自身

大丈夫だよ

間違って無い

初めに戻って 

初めに思ったことを

そのまま 受け入れ

信じて 其処の位置に立ち止まって

動かないで

それが 貴方だから

その答えが

”愛 (*深くね) という選択なら

それが 他の人に 伝わらなくても

瞬間的に 違って見えても

今は 其処にいなくても

隣にいなくても

それが anataで

それが 事実だから

watashiには わかるから
2003年10月29日(水)

夏目漱石 夢十夜

たまたま 捜し物をしていたら 見つけた お話
素敵だったので 残しておくことにした。



 夢十夜



 夢を見たことのない人はない。夢についてなら誰だって語ることができる。どんなに非現実なでき ごとであっても夢なら起こり得る。だから人は夢の中に自分の理想を描き、現実世界で望んでもか なえられないものを仮託する。「夢十夜」の中で漱石は何を見て、何を願ったのか。現実と非現実 の世界を行き来するその観念性の世界は何を伝えようとして書かれたものだろうか。十夜のうち で、もっとも不思議な余韻を残すのは第一夜である。そこには「百年待っていてください」と言い残し て死ぬ女が出てくる。

 人を待つのはいいことだ。少なくとも待つ相手がいないよりは。そして「待つ」という行為は、時間 に追われて生活する私たちの忘れてしまった価値でもある。あなたには待っている相手がいるか。 その相手を待つためにならどんな長い時間も厭わないという恋人がいるだろうか。もしもそういう相 手を所有していればまぎれもなく幸福だ。

 そこで自分は考える。自分ならどこまで恋人を待てるだろうか。どうしても海外で勉強したいから 十年待っていて欲しいと言われて、果たしてその十年を待てるだろうかと。

 輪郭の柔らかな瓜実顔で、真っ白な頬の底に温かい血の色がほどよくさしているその美しい女 は、自ら死にますと宣言する。しかし、きっと逢いに来ますとも言う。しかしその逢いに来るというの は、気が遠くなりそうな百年先という、ほとんど永遠にも近い未来の約束なのだ。

 「真っ白な百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへ遥かの上から、ぽたりと露が落ちた ので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に 接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いて いた。」

 死んだ恋人は白い百合の花に輪廻転生し、こうして百年目の再会が叶う。

 もちろん、夢の中という観念の世界では、どんな非現実も可能だ。小説という虚構の世界が、さら に夢というフィルターを通じて語られる時、それを現実の自己に重ね合わせることの方がナンセン スだ。しかし、私は考えてしまう。自分はどれだけ待てるのかと。永遠という時間を「待っていてくだ さい」と言うことは、自分への想いに殉じてずっと生きてくれという願いに他ならない。「このまま誰も 愛さないで私だけを想っていてください」というのは、究極にエゴイステックな愛の姿でもある。

 「また逢いに来ますから。・・・あなた、待っていられますか。」

 こう言われて、その想いに殉じるならば、待つという以外の答えは存在しない。

 女を埋める穴を掘る道具が大きな真珠貝であったり、墓石が天から落ちてきた星の破片であった り、夢の中の物語には美しい小道具が散りばめられている。しかし、最も美しいのは「待つ」という 無償の行為であり、待っている時間である。

 しかし、自分が待ち続ける相手が死者である以上、その「待つ」という行為は本質的に徒労なの だ。だからどこかで線を引かないといけない。信じるという観念の世界でしかその行為の意味はな い。

 ここで立場を逆にして考える。自分が不治の病で余命幾ばくもない立場だったら恋人にどんな言 葉で告げるのだろうかと。相手を悲しませないためにはどんな言葉が必要なのだろうか。このまま 死んでしまう自分は、相手の人生にどう関われるのか。いくら待ってもらっても、自分はこの世にい なくなる。相手の「待つ」という行為はすべて徒労となる。そんな時に自分は、非現実な「逢いに来ま すから」という約束を、果たされないことを前提に交わすのではなかろうか。よりよく相手に生きても らうために。

 「百年はもうきていたんだな。」本当はそれは十年だったのかも知れないし、千年だったのかも知 れない。いくら待っていても死んだものは現実によみがえることはない。「きっと逢いに来ます」とい う嘘は、信じることではじめて本物になった。女の真っ白な頬や瓜実顔が百合の花に生まれ変わっ たというのはやはり非現実な「夢」である。

 百合の花が本当に恋人の輪廻転生の姿であるかどうかはこの際問題ではない。観念の世界の 中では自分がどう受けとめ、信じるかだけがすべてである。そして「愛」とは、この世で最も観念的 なものではなかったか。白い百合の花は自分が信じる限りにおいて、恋人の生まれ変わりである。 「肉体」は滅んでも「意志」は百年生きることだってあるかも知れ
ない。




ない
2003年10月23日(木)

仮面2

仮面をかぶっていても 隠しきれない面

一番 自分が隠したい面

仮面の隙間から見える 面


変わらず 変わらない

思い 気持ち 愛情の 人

その思いの 半分を信じ

半分を感じ

watashiが そう思う以上に

anata が そう思う以上に

既に 大切にしてくれている人が其処にいると


仮面を作るのは anata  watashi

仮面を 壊すのも  anata watashi




見られていない時にこそ 存在する 真実




2003年10月21日(火)

仮面 one

中身のない仮面のコレクション

自分自身が 心と真実のない殻のコレクション

そのものになる

自分はしかるべきところで 適切な 仮面をかぶることによって

その中の虚しさを

隠している人になる

自分は大きな失敗をおこさないで

ひどく怒られないで 人には優等生と思われるかもしれない

本当はぐるぐる回りながら 次々に仮面を出し続けるミラーボール

それが 剥がれたらいつかは自由に なれるだろう

一方では 捨てることを望みながら

他方で 不安を 抱き続ける

蔦に覆われた木のごとく

外側からは 綺麗に見える

蔦はその木の 樹液と命を吸い込んでしまって

残るのは表の蔦

アイデンティティーは蔦になり

パーソナリティーは仮面となる
2003年10月17日(金)

sinjyuku



新宿

赤く 大きな 闇

欲望と 夢を

吸いこんだ 空


この場所で



クルクルと 廻り始める



紛れて

闇に吸いこまれていった



watasiと・・・・


この場所で・・・・・


永遠に・・・・




2003年10月10日(金)

mem

穴は埋まらない

時には

記憶が 薄れていく


時には

記憶は 濃くなる


どんな風に 存在しても

その隙間を揺れ動いているだけ


何処か

別の世界で 息をしていようと


何処かへ

行ってしまおうとしたとしても



切り口が

1つで無い以上・・・・


途切れる事は無い・・・・・・・・・・・・・・・





















2003年10月08日(水)

B,,,,,b

改札を抜けると

暖かい風に 漂われ

何処からとも無く 纏わりつく

少しの間を 共有し

何処へとも無く

歩きつづける 影を

追いかけるように

纏わりつく

鞄を 開けると

瞬間的に 脳裏を掠める

時間


広げた 服の 齎す

甘美な記憶



2003年10月03日(金)

SEp last

加速したまま 通り過ぎていく SEp

留まる事を知らないで

次の季節に 移り変わる

何処で 何をしていたのかさえも

覚えていないような

まるで この月だけが

闇に 入り込んだ

何処で

何を 思いながら

どんな人と どんな話を

していた?

watasi

去年9月と 丸で

何も変わらない

10月になった・・・
2003年10月01日(水)

EGOISTE-やはりエゴーー / EGOISTE