「物書きなていうものはものの道理や世の出来事を 知り尽くしたように言うけれどその実、現実を何一つ 分かっていない人種なんだ。」(たしかそんな感じ)
それはとある物書きが小説の中で、物書きの主人公に向けて 彼を非難する別の登場人物の男に言わせた言葉だ。
非難する男はかたぎで物書きは放蕩に明け暮れる。 その物書きの書く小説は人の興味を引く面白い小説なのだろう。 浪漫主義、退廃派、耽美的およそ健全とはほど遠い そうした作風にも作家には切実な必然があった。と思う。 物書きは自ら命を絶つ。
劇団の研究生の座を追われる身になった友人が その劇団に残った別の男のことを非難した。 女に食わせてもらってる。 それもその男の才なんだよ。他人事のように答えた。
誉められることは何もないけれど私は働いている。 そして私は生きている。
5月6月は公演ラッシュだ。封をを開けてさっと目を通しただけのDMが何通もあったので改めて読み返してみた。殆ど仲間内からのものなのでだいたい内容は分かっている。文面を読むとやはり時勢の経済難に触れるものが多い。舞台で生計を立てていくことは困難で特別今が苦しいとも言い切れないのだけれど。パントマイムを愛するものたちの言葉はどれも力強く誇り高い。しばらく顔を合わせてない仲間の勇姿を今は讃えたい。行ける限り足を運んでみよう。
| 2010年05月09日(日) |
マジカルナンバー・オブ・セブン |
人間が一度に把握できる物事の数は七つ程度らしい。 それを「マジカルナンバー・オブ・セブンプラスマイナス2」と言う。 Home Pageのコンテンツを減らしてみた。
「あんたなんかやめちゃいなさいよ!」
痛烈な言葉が耳を突いた。女の怒りはどこから生まれたものか? 目的のため組織は権力を武器に人を操ろうとする。 国には法律があり労働者を守る取り決めがいくつかあるのだが。 経済が傾いて窮地に追い込まれた権力者は 事実のすり替えとNOをYESにするための根回しに躍起になる。
さて、趣味の良いものと悪いものが煩瑣に世の中入り乱れている。 何が良くて何が悪いのかとボーダーもなければ決まりもない。
子供が自分のおもい道理にならず癇癪を起こす。 利益を上げるため、利益が上がらないため 倫理をなくした権力者はよだれを垂らした幼児だ。
突拍子のない女の怒りは物乞いをする集団の 悲痛と哀願の不協和音を残していった。
聖胎長養 愛せるだろうか?
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