umityanの日記
DiaryINDEXpastwill


2011年05月26日(木) 旅近し。

久しぶりに本格的な雨だ。植物たちが喜ぶだろう。僕も水をやる手間が省けて幸いだ。いつもなら朝日が射し込み、「暑くなりそう」という予感がするのだが、今日はその心配はない。僕は既に半袖に短パンという出で立ち。今更、長袖に着替えるのは面倒。来客も来そうにない。このままの姿で今日を乗り切ろう。いつもなら、短パンの下に、ステテコをはいていて、短パンからステテコが飛び出しているのだが、さすがにそれは止めた。「みっともない姿でうろちょろするのは止めて」と、きつうーーーーい、おしかりを受けたからだ。ご養子様はつらいぜーーー。

仕事も一段落した。早めの手当でで、時間をもてあましている。こんな時に日頃やらない事に手をつければ良いのだが、なかなか触手が動かない。今、今月末に行く旅の事を考えている。のび太君の話によると、9名の人が参加するとのこと。半数は既知の人達だ。何はともあれ、楽しい旅になることを期待している。

恐らく、のび太君、ネズミ男君、そして僕、ジャイアンの三人は宿泊が同室となるだろう。悪夢の再来だ。ベッドはのび太君を中央に、ネズミ男君とジャイアンが左右に陣取ることになるだろう。いつものパターンだ。早く寝るが勝ちとは分かっていても、旅先の枕は雑念と興奮が共存し、船を漕ぐのに時間がかかる。ネズミ男君が僕に言う。「あんた、いつも、なにやら、ムニャムニャ言っているぜ。やかましくてしようがない」と。そんなこと、この、ジャイアン知る由もなし。僕もお返しに言ってやる。「あんたこそ、グワオー、グワオー、と、いびきが高くなったり、低くなったり。たまらんでーーー」と。まあ、お互い様で、にっこりだ。その点、のび太君は、いつもながら紳士。「何かあったの?」と、どこ吹く風だ。

今回の旅には某税理士の先生夫妻が参加する。過去、先生と何度も酒を酌み交わしたことがあるが、その先生はビール党。どこに行っても、ビールしか飲まない。我ら雑食とは違う。あだ名をつけた。「ぞーさん。ぞーさん」である。いつも、おっとりとしていて、象のように、のっそり、のっそり歩く。女房にしかれていること常のごとし。ご養子様みたいなもんだからなあーーー。

その様を見て僕が「ぞうさん」と命名した。「ぞうさん」もビールで酔うと、得意の演歌を歌い出す。哀愁を帯びた低音の声は魅力的。皆、聴き惚れている。その点、僕ジャイアンが、声をあらげて、歌い出すと、回りは会話に夢中。歌い終え、最後におきまりの拍手だけが返ってくる。真面目に歌うのも、やんなっちゃうぜ。

まああ、こんな調子で、今度の旅がいよいよ始まる。旅が終わったら、いつものごとく旅日記を書こう。今度は首にぶら下げたカメラマンが三人いる。のび太君というセミプロカメラマン。プロもどき、ネズミ男君。それに素人のジャイアン君。写真の品評会をするのが楽しみだ。そうそう、僕も今からカメラのイロハを覚えておかなくちゃあーーー。


2011年05月23日(月) 朝の風景。

風強し。小雨混じりの今日。やや肌寒い。朝6時に起床。カーテンを開き、明かりを取り込む。朝の空気はうまい。テレビのスイッチを入れ、ニュースらしき番組に一瞥を投げる。

おっと、今日は資源物を出す日だった。透明の定まったビニール袋にため込んであった、カンカンと、ひもで結んだ古新聞、雑誌等を荷車に乗せ、フェンスの外にあつらえてある小屋まで運んだ。「しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん、ギーコ、ギーコ」。音楽を奏でているようだ。小屋の鍵は7時に解錠される。ちょっと、早かったか?まだ、開いていなかった。雨に濡れてもたいして支障のないカンカン袋を小屋の横に置き、古新聞、雑誌等は持ち帰りだ。まあ、これは仕方がない。定刻を過ぎた頃、再出動だ。

小雨の中、メロンパンのように大きくなった紫陽花が、怪しげ色彩を呈しながら僕を迎えた。不思議な花だ。「愛しているなら愛している」と言ってくれ、と叫びたいが、所詮、無理なこと。今日は水を欲しがっていないようだ。小雨がしっとりと大地をぬらすだろう。

玄関横の月下美人は、ようやく息を吹き返したようだ。新しい茎が、にょきにょきと伸び始めた。花が咲くかどうかは今のところ不明。まあ、元気になったことが何よりだ。

それにしても、五月の青葉若葉は美しい。左手には黄金の麦畑、右手には目に優しい真緑の草原、山々が・・・。こんな時、バスガイドさんなら、どう表現するだろうか?。「皆様、左手の方をご覧くださいませ。たわわに実った黄金の麦穂が風にそよいでいます。まもなく刈られ、ビールの原料として出荷されまあーーす。程なく、皆様の喉を潤すことになるかと思いまあーーーーす。おいしいからと言って、くれぐれも飲み過ぎませんように」「今度は右手をご覧くださあーーーい。青葉若葉が目に痛くありませんか?。この時期は古い殻を脱ぎ捨て、新しい若い命が育まれようとしていまあーーーす。皆様、自分のほっぺを触ってみてくださあーーい。何となくみずみずしく感じませんかあ。皆さんも脱皮しているんですよおーーー。五月万歳!!!」とは言わないか?。

まあ、こんな風に感じながら午前が過ぎようとしている。午後、来客の予定あり。クライアントだ。既に僕の準備は出来ている。後は、スムーズに処理が進むことを願うのみ。

最近、夜の娑婆へ出かけていないので、少々、ネオンが恋しい。出かけるべきか?否か?。出かけよう。いや待て。うんん、迷うくらいなら、出かけるのが吉か?。とりあえず、その時間になって考えよう。花ならぬ色香に惑わされなきよう、心しなくちゃあーーー。



2011年05月20日(金) 暑い昼下がりに思ったこと。

今日は今年一番の暑さとなった。「たまらんでー」。まだ、冷房を入れるには気が引ける。押し入れにしまってあった扇風機を取り出した。いまや、扇風機も一人一台の時代。テレビも一人一台。携帯電話は一人2台。パソコンは僕の場合は一人3台。さすがに、冷蔵庫は一人1台というわけにもいかない。アパートの一人暮らしとあらば別だが・・・。こんな風で、家族の団らんの場がいまや消えた。皆が集えば電気代も一カ所の消費で済むのだが。

要するに電化製品が身の回りに、あまたと散在している。先日、テレビで、電気の無駄使いがどこにあるか検証していた。見回せばあちこちに省電力につながる要因が発見された。コンセントは、やはりこまめに抜いておくべきか。僕も大いに反省せねばなるまい。

汗かきかき事務労働にいそしんでいると、ドラえもん君がやってきた。まあ、これは単なる様子伺いってやつだ。何か新しい情報でもあれば聞きたいのだろう。お互い様ということで、ビタミン入りの缶ジュースを飲みながら談笑した。

話をしていると、彼が急に「畑を耕して何か作りたいなあーー。ネズミ男君が手伝ってくれたらいいんだが」という。確かにグッドアイデアだ。暑い日には畑に出て、肉体労働に励むのも良い。汗がわんさと出て、労働が終わった後、「ぐい」とやる、水は最高のご馳走だ。ビールならもっと、いいのだが・・・・。疲労感と幸せ感が同時に味わえる。

幸い、空いている雑草地が2カ所ある。「いつでも、利用していいよ」と言っているが、なかなか本腰とはいかないようだ。この僕とて、何か作物を作りたいのはやまやまだ。だが、娑婆世界の喧噪が、そうさせてくれない。まあ、これは言い訳だが・・・・。もっと、齢を重ね、世の中が静かになったら、晴耕雨読で仙人みたいな暮らしがしたいと常々思っている。その願望が叶いそうなときは、すぐそばに、棺桶がやってきているかも知れない。悲しいぜ。

一方、ネズミ男君は、日々、土木作業のアルバイトにかり出され、きつい労働に従事している。若い者に、「この馬鹿、ふうけもん、はよう持ってこんか」と怒鳴られ、「頭に来る。はがいかあーーー。やめたるぜーー」と、いつも言っているが、なにせ、飯の種と旅の資金獲得が肝要だ。てなわけで、肉体的には農作業は可能だが、農作物が、果実を結ぶまでには時間がかかる。「それじゃあーーー、あばかんでーーー」と言うことだ。今や、我々に時を待つ余裕など無い。

とりもなおさず、ドラえもん君の発想は良い。お腹に夢の袋をかかえているからなあーーー。「神様、お願い。僕にも夢の袋をちょうだい」とおねだりしても、無理かぁ・・・。ただ、健康で日々の労働を継続していくことが今の僕に出来ることかもしれない。


2011年05月14日(土) 五月の空は気まぐれだ。

蒸し暑くなったかと思えば、また肌寒くなり、五月の空は変わりやすい。今日は久しぶりに午後から県外で仕事だ。行きたくないなあーーーと思えど、それじゃああ、おまんまの食い上げだ。何はなくとも、仕事があるうちが花だろう。

昨日は、のび太君が、今度行く旅の申込書を持ってきた。世界遺産を巡り、グルメの旅をすることになる。いつ行けるか分からぬ旅とあらば、行ける時に行くのが最善の選択だろう。ネズミ男君も参加する。「今度行く所には、おいらは10数回行っているぜ」と、彼は言う。「何度行っても、時の流れは、その風貌を変えているから、新鮮だぜ」と、僕、ジャイアンが言うと、「それもそうだなーーー」と、単細胞な彼はすぐ同意。ストレスをえていない僕たちは、まさに能天気である。

それはそうと、ドラえもん君が、また新たな旅の計画書を持ってきた。六月実行の予定である。この旅は、例によって、ベトナム行きを実行した5人のメンバーによる、気心の知れた仲間達によるものである。旅の目的は、国内のワイナリーを5〜6カ所巡り、気勢を上げるという段取り。ナビ付きのレンタカーを借りて、2泊3日の旅となる。

最初のドライバーはドラえもん君。さすがリーダーだぜ。「おいらは昼間は飲まないで運転に専念するよ。その代わり、夜にはホテルで飲むぜーーー」という。「そうでっか。ありがたや、ありがたや」である。他の4人は、恐らく、ワインの味に酔い、車内は花盛りとなるだろう。

ドラえもん君が昼間酔わないことにはもう一つ理由がある。これはジャイアンの憶測だが、とあるワイナリーに、とびっきり美人の若女将がいる。パンフレットを持ってきて、僕ジャイアンに見せてくれたが、真面目な顔でその人と相対したいのだろう。僕たちは既に酔っ払っているから、美人の顔も二重三重に見え、定かに若女将の顔を判読できないだろう。ドラえもん君は妙に若い美人の女性に弱いようだ。先日も我が家で雇った医大生のアルバイト女性を見にきたぐらいだ。

まあ、それは良いとして、社会が混乱している今日。何をやっても心から愉快になれないのが日常。ただただ、先を向いて進んでいくしかない。天災
と人災が同時並行すれば、人間が築いた文明なんて砂上の楼閣と一緒だ。築き上げるには時間がかかるが、崩れ去るのは一瞬。生あるものは必ず滅するというが、問題はその滅しかただ。運、不運だけの問題ではない。科学の力で解明できないことは山ほどある。一歩一歩ずつ、歩んでいくしかできないのだろうか?.要は最善を尽くすしかない。






2011年05月04日(水) 何をか語る花々。

今朝の天気は小康状態。時折、日が射しこむ。ちまたでは、ゴールデンウィークの帰省ラッシュが始まったそうな。人は皆、どこへ行くのか?。故郷、行楽地、野山、海、動物園・・・・・。年中、暇無しの僕は、じっと指をくわえ、ディスプレーに映し出されるその様子を覗っている。

今日は昼から仕事。その後、来客の予定あり。てなわけで、先ほど、愛でている花たちに水をやった。紫陽花がたくさん蕾をつけている。この蕾がどんどん大きくなり、怪しく色づいてくるのが楽しみだ。紫陽花は水という食べ物をほしがるんだよなーー。僕は毎朝、丁寧に配膳している。

雨があまり降らず、ひからびていた蓮の鉢に水を浸した。昔、使っていたという大きなは釜、一体、何升焚きのの釜だろう?。ばあさんがそれを蓮鉢にしたのだ。直径が50センチはあるだろうか?、毎年、「渡しを見て」と言わんばかりに、可憐なピンク色の花を咲かせる。「わおーーーーつ、マイハニー」と叫びたくなる。今から楽しみである。

そうそう、もう一つ忘れてはならない花がある。月下美人である。仕事仲間からもらった一枚の葉っぱ。おっと、これは葉っぱではなかった。茎なんだそうだ。てっきり葉っぱと思っていたが、過去、放映された「月下美人の秘密」という番組が教えてくれた。

この茎がどんどん生長し、いまや僕の背丈を超えるまでに伸びた。昨年は3回、美しい純白のドレスを思わせるような大輪の花を咲かせた。一夜にしてしぼんでしまう月下美人。花の命は短くて苦しきことのみ多かりき。まさにしかりだ。だからこそいとおしい。

それがどうしたことか?、今年の正月、友人達を呼んで、正月の祝い酒を飲み、すっかり酩酊した。こともあろうに玄関横に置いていた月下美人の鉢に倒れかかり、茎を傷つけてしまった。幸い、全損には至らなかったが、以来、茎が枯れたように黄ばみ、今日に至っている。すっかり愛想をつかされた感じである。

そこで、僕は鉢を玄関の日当たりの良い外へ出し、毎日、せっせと水をやって信頼の回復に努めているってわけだ。茎は頑丈なので、必ずや、復活すると信じている。「僕のいとおしい月下美人よ。僕を見捨てないで」と祈りつつ日々が過ぎていく。








2011年05月02日(月) 新たな旅。

降りそうで降らなかった今日の空。僕は雨を心配して、たまったゴミの焼却処分と生ゴミの搬出を・・・・。今ではすっかり僕の役目になってしまった。というより、そんな雑仕事が好きなのだ。

午後、のび太君よりテルあり。程なく彼がやってきた。のび太君計画の小旅行への申込書を取りに来た。時勢がが時勢なだけに、行くかどうか迷っていたが、「行けるときが花」ということで参加することにした。ネズミ男君も誘ったら、行くとのこと。今年の初めに三人で北海道旅行をしたばかりだ。再び、三人揃い、珍道中が始まることになる。

僕、ジャイアンは鎮魂の意味もあり、寺社仏閣の旅を希望していたが、今回は彼が部長を務める会の親睦旅行に便乗するため、そうもいかない。いずれにせよ、人生が旅であるならば、どこでも良い。故郷は遠きにありて思うもの、そして悲しく唄うものだ。

今回は、僕も新たに仕入れたカメラを持参しようと思っている。。のび太君とネズミ男君はいかにも高そうなカメラを首からぶら下げて、一端のカメラマン風だ。僕も負けじと安物だが、首からぶら下げるカメラを新調。三人揃って、町中を歩くと「変なおじさん達」と言われるのは目に見えている。が、そんなことに、構っちゃあーいられない。短足の三人で文殊の知恵を絞れば、何か良いものが撮れるだろう。

それはそうと、僕には他に二つ旅の計画がある。その一つは仕事がらみの旅で、いわゆる慰労会というやつ。これはあまりおもしろくない。他の一つは、ドラえもん君をリーダーとする五人による旅である。もちろん、のび太君もネズミ男君もそのメンバーである。ほかに、最高齢の夜泣き爺さんと僕、ジャイアンが加わって5名である。この旅はさらにはちゃめちゃな旅となること請け合いだ。なにせ、ドラえもん君が天下の宝刀、お腹袋から何を出すか分からないからである。ベトナム旅行では、相当高い車エビを食って
悪酔い。顔がワインカラーに染まった。

五月の空は高く美しいが、秋でもないのに、どことなくうら寂しい。大震災の衝撃が脳裏から消えないためだろう。一日も早い復興を願っているのは全国民がそうだろう。国政は政権への揚げ足取りのみに奔走せず、与野党一致団結した行動こそが必要だろう。ボランティアの人たちの活動には頭が下がる。遠隔地にいるとは言え、何か出来る一歩を踏み出さねばなるまい。



2011年05月01日(日) 琵琶の音色。

五月の声を聞いた。セミはまだ鳴かない。忙しかった四月が嘘のようだ。誰ひとり来ない日曜日。のんびり出来るのは良いが、あまり暇だと、逆に寂しくなる。生来、何かをしていないと落ち着かない性分なんだろう。やはり、貧乏暇無しがいちばんいいか。

先月の29日、昭和の日には恒例のイベントを催した。50〜60人がやってくるので、接待係のアルバイトを一人雇った。25才の美しい医学生だった。友人から紹介してもらった人だ。そのことを、ドラえもん君に話すと、「おれ、その人を見に来るよ」と言っていたが、本当にやってきた。「この人だよ」と言って紹介すると、「ぽーっ」と顔を赤らめて、そそくさと帰って行った。ちゃっかりしているぜ。明るい笑顔で、彼女の接待は好評だった。

イベントのあとの余興に、「琵琶の弾き語り」と言うことで、これまた20代後半の美しい女性を招いていた。学生時代から琵琶を勉強していたとのことで、今やプロとして日本全国を回り、演奏活動をしているそうだ。

縁とは不思議なものだ。この琵琶の先生は、のび太君の紹介である。彼女が琵琶の練習道場を建築したとき、のび太君が仕事の一部を請け負ったらしい。その縁で、一度、彼女の演奏を聴きに行ったことがあり、演奏のあと、食事会に誘い、一献傾けた。いやはや、琵琶の先生は滅法、酒が強いみたいで、ぐいぐいいくこと、お見事である。こちとらはへべれけ。その場で、イベントへでの演奏会を依頼していたわけだ。

琵琶の生演奏を聴く機会なんて、そうあるものではない。僕、ジャイアンは、彼女の簡単な紹介を述べた。「ええーーーっと、彼女はまだ30代前半の独身女性でありまして、当地に練習道場をこしらえ、云々・・・・・」とやり出したところ、彼女がすかさず、「私、まだ20代です」と、訂正させられた。いやああ、これは僕の大失態だ。そもそも女性の年齢を述べる必要はなかったわけだ。僕の本意は、ただすばらしい演奏家であることをいいたかっただけなんだが・・・・。会場から「どっつ」と笑いがこぼれたので、僕はすかさず、陳謝。

彼女は女子大生が卒業式などで着るような袴姿で、ギターをちょっぴり小さくしたような琵琶を抱きかかえ、椅子に座って演奏を始めた。演題は平家物語より、祇園精舎、ほかに西郷隆盛とか数曲を演奏した。「祇園精舎の鐘の音、ボヨ・ヨオーーーーン」。哀愁を帯びた琵琶の音色と彼女の語りに、来客者たちは、身じろぎもせずに、神妙な面持ちで聞き惚れていた。東日本の大震災で被災された方々への鎮魂の演奏にもなり、良かった。

何人もの人が、また聴きたいと言ってくれた。大成功だった。その余韻がいまだに僕の心に残っている。人生は紆余屈折だらけ。順風満帆なんて、しょっちゅうあるものではない。たとえ、いかなる境遇であれ、ただひたすら生き抜かねばならない。寂しさの中で、ふとそう思った。


umityan |MAILHomePage

My追加