umityanの日記
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2017年09月24日(日) おもんばかりの人生。

九月最後の日曜日。天気は曇り。やや肌寒い。Tシャツを長袖に替えた。暑ければ腕まくりしておけば良い。キンモクセイの香りが一面に漂っている。訪れた人が、「香りがいいですねえー」と、一様に言う。僕は鼻が鈍感なんだろう。全く香りを感じない。何故なのか?。その原因を考えてみた。

思い当たる節があると言えば、五・六年前か?、夜の繁華街を,いい気分で歩いていたとき、足を取られ、しこたま、鼻をコンクリート路面にたたきつけたっけ。鼻から血が流れ出たことはもちろん。しばらく、路面に伏していたとか。その一瞬は記憶にございませーーん。幸い、ネズミ男君が一緒だったので、救急車を手配してくれて、則、医大に運ばれた。

すでに意識はあり、「なんて、おおげさな」と思ったが、念のため、医者の診断を仰いだ。レントゲン写真では、鼻の骨は折れていなかったが、ちょっぴり、鼻筋が歪んだような。見た目にはほとんど変わらない。その後、どうも、匂いに鈍感になったような気がする。臭覚気管が壊れたか?

これは良い面もある。人が臭い「おなら」をしても、気がつかない。ましてや、自分の「おなら」が、どの程度、匂いを振り巻いているのかも分からない。これを「良し」とすべきか、「悪し」とすべきか。「あんた、おならしたろ?」と、問われても、音を発せず、匂いがしないなら、「僕じゃ、ありまっせん」と、否定することができるのは良い点だろう。

とは言え、「おなら」を連発すれば、いつまでも隠せとおせるものではない。最後には顰蹙を買うのがおちだ。おっと、今日は「おなら」の話をするつもりはなかった。九月最後の日曜日。まだ、彼岸は継続中だ。

彼岸の中日には、太陽が真東から出て真西に沈む。自然が織りなす振る舞いには、ただただ、畏敬の念を覚える。ただ、最近、その自然の振る舞いに異変が生じていると、科学者が述べている。なんと、地軸が少しずつ、ずれていってるというのだ。やがて、ポールシフトという現象が起こり、北極と南極が入れ替わる。これはどういうことか?。当然、自然体系が大きく変化し、人間を含め、全生命体が地球に生存できなくなるかもしれない。その時期が、いずれやって来るというのだ。あな、恐ろしやである。

この自然の振る舞いを、いかにすれば阻止できるだろうか?。今の科学では不可能だろう。あえて解決策を言えば、最近いくつも発見されている地球型惑星へ移住することが最良の逃げ道かもしれない。

問題は、いつ、ポールシフトが起きるかだ。今を生きている我々は、まあなんとか生き延びれるだろう。未来のことはわからない。目下、心配なのは、今にも起こりそうな戦争の危機だろう。人間はたかが100年しか生きれないのだ。すべからく人生を全うして生きたい。皆、そう思っているはずだ。

そうするためには、どう生きればいいのか?。思うに、五欲(財欲・色欲・食欲・名誉欲・睡眠欲)をいかに制御して生きるかが肝要だろう。五欲を制限することは、しらず、人をおもんばかって生きることにつながるだろう。「おもんばかりの人生」。・・・うんんん、これだ。今、そんなことを考えている。






2017年09月22日(金) 今年の反省には、ちと、早すぎるか?。

お盆が過ぎて、今、秋のお彼岸真っ最中。彼岸花が美しく咲いている。やっと、過ごしやすくなった。先日までの暑さが嘘のようだ。とはいえ、各地で頻繁に起きている天災は、まさに地球環境が激変している証拠だろう。地球に一体何が起きているのか?。温暖化、温暖化と叫ばれて久しいが、環境激変の原因はそれだけなんだろうか?。分からない。未来が心配だ。

僕は相変わらず、雑草と戯れながら日々を過ごしている。時折、ネズミ男君が、「おいどんも修行がしたい」とやってくる。じっちゃん、ばっちゃんとのゲートボールばかりじゃ、体もなまってしまうからなあーー。僕、ジャイアンとしてはありがたい限りだ。

ところで、先日、ネズミ男君と雑草刈をしていたとき、しらず、ネズミ男君の車の後部座席右側の窓ガラスが割られていた。「ええーつ、一体、どうして、何故?」と、二人して頭をかしげた。ネズミ男君曰く。「あんたの草刈り機械が石ころを跳ね飛ばして割ったんじゃろ」っと。僕、ジャイアンはそれを強く否定。何故って、石ころを飛ばして割ったなら、僕自身が気がつくからだ。僕、ジャイアンに、全くその覚えがない。

僕は言ってやった。「あんた、まさか自作自演じゃなかろうね」って。なにせ、ネズミ男君の車は、すでに10年以上も乗っているオールドカーである。あちこちに痛みが生じていても、おかしくない。彼は「な・な・なんと言うことをー」と言って、僕の弁を強く否定した。

まあ、そんな案配で、車のガラス工場へ赴き、窓ガラスの修理を依頼したが、すでに部品の製造なし。廃車になった車の窓ガラスを探してもらうしかない。ちなみに、修理代の見積もりは数万円。我が敷地内での事故なので、僕、ジャイアンも、わずかながら資金援助することにした。これで、一件落着だ。

ところで、近々、僕ジャイアンの誕生日がやってくる。ネズミ男君はひと月遅れの10月だ。若い頃なら誕生日も嬉しいが、高齢になってくると、誕生日が疎ましくさえ感じられる。「また来たか、避けたいこの日。天を仰ぐ」。まあ、そんな心境か。

とはいえ、昨年は、さる小料理屋やスナックで、その旨を告げると、「はい、これ、お祝いよ」と言って、ワインやら、祝い品が差し出される。僕ジャイアンのみならず、ネズミ男君にも、「ええーーーーい、ついでだ」と、二人分が。このときばかりは、二人とも、嬉しいこと限りなし。我々も現金な輩である。

いよいよ今年も三ヶ月ちょっとになってきた。今年の反省を、そろそろせねばなるまい。僕、ジャイアンとしては、今のところ、可もなく不可もないってところか。詳細については後日語ろう。






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