古畑亜紀の日記
日々の雑記帳です。思い付いた時に
気分にまかせて書きます。

2003年08月31日(日) 『2003年のおまけ運』

今日は、昨日のラッキーでおかりすることのできた
スタジオで4時間の連続リハーサル。途中で休憩を
とったものの、十分きつかったです。
でも、みなさん成功にむけて明るく前向きで、実力
もあるので心配ありません。楽しかった。
いいアンサンブルになると思います。

そのスタジオにおかれていたお菓子を全部たべても
よいと言われたので、ほんとに全部たべました。
だってチョコレート買ってくればよかった、とおもった
らチョコレートが目の前においてあったんだもん。
きっと私が本気で「チョコレート食べたい」と思って
たのが、神様に通じたんだよ〜。と、なんでも都合よく
考えてよろこんでるのでした。でも、それを実際に
食べたのはほとんど私一人ですけど。共犯にするため、
みんなにも一つづつ食べてもらいました。

「おまけ運」は今日も続いて好調でした。
晩御飯をたべにはいったお店で、コーヒーをつけて
もらったのだ!ほんとは飲みたかったけど、セット
でやすくなったりとかしないので(貧乏くさい?)
今日は節約しようと思ってたのね。そしたらコーヒー
ごちそうになったの。ありがとうございます!
そして、そのお店のお母さんに、お嫁にいった
お嬢さんの赤ちゃんの写真をみせてもらって
「かわいい!」とか騒いでたらバスに乗り遅れました。
ははは〜。でも、赤ちゃんてかわいいよね。私もいつか
お母さんになろうと思ってます。

あと、レッスンにいったH君宅で、おねえさんがなんと
私に「花火」をくださった...。そうなの、私はずっと
花火がしたかったのに、結局できなかったのです。
それに、気がつくとコンビニから花火が消えていた。
来年まで無理かなあと思ってたけど。
私は、これでまた、
「願えばかなうんだ!」と妙に勇気りんりん(笑)になり
かなりハッピーです。単純ですからね。





2003年08月30日(土) 陽当たり良好!

 慢性的な寝不足と、食欲不振になやまされた(あんまり悩んで
なかったけど体がむくんでくるの)日々でしたが、早起きに慣れて
きたせいか寝付きもよく、本日食欲は完全復活!今日はコンサート
の打ち合わせをかねた昼食会と、リハーサルがありました。この
昼食会を主催した黒田さんのおかげでとある練習スタジオ(超良心的)
を紹介してもらえたのです。かなり助かった!!せっぱつまって
いたのでラッキーでした。そしてごちそうさまでした。スタジオおさえ
に協力してくださった石黒君、中村さんも、ありがとうね!

 もう、体がずっとがちがちだったので、合間をぬってマッサージ
してもらいにいきました。二日連続で。すると嘘みたいに調子がよく
なったんだあ〜。足もぱんぱんでしたけど、軽くなり、顔色もふっか
つ!体がかたいと、力が変なふうにかたよって逆に筋力おちるんです
よね。なんかこう、一種類のバランスに固定されてしまうというか。
ちなみに二の腕もむくんでいたらしい(もとから太いので気にしていな
かったんだけど。)でも、自分なりに細くなったの。わ〜い。げんき。

 これでやっとシラーカンス生活脱出だ!『生きた化石』になるのは
まだはやいのだっ。すっすめ〜〜♪(BY「ひょっこりひょうたん島」)



2003年08月29日(金) 早起きは3文の得その2

今週は一度も寝坊をせずに、早起きしています。
そして今日!なんと、すっきり起きたのだっ!!
やった〜。

でも、午後2時の今すでにもうかなり眠いです。

今日の仕事はすでにおわったので、これから通信
連絡につとめます。
昨日は教育大にいってリハーサルしました。
そこにいくまえに、長時間ではないけど、仕事を
していった私は到着した時にすでにラリってました。
「え?なんだっけ、この音は...」みたいに、
楽譜がどっかの知らない国の模様にみえました(笑)。

最近、よくおまけしてもらえます。
ごはんを食べた後に、ケーキをつけてもらったこと
がはじまりでおまけ運絶好調。ソフトクリームとか
またケーキとか。おやつとか。
ここのところ、あんまり食欲ないので、正直いって
ごはんも義務感で食べてるんだけど、なぜかこういう
時にかぎってサービスしてもらえる。。
いつもだったら、ごはん&デザート楽勝なんですけど。
ん〜不思議。でも、かならず全部食べますよ。
あと、「プチ感動」としては、バスの乗り継ぎ券を
おきわすれたら、あとをおっかけて届けてくれた
店員さんがいたことですね。バスに片足のせてまし
らから危機いっぱつ!
これも早起きにがんばってる私に神様がごほうびを
くださったに、違いない...

ていうか、くれたのは神様じゃなくてその人たち
なんだよね。ありがとうさまです。人間万歳。



2003年08月27日(水) はじめての経験(北見でイモ洗いの巻)

 先日のレッスンのとき、ある運動系の部活に所属している男の子
が、相当だるそうにしていた。理由をたずねると、5泊6日の北見
合宿があったそうで、それでばてたそうだ。いつも元気まんぱいなん
ですが、目が妙にまっかで、ちょっとふいてははあはあいってとに
かく疲れ果てている。熱もあるようだった。
 「キロロきいたら涙がでた」という。
 「いっちゃってるね、なんでまた。」とたずねると。
 朝5時半におきてごはんたべて、全力ダッシュで練習場にむかって
トレーニング。その次点ですでにかなり嫌になっていたらしい。で、
そのあとも、ずっと厳しい練習があって、勝手に「ゆとろぎ温泉」の
ような風呂を想像していたけど実際は、3、4人でいっぱいになるよ
うな脱衣所と、5人づついっぺんにはいらないと間に合わないような
ペースで小さなお風呂を交代ではいったそうだ。
 そこで着替える時にひじがぶつかったりすると、他校の生徒が
「ぶつかってくんじゃねえ」といってガンとばししてきたそうだ。
 一日目でかなりやられていた彼は、部屋にもどって、テレビを
みていたらしい。そしたら、キロロの「会いたい人」という歌が
かかっていて、それをきいたら涙がでてきたんだそうです。うける。

「どんな歌なんだっけ」ときいたら、
「会いたいのに、もう会えないとかそういう感じのノ.」
「ぎゃはは!合宿と関係ないじゃん。なに、いきなりセンチなの」
「わかってるんですけど、疲れていっちゃってて、キロロきいたら
いきなり涙がでてきて、『はじめての経験』をしたらしいです」
とかいってた。
「ふうん。もっとそういう経験しないとねえ。強くならないと。」
と、たぶん彼にとってはあてのはずれたコメントをしてげらげら
笑った私であった。わたし、優しくないのね。あ〜おかしい。

 なぜ彼がそれを話だしたかというと、「だから今日は僕は、はやめに
レッスンをおわりたい」という意味だったらしい。
もちろん無視した私は、
「はあ、で、楽にしたいと。何いってんの。だめです。君は若いのだ
から、やりなさい。吹くのです。私なんて、君程わかくないのに、
がたがたに疲れてるけど、吹いてるんだから。」
と言った。我ながら、なんのいたわりも思いやりもない言葉だ。
おまけに自分が疲れていることまでぐちるとは。しかしわたしの
出会った名手たちは、笑顔をたやさないが、その裏で常に疲労
困憊していた姿もよみがえる。パワフルにみえる人ほど、限界と
たたかっているものなのだ。自分はできてないくせに弟子には平気
できびしくする私でした。教育原理学年ビリだっただけのことは、
あるでしょう!

彼は最初、ひどくつらそうだったけど、あえてむずかし〜初見を
やらせた。そしたら、だんだん調子よくなって、顔色も復活したの
ですよ。トランペットは疲労回復する力ももっているのです。

 そして、疲労が感受性を高くする効果があるのなら、「いっちゃう」
まで疲れ果てるのも悪くないな〜と思ったなあ。でもいきすぎると
『丹田』感じられなくなって、キレるから注意しないとね・・・、
あ−イタタっ。



2003年08月26日(火) 早起きは3文の得、といいますが・・・

 早起きは3文の得、といいますが、いくらでも払うから寝かせて
ほしいと思うときありませんか。とはいってもそんなにたくさん
払えないんだけど。「見切り千両、損切り万両(元は株式用語です)」
にくらべて、なんてメリットが低いんでしょうかノ。たったの
3文か?こんなに立派につらいことだというのにね。
 でも、つまり。人は、メリットや損得だけでは行動できませんよ
ね。計算してずるくなることもそりゃあ、あるけど。得だとわかって
いてもつらいものはつらい!!ていうか、朝っぱらから損とか得で
やってられないんだってば。眠いときは何も考えれないです。
なんか、文句アル??(勝手に逆ギレしてますが)
 しばらく、早起きが続く。ラジオ体操のまえの強引な歌を思い出し
ましたが今でもやってるんでしょうか。

 ♪すば〜らしい、朝がきた、きぼーうのあーさーだ♪
  よーろこーびに胸をひーらけっ、あーおぞらあーおーげー。
  ラジオーの、こーえにいいい、すっこやーかな、むぅっねを〜
  そっのかおーるかぜーに(シンコペーションリズム)
  ひらけば、そーれ、1、2、さん♪

子どもの頃、毎朝きこえてきて、その「おしつけがましいまでの
健やかさ」が最高に鬱陶しいとおもっていた歌です。不健全な
反抗心があったのは眠かったからです。
ひらけとか、あおげとか、命令しないでくれよと思ってた。
理屈っぽいというか、言葉尻とらえていちいちうるさい子ども
だな〜。かわいげないっ。
でも、ちゃんとラジオ体操はさぼらずやってましたよ・・・。

 逆ギレで思い出しましたが、ベルトはへそのした3.8センチ
でしめるといいんだって。丹田を意識できるからだそうです。
昔は帯で自動的にしめられていて、体をうごかせばかならず
その感覚をとりもどすしくみだったと。
なんでも、「腹が立つ」とか「はらわたがにえくりかえる」と、
お腹をつかっていたことなのに、「(胸が)ムカツク」「(頭が)キ
レル」という風に、意識が上半身にあがってきてしまっている
のが、現代の人の問題だそうです。
 上半身に意識があがると、腹をくくる、腹をきめるなど、辛抱
するとか、やりとげるってことができないんだって。
 ちなみにラッパも、そこに意識できてる方がいいし、上に
のぼってる時は浅くなるんです。腹筋のささえがどうとか、おなか
に力をいれると、いう言い方よりも、丹田に意識を集中していれば
自然と呼吸が深くなり、リラックスして集中力もます、という方が
いいなと思う。これができてないと、いろいろよくないことに
なるんだな〜。



2003年08月25日(月) だるい

だるい...。昨日は、やっとねたのですが、今日はすっごく
大変だった!大変すぎてよくわからない。朝から晩まで
ずっと。いっぱいいっぱいとはまさにこのことだ〜!!

ごはんをつくる気力がなかったので、外でたべてきたんだ
けど、はっきりいって食べる気がしなかった。
しかし、食べたのです。そろそろ食べないとやばいから。
残すのは嫌いなので、がんばって食べました...。
すると、どうしてか、お店の方のご好意でケーキをつけて
くれたんだよね。
「ケーキ、お好きなのどうぞ」って。なんでだろう、はじめて
はいったお店なのに。のろのろやっと食べたのにさあ。
おいしそうに食べれないから、悪いなあとは思ってたけど
うれしかった。

はあ。つかれた。これから秋がくるかと思うと、あきあき
する。しゃれのつもりだけど面白くないですな。

面白くはないけど...。でも、なんか自分のほんとうに
ほしいものがわかった気がする。
それは、つまり何もほしくないってことです。
欲がないわけじゃないけど、どうでもいいんだよねえ。
目的のない人生かもしれないけど、嘘をつかずに生きて
いきます。頭のわるい、不器用な生き方だと思うし、
人に迷惑をかけることもある。でも、それをうまく
隠したところで、私はよくふけるようになるわけじゃない。

あーあ、だめすぎる。
でも、天才じゃないからこういう時があってもしかたない
っす。さしのべてくれた手に、いつか応えられます様に。
神様、私をもっと大人にしてください。
小さすぎる自分が、くるしい。



2003年08月24日(日) なおった

昨日修理にだした楽器がなおった。
よかった〜。なんでこうなるの?って思ってたのが
楽器に原因があったのがわかり、それがなおったの
で、ひと安心です。なんか、音に遠達性がないとい
うかあれこれやりなおしても、そばで妙にひろがって
ぱたって落っこちるみたいな感じだったんですよ。
遠くまできこえないのはラッパとしてはダメです、
ゆるされません。
まとまらないというか。でも、なおった。
といってもようやく元にもどったってだけで、
これでうまくなったわけじゃないけど。

しかし、おっちょこちょいがおきて、
私は、ケースのなかにマウスピースをいれたままでした
ので、昨日は帰宅してから、一番大事なマウスピース
もってかれて(自分で勝手においてきたのだが)
ひとばんなんだか落ち着かず、結局また眠れなかった
のだ。
まったくおはずかしい限りですなあ。大事なものは
もっと大事にあつかわないといけませんよ。
雑にあつかってるつもりもないんですが、なぜかたまに
こういう失敗をしてしまう。「だって、女の子だもん!
悲しくって、ちょっぴり涙がでちゃう。」
(なぐられそうだ。)じゃなくって、
人間だもの(相田みつお)。

正直いって、「かならず毎晩死ぬ程」さらっている
わけではないので、24時間テレビとかをみていたら
いいじゃないかと思っていました。別のことをして
まぎらわすってやつですね。
でも、だめだあ〜。
昨日は、お家にかえってきたらさらおうという気持ちで
いっぱいだったのです。
別のマウスピースもたくさんあるんですけど、
昨日は絶対あのセットでさらう必要があった(と、
感じていた)。ていうか、昨日の状態でためして
おきたいことがあったんですね。チャペルで少し
ふいただけだったので、あんまり吹いてる時間が
長かったわけじゃなかったし。                                                                                                                   
私は、あまり、楽器のセットやマウスピースをあれこれ
アレンジしない方なので、それが正しいことなのか
どうかはわかりません。だから、「こんな時は別の
ものでそれなりに研究しよう」と思ったりもしてみた
んだけどね。だめなの、単細胞だから...。

これがいざ、仕事にいく最中とかだったら。
たとえば楽器車が事故で間に合わないなどわかったり、
いきなり故障したとかでしたら、案外、仕方がないとわりきって、
与えられた条件で、借りたものでもひろったものでも
なんでも絶対ふいてやろうと思いますよ。でも
自分の練習というのは借りものではできません。
練習こそ、ベストにしておく必要があるのです。
本番命ですが、練習もだいじなのだ!
ま、自分の家にあるのは、借り物じゃないんだけど(笑)。


明け方に疲れてきて、寝付いたので、完徹では
ないんですけど...最近ちょっと寝不足になる頻度が
高い気がするなあ。運動不足だから?それとも、
日光にあたってメラトニン生成してないから?
食べる、寝るってのをしてないと、死んでしまうと
思う程、頼まれてもないのにいつでもどこでもすぐに
寝て、食欲落ちないのが自分のとりえだと思っている
ので、こうなると何の長所もない気が...。
眠るの大好きなのに(笑)。

でもねてないと何につけ、妙に短気になったり
考えることに柔軟性がないですねえ。

あーあ、早くエチュードとどかないかしら。
はやくそれをさらいたいんですよ。
楽器もなおったし。
でもそのまえに一回しっかり眠りたい。今近所
の公園で盆踊りをしているので、おどってこようかなあ。
いい汗かかないと、なんでも不健全になりますもんね。
夜のレッスンと、今度のコンサートのメンバーに
連絡がついた後それでも盆踊りがつづいてたら
いってこよっかな〜。



2003年08月23日(土) 見切り千両、理解するために失うもの

今日は、昨日食べられなかったぶんまでいっぱい
たべました!それでももうおなかがすいています。
そして、昨日は妹と電話していたが、その内容たるや...
妹のいった言葉で一番印象にのこっているのは
「見切り千両」という言葉です。最初、「美国
山嶺(みくにさんりょう)」と聞こえたので、どっかの
山岳地帯にたとえた美しい景色についての話しかとおも
ったくらい意味がわかりませんでしたが、説明をうけると、

『世の中には努力すればなんとかなるのだ、という考え
もあるけれども、こりゃだめだ、と思ったら、ぐずぐず
しないで一刻もはやく見切りをつけなさい。そうする
ことは今後のあなたにとって千両にも値することである。』

という「戒め」らしい(笑)。
そして、妹は最近なにか「早々に見切った」らしく、
「これはいろんな経験と知人のアドバイス」による
「正しい判断」であったらしい。なにか得意な様子
だったので、私は、
「もともと見切らなければいけないようなことに
 手をだしたあなたがおろかなのだ。手をだすまえに
 慎重に検討するべきである」
と、姉としてシビアなアドバイスをしてやった。
 
しかし、「見切り千両」とは...。ぐずぐずしがちな
私はとてもいい言葉を知ったと思った。
「それって便利な言葉だね!」と感動したくらいに
して。でもちょっと情け容赦ないんじゃないのか。

妹はけっこう情け容赦ないのだ。
私が友達に相談されたことを、もちろんその個人データは
ふせますが、「こういう話なんだけどさあ」といって
指示をあおいだところ、

「彼女は、遊ばれていますね(キッパリ)」
「え〜、でも、**して**してくれたっていってた....」
「時折誠実になることくらい、私にでもできます。
 時々みせる誠実さを、その人のすべてが誠実だと
 とらえる。こんなばかな話しがあるか。人はいつも
 誠実でなければ、い、いけないっ!!(興奮する妹だが、
 彼女自身は自分がいつも誠実ではないことも認めている...)」
「は〜。そうか。りえちゃんでもたまには誠実なんだ
 もんね。そっか、ときどき誠実、は、だめ、と....
 すごくわかった。うん、だめですね。」
「そうです。」
「うん、いってみる。その通りに。」
また次の話では、
「彼女は、便利なだけですね。彼に愛情は、ありません。」
「便利って、あんなきれいなめぐまれた人がそんな風に、
 どうして大切に愛されないんでしょうねえ。不思議....」
「自分が、多くの人がみとめるレベルの素敵な美しい人で
 あることに気づかず、自分をかわいそうな、不公平な立
 場から脱出させないのは、謙虚ではなくおろかしいので
 す。それは、純粋だから、という同情もよびません。む
 しろ、はらだたしく思います。大切にしないなら、その
 顔を私にくれと、思います。」
「はあ。腹がたつんですか...なるほど...その顔を、私に
 くれ、と。たぶん、もらえないけど...」
「そうです。お金をかけても、きれいには、ならないっ。
 なりたくてもなれない、そういう女がいっぱいいます。
 自分が、美しくも、おろかであることに
 きづかない。それは、いつも美しいと、あたりまえの
 ようにみんなに言われるからむしろ全てがお世辞だと
 考えてしまい、自分がどれだけ最初からめぐまれているか
 わからないのです。その他おおぜいのきれいじゃない
 のに必死にきれいになろうとして、できるだけ幸せに
 なろうと努力している人たちのことすら気づかないのです。
 わたしでさえ、その人のように美しくなることは
 ないとわかっていながら、幸せになろうと、がんばって
 いるのです。そういう平凡な女の努力をしらなすぎる。
 世の中の現実を、わかっていないのだ!!(妹は
 ビールをのんだあとなのですぐに興奮していた)」
「はあ〜。なるほど...。つまり、すぐやめろと。
 やはり見切り千両だと。」
「そうです。なぜ、おねえちゃんはすぐさまそういわな
 いのですか。わかりません。」
「ん〜、自分がそういう状況に飽きてないなら、好きに
 したらって思ったんだよねえ。いいとか、悪いとか
 じゃないっていうか」
「甘い。甘過ぎる。おねえちゃんもその人も甘いのです。
 私達の、人生は、短いのです。遊んでるひまも、
 あそばれてるひまもありません。すぐに、すぐに
 やめさせなさい。ただちに。」
「うん、ただちにやめろ、と...いってみます。了解しました」
「誰の目にも、あきらかではないでしょうか。未来に不幸の
 典型がみえます(あんたは占い師か??)」

と、こんな感じで私達ははなし続けた。

そして今日、本屋さんに寄り道をして、立ち読みをしていたら、
またもや印象にのこる言葉があった。立ち読みなので、
不完全ではありますが、こういう感じの言葉
です。

『...理解するために、感受性をうしなうくらいなら
そんな理解はしたくない。ひどいことをしている
人にたいして、この人はそういう人だからしかた
ないのだ、とわかったふりをするのではなくて、
それはないんじゃない?理解できない。と感じた気持ち
をすてないこと。感受性を犠牲にしてまで「わかる」
大人になる必要はない。

 何かをわかる、というのはあきらめることではない。
英語だと、わかるようになりなさい、というときに
という言葉は Don't be blind とか、Open your eyes
であり、わかりなさい、というのは「覚醒しろ」と
いっているのがよい例であるように思う。
 中国語では、「わかる」というのは「覚悟」と書く、
しかし私達日本人にとって、「悟る」というのは
あきらめる意味が強い。たとえば、
 所詮世の中は金次第なのだと悟る。
 人生いつも思い通りにはいかないと悟る。
 人の気持ちなんて信じられないものだと悟る。
ろくな連想をしないので私は「悟る」が「わかる」
とは思いたくない。悟ることが大人になることでは
ない。

 では、大人になる、わかるようになる、というのは
どういうことか。
 若い時代は自分が生きるのに必死だから、だまって
だれかが何かをさしだしてくれていることにきづかない。
 子どものときは、砂場であそんだバケツやスコップ
を散らかしたままで帰るけど、それをだれが方つけて
くれたのか気にもせず、毎日遊び続ける。
 たばこをすう時もそうだ。なんのアピールもせず、
だまって灰皿をさしだしてくれる手があっても、
わからない人は、それをあたりまえのように使って
灰皿をだした人の気持ちに気づかないで、自分は
いらいらしてたばこをすい続ける。
 
 大人になるということは、あきらめることでもないし
感受性を捨てることでもなくて、自分のために、己の
アピールをしないで何かをしてくれた人の手に気がつく
ことであり、それが誰の手だったのかを自分の目を開い
てよく見ることである。
 それが見えたときに、人はやっと覚醒する。
 わかるようになる。それが大人になる、ということだ。』
 

 ね、いい言葉だと思いませんか?
「ものわかりのよい大人」っていう言い方があるじゃない
ですか。でも、それってなにか、正義感を犠牲にして、
必要悪があるんだとか、なりゆきでしかたがないことだ
からとか、妙に許容しようとするずるさも含まれている
こともありますね。
 思うこと、信じることをあきらめるのが大人になる通過
儀礼のように感じる時もあります。
 でも、「手をだまって差し出してくれた人たち」は、そ
んな風な「大人」になってほしいとは期待していないで
しょう。
 どうして、あの人は、あの時にああしてくれたんだろう
か。それを、今がつらいからといって、目を閉じてばかりいな
いで、よーく心の目をひらいてみつめなおさなくては
いけませんね。
 そして、感謝の気持ちをわすれなければ、トビラは
開いていくんです。
「ありがとう」は、「開け、ゴマ」と同じような不思議な
呪文なのです。いろんなことに、ありがとうっていって
みよう!すごくがんばれる、豊かな時間がはじまる...。




 



2003年08月22日(金) 建任寺

以前、建任寺の感動を日記に書きましたが、その時の記載が
「健」というようにまちがっておりました。ので、いまさら
ながら訂正します。すみません。

今日は睡眠不足でした。それと電話が多くて、なにしゃべったか
だんだんわかんなくなってきた。
しかし、忙しいと余計なことを考えないでいられるので、雑念
に汚染されやすい私としてはこういうのも助かる。

つい最近まで、もう少したったらひまになるんだよなあ〜
と思ってたのは勘違いだった。
ひょっとして、忙しいのでは?と気がついたときには、
もう遅い。

そして、今日はごはんを食べるの忘れてた!!信じられない、
食いしん坊万歳な私が食べるの忘れてるなんてさあ。
ちなみに、夜ねる直前になると、今日何してたのかもよく
わかりません。なにかひっきりなしにやってましたけど、
あんまり代わり映えがしないのはどうしてなんでしょう。

ま、いいや。



2003年08月21日(木) やや復活

低空飛行のような私のトランペット生活も少し回復したらしく、
今日は朝から比較的集中できたので、ほっとした。先日愛知県人
F君がなにやら、フランスの教本を発掘したらしいので、それを
おくってくれることになった。F田君は、その本のタイトルが
フランス語なので「読めない」らしい。だからなんていう本か
今はわかりませんが、到着は月曜日らしい。待ち遠しい
ですねえ。はやくそれをさらいたいと思った。コープラシュと
シャルリエの中間のような性格をしているそうです。そういえば
また最近コープラシュとかさらうの、忘れてました。音にいまいち
推進力とか機能性がみうけられないのは、練習パターンのかたより
にも原因がある。
でも、パターンをやみくもに試行錯誤ばかりしていてもだめで、
ほどよくしつこくさらって、ほどよくさらっと次へいくという
タイミングをみきわめるバランス感覚が必要。
自分にはこの「バランス感覚」というものがたりないのですね、
何につけても。しかし、このタイミングとかをさぐってやたら
考えている時間ばかり長くてもだめなので、ある程度の一途な
熱さはなくしちゃいけないのだ。寒い音になるからね。
なんだかんだいって、多少やりすぎるくらいのテンションがない
と物足りないことになるのでは。しかし、うっかりやりすぎては
どうもおかしなことになって、そのあと、考え込みすぎて変な
ところにはまって自滅することのくり返しで日々がすぎていく
のが実際かもしれない。
そうじゃなくて、もっと冷静に...。

最近、以前よりも圧倒的に水を飲むようになった。お茶が好き
なので、お茶もたくさん飲んでるけど。なんだか前より体温が
あがった気がします。寝る前のストレッチの他に、「散歩」を
することにしたからかな〜。それでもやっぱり運動不足だと
思います。         



2003年08月20日(水) 恐竜展

朝、はやおきして中学校におしえにいきました。
地区大会でトランペットセクションがほめられたらしく
て、よかったです。今日のテーマは、「弱奏時の高次
倍音の重要性」についてでした。タイトルはこむずかし
いのですが、説明を順にしていくと、わかってくれた
みたいです。よかった。

この日は、恐竜展にいくはずでしたが、いってみたら
なんと終わってました。かなしい...。今年の夏の
イベントだったのに。そのあと、プラネタリウムでも
みようかと思いましたが、それも「交換中」とかで
やってませんでした。

おなかがすいたので、軽くたべてから水族館にいこう
ということになりましたが、うっかり話し込んでしまい
店をでるころには、水族館はおわっていた。
いったいなにをしに新札幌くんだりまででかけたのか...。

その後、ふられ続けた私達は移動して狸小路で飲み会を
することに。最初はまともにラッパの話しをしていました
が、どんどんずれていき、ろくでもないことばかり
を暴露しはじめて(私はしてないけど!)結局酔いつぶれ
同然でした。家にかえるだけで精一杯でした。
せっかくのためになる話も半分忘れているのではないか
と....?まあ楽しかったからいいでしょう。





2003年08月18日(月) 不安...

今日は天気がよいのでまた家中のまどをあけて換気
しました。まどあけるのだーいスキ!!

めずらしく朝からいろんなことがはかどった。

しかし、この漠然とした不安(ほんとうはかなり
はっきりした不安)は簡単に消えそうもない。なんで
不安なのか、実はわかってるんだけど、それにますぐ
たちむかうのがいやなの。いやってのは、めんどくさいとか
恐いとか、傷つきたくないとか、かっこわるいとか
そういう感じの気持ちの集合体。
不安を、ごまかして、時間がたてばなくなると
期待してやり過ごすのが賢い処世術だと思ってきた。
そして、自分にはそんな器用なやりかたはできないって。

でも、ひょっとしたらこの、「不安細胞」って悪く
ないものなのかも。不安なぶんだけなにかをすればいい。
そしていつまでも不安がなくならなくても、自分は
少しづつ前に進んでいく。ただとどまって腐っちゃうよりは
いいのかも。

不安は捨てるものじゃないし、悪いものじゃないのかな。
不安が強いとがちがちに緊張して思ったとおりにいかない
しゆとりがなくなる。
でも、不安な時間を、何かを発見したり征服したりする
時間におきかえていけばいいんだよね。



2003年08月17日(日) 電気をけして...。

さっき、防音室の蛍光灯がちかちかしだしました。嫌です、
すごく。昼間のうちにもっと吹いておけばよかったんだけど、
そうもできなかったんです。

別にかまわないだろうと思って吹きつづけていましたが、
非常にやりにくいのとイライラしてくるのとで、やめました。

でもなんだか、予定外に練習をはやくきりあげてしまったので
今日やるつもりだったものとかがすごく気になり、妙にハラハ
ラしてます。
落ち着かないので、電気を全部けしてやってみたんですけど、
なんか変だからやめてみた。でも、楽譜をみないで吹くのなら
電気はそう必要ないんじゃないかとか、しばらくしたら
夜でも目がなれてくるんじゃないかとか(笑)いろいろ考えかたを
かえようともしてみたりもしたんですよ。
やるきのある時ってあきらめ悪くなりますね。

年中ツアーをしていてもうまくなっていける人がいますが、
自分はしばしでかけて帰宅すると、気分はいいし、なにかと
であったり、感じたりする収穫はかえがたいとわかっていても
どうも自分のバランスが落ち着かないというか。

この一ヶ月は特に、伸び悩んでる気がする。なんかこう、
自分の音に愛着がもてないというか、よくきけてもいないし、
なんていうか情熱がたりない。
それがあらゆる面で顕著にばれてる感じ。

ん〜と、書いてみて、違うかなとおもった。たぶん、
情熱がないのではなくて、空回りしてるっていうほうが
正しいかも!!!か、からまわりっ??
これは、トランペット奏者にとって一番かなしいことです。
ただだめになってる状態よりもある意味、一番くやしい状態
ともいえる。はは...
なんて、笑ってる場合じゃないってば〜ほんとに。
楽器をふく、ということ以外にも、なんか最近目まぐるしくて
ほんとに、ぱたぱたしてるんだもの。どのくらいぱたぱた
してるかというと、友達のコンサートにもいけず、友達の
お見舞いにもいけず、そのうえ、押尾コ−タローのでる
ライジングサンにもいけなかったのだ。

ん?他の部屋の蛍光灯で長さが同じものがあれば、それと
とりかえればいいのでは。でもとりかえた跡の部屋はまた
ちかちかするんだよねえ。明日、買いにいくまで防音室以外
はどうでもいいからとりかえよっかな。そして、予備もか
っておきましょうね。

9月も出張がおおいので、ここは出張のプロになろうと
思います。旅慣れた大人の女。じゃなくてもいいから
もっといつもいい状態たもてるようになりなさいよ、古畑さん。
あーもっとしっかりふつうに、いつもいい音だしてないと
もともとネ無し草みたいな気分なのにもっと不安になる。

そう、今の私は不安なのです!とっても。
不安だ〜。こんなラッパのままではやばすぎる。

あわてている、というよりも、慌てても仕方ないのですけど
ようするにやりかたや過ごし方が悪くて空回りしてるんですよ。
次に何をするとか、やることの順番とかをうまく整とんでき
ていないのです。練習は順番もだいじ。頭ではわかってるけど
体がはむかうんだよ。少しおちつかないとねえ。
時として無駄にみえた時間がいきてくる、ということはありま
すが。とてもじゃないけどそんな楽天的な気分になれない。
なぜかって実際現実にいまのラッパがださいから。

でもね、最近わかったの。自分が一日にできる量なんて
限られてるのに、あれもこれもやろうとして何もできて
ないってことが。ここは、あきらめるというか、自分の
容量にみあったスケジュールを最初からゆとりをもって
たてればいいはずなんです。
今週のテーマは「一日一善」!小さくていいから確実に。







2003年08月13日(水) 長い1日でした。

たかが部屋がひとつかたついたくらいでうかれていましたが、
眠いからってねてられる日じゃなかったことを思い出して
今日はかなり必死でした。仕事はないのですが、やること
がたくさんあったのです。
あちこちにファックスしたりメールしたり電話したり、
銀行いったりして。眠いせいかやたら回転がおそくて、
入力まちがいがおおくて間違い電話もしちゃったわ。

そして、肝心のラッパはというと...ごりごりになって
いたのがピークをこえると今度は妙にふにゃふにゃに
なり、焦点のさだまらない、まさにハリも密度もなにもない
うす〜い音になってました。楽譜をみても、「うーん
なんだっけこれは」ってところからはじまってちっとも
はかどらないし、ファックスもメールも誤字脱字だらけ。

なんかそのまま吹いてると気がめいってきたので、
今日は楽器はあんまり立続けにふかないで、他のこと
をやりながら吹いたような感じ。集中力がないのですねえ。
からだの中心線がずれてるというか、バランスがへん。
体操とかストレッチもしてみたら、しないよりはましだった
けどどうも...今日はデリケートなことは無理でした。

しかし、部屋の掃除はすすんだ。あんまり、考える気力が
ないので、普段はなにかみると物思いにふけってとまっちゃう
んだけど、今日はあんまり思い出さないのでさくさくすすん
だ。簡単なことをくり返すにはいい日だったのかも。
ってことにしておこう。
いいかげんもう、何もできない気がするので、さっさとねます。

でも、今日は他にもなにかしなくちゃいけないとか
考えてきめなきゃいけないことがあったような気がする
のでそれが心配。なんだったんだろう。昨日のいまごろ、
なにかにケリをつけようみたいな気分だったはずなんだけど
それが何だったのか全然わからない...??
こんな時はねるしかないです。朝ごはんの準備オッケーだし。
おやすみなさい。



2003年08月12日(火) できた〜

やった〜。やっと、ひと部屋だけですがまともにかたつき
ました。長かった。余計なものがなく、どこに何があるか
わかってる部屋って家んなかでその部屋だけですけど。
気持ちいい。もうちょっとでできそうだと思ったからだるかった
けど、思いきって続行し徹夜してみた!
やればできる。生まれかわった気分。

調子にのって、4、5時間まえに掃除機かけたばっかりなのに
また家中かけてみた。わーい。片ついてると掃除がらくちん。
自分の部屋がかわいく(?愛着をもてる、って感じかな?)
思えるのってうれしい。だってずっとやだったんだもん、
自分のダメさの象徴のようで。

でも、唇はごわごわ。しかしここで仮眠をとるとへんな
生活リズムに逆戻りするので、今日は必死にすごして
みようと思う。ん〜でもこのまんまあれこれさらうのは
無理がある気もするのでやっぱり少し寝るべき?
ま、どうしても眠かったらねることにしようっと。



2003年08月11日(月) トップページもごらんください

おつとめのかたもそろそろお盆などで夏休みでは?
更新していこうと思うので、トップページにも
足を運んで下さいませ。お願いしまーす。

http://lion.zero.ad.jp/yukkie/tpdiva/index.html



2003年08月10日(日) 黄色いリボン

昨日の深夜、出張からもどりました。

今回の仕事はロミ山田さんがゲストでした。
日本人女性としてはじめてブロードウェイのミュージカルで
主役をつとめた方です。
もう少しで70才になるそうですが、華やかで、身のこなし
も軽いので50代にみえます。

ロミ山田さんのことは母親の世代には知られているらしいけ
ど私は存じておりませんでした。

でも、素敵だった...!ロマンティークな歌を繊細に、パワフル
に歌ってらして、会場におこしのみなさんもぽろぽろ涙しながら
きいてました。

私は最後の日に「感動しました」とおつたえするのが精一杯で、
あいさつもそぞろ。なんだか目のまえにいるだけで胸がいっぱい
だったから。ファンレターを書こうかなあ。でも、どこにだせば
いいんだろ。それになんで一言もはなせなくなっちゃうんだろ。
私が男だったらロミ山田さんには「愛の告白」できないなあ。
それについては、ロミさんご本人がこのようにお話されていまし
た。
「私は、清心女子高でしたので、当時は相当厳しくて電車の中で
 ちょっとだらしない格好をしただけで退学になるような学校の
 生徒でしたから、きちんとしてなきゃいけないっていうのが
 強く残っていて、それで男性がたには近寄りにくいっていわれ
 続けてきたんです。スキがないと。それで、私は、そうか、
 スキがないとプロポーズされないんだなと思ってスキを作る
 努力を必死にして、最近やっと少しスキができたんだけど、
 自分ではスキだらけなんだけど誰もプロポーズしないんですよ。」
この話しはかなり爆笑を誘っていました。
ん〜これは、ひょっとして「彼氏募集」のアピールなんでしょうか、
てことは私も若造だからとひいたりせず勇気をだすべきなの?
女じゃだめですか?ロミさん。私はあなたにつくしますきっと。
ロミさん...、私をためしてみませんか?ブロードウェイには
たったことのない場末のラッパ吹きですけど(笑)。

ロミさんは50才の時に離婚を経験されて以来、現在独身だそう
です。だからなのかな〜て思うのは間違ってるかもしれないけど
だれの手あかもついてない(えげつなくきこえたらごめんなさい)
きよらかな女性のような気がした。でも、セクシーじゃないと
いう意味ではありません。あのパワーと明るさとさわやかさの
裏にたくさんの涙と孤独を感じる。でもそれは悲哀ではない。
そんな安っぽいセンチメンタルなものではなくて、嘘がつけない
人独特のもろさと、プライドが渓流の水のように人の心を洗う
力をもっていたのです。

私は、あれこれあって寝不足の連続だったんだけど、今回あまり
つかれている感じがしなかったのは感動にめぐまれていたからか
もしれないなと帰宅してから思います。
あ〜それにしても瞳がきれいだったなあ。吸い込まれそうってい
うか。自分は一生、ロミ山田にはなれないと思う。

今度御会いするのはいつなのかわからないので、「あ〜おわっちゃ
った。」と思って遠巻きにロミさんをながめていると、私服に
もどったロミさんが私に、「おつかれさま〜」といって部屋を
でていった...。「あ、はい、...」といってぼけっとしていた
私。あいさつぐらいちゃんとしたかったのになあ。

いちばんすきだったのは映画「黄色いリボン」の主題歌。
どんな映画かというとある罪を犯した男がいて、3年刑務所で
服役することになった。そして男は恋人に、「3年後のこの日に、
僕はバスで君の家の前を通る。その時にまだ君が僕を思っていて
くれていたら、君の家の前にある樫の木に黄色いリボンを結んで
おいてほしい。もしリボンがなくても、君を攻めたりしない。」
と話して刑務所にむかいます。3年たったその日に、バスで彼は
出所しますが、彼は、恐くてその家の前にいってもみることが
できないから、運転手に「ぼくのかわりにリボンがあるかどうか
みてほしい」と頼みます。いよいよ、彼女の家の前を通ると
バスの中から歓声があがりました。彼女の家の前の樫の木には
何百もの黄色いリボンが結ばれていたのです。

うう〜、いい話しでしょう。主題歌はまるで口笛のような
明るくて軽い曲調でした。深い感動をあかるく表現するって
いうのがアメリカらしいなあと思います。

プレイヤーとしては、もらった感動をバトンタッチするように
リレーして誰かに同じように感動をプレゼントしたいと思う。
でも、あんな風にはできない...。
落ち込むというのではなくて、自分のなかにはああいう音楽が
まだないのだとはっきりわかったということです。
そしてそれを育てるにあたっての涙と孤独にたえる自信が今の
私にはありません。どうしたらいいんだろうね。






2003年08月03日(日) ワンピースのコーヒーカップ

こんばんは〜。はやいものでもう三日です。
うーいつものことながら慌ててます。

なのに、今日はまっひるまから気がついたらベッドイン
(死語)してた...まるで眠りの神と恋に落ちたかのように。
ひとりじゃなかったの。眠りの神が私を誘って来た
せいなの。すごく夢のように優しかったの...。
フォールアスリープってこのことね。
とかいってる自分はばかなのか?とか思いつつ、
そうもしてられないことに気がついて夕方からは
まじめに過ごしました。ていうかほんとに、どうして
寝ちゃったのか覚えてない。たしか、昼間に「広島」
の特集をNHKでしていて、被爆していた人のお話とか
絵とかをみて泣いたのは覚えてる。その人たちは、
思い出すのが苦しすぎて過去を封印していんだけれど、
もうこれが最後の機会かもしれないからといって
絵やお手紙を書いたのだそうです。悲しむ心、悼む心
を閉じ込めて生きて来たと。50年以上、かかったん
です。あまりにもたくさんの人がなくなっていくので
麻痺したのだそうです。

でもそのあとどうして
おやすみしてるのか自分もよくわかりません。

そのあと、コーヒーを落とすのも面倒な気分だったので
ちかくの「たかつ(コンビニ)」にいくと、
「寝起きですか」とたずねられる。
「え、顔はあらってあるんですけど」というと、
「いや、すごくさっぱりした顔してるから」
といわれました。なんか恥ずかしかった。

先日わたしは、「オケクラフト」の個展にいってきた
のですが、そのときに、落葉松の木の枝の節をつかって
ある「コーヒーカップ」を気にいりました。
コーヒーカップにしてはかなり大きいのですが、
それはとってのところがぎゅっと下からわしづかみ
できるようになっていて、私のテにぴったりだったん
です。手のひらにあたる部分がでこぼこしている
んだけど、それもすべらなくてすごくいい。

「これ、ワンピースみたい!!」とよろこんでいると、
男性むけの、力強いイメージでつくったものみたいで
もともとは海賊の人たちがよくこういうものを使って
いたんだそうです。やっぱりワンピース(海賊のアニメ)
だったんだ〜。

その肩のおくさまは、「天女」と「天使」と「妖精」とに
女性のイメージを分類してガラス工芸をデザインしている
そうでした。
私が気にいったのは「天女」タイプのものと、不思議な
デザインのチョーカー。
これは、マヤ文明の神様のシンボルマークのひとつで、
「創造する」神のマークなんだそうです。
おもしろかった。







2003年08月01日(金) 八月は忙しいんだった

わっ。。今日はひょっとして八月一日??
私は、八月は地味にいそがしいのです。五日から室蘭、
それからもどって倶知安にいって9日まで、戻って
これない。じゅ、準備しないと。。そのあとも
13日まであれこれ続くので、のんびりしてる場合
じゃないよ!七月後半、自分は比較的、普段できないこと
をして充実させていたつもりだったが、おそらくそれは
先見にかける行為であったのかもしれない...。
たいへんだっ。

そんなわけで今日はかなりてきぱき動きまわって
いました。早くねるつもりだったのに、終わらないので
夜更かしぎみです。いいかげん眠いです。
この一週間は、ひょっとすると忙しかったのかも
しれない。目がさめると昨日なにをしていたか
忘れている。

人の記憶は一日たつと90パーセントはなくなるとか
きいたことがあった。だいたい、3日たっても覚えて
ることは記憶の寿命はかなり長くなるらしい。
それをきいた時のわたしは、つまり3日でほとんど
なくなるのだから、一夜漬けは前の日にやるのが
一番いいんだと思って直前まで勉強しないことを
正当化していたものだった。

旅の準備をしていると、自動的に服の整とんもすることに
なったのであちこちたたみなおしたりアイロンを
かけたりもした。でも、「なんでこんなのが?」
という妙な、ありえないものがでてくるの。。
「秘書が買いました」っていいたい気分。
似合わないんだけど、そのときは欲しかったんだねえ。

私は靴も大好きなので、靴も余計なものがあります。
でも見てるだけでもうれしいので、別にこれは
それほど深く反省してないけど、ん〜それにしても...
どうして「こんなのはくわけないじゃん」みたいな
ものに時たま強烈にひかれてしまうものなのでしょうか。


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