「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2009年03月31日(火)

 今日は人格の引き出しを校正しながら、導入の文章も足していきました。人格の言葉を読んでいると、その人格で生きていたときの自分はこんな気持ちだったのだなぁと、私のことなので当然なのですが、今までよりも距離の近さを感じます。形になってきたと思えるのは数人分ですが出来たところを見て喜びも感じます。もう1ヶ月が済みましたから、残りが2ヶ月になりました。一つずつ丁寧に進めることです。
 書いておきたいテーマが固まりつつあります。私が過去に利用したものの殆どが、心の傷を持ったままでは余計に足を引っ張るものになっていたということ。あと2ヶ月ですから…書けた分だけ書けるのですよね。
 


2009年03月30日(月) 能力

 チャイルドが「怖い」と言ったので「能力があるよ」と話してあげたら、チャイルドは母を否定しに行きました。(能力の効果はすごいなあ)と思いました。


2009年03月29日(日) もっと楽になりたい

 今日意識したのは境界線です。私は自分のために、もっと自分と他者との境界線を意識したほうがいい。私が自分を守れるやさしい大人に育つために必要なことだなぁと日々の生活の中で感じます。
 そういえば、先日銭湯で癒やしの作業をして以降、それまで気になっていた人々の話し声が同じようにあっても、自分は自分のことを考えたり肌を洗う感触を楽しんだり出来るようになっている、と今日発見しました。境界線を意識できるときは他者の動きに自分が左右されず、私は私のしたいことをそのまま続けることが出来るのですねぇ。
 夜は性の傷を癒やしました。きっかけは、数週間前の小さな戸惑いだったのですが、癒やしたのは子どもの頃被害にあったことを言えなかったチャイルドで、私を被害にあった場所まで連れていってくれました。戸惑いを持った自分に心を傾けてみてよかったなぁと心から思いました。私はもっと楽になりたいです。


2009年03月28日(土) 大切なこと

  この頃チャイルドがよく出てきてくれるので、そのつど癒やしの作業をしています。心の傷を癒やすのには安定した心の自分が必要で、そのためには能力のリストは不可欠で、気が付いた時に能力のリストを染み込ませています。まとめも癒やしの作業も丁寧に。チャイルドも一人ずつ丁寧に癒やしていくのがいいです。
 今日は決めたこともあります。それは「丁寧に語る」ことです。今までもその意識はありましたが、たぶん今までのものは「丁寧に語っているつもり」が多かったと思います。だから、心を新たにしました。私はこの頃、もっと自分を大切に出来る大人に育つために出来ることを探しながら生活しています。
 


2009年03月27日(金) 休憩タイム

 用事を兼ねて散歩に出たら、名鉄瀬戸線の高架下で野菜や漬物を売っている人が居ました。大根の漬物が150円。でも大きくて全部食べられないので「半分だけ買うことできますか?」と聞いてみたら「切るもんがない。小さいの100円にしたげるわ」と言ったので、一番小さくて先っちょが二つに別れて足のようになったのを買いました。私は冬になるといつもそうですが、体に取り入れる水分が少ないように思うので、漬物を食べてお茶を飲もうと思います。
 往復40分くらい歩きました。今日は風が強いですが、1週間前に比べると風の冷たさは和らいでいるしお花見も出来ましたし、きもちいい休憩タイムでした。
 別の話ですが、炊飯器を買うならと、料理も出来る圧力鍋の小さいのを買いました。傷み前で3本50円の人参を鍋に入れて水を2センチくらい入れて火にかけて、沸騰してすぐに火を止めて半日。蒸らすつもりで忘れていたのですが、蓋を開けたら人参が丁度よく茹で上がっていて感動しました。人参代も水道代もガス代も節約出来たと思います。便利なものがあるのですねぇ。



2009年03月26日(木) 今思うこと

 引き出しの一つに難しいことを書いている文章があって(どこかを入れ替えれば何が言いたいのか解るのかしら?)と思って読んでみましたが頭の左側が疲れてきたので、読んで疲れる文章は心の本に使えないと思い削除しました。今までこういうところを(なんとかしよう)と一生懸命になっていたのだと思います。
先日の育成会で「悪文」という話がありましたが、削除した文章はそれだと思いました。心で読める文章が心の本に使える基準です。
 夜寝る前に育成会のテープを聞きなおしました。聞くたびに 「いいことを話そう」 としている自分が見えて恥ずかしい。そして、その自分を知っていることがいいことです。
 私は「心の傷を癒やして人格を優合させる作業を本にする」と語っています。そういえば今まではただ苦しくて、その自分を何とかしたくて取り組んできたのでした。そして今は、楽になった自分を使ってニュートラルの状態から新しいものを作っている。自分を広げているのですよね。このように捉えるとこの作業をしていることが心からうれしくなります。
 ところで、今日で帰国してから1ヶ月経ちました。1ヶ月の間に置き去りにしていた小さな戸惑いを整理しチャイルドを引き出し癒やして、今度同じことが起きた時にどうするか?を浮かべることもしてみました。
 私は1ヶ月、時間を無駄に使ったのでしょうか?私は巻き込まれていたので、時間を粗末に使いました。そしてそんな自分を知っていますから、今日も能力を全身に染み込ませ「一つずつ丁寧に」を基本にして、私の一日を大切に使っています。ひとつずつすると出来た分だけ積み重なります。


2009年03月25日(水) 心の自由

 自由です。チャイルドを癒やした後は自由感覚がさらに増します。
癒やしの場所がお風呂やさんだったとき、広い湯船の中で体がクラゲのように揺れてプールと間違ってしまいそうになりました。


2009年03月24日(火) うれしいこと2つ

 昼過ぎ、栄まで自転車で行きました。栄は路上禁煙道路が広がっているのですねぇ。フリーの路上Cafeでお弁当を食べ始めて少ししたら、70歳くらいの男性がやってきてタバコを吸い始めたので「すみません、ここは禁煙なんです」と言ったら「そうなの?ごめんなさい」とタバコを止めてくれたので、ホッとしました。体にいい法律は心にもいい。うれしいです。
まとめの時にも、うれしい発見をしました。昨日と同じ文章を点検しているのに、昨日よりも進みが早いのです。文章の校正は回を重ねるごとに楽になって、文章も読みやすくなるんだ…という喜びの発見。又楽しくなってきました。


2009年03月23日(月) 気付きと春

 引き出しを印刷しようとしましたが、又紙詰まり。数回続くと印刷機も自分からお休みして、なかなか動いてくれなくなりました。待っている間にファイルを眺めていたら違う引き出しが目に留まり、それを整理し始めて、いつの間にかそちらに入り込んで気が付いたら30分くらい経っていて、印刷機は止まったまま。そのとき、あれ?と思いました。私は最初「紙面で見たいから印刷しよう」だったのに、違うことに集中してしまって、違うことが出来ているから「する」ということは出来ているけれど、何か変だと思うのです。印刷が途中のままファイルを見ているのだから、ひとつのことに集中しているのとは違うと思います。これは「二つのことをしている」のですよねぇ。きっと今までも、このように動いていたと思います。気が付いてよかったです。
 夕方、街路樹の花を見たくて明るいうちにお風呂に行きました。家の傍の杏の花びらは強風で殆ど地面に落ちましたが、少し歩くとサクラ並木があってつぼみがいくつも開き始めています。途中に一つ、薄ピンク色の花。きっと花ミズキだと思います。その色合いが可憐でなんとも言えないのです。もう、春なのですねぇ。
そして、私の心も春です。軽い心でサクサク。もっともっと自分を楽しくしようっと。


2009年03月22日(日) 楽しむコツ

 昨晩育成会のテープを聞きなおしてみたら、能力のリストの取り込み方を知らない私になっていました。どうしてか、その理由はわかります。今日は能力を何回も染み込ませて浮かんでくることを活用しました。でも、私は今がこのような私であることを知りましたから、これから成長出来ます。自分を信頼出来るようになってよかった…。
 テープの話に戻りますが、自分の語りを聞いて、去年よりは頭で整理して言葉にできるようになっていると思いました。でも、まだ「よく語ろう」とする私が居ます。だから「えっと…」が出てくるのかな。私はもっと「そのままの自分」を語りたい。そのためには、能力を全身にみなぎらせ自分を感じられる自分を意識して、ありのままの自分を楽しむことです。
 夕方雨が止んで気温も高かったので、軽い素振りをしました。ベトナムにいるとき腰で降ることが体に浸透したようで、約2ヶ月ぶりなのに「ブン!」と音がしました。
 夜はお笑いのDVDを見ました。活字を探す一日の終わりの頭休めのつもりです。頭が喜び笑っている自分にジーンと来て「なぜかなぁ?」を見ていたらチャイルドが出てきました。自分の動きに好奇心を持ってよかったと思いました。こんな私、お目目を輝かせて生きているのが解ります。いつも自分の人生を楽しむコツは能力のリストを全身にみなぎらせることです。


2009年03月21日(土) ビギン

 又自分を走らせていました。私は「何かをする」ということに、すぐに嵌り込むのです。「寝る前に本読みを」は「目を閉じるまで文章を」になって、今思えば、目が開いている間ずっと、浮かんだ思考の全てが一度にフル回転しているようでした。昨日と今朝は、夢うつつなのに本のことが浮かんで目が覚めました。「ちょうどいい加減」の感覚がなくなって、自分を見るということも思い出せませんでした。やっと今朝、混乱する原因を探して自分のしやすいように動かし、落ち着いたところです。
 話は変わって人格のことを書きます。私はこのままで居ると「統合」という結果を作ってしまいそうです。 
 私は、心の傷を癒やした結果の「優合」になりたいのです。
 ある人は「その人格の傷はその人格だけが癒やせる」と言い、私も同じ考えです。それから、私の過去の人格の数人は「現実に出られた分だけ自分に気付き、傷が癒やせる」と言いました。過去の記録を見ると、確かに現実に出た時間が長い人格は自分を見て成長しているので、私はその言葉は正しいと思いました。けれどもそれでは、「プラスの私が現実を生きる」ということと「中に残る人格がその人格自身の傷に気付く」ということがつながらず、「他の人格が傷を癒やせるようにするにはどうすればいいの?」が残ったまま。私は昨年の夏から、このことを心の隅に残したまま過ごし、長く持ってきた「優合出来る」という未来像は少しずつ遠のいて、自分のしてきたことの自信が小さくなっていました。優合する「術」が無いかのように感じたからです。
 でも、今日、ある人の言葉と過去の人格の言葉はつながらなくて当然だと思いましたし、過去の人格が語る言葉は「過去の中で語っている言葉」だから、間違いだと思いました。それに、私に能力があれば他の人格の傷が見えるかも…と、こんな予想ができるようになりました。本当にそうなれるように、いつも能力を細胞の一つ一つに染み渡らせます。
 「独りを生きるってどういうことだろう」と自問します。何があっても自分を手伝う自分を生きたい。「独り」をテーマにすると、例えば育成会という場所も私の人生の通過点だなぁと改めて思います。それに、私は自分の命の力で生まれてきたのですから、いつも独りを生きていけるはず。今日は「自分にごめんね」の日。もう一度始めよう。



2009年03月20日(金) ひとつずつ

 一つずつするってどういうことかなぁと自問。そのようにしているはずなのに、いつのまにか広がっているのです。私はたぶん「ひとつずつすること」が出来ない人だったのだと思います。それは「速さの中で生かされてきたから」だと思います。今は「一つずつすること」を練習しています。
 銭湯の湯船でこんなことを考えていたら、チャイルドが出てきました。私は子どもの頃「1個ずつにして!」って親に言いたかったのです。自分がそんなことを言いたがっていたなんて、想像したことがありませんでした。チャイルドの言葉に耳を傾けると、知らなかった自分を知ってなおかつ、楽になることが出来ます。
 夜、子どもに Mail を出しました。今回は、私は自分の気持ちを書きすぎたために子どもは電話番号を教えてと言ったのです。私は最初、自分の書きすぎを無しにしようとしたので、その文章はおかしくなりました。でも最後は、間違えた自分を謝って「待っててね」を伝えました。前に書きましたが、もともとはベトナムに居る間に私宛に来た子どもからの手紙と父との出来事の中でしたことだったので、これでやっと、あの時慌てた私をリセット出来た気持ちです。



2009年03月19日(木) 練習

 昨日、パソコンで愛用していたキーボード操作が全部使えなくなって、いろいろといじっているうちに文章にまで影響してしまい、冷や汗が出ました。キー操作は自分の使いやすいようにアレンジしていたので、まず最初にパソコンの初期設定に戻して、それから再び自分流アレンジを入れるのですが、その設定の仕方をすっかり忘れていましたから大変でした。最初のトラブルから2時間くらいあとにようやく改善し文章も元に戻すことが出来ました。
 キーボード操作をどうやって覚えたのかなぁと思い出してみると、ベトナムに居る頃 「もっと使いやすい方法はないかな? 」を探して説明書きを丁寧に読んだからでした。その時は本書きよりも操作を覚えることに時間を費やしましたが、それ以降今日までの約半年間大活躍していますから、費やした時間はプラスになっていると思います。
 今回は、慌てた分だけ時間のロスがありました。トラブルの一番最初を丁寧にしていたらもっと早く修正できていたと思います。いつも一つずつなのです。私はもっと物事を大きく見れるように練習します。


2009年03月18日(水) 適度

 最近、ラジオを聞いてラジオ体操をしています。ラジオ体操というのは全身運動だったようです。今このように感じるのは、今が運動不足のせいでしょうか?それとも子どもの頃学校の校庭でしていたときは手と足だけ動かしていたのでしょうか? 
いずれにしても、体を動かすと体が喜ぶのが解ります。喜んだ部分をもう少し続けたくなるとお兄さんの声から離れて自分のペースになります。私は、今は寒さで縮みがちな体を伸ばしてあげると気持ちいいのです。頭と体を同じくらい動かすのを目標にします。


2009年03月17日(火) ノッポ

 今日は机と椅子を買いました。それが、お店で見たときは「これを買う!」の一言でしたが、家に帰ってみると、この新参物が浮いて見えました。その理由はテーブルがパイプ製で高さ約1メートル(私の胸の辺り)とノッポだからです。それに合わせた椅子に座る時は「よっこいしょ」です。椅子に座ると2階に上がったような気がします。帰国して以来、畳から30cmの視線で仕事をしていた私の視界が変わります。
 早速作業を始めましたが、上り下りが面倒で「買い物を間違えた」と思いました。でも、しばらくすると面白いことを発見しました。この机は立ってパソコンが打てるので運動にもなりそうです。夜になった今は、面白い買い物をしたと思っています。


2009年03月15日(日) 描いたこと

 私の本は「心の傷を癒やして複数の人格を優合する」その取り組みの一部を書いたものです。
引き出しは、それぞれの人格の言葉を書いたものだけで、今のところ約250ページ。今はそれを読みやすい形にするという目的で動いています。
 実は、帰国してこのテーマを選んだ時から、自分が描いていた「本を書いた後の自分の未来像」が少し変わりました。駅に立つ私に足を止める通行人の数は少なくなり、ライターの夢も少し遠くなりました。その理由は世の中に、過去の私のように「子どもが愛せなくて苦しいお母さん」や「自分はアダルトチルドレン」を自覚する人々は多いですが「複数の人格」を自覚する人は少ないからです。本の中に「丙午の迷信」を入れることが出来たらなぁと思っていますが、私の文章力で「丙午」が入れられるか…ナゾです。ということで、私の本に興味を持つ人はこれまで想像していた率の半分くらいになったのです。
 そして出来た分が出来た分なので、どのようになってもいいですし、私がこの引き出しを選んだことは私にとって最も意味がありますから、これが一番いいのです。私の人生の目標は「一人の人格になること」なのです。それに、私は今「夢が少し遠くなった気がする」と書きましたが、「人生の目標」を考えれば「ライターになる」夢は「点」のようなものです。加えて、何事もコツコツしていればそのうちに出来ますから、描いたものを持ち続けていれば、いつかはそんなことも出来るかもしれないという程度になりました。


2009年03月14日(土) 新た

 一番上の子どもが手紙に書いていたメールアドレスに返信を送ったらその日のうちに返事が来ました。写真が3人分。1人分は添付できなかったそうです。大きくなった子ども達。でも、その目鼻立ちは私が別れた頃と同じようです。やっぱり涙が出ました。
 何回か見ているうちに写真の背景に目が映りました。そこにはピアノや家具など見覚えのある生活道具。部屋の作りが関西に居た頃のそれと似ています。私は現在に居て過去を見ているような不思議な感覚を持ちました。その時「プラスを意識しなくちゃ」と直感が働きました。それから、写真を見ている自分をよーく眺めました。私は物やお金よりも大切なものを見つけましたから、彼女達が大切にしているものはもう、私のそれとは違うと思います。けれど、自分は今後子ども達の話を聞いているうちに、知らないうちにその世界に入ってしまうかもしれないと思ったのです。なぜなら、私にはまだ感情の中で動く自分が居るからです。
 写真を閉じた後「子ども達と私の人生は別のもの。自分の心を一番大切にすると、子どもの心をも大切にすることにつながる」と口に出して心に沁み込ませました。それから同じ言葉を白い紙に大きな字で書いて貼り紙をしました。私は「私を生きること」をしたいのです。

 まとめは新しい引き出しが一つ出来ました。それは人格同士で話をしていたときの会話集です。読み直してみると、私は毎日のように他の人格に巻き込まれているのです。でも、当時はそんな自分に気がつかないほど、何とかして傷を癒やして優合しようと、大げさではなくて、朝から晩までそのことを考えていました。それからすると、今の私は癒やしの作業を始めた当初の純粋さが少なくなっています。いけません…。出来ていることに安心していると、いつの間にか違うところに向かってしまい、心の成長が止まるのです。
 今日は、自分の心を新たにした夜でした。


2009年03月13日(金)

 雨ふりにつき予定していたコインランドリーを中止して、外出はトイレだけになりました。灯油が少ないので節約して電気毛布に包まっての仕事です。
 今日もあっという間に時間が過ぎました。私は今書く世界にこもっていると思います。それでも時々落ち着かなくなります。すればいいことが分かっているのになぜかなぁ?と自分に問うと、全部が初めての手探りの中「出来上がり像」が安定する前だからだと分かりました。私はきっと、現物を目の前にするまでは「あれがどう?これがどう?」と言っているのだと思います。今日気が付きましたが、私は今、束ねた文章以外は「ゼロ」の状態から、本という一つの「形」を作る作業をしているのですねぇ。初めてのことをするいう視点で見ると、これまでで最も「初めてのことを長く楽しめている」と思います。
 今日から「章」というのを意識することにしました。


2009年03月12日(木) 感じたこと

 印刷したものを読んでいると新しい考えが浮かんできます。やっと「この引き出しを土台にした物を作りたい」と感じられるようになりました。
 一昨日、一番上の子どもから手紙が来ました。住所が伝わってよかったです。その子はもうすぐ高校生になります。手紙の内容から、私がどのように生きているときも、子どもは子どもの人生を歩いているのだと実感させられました。


2009年03月11日(水) 印刷の過程

 夜、校正用の印刷に、用紙とインク代を節約するために実際のサイズに近い形で印刷してみることにしました。ところが枚数が多いせいか今までのように行きません。紙詰まりが続いたときは「あ〜もう嫌だ…」と思いましたが「丁寧」を思い出して自分を導きました。ところが残り30ページのところで紙が2枚運ばれてしまいました。ページ数がずれてしまって、どうにもつなげられません。その辺りから刷り直しをして、全部で1時間くらい掛かりました。
 出来上がったとき嬉しくて、校正のための印刷なのに既に本が出来たような気持ちになってしまいました。が、明日はこれを見て校正を丁寧に進めていくのです。今夜は枕元の右と左において寝ようかしら…。寝返りが出来なさそうだから机の上において寝ましょうっと…。


2009年03月10日(火) まんまる

 温かい一日。日中はストーブを消して窓を開けて仕事をしました。この頃は一日中パソコンの前に座っていることが当たり前になっています。
 昼過ぎに郵便局まで散歩に出たら、部屋の中と違って外は強い風。でも、私はいつも部屋の中に居ますから意図的にお日様に当たる必要があるのです。
 夜、お風呂屋さんを出てお空を見上げたら、満月でした。日本に帰ってから初めて月を見上げた夜でした。私の心も満月のようにまん丸。文章作りも「なん○」です。


2009年03月09日(月) 未来予想図 Part 5 くらい

 明け方3時半にトイレに行ったあと本のことを考えていたら目がさえてしまい、今日も5時半に布団から脱出しました。朝早い時間は寒いですが、私は早起きが好きなのです。朝ごはんを済ませてせっせとまとめ。大きな引き出しが出来ました。
 私は今の引き出しを成長の証としての一つの形に出来たら(出来た分だけ)「いつか一人に」限りなく近づく予感がしています。もしも私の予想が当たったら…いろいろなことが浮かんできます。
 


2009年03月08日(日) トンネルからの脱出

 どの方法で引き出しを選べばいいのか分からなくて、帰国してからずっとモグラのように生きていました。
 ベトナムに居る頃、日本の父が私の文章に投資金を出して下さいましたが、今日はとうとう「お金を返して」と言われてしまいました。私はきっと、的の外れたことをしていたのでしょう。仕方がないのでお返しするという方向で少し使った分を頭で計算して伝えました。それから「こんなことってあるんだ…」と思いました。でも、もともと私のお金ではないのです。今あるお金で生きていけばいいのだから、それでもかまわないと思いました。
 ところがその後、引き出しを選ぶ方法を見つけたのです。それは「そんな方法でいいの?!」というようなものでした。私は「本を作る!」と構えすぎていたのです。もっと楽に構えていたらすぐにも分かりそうなことだったのに…。マイナスパワーは強力ですから、Mamõ ちゃんはいつも能力のリストが自分の次に大切になりました。
 帰国後13日目にして、私はやっとトンネルの中から抜け出すことが出来たのです。これからは順調に運びそう。よかったよかった。本当によかったです。


2009年03月07日(土) 不思議なこと

 少し前の話になりますが、帰国した翌朝郵便物の整理をしていたら、子どもからファシリテイターに当てた手紙があってびっくりしました。
 事情は、子どもが私宛に私の日本の住所に届いた手紙に、ファシリテイターが「今はここには居ませんよ。手紙はどうしますか?」と手紙を出して、その返事が来たということでした。私は子ども達にはベトナムの住所を知らせると約束していましたし、越南した後に日本に手紙が届いていたことも、ファシリテイターが手紙を出していたことも知りませんでしたから本当に驚いて「私宛の手紙なのに、なぜ尋ねてもらえなかったのかしら?」と不思議に思ったり「そのようにしたことを何故知らせてもらえなかったのかしら?」と怒りが湧いたりして埋もれました。
 でも数日を経て、何事もプラスに考えた方がお得だと思うようになりました。何故なら、私は子ども達と離れた頃よりも楽になっているのですから、何があってもあの頃よりも悪くなることはないと思えるからです。ということで、前向きな考えを持っている自分を感じてうれしく思った出来事でした。


2009年03月03日(火) 生活する楽しみ

 寒い朝。4時に目が覚めて眠れない。「どうせ起きるのだから」と5時ごろ布団から脱出した。「新聞屋さんはもう起きているかしら?」と上着を羽織って外に出たら、外はまだ暗いのに新聞は投函されていた。こんな朝は新聞屋さんに「ありがとう」。外は曇り模様で寒そう。少し遠くの百円ショップまで買出しに行く予定だったけれど延期にした。
 帰国して初めて一日中まとめ。時々外を眺めて吐く息の白さを楽しむ。昼過ぎにはあられが、庭の落ち葉の上にタチタチ音を立てて落ちた。
 することをしているとあっという間に時間が過ぎた。夕方5時半、作業を終わりにしてもう一度外を眺めた。日中のあられは雨に変わっていた。思案しているのはお風呂屋さん。雨だから自転車ではいけない。「温まりたいけれど帰りに体が冷えるのもなぁ〜」ということでお風呂屋さんも延期にした。おなべにお湯を沸かしてたらいに注いだ。お風呂の変わりに“足浴”。足が喜んだ。
 今日の外出はトイレだけ。と言いたいところだけど、漬物が食べたくなって買い物に行った。ローソンで買ったパックの白ご飯と漬物とゆで卵を食べる。3回に1回くらいワカメのスープをすする。お腹は7割ぐらいで満たされた。残ったご飯にラップを貼りながら、コンビニの白ご飯を食べることがあるなんてと、その場所とは無縁だった過去を思い出して笑えた。
 パジャマに着替えて布団を敷いてその上に寝転んだ。部屋をぐるりと見渡す。昨日寒さ対策に買ったマットを眺めて「かわいい柄だなぁ」と自己満足。マットだけにとどまらず、天井もすりガラスも部屋の中全部が面白い。楽しいなぁ一人暮らし。気楽だなぁ一人暮らし。どうしてこんなに楽しくなってしまうんだろうと不思議な気持ちがする。明日もいい日だといいな。きっといい日だろう。明日は天気になったらマイチャリで散歩に出よう。


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