくれて本当にありがとう。うれしかった。

 福祉学科を経由して、一時は養護学校の教師になろうとしてい
た自分にとって、こういう形でのコミュニケーションは一つの夢
の形でもあります。

 井上陽水の「少年時代」、一緒に歌ってくださいねといったら、
みんな歌詞を暗記しているらしくてずっと歌ってました。
ありがとう。

 私だってずるいことを考えたことはもちろんありますけれど、
音楽にたいして、自分のなかに誠実さがまだ残っていることを認
めてくれたみなさんに、心から感謝します。
 吹く時にだけは、誰のことも騙したくないと思う。一番大切に
している気持ちを捧げることができて、それがわかってもらえた
なら、こんな幸せな仕事はないと思います。

 それにしても、純度の高い感受性はどうして、こんなに人に
やさしいのだろう。



2003年10月30日(木) ガリンコ号に感銘をうける、の巻

道東にいってまいりました。そしてさっきもどって
きたのですが、滞在中、あれこれありましたが
旧友(同門のラッパ吹きH氏。学生のころ、冷蔵庫に
うさぎをとじこめた男)との再会などもりだくさん
で、充実した滞在になりました。あいかわらずハンサム
&ナイスガイだったな〜。K君(北星学園大学
のラッパセクション=極道クラブ後輩にあたる)も
「あわてない、あきらめない」などの名言をおっしゃ
りつつ立派な先生になってました。ラッパもよかったよん。

ボランタリーにはじまってレジェンド、アルチュニアン
と前半のプログラムのあと、休日とポピュラーで後半を
演奏しました。また、アルチュニアンは「なんでこれ
をいれたんだ」と弱きになったけど、二日目リベンジ
達成した...と思う...
二日ともほぼ同じプログラム。もちろんくやしい部分は
あったけど、いい経験をさせてもらえたと思います。

滝之上では滝の上の若きラッパ吹きのみなさんとも
交流できたし、紋別ではほんとに幸せな経験をさせて
もらった。オホーツクの海の色、私はずっとみていたく
なった。海岸つれていってもらったんですけど、
なんかあのふか〜いいい意味で寂しい色の海が、
なぜだか私に勇気をくれたんだよ。癒された。感動した。
ガリンコ号(流氷をわって進む船)もはじめてみたんです
けども、なんか私あれみてすごい力強さを感じた。
人って自然にここまでたちむかっていくんだなって。

それで、単純なんだけど、
「ガリンコ号みたいなラッパを吹こう!」と思ったの。
ぶあつい氷をわってすすむんだよ。船の先端にはでっかい
ねじまきみたいなのがついてんのね。私あれをみて
「ラッパじゃん」と思った。この強引な発想の連結
ははたからみるとありえないものかもしれないんだけど
私には大切な感動だったのね。
一号、二号とありましたが、一号は暖房がはいらなかった
らしい。寒かったろうに...。耳ちぎれそうになるじゃん。
などと想像すると私の胸は感動とその生きるたくましさに
情熱を感じたわけです。たくましく生きていく、たちむか
っていくってすばらしい!!熱い!強い!かっこいい!!
ガリンコ号、あなたは『北の男』の誇りそのものだ。

がりがり氷をわってじりじりすすむのだっ。力強く、
ねばり強く、慎重に....

ほれたぜ乾杯。

ピアノの辻さんもハードスケジュールだったけれども
さすがプロ!すばらしかったです。

本公演を企画、協力してくださった滝之上と紋別の
みなさん、本当にありがとうございました。
おみやげもたくさんありがとう。だいすきだ。




2003年10月28日(火) 真夜中の日記(笑)

さてあれから、諸事情によりあれこれ楽譜なんかを
さがして、コピーしてつくったりして、もう一度
コピーしにいこうと思ったらコンビニしまってた
りして今ちょっとおやすみ中。急な曲ができたので
今日ははやく眠れないんでした。コンをつめて
息がつまってきたので気分てんかんに日記です。

真夜中の友といえばやはり音楽。
わたくし気落ちしそうになるとヤイコかバンプを
きく習慣がついてしばらく立ちます。
♪単純に、気高き夢の為、ああ愛する人の為に
 できないことなんて ひとつでもあるか♪
純情一途な歌ってやっぱりいいねえ。
なんかこういうの聞いてるだけで恋愛気分だよ♪
(そんなこといってる場合じゃないんだが)
というか恋愛気分にパワーをかりて一生懸命なにか
するって感じかなあ。

さっきまではアンドレアンリのブラント(秋冬の定番)
とレジェンドかけておりました。やるきでるう〜。
でもそれでいきおいついてまねして吹いてみるつもり
になったりして...やはり夜中の練習はテンションが
さきばしり客観性にかける。でもまあたまにはいいか。
アンドレいいなあ〜〜。なんていうかほんとに「自由
平等、博愛」って感じがするよ。フランス的な謙虚さ
とでもいうのか、音楽に対する敬意が感じられるのって
すごいと思う。あれだけ吹けちゃうと逆に自分の音楽を
「だしてる」感じになってもしかたないのにやっぱり
一流は違うなあ。

今かかってるのはヤイコです。
♪さあ今度は誰の胸で眠ろうって言えるなら
 どんなにか楽だろう
 愛してみてよ 傷跡を残してよ♪
ってのをきいてたら、犀星の詩を思い出したよ。
「あきらめのない心よ ながくとどまれ」。

諦められないことを苦しむのではなく、諦めてしまう
ことが悲しいって感じるのって素敵だね。(犀星のこの
詩は自分に子供がいないことをあきらめられないって
話しなんだけど)

ヤイコはギターをかかえた私のマドンナみたいなもの。
『手に入れた糸に溺れてしまうまえに
GO!LOOK BACK AGAIN この胸につたう涙を歌う』

若いのに、なんでそんなにおねーさんなの??と感じる
と同時に強さがどうしようもなく、はかなく映る。
涙を歌う...かっちょいいです!!やってみせたい。
恥ずかしがらずに。きっとそれができると、色気でる
と思うんだよね。

そういえば、ひとりで飲むとか、ひとりで旅行するとか、
ひとりで映画いくとか、そういう話をしてる誰かに
「それって寂しくない??」って平気でいう人多いよね。

そういわれると一人でなにかしたときの話がしにくく
ならないかな〜。という気づかいはもてないものなのか?

なんでかなあ。私そういう場面にいると「失礼なことを
平気でいうもんだなあ」と思いつつつい何もいえないで
いる。ていうか、「それって寂しくない??」って言葉
が自分が思ってるのと違う場所でつかわれることの方が
ずっと多いんだな。どう感じるのも人それぞれ。

でも、わたしはひとりで行動できる人って好きだな。
私も「それって寂しくない??」っておもっちゃうとき
もあるけど、口にだしちゃいけないと思った。だって
どういうときに寂しいかなんてその人の勝手だもんね。
「それって寂しくない??」っていうのは、「それって
あなたかわいそうにみえるんだよね」「それって
あなたが哀れに思えます」ってちょっとだけばかにして
優位にたってるんじゃないかなあ。んで、「自分なら
そんな寂しいことはしない」つまり「自分はあなたより
幸福である」といってるんじゃないのか〜。無意識の
「幸福エリート」意識ってあまり品よくうつらない。

と、思ったんです。ですから私も今後発言に気をつけ
ようと、秋の夜中にばてるまで吹いて、目がちかちか
するほど楽譜かいて今そう思ってるところです。

まあ、さみしそう、かわいそう、と思う時に、同時に
その人のなにかを了解してゆるせることもあるんだけど。

しかし、「君がさみしそうで...」みたいな言葉は
たまにくどき文句であることがあるらしい。知らなかった!!
非常にわかりにくいぞ。いわゆる「影がある」ってこと?
だったらそういってほしい。私「影がある」って言われる
のに憧れてますが、いわれたことありません。

たとえば、毎日チョコレートくれるとか(好物だから...
ってかそんな人がいたら、変だっての...)
もっとわかりやすく好意をしめしてくださらないと(笑)
ゆがんでる私は「さみしくないんですよね、あいにく」
っていいかえして恋のチャンスを台なしにするんであり
ますよ(爆笑)。だって口寂しいから、肌寒いから、
そんな理由では私のラブはうまれてこないたちなのね。

私のラブ、とかいってるってことはもうかなりきちゃってる
ので、もう書くのやめよっと。すみませんでした。

さってほどよく時間がたちましたので作業にもどり
ます。おやすみなさいませ。









2003年10月27日(月) う〜

う〜といっても、BOAの歌じゃないよ!
(おもしろくない...かも...ていうか通じない...)

ちょっと困ったことになりましたの。
ん〜でもこれまでの、近年の災難の歴史にくらべて
しまえば別にどうってこもないんですの。
ていうかたぶん大丈夫。

というわけで話は日記から雑談へ移行します。
最近、「年をとりたくない」男の子が多いみたい。
この一月、女の子より男の子の方がそういう弱音
をはいてる現場に遭遇することが多かったかも...。
昔はやってた「ピーターパン症候群」とかってのとは
少しちがうかも。あくまでも外見がおじさんになる
と自分はおわりだって言う悲観的な感じ方。

かわいそうに...。容姿とか年令で、なにかラッキー
にさずかれるってことは若い女子の特権だとばかり
思ってたけど、つまりは男子も「中身より外のきれい
さ、フレッシュさ」で世間に「値踏み」されてる気分に
なってるってことですね。かわいそ〜。そんなこと
を気にするのはジャニーズぐらいかと思ってたけど
一般人も、気にするんですね(笑)。意外。
かわいそ〜だけど、ねーさんは助けてやれないよん。
すまんのう。

なるべく長い間、甘えのきく立場でいたいってのは
わからなくもないし、人は何歳になってもほんとは
子供なんだと思う。
でもね、なりたくないってのはわかるけど、心の中で
おじさんのことをばかにしてるからなりたくないって
思うんじゃないのかってちょっと思ったりもした。

...人は、正常に成長するために、「年上の同性」を
必要とするんだそうです。異性ではできないことが
あるんだそうです。昔はそれが、近所のおじさんで
あり、おじいさんであり、自分の父親だったけれども
近現代はそのかかわりが薄いので、男子は健全な
「成人モデル」がイメージしにくいのだそうだよ。
そのまま大人になると、モデルイメ−ジとその実現
のしかたが見えないから、家族とうまくいかなかった
り、逃げ出したり子供に暴力ふるったりすることが
おきることがある。もちろん異性である女性とも
コミュニケーションできないそうです。ん〜。

女子はどうかというと、女子どうしのかかわりは
以外といろんな場所でなされるので、成人モデルは
イメージしやすいらしい。「おせっかいなおばさん」
も案外女子にとっては精神的に成長するときに
すごくいい存在になるんだそうですよ。でも、
おせっかいなおじさんってあんまり想像つかないもん
ね。

ふうん、、って感じる程度ですけど、人生ながいから
そのうち落ち込むのにも飽きるときがくるよ。
ってなくらいにしか言葉はうかばない。

さってとりもなおさず練習して荷造りする時間になり
ましたので、みなさんごきげんよう。
風邪にはきをつけよう。









2003年10月26日(日) 涙のエース、小さな巨人

栗原恵さんをテレビで拝見しました。
ワールドカップ女子バレーの季節です。

高校時代『涙のエース』とよばれていたときの映像と、
今日「くやしがるところまで自分がいってない」と
くやし涙をながしている姿(もらいなきした)と、
やはり彼女の笑顔!めっちゃかわいいんだよ〜〜。
みていて気持ちよくなるほどやわらかい動きをキレ−
に決まるアタック。
すばらしい!愛しちゃったぞ!!

『小さな巨人』とよばれてる159センチのセッター
もかっこよすぎるぞ!キャプテンが34歳なのも
しびれた〜。スポーツあんまりわかんないけど個人的
にはサッカーよりも女子バレー。
小さな巨人とはよく表現されたものですね。
私も、なみいるトランペット奏者たちの背のタカさ、
体格のよさをみるだけで、正直いって自分はこの程度が
限界だろうと思ったことは数え切れませんが、身長が
高いのがかなり有利で、ある意味決め手にもなってる
バレーの世界のしかもワールドカップであんな選手が
日本代表として戦ってくれる。もう、あのジャンプ
してる小さな体をみただけで感動して涙がとまらなか
った。
絶対応援します!!

頑張れ日本。



2003年10月22日(水) 私服

今日なんと、また「わくらさん」に御会いした。
また髪型変えてたわ♪いつも、モノトーンか、ベージュ
なんだけど、今日はピンクのシャツにストライプのスカート
でしたよお。お仕事はなれた私服に近い感じっていうのか
しらね。
あと、けっこう肩幅ひろいなと思ってたけど、それは
顔が小さいだけなんですの。極端に小さいのですよ。
そしてウエストがほそいので肩幅ひろくみえるんですの。
ヒロ末みたいな感じよね。最初、けっこう肩はってるな〜
と思ったけど、顔が小さいから肩が広くみえるのね。
ということは肩を広く見せれば顔が小さくみえる...。と
いうわけですが、ナデ肩の私はそんな工夫をしたらただ
ガタイがよくみえるだけなんですな。基本的に健康体と
いえばきこえはいいけどきゃしゃにできてないのです。
うまくいかないものなんですな〜。

やはりわくらさんは「きゃはっ」と(そうきこえる)
笑ってホソ−イ指を全開パーにしてお手てふってきました
の。ああ、その無邪気さは罪作りだ...。わたくし、
ちょっと手をうえにあげて少し笑うンで精一杯でした。
可愛すぎて目があわせられないの。あと、無理して
話すとやけに早口になったり声がかん高くはずれたり
してしまいます。これって、恋...(またそれか!?)
本命どまんなか!?しかも絶対みのらないのに好き
ってことは、ある意味純愛...でも、
『純愛はかならずやぶれる』
とどっかの哲学者がゆってたような気が(沈黙)。

♪みつめあーうと、素直に、おしゃ〜べり、
 でき〜なーい〜(BYツナミ)♪ってこのことだ。

でも、いい...顔みれたから今日はいい日だった。
というか、意味もなく自分がまたもやグレートな気が
してたもん。
知恵と勇気がわいてくるような錯覚をおぼえた。
でも、今日は「バンコク」と「名古屋」でのお仕事
決まったの♪わ〜い。部屋に帰ってきたら11ジだったけど
レジェンドはりきってさらっちゃったもん。でもやたら
わくわくしてて曲の哀愁とストイックな雰囲気が妙に
軽くなってしまううえ、それを解消しようと音をやけ
に残し過ぎてみたり、一見絶好調だけどただアバウト
なだけになったりで音楽的にはレベルが低い練習に
なってしまったっす。音色的にはそれほどむらはない
傾向になっているので、安定しるはずなんですが。
この秋のレジェンドを、わくらさんにささげる。
とか思ってたんですけど...たぶん、
一度もきいてもらえない私ってかわいそうかも(笑)。

本来、ほぼ14日以上にわたる勤続のくりかえしで
疲れ切っているはずの私でしたが、帰り道は上機嫌で
「もろびとこぞりて」とか鼻歌うたってました。

クワタケースケは、こうもいっていた。
♪言葉につまるようじゃ、恋はおわりね♪...。
自分が自分の気持ちを話すのが苦手であると思う
人は昨今少なくありません。でも、そりゃ何も
伝わってないことも誤解されることも、ありますけど
たぶん、わかってくれる人もいるはずです。
だから言葉につまってはじまる恋もあってよいのでは
ないかと、秋の夜長にぼんやり楽観的になってる
私でした。

あと、このまえJRの移動で雑誌かいましたら、
エマニュエルべアールのインタビューがのってましたの。
それをふんふん読んでたらね。
「鏡のなかに自分はいません。愛する人の瞳のなか
 だけに本当の自分が映るんです。ですから、
 長時間鏡のまえにいることはありません」
「自分の容姿のための恋愛ではないけれど、それが
 おとろえるような恋は必要無い」
などとなかなかさっぱりとかっこよかったなあ。
さっそく得意の受け売りで、『だめんず』の王道を
いくような彼氏とつきあってぼろくなってる(といって
もきれいではあるが、本来の実力を発揮できてない)
お友達におくりました。
でもその雑誌をJRに忘れてきたんだけどね、ははは〜。

だけど、この「必要」って言葉はもろはの剣。
だって、必要っていうことは、水、空気、食べ物など
と一緒なくらいのものだということである。人は、
「必要なもの」だけあればいいか、といわれると
それだけでは豊かであるとはいえない。
いかにも不必要なものは捨てないと、私のように
部屋がかたつかなくなるんだけど、必要無いから
って乱暴にすてる必要もないわけです。
「それほど好きじゃないけどとっておきたい」
ことを旧カタカナで「キイプ」とよぶ、最近では
リザべ−ション(嘘だよん)。
あちこちのお店にボトル−キープして、しばらく
いかないで忘れられるとお店がわがかってに処分
しちゃうことあるらしいから、あと、ウサギは
さみしいと死にますから(笑)、やはり心をこめて
かかわれる範囲でたくさんの人といい交流をしたい
ものですね。







2003年10月21日(火) 同時にすべては愛せない&やっぱり若いほうが、の巻

トップページが落ち続けているらしいです。管理人さんにも
お伝えしたのですがどうにもならない様子...。困ったなあ。

風邪はだいぶなおりましたが、全快とはいきませんね。

日記をかかないでいると、落ち込んでいるか死んでるかだと
思われやすいらしいので言い訳しますが、忙しくてそれどこ
ろではなかったのです。

あちこちいってきて、楽器もきたえられてきてますが、ピストン
ばっかり吹いているのでロータリーがほったらかしに。かわい
そうに...。
同時にすべての楽器を愛することはできないのだ。
と同時に、ひとつを深くすると他の楽器にもいい影響がある。
はずである(笑)が、やっぱし吹いてないとだめだってば...。
だからなんなのって思うでしょうけど、楽器が自分のもので
よかった。これが人間だったら、ロータリーは
「ウサギはね、さみしいと死んじゃうんだよ(BY『星の金貨』)」
ってなことになります。出張のときもってけないヤマハも、
「あんなに好きだっていったくせに、つきあいはじめたら
ほったらかしなのね!」って私はなじられるでしょうね。
あるいはさめざめと陰気になかれたりして、しまいには
自分がわるいくせに「仕事でしょうがねえんだよ」とかいって
もっとほったらかしにしてしまうかも。よかった、楽器に
口がついてなくて...。
でも、「無言の抵抗」はあるけどね!それがいちばんこわ
かったりしてっ。わはは!!

楽器とは関係ありませんが、このまえ、仕事のかえりの
飲み会で、同じとしの男子と、20歳の男女が
複数いたのですよ。そこで、私が「20サイだって!!
かわいいよね〜」って同じとしの男子に話しをしたら、
「亜紀ちゃんも、やっぱり若い方が好きなんだね」って
いうわけです。

「は??だってかわいいじゃん、それって普通じゃないの」
(実際めんこいコぞろいであった)というと、
「20歳なんて、かわいくないよ。立派な大人だよ」
「そりゃ、大人だけど、一緒にしたらかわいそうじゃん。
 ていうかかわいいよやっぱり」
「いや、そりゃ、男だって若い方がいいよね」だって!
私はめちゃくちゃウケまくりました。
「え、そりゃかわいいけど、そのほうがいいということに
 はならないんじゃない。あなたも若いじゃないですか」
「若くないよ、全然若くないもん俺...」
「若いって!激若い!!チョ〜若いじゃん!!全部が
 これからじゃん。男性の30代からはすごく魅力
 あるよ。ふけてないし、実力あるし、気楽だし....」
「全部、なぐさめだよね。亜紀ちゃんも、若い方がすき
 なんだね。そりゃそうだよね...まあ当然だよね」
などと、まったく救出不可能の域にはまりこまれて、
こまったよ。ていうかなんでそうなるのかわからない。
なんなんだいったい。もっと自信もちなさいよ。
若いのもかわいいけど、若くないのもかわいいと思うよ、
個人的には。ていうか、年令は相対的なものでしかないと
思うのだ。20歳のこだって、小学生のまえでは超大人
だよ。しかしです、
男子でもそういう風にいじける時ってあるのねえ。
びっくりしましたよ。

あと、男子についてひとつ発見した。それは、かなった
恋の相手より、かなわなかった恋の相手をいつまでも
美化するということだ。そのくせ、自分がふると、さっぱ
りしていられることが多いけど、ふられると、痛手に
なってる模様。あたりまえといっちゃあたりまえかもし
れないけど、女子よりもその「過去の恋人」に対する
印象とか心の中での位置に落差がはげしいのよね。
そんなに未練あるならまたトライしてみりゃいいじゃん
って私は思いますけど、それはしたくなかったりできな
かったりして、つくづく「片思い」に必要な耐久力とか
持久力とか、挫折にたえるとかができないんだな〜と
思った。というかプライド高いよねえ。わかるけど、
わからない。というか、自分もそうだったかもしれない
けど、今はそうじゃない、とでもいうべきなのか...
そのくせに、極端にたとえると、ふられ続ける女子より
ふり続ける女子を自然と追いかけてしまう男子のサガ...
それはきっと「ふる」ことがステイタスだから自然と
それを実現する生命体に引き寄せられるのでしょう。
ふるとか、ふられるとかは、私は何の魅力の尺度にも
ならないと思うので、過去がどうだったからって、
その男子に対する印象はかわりませんけどね。

というか、どれだけ隠しても未練はばれる!

のですから、忘れられないならずっと好きでいれば
いいじゃないですか。心の中に、不完全燃焼なうえ
美化された女子がいると、女子はかならず気がつき
ますよお。すると、次の恋も自然とうまくいきません
から、気をつけようね。

あと、別に数百症例とかじゃないけど、はげしくふられ
たあとの男子はその直後の女子をふる確率が高いように
思う今日この頃。うさばらしなのか、なにかわかりませ
んけど、男子ってほんとデリケートね。
若いってかわいいし、人はいつだってかわいいと思う
から年令はどうでもいいですけど、「不完全グセ」は
若さゆえのイージーな誤ちなのか、逆に姿が若くても
心は悪い意味で老人なのかはわかりませんね。
完全燃焼って、ただテンション高いとか、激情に身を
まかせるとかじゃないと思うけど、苦手な状態にはまり
こんでその後のさわやかさみたいなものを味わうのも
悪くないと思うのですよ。どんなに年をとっていても
このさわやかさがある男性は私にとって魅力的だし、
どんなに若くてもこれこそ本物、と今の恋を大切に
している男性は十分大人にみえますよ。

というか、話しはもとにもどるけど、年なんて気に
しなくていいのになあ〜って思ったってことです。
秋も深まってきまして、生物学的に(といっても
ほんとかどうかわかりませんが)人は恋におちやすい
らしいです。
命みじかし、恋せよ乙女...ってのもありですけど、
あわててみつける必要もないし、本当にであった人
ならば別れないし、ふりもふられもしないんじゃない
かと思うんです。人生意外とながいから、簡単に
さみしがらずに楽しくすごしましょうね。
そしてみなさん、風邪には気をつけてくださいませ。
おやすみなさい。











2003年10月16日(木) とうとう

本日無事に風邪ひきました!!
アルチュニアンフキ終わったとたんにゴミにもどってる
気分。。しかし今日も明日もその後も仕事だあ〜。
がんばるのだ!ていうか、がんばるんじゃんくて
ねばるのだっ。

昨日の発見。「ねらわない矢はうつな」ということば
(3年くらいまえに『マイブーム』だった言葉)
が復活しましたね。あてずっぽうではなく、もっと
いろんな意味で的確に!適切に!したたかにっ!!

で、こんな時に風邪ひいてる場合じゃないですってば。
自分は非常に元気いっぱいな気分なんですけど、どう
みてもこれって風邪ひきです。はやくなおそうっと。



2003年10月15日(水) 第4回

今日は、応援する会のみなさんの主催によるコンサートが
ありました。はやくも4回目です。
みなさんのあたたかいお力添えあって、この会をつづける
ことができたことに心から感謝申し上げます。

私、「アルチュニアン」ノーカットで吹きました。
その後もいろいろ吹きましたけれども、ピアノの辻さんの
こころ強い的確なサポートもあってのりこえました。

そして、打ち上げのパーティでワインのんだら少量で
あっと言うまに酔っぱらいまして、、今帰宅しましたが
頭痛いです(笑)!!

実は、昨日アルチュニアン吹くのがこわくて、なんでこんな
のわざわざ選んじゃったんだろうと遅まきに後悔したぐらい
にしてましたが、勇気ださないとしぼんじゃうからね。
これからも忙しい日が続きますがはりきって「男前」に
なりすぎず、かといって一般的に「女性らしい演奏」とされがち
な『叙情性』にもたよりすぎず、なにがあってもくじけず、
素直で明るくて、深い演奏をめざしてがんばりたいと思います。

そういうわけでようやくたまっていたメールの返信もやっと
なんとかだしきったところで(苦笑。すみませんでした)
今日は眠らせていただきます。みなさん、あったかくして
おやすみくださいませ。ではまた。



2003年10月13日(月) 連休いかがおすごし?

こんばんわ〜。みなさん、連休はいかがお過ごし
でしたか?紅葉をみにいった人、食べものツアー
してた人など過ごしかたはそれぞれなんでしょう
ね。

私は。ピークをこえて今日からまた元気!
昨日は正直いってどうなるかと思いました。
頭いたいし、眠いし、ころぶし、忘れ物するし。

でもね。
いーよね、がんばると体力ついてくるもん。つく
までがきついのだが。そして、今日はメールが
36通ついていた。まだ全部は読めておりませんの。
返信も必死で書いておりますの。でもまだおわり
ませんの...。私間に合っておりません。すみません。
書いたにしても無愛想と言うか、そっけないもの
ばかりで申し訳ない。
楽器はけっこうほどよく集中している気がするけど
最近『読み書きそろばん』ができないのでした(笑)。

さっき帰り道「オシャレビル」(なんだろうそれは)
を通ってきたらひさしぶりにおしゃれな人々が大量に
いきかう姿にふれた。なんか新鮮。



2003年10月10日(金) ただいま...

ひさしぶりの我がやです、、大変でした、ずっと、
何もかも。。

しかし明日からもまた仕事が続きます。
泣いちゃだめ!!笑顔をわすれるな〜!!

別に嫌なことをしてるわけじゃないけど、正直いって
休みがほしくなってきました...。23日まで休みなし。
この不景気に安みたいだなんて贅沢だ!!
ゼ−タクは敵だ!!
今日も帰り道何人か知り合いに偶然会いましたが
視野がせまくなってるため、すごくそばにきて挨拶
されるまで気がつきませんでした。

気づくと今日の日記「!!」ばっかり。芸がないですわ。
すみません。



2003年10月05日(日) おめでとう!

今日、とてもいいおしらせがあった。ラッパ仲間が
とある難関の第一次試験に通ったらしい!!
すごいですよ。タイミング的には、十分にととのえ
られない時期の試験だったはずなのに、まったく
よく通った!!そのまんまの勢いでN☆にでもはいって
ください。しかも若いしなあ。いいよなあ、若いという
のは。がんばってください。
最後の試験もきっと大丈夫だ。君には成功が似合うから。
ねーさんは、地元から応援してますからね♪

ん〜いいお知らせもらって晴れやかな気分をおすそわけ
していただいた。

でも、はっきしいって私疲れてます。無理矢理日帰り
してきたのが、間違いだった。。
しかし、ここで、日々をごり押しすると長続きしない
し。かといってさらっと流すほど器用でもないしな〜。

がんばるんじゃなくて、もっと楽にとか、
熱く、じゃなくてあたたかく、とか
正しく、じゃなくてゆるすとか、そういうのがなかなか
何につけても身につかないなあ。
普段いいかげんなのに、こう、肝心な時に、「遊び」
の感覚にかけている。ただのかたくななストイックなも
のじゃなくてもっと豊かな、落ち着いた広がりのような
音楽を...。

実際のところは「あれ、こうなるつもりではなかったが...」
っていうのがほとんどの毎日、
それが意外にひどいこともあれば予想外にラッキーなこと
もある。でもそれって不安定だよね。
なんか、もちろん年相応のパワーは失わずに、(だって
老成するような年令じゃないからね)年相応の経験とか
知性、判断力、気品、懐のふかさなどをそろそろ
あってもいいはずなんだけど...。

強く、じゃなくてもっとやわらかく。
がんばるんじゃなくて、少し辛抱してみる。
我慢するんじゃなくて、タイミングを待つ。
それが自然にできたらいいなと思う。

今日の打ち上げの時に、声楽の女性に、
「変なふきかたしたらしくて、体があちこち痛い」といったら
その人は、
「変な歌いかたしたらしくて、心がぼろぼろなのよ」といった。

かっこいい...。



 



2003年10月04日(土) 偶然といえば...

偶然といえば、偶然なんですが、昨日私は朝からバンまで
偶然続きでした。そのうちひとつ、撃沈談をします。

打ち合わせがあって、とあるところで待ち合わせをしており
ましたら、春ごろ仕事で一緒になった営業新人君が歩いて
きたのだ!おねえさんがたは押尾学に似ているといってまし
たが、私は伊原剛志に似ていると思った...

しかもむこうが先に気がついてくれたのだ!ものすごく
簡単に「やっぱりかっこいいわ〜」と思っていましたが、
「古畑さん、あの時きてくれなかったじゃないですか」
とかいう。

私は、ありえないんですけど、自分は彼との待ち合わせを
忘れたのかと思いましたよ(爆笑)。そんなはずがないん
ですけど...。

なんのことだかわからなかったので、たずねると、なんでも、
彼は、あるスポーツで全国大会にいったそうです。それで、その
話しをきいた私は、「東京?楽勝!応援にいくからね〜」
って言ったんだって(なぜ忘れてるんだ!!ていうか、
どうして東京が楽勝なんだよ!)それでも
少し思い出してきた気がしたので、
「あ、バトミントンだっけ。」
「ちがいます」
「サッカー!?得意そうだよね」というと、
「テニスですよ。」

ううう〜。せっかく奇跡の再会だと思ったのに記憶違い
もはなはだしい。ていうか正直いってそういう会話は
覚えてない(かっこいいのは覚えてたんだけど、ははは〜)。
しかも、「じゃあテニススクールいこうかな〜」みたい
なまたまた調子のいいことも私は言ってたらしい。
あきれはてるいいかげんさだよ、まったく。
「だって、いつなのかどこなのかもわかんなかったし、
応援いけなかったんだもん」といらぬ言い訳をすると、
「忙しいんですね。ここ、彼氏くるんすか〜」
とややめんどくさそう(愛がない)にきいてくださったので、
「いえ、あの、仕事の打ち合わせで...」というと、
「忙しいんですね(2回目)。いいな〜売れっ子は
いつも忙しくて(いやみっぽい)。僕、会社にもどるんで。
じゃあまたっす」
といって立ち去っていった。。。

私は、別につきあってもいないのにふられたような気分
になり、背のほどよく高い彼の後ろ姿をみながら
「ま、またっていつ?私達、もうだめなの??」みたいな(笑)
プチ失恋をしたのだった。うう〜ここでテニスを地道にあの
ときすぐにはじめていれば、こんなことにはならなかった
はずだあ(はたしてそうか?)。また撃沈だっ。

しかし、その後も、「偶然」は続いて、おどろきにあふれた
一日でありました。家にかえってきてから、なにかこう
まとまらない気分になったので、変ながんばりすぎで、腹筋
いたいのに又楽器ふいてみたりして(笑)。
そして、「これは成長痛」なんだといいきかせて牛乳のんで
ねましたね。はあ〜。札幌ってせまいなあ。



2003年10月03日(金) もっとやさしく...

このところ出張が多かったので、あれほど執拗に訴えて
手にいれたヤマハは手荷物の限界のため「御留守番」役
になってました。今日はひさびさたっぷり吹いたんです。
ヤマハは仕事ではつかってません。
あくまでもおうち用。

よかった、ヤマハが楽器にうまれてきてくれて。これが
人間だったら結構こまったことになる。なにか理由が
あって、公表できないけど、自分にとっては必要な愛人
みたいな。これが人間だったらいつかは破綻するけど、
楽器はいいよね。ずっと一緒にいられるもん。
トランペットは永遠の恋人です。たまにこっぴどく
裏切られるのは並の恋人よりよっぽど冷たいんですけど
ね(笑)。でもそこがかわいいんだな。

しかし、なぜにヤマハにまったく興味のなかった私が、
一時の興奮状態にとどまらずいまだにこだわって、愛が
深まっているのか、というと....。

それは、まるで意のままにあやつられているかのような
顔をしながら、私のオーバーヒートをそっとたしなめて
くれるからなんだ、と今日わかりました。
操作が楽。つまりほうっておいてもいつでも吹きやすい、
みたいに勘違いしてるけど、一見主体性と個性がない
ようにみえてまめにさわってないとなんのひらめきも
わいてこないものになる。
つまり、まめに接触してないといけないと思わされる
のですね。そうじゃないと通り一遍の音しかでない。
それでも嫌われるようなアクはないんだけど、「あなた
次第よ」みたいなそっけなさがまたいいのね〜。
ヤマハ、ちょっとそっけないのね。

で、今日、右手のセットの仕方について、ちいさな発見
をしたんですよ。これ、結構だいじかも。
今までのは、遠達性とか、意志的な表現をする決め所
なんかにはむいているけど、それ以外ではコントロール
性にかけている。でも今日ひらめいたのは、クリアな
ものもうしなわず、なおかつ柔軟性というか、重心が
不安定にもならないでふける。
しかし、慣れていないので、息のスピードは若干はやめ
に設定してないとハリというか生命力のない暗い音色
になります。ここで、ぼんやり、安心して「暗め安定」
におちいると、気づいた時には悪い意味で老けた音に
なるのだっ!!
ヤマハの感覚のままでバックをふくといい音がする、
というのは、ヤマハをもっているときに、自然と
右手がそういうセットになっているからだということ
がわかった。ヤマハの方が若干コンパクトなのです。

とはいえ、まだ実験段階なので、決めつけず、力まず
さぼらず研究してみます。
もっと強く...ではなく、もっとやさしく。
もっと大きく、でもなく、もっと小さく....。







2003年10月02日(木) ゆでたまご

昨日は寝不足だった。。機嫌よく、さわやかな私にもどる
ために、「好きなもの」を自分でつくってたべることにし
ました。それはゆでたまご!!受験勉強には、ゆでたまご
だよ。
うまくできたもん。つくったうちに、はいらないかなあ?

でもほんとは焼肉たべたかったんです...(笑)。

しかし、ここしばらく徹夜(にちかいもの)なんてして
いなかったから、ただ寝ていないというだけでこんなに
自分がぼろくなるとは、覚えていなかったというか、
睡眠って大切ですね。いいかげん夜更かししちゃうと
今度は明るくなってきて眠りにくくなったりして。

全然関係ないけど、私身長がのびたんですよ!1センチちょっ
と。だから今は、161センチちょっとです。まえは、朝に
はかっても160センチだったのにね。わーい。...しかし、
なんでいまさら背がのびる。。もっといっぱい食べたら、もっ
と背高くなるのかなあ。







2003年10月01日(水) 眠い〜

昨日日記をかいて寝ようとおもってしばらくたった頃、
電話がきたのだ。ねぼけてた勢いで、よくわかんないで
とったんだけど、結局話すことになってずっと話して
いたら、、、
寝損なった。でも、その内容について、天使のような
私にしてはめずらしく(笑)毒があっておもしろかった
ので発表します。けっこうむごい会話なので、読みたく
ない人は読むのをやめてください。

その人はね、「最後に傷つくのは女だよな」とかいって
しんみりしてるのね。
そうじゃなくて、その人がそういう男だってただそれだけ
のことなのに、女におしつけんなよと思った。良く眠れ
ていないので、朝になった今も若干いらついております。
で、私は、ねぼけてるわりにさえていたのか、『韻』をふ
んでやりたくなり、
「はあ。先に気がつくのも女だよ、わはは」
と場違いにおお受けしてました。無神経!?

「別れ話しをしたら、彼女が泣いていた」んだって。
それで、自分が勝手に別の人とつきあうことにした
くせに自己嫌悪みたいな気分になったらしい。
裏切った人間は自分をいいやつにしちゃだめだよ、
ねえ。男女とわず。
「女の人は、ストレスをうけると脳が涙をだせっていう
信号をだすんだってあるある大辞典でいってたよ〜。
で、泣くとストレスが発散されて楽になるんだって。
泣いてたからってあなたに未練があるとは限らないの。
単に、話すことがストレスだったんじゃないの」
と、「女の涙」に都合のいい夢をみているその人に
ひどいことをいった。自分が愛していないのに、それ
でも自分がまだ愛されていると思うのはやらしいだろ
うよ。私、やさしくないのね...。昼間は天使なのに、
眠いとひどいこと言い出すのね。「真夜中は別の顔」
ってやつかしら。イメージ悪いわね。

女が、別れぎわにみせる好意ってのはさ、お餞別みた
いなものなんだよ。何もさしあげないで、おわかれ
するのは「心ぐるしい」から、ゆとりみせてるのね。
何もあげないのって貧乏くさいみたいでやだもん。
心ぐるしいっていうの、わかるかなあ〜。
しかし、「なにか買ってさしあげる」のも変なので、
いわゆる「気持ちだけ」でも、と思うんじゃないかしら。
気持ち程度なのよ。へるもんじゃないのよね。うふ。
まあ、男性とか女性とか、性別に関係ないかもしれません
けど、興味がなくなったからといって、いきなりすべ
てにおいてケチになってしまうという男性のかなしい
サガのようなもの、私はかわいそう(!?)だと思って
ます。けっしてばかにしてるんじゃないの。女に生まれ
てきてよかったな〜と思ってるだけ。

しまいには、私は
「かわいそうに...。」といってしまった。
「彼女が?」
「いや、あなたがです。なんか勘違いしてるもん」
「なにを」
「わかんないな〜、眠いから。」といった調子で、
しらけた、なんの美しさもない会話は幕をとじたので
ありました。日々美しくすごしていたいという高邁な
(笑)理想をもつわたしに、醜い言葉をいわせるのは
やめてよね〜と、今のところ全部人のせいにしてる
わたくしであります。なんか、文句アル??

わたくし、人を愛することは『社会福祉』と似てると
思っておりますの。だから、愛されたらうけとればいい
し、愛したかったら愛せばいいし、相手をばかにしない
態度をとることが大切だと思う。ボランティアの実習
の最初の授業で、
「してあげてる、という気持ちは見抜かれます。自分が
したいからなんだ、そして、それが相手にとってよろこ
ばしいものでなくては意味がありません」
「ボランティアは人ではなくあなたを豊かにします」
ってならったもんね。ま、覚えてるんだけど、しょっち
ゅう間違えてますけど。たまにケチの虫がわくんだよね。
勘違いした自己憐憫をみるとはたきたくなったりすること
もあるのですよ。だまってきいてりゃいいんだろうけど、
ついいい返しちゃうのね。
すみません。...未熟ものなので。


まあ秋ですからね、しんみり語るのもいいでしょう。
...でも眠いって。電話にでただけでもえらいと思って
いた私はいいたい放題であった。でも、別に『男嫌い』
じゃないんですよ。男性にしかできないことって、絶対
多分にあるもんね!!

そして今日は超いい天気。朝日がつらい。今ねるわけに
いかないけど、後で一回ねます。だってねむいんだもん。
夜までもたないよ。


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古畑亜紀 [MAIL] [HOMEPAGE]

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