umityanの日記
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2011年02月26日(土) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(19)

とっちゃん坊や達の旅もいよいよ最終章に近づいた。ひとしき白鳥と遊んで、バスは飛行場に向かって走る。長かったようで短かった旅。乗客の仲間達は、たいそう土産品を買い込み、疲れも知らず元気だ。僕たちとっっちゃん坊や達は、疲れ気味と見えて、皆、腕組みしながら首を垂れている。ときおり、目を開いては外の様子をうかがう。ここが北海道か?。日本国内どこへ行っても、そう変わってはいない。同じような顔をした日本人が切磋琢磨して生きている姿は全国共通だ。

まもなく飛行場へ到着。帰りは乗り換えなしだ。数時間フライとすると、故郷に降り立つ。そこで解散となる。搭乗までには少し時間が合った。僕たちは早めに荷物検査をうけ、中のロビーで待つことにした。だが、しかし、ばっと、のび太君は例によって、すこし寸法が長いバックだったので、機内持ち込みが駄目。彼は怪訝そうな顔をしながら、遅れて中にやってきた。

「とりあえず、売店で土産を買おう」と、ネズミ男君が言う。「えええつ、誰にやるの」と聞けば、かれの姪に「白い恋人」を買っていくと言う。やあっと、彼の堅い財布のひもが揺るんだ。「白い恋人かあーー」、僕もつられて購入。

買い物の後、軽い軽食でもとるかと、待合室の売店を物色していると、駅弁ならぬ空港弁があった。適当な奴を飲み物と共に購入。椅子にすわって、ぱくついていると、添乗員さんが、「あら、おいしそう」とやってきた。無事に乗客がたどり着くまでは責任があると見えて、落ち着かない様子。飲み物でも差し入れようかと思ったが、その前に立ち去ってしまった。

おっと、そうそう、忘れていた。三泊四日を演出してくれたバスガイドさんとの別れの事を忘れていた。博学な彼女の語らいには、いたく感動だ。思えば、旅とはガイドさんの出来不出来もおおいに関係があるやも知れぬ。1号車はいざ知らず、2号車は特A級のガイドさんだった。ツーショットで記念撮影したことはもちろん。さすがに、肩には手をまわせなかったが。にこにこ笑顔のうちに、別れを告げた。恋人とのわかれはこうはいかないだろう。ネズミ男君の「恋の触手」が動いたかどうかは知らないが、ジャイアンに言わせえwば、「もったいない」の一言か?。

そうこうするうちに、機内乗り込み可のアナウンスが流れた。とっちゃん坊や達は、一番乗り込みを狙ったことは言うまでもない。案内のお姉様達が、にっこり笑顔で迎えてくれた。照れるなあーーーー。僕たちは容易に座席を確保。やはり、一番乗りは気持ちいいぜ・・・・。

いよいよ北海道ともおさらばだ。明日から、厳しい現実が待っている。いつまでも、浮かれ気味ではいくまい。緊張感で体が縛れる気がした。おっと、それは、シートベルトがきつかったからか?。飛行機がそろりそろりと滑走路へ移動する。僕は目をじっと閉じた。フライトが怖いわけではない。いろんな思いが脳裏の中で錯綜する。


2011年02月25日(金) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(18)

一気に書いてしまおう。だらだらと長くつづってしまった。40名近くを乗せた我らのバス2号車は、ホテルと別れを告げた。旅はクライマックスをとうに過ぎ、終演に近づいている。相変わらずバスガイドさんの名調子が続く。「皆様、今回の旅はいかがでしたか?。バスは午後3時頃には空港へ到着いたします。その前に、レストランで最後の昼食をとり、その後、白鳥が多数飛来している湖へ立ち寄ります」という。

思えば今回の旅は、温泉と湖と白樺とエゾ松・とど松、野生の鹿を身見に来たような印象だ。同乗者の仲間以外にあまり人とは出会わなかった。まああ、こういう旅もそれなりに楽しくはある。

バスは歌を忘れたカナリヤのように、静かに目的地へ向かっている。とある場所で昼食だ。一回のレストランに案内された。何を食ったか覚えていない。あるいは昼食は食べなかったかも知れない。ただのトイレ休憩だったかも知れない、ここでは土産品の試食を旅仲間全員に勧められた。僕たち仲間は全員テーブルに腰掛けた。土産をを買ってもらおうという寸法だろう。やけに気前がよい。おまけと言っては何だが、一つ買うとサービスでもう一個つけてくれる。それでも買う人がいないなら、「えええいい、サービスサービスだ」と言うことで二個に跳ね上がる。仲間達の食指が動かないわけがない。僕、ジャイアンも、その提案に乗った。この辺が僕の甘さか?。のび太君とネズミ男君は、知らぬ存ぜずで、試食品をうまそうに平らげていた。

試食と買い物が終わり、店外へ出た。左手に美しい白樺林があった。僕たちはめいめい一本の白樺の木に寄り添いポーズをとり写真に収まった。仲間のおばちゃんに請われ、カメラのシャッターを切ってあげた。喜ぶこと常のごとし。

店の右手には広場があり、奥の方に、ばかでかい、10メートル以上はありそうな熊の石塔が建っていた。のび太君が「写真を撮るから熊の足下に建ってよ」という。僕は素直に従ったが、なにせ熊がでっかくて、熊の全身を写すには相当離れて写さねばならない。できあがった写真を見ると、熊によく似た奇妙な人物が写っているという印象だ。まああ、これも一つの良い思い出になるだろう。

思い出を残しバスは更に進んでいく。山を越え、大きな町並みに入った。とは言え、人はほとんど見かけない。突然、バスガイドさんが、「皆様、左手の方をご覧ください。このあたりが、かの有名な松山千春さんの住まいのあるところですよ」という。「へえーーーーそうなんだ」と、一同、目をこらす。だが、正確には家を確認できなかった。さすがに北海道は広いぜ。

バスは家屋がたくさん建ち並ぶ地域へ入った。飛行場に着く前に、白鳥が舞い降りている湖へ行くらしい。白鳥かあーーーー。もう何年も白鳥を見たことがない。首が長く、湖面をスイスイ泳いでいる姿を想像した。

バスが停車した。結構寒かった。湖の方へ行くと、いるわ、いるわ、白い白鳥に混じって、黒の白鳥?、いや黒鳥と、アヒルじゃあない、鴨かが、わんさと岸辺に押しかけて、客が与えるエサをついばんでいる。手渡しでエサを与えることもできるようだが、なにせ、僕の白魚のような太い指を嚙まれたら、たまったものじゃない。100円で買ったエサを、恐る恐るばらまいた。

のび太君はエサにかまわず、すかさず白鳥の、名シーンをカメラに収めた。その枚数、数十枚。いやあああお見事。白鳥もなかなか美しい。黒鳥はどちらかと言えば、根性が悪そうだ。喧嘩早く、白鳥や鴨を威嚇していた。黒鳥は何となく好きになれなかった。白鳥が羽を広げた様は確かに絵になる。曲線を描いた首も良い。まああ、ろくろ首にはっかなわないが・・・・。されど、白鳥も丹頂に劣らず優雅な鳥である。自然が生み出した生命体に乾杯だ。

白鳥の湖を後に、バスは空港を目指す。僕たち、とっちゃん坊や達の旅も、後、数時間で幕を閉じる。長いようで短かった三泊四日だった。










2011年02月24日(木) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(17)

何事も無かったかのごとく、朝が明けた。今日はまさに帰省への旅。早々にバイキングの朝食を済ませ、荷物をまとめて玄関口へ出た。出発までには少々時間がある。僕たちはホテルの玄関口で最後の記念撮影だ。恐らくもう二度とここへ来ることもないだろう。そう思うと、幾ばくかの寂しさを覚えた。

客の送迎をしているおばさんにカメラのシャッターを切ってもらった。「はい、チーズ」。そのかけ声と共に、僕たちは引きつった顔をほころばせた。
周囲を見回すと、もう店が開いている。僕たちは土産らしい土産を買っていなかったので、ちと、物色することにした。のび太君がなにやら見つけたらしい。従業員達と家族への土産と言うことだ。「10個ばかり買うから、負けて欲しい」と、すかさず値切り交渉。値切りは彼の得意の分野だ。泣きそうな優しい声で「お願い・・・」と言われると、店のおばさんも「うんん、仕方ないわ。いいわよ」と言うことになる。見事、交渉成立。

以前、のび太君と旅をしたとき、「ジャイアンは買い物が下手だ」と言われた。値札通りで買おうとするからだ。以後、僕、ジャイアンも彼を見習って、「お願い、負けて」と、おねだりするようになった、以外とこれが成功するんだよなあーー。とは言いつつも、店主はそこを見込んで値札をつけている。はなから損するわけがないだろう。そういうことを知りつつも、値切るのは楽しいものだ。

人が買うと、僕も何か欲しくなる。店内に目を向けると、阿寒湖名物の「まりも」がボトルケースの中で、神秘的な緑色を呈してたたずんでいた。僕は「これだあーーー」と思った。ピンポン球くらいのマリモに目が止まった。店主に説明を求めると、「これは養殖じゃなくて天然物ですよ」という。どうもうさんくさいと思ったが、ボトルの形と、マリモの大きさに惹かれ、購入を決定。バックにも入りそうだ。もちろん値引き交渉は忘れていない。「3500円だったが、3000円にならないかなあーー」と言うと、「今朝一番のお客さんだからそれでいい」という。なるほど。そういう返しの言葉もあるわけだ。

大事に持って帰った「まりも」はピンポン球くらいのもの一つと思っていたが、いざ、家に帰って、よくのぞいてみると、赤ちゃんが三匹生まれていた。これには驚いた。儲かったみたいな気分だ。なんでも、「まりも」は野球ボールくらいに成長するには150年位かかると店主が言う。その後、爆発して、「子まりも」がたくさん生まれるらしい。半信半疑で聞いていたが、僕には既に三匹の子まりもちゃんが誕生している。これは如何に?。

僕は早々に透明の容器と敷石を購入して、親分まりもと子まりもを別々の容容器で育てている。ちっとも大きくならないが、けがれなき緑色の美しさが毎朝、僕の目を楽しませてくれる。一週間に一度、水を取り替え、「早く大きくなああれ」と、声をかけている。まさに、あんぽんたんのジャイアンである。

話が脱線したが、ネズミ男君は独身の身。今回は、餞別金も、獲得できず、土産を買って帰るにも渡す相手無し。すこぶる優しい女性を求めて旅に出たかも知れないが、あいにく空振りだ。よくよく考えてみると、今時、三つ指ついて、「おかえりなさいませ」、「いっていらっしゃいませ」、「お風呂になさいますか?、お食事になさいますか?」、「お肩をおもみしましょうか?」などと言うような貞淑、可憐、質素な女性がいるんだろうか?。いる。いない。いる。やはり、いない。130回もお見合いをして、それらしき人もいたらしいが、こればかりは縁だ。ネズミ男君はもっぱら、ウインドウショッピングに終始した。

旅も最後の日となり脱線の連続だ。いよいよ飛行場向けて、バスが発車した。途中、昼飯を食い、どこかに寄るらしい。

地震による、幾多の人たちの安否が心配され、かつ、きな臭い世界情勢の中にあって、こんな能天気なことに身をやつしていていいんだろうか?と、今、自責の念に駆られている。だが、旅日記は完成させなくてはなるまい。


2011年02月23日(水) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(16)

最後の夜をホテル内のスナックで過ごすことに決定。ホテルの2階にそれらしき入り口があった。恐る恐る中をのぞいてみると、カウンターと、その奥に10名程度座れそうなテーブルが施してあった。すでに4〜5名の団体客が先陣を切り、歌で盛り上がっていた。

僕たちも奧のテーブルに陣を取る。よくよく観察してみると、年配の夫婦一組と、その連れらしい若者三名が、歌ったり、ピーチクパーチクと、話に花を咲かせていた。特に年配の男性はマイクを持って何曲も披露。歌う天国、聞く地獄とはこのことだ。失礼ながらやかましくて仕方がない。人の事ばかりは言えないか?。我々は、苦笑いしながら、歌の終わる度に拍手を送った。まああ、これは礼儀というものだろう。

次に若い女性が歌を披露。さすがにナウな歌。結構上手だった。どこから来た人たちなのか知らないが、都会的な雰囲気を漂わせていた。僕たちは田舎のとっちゃん三人坊や達。どう思われていたか知らないが・・・・・。うさんくさい連中と思われたかも知れない。

若い一人の女性が、「歌いませんか?」とマイクを差し出してきた。のび太君が、「待ってました」とマイクを受け取った。ジャイアンと、のび太君の心は決まっていた。まずは、ネズミ男君に、例の激しい歌、「恋のハートブレイク」を所望。彼は「おい、やめてよーーー」と言いながらも、マイクを」とり、立ち上がり、ツイストを踊りながら、大声で歌い出した。ツイストがうまいんだよなあーー。これが馬鹿うけで、場内、いや館内、いやいや、店内は大爆笑。一人の女の子も歌にあわせて踊り出す。

これを発端として、団体客とすっかり打ち解けてしまった。後は野となれ山となれだ。僕たちも次々と歌を披露。ジャイアンはコスモスに始まり、名残雪、いっそセレナーデなどを披露。のび太君は得意のクラブでチークダンスを踊るようなムード曲に専念。うっとりだ。ネズミ男君は、あたかも我々を象徴するような「時代遅れ」という曲で締めくくった。最後に僕は女性の一人と踊りながらメリージェーンを。これがいいんだよなあーー。オー・ユー・オンマイマインドとは行かなかったが・・・。

いかほど飲んだのか覚えていない。宵もふけて団体客が店を去った。僕たちは決まり文句のごとく再会を誓い合った。抜け目のないジャイアンはすかさず、一人の女性のメールアドレスを入手。ウッ、シッシー。だが、しかし、バット、別れた後は彼女の顔の輪郭さえ覚えていないか。如何に、いい加減な男かと我が身を反省だ。出会いとはそういうものだろう。深く心に残る出会いならば、ずっと覚えているはずだが、遊び、かつ、酒が入ると、記憶が混濁してしまう。

僕たちは皆、空ろな眼でベッドインした。今日ばかりは他人のいびきが気にならなかった。それもそうだ。眠りに落ちたのが一番早かったせいかもしれない。後の二人のことはいざ知らず。最後の夜が明けようとしている。






2011年02月18日(金) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(15)

アイヌの民族ショーが始まった。老若男女が舞台で踊り始めた。素朴な踊りながら、生活様式がにじみ出ていて、感動した。と、同時に人間の尊厳をも感じさせるものだった。ショーの終わり頃に、「舞台に上がり、一緒に踊りましょう」と観客席へ呼びかけがあった。

小心者のジャイアンには、とても舞台にあがる勇気はない。のび太君は違っていた。舞台に上がること一番目。後から数人の観客が便乗した。見よう見まねで、手を左右に動かしながら音楽に合わせて円形に動いていく。のび太君もなかなかのもの。さすが、紳士。僕は、のび太君から預かったカメラで、その姿をぱっちりと収めた。ネズミ男君は、こういう場面ではからきし度胸がない。僕と同じだ。たいしたプライドでもないプライドが邪魔するのか?。

踊りが終わり、のび太君は一番若そうなアイヌの美人娘と交渉し、「ツーショットでカメラに収めたい」と言う。美しい民族衣装をまとった、眉の長い瓜実顔の美女は「にこっ」と笑って、その要請に応えてくれた。この際と、ネズミ男君も僕もカメラに収めることに成功。出来あがった写真をみると、赤ら顔のとっちゃん坊やがそれぞれ映っていた。まさに美女と野獣・・・・。小一時間のショーだった。のび太君は観客サービスに貢献したと言うことか?、帰り際、なにやら記念品をもらった由。めでたしめでたしだ。

僕たちは小屋を後にした。外は相変わらず小雨が降っている。まだ、商店街は明かりがともっていた。僕、ジャイアンは、ふと、喫茶店らしき店を見つけた。アイヌの人が経営している店のようだ。「ちょっと寄るか」と、中に入った。店内は小物の商品が所狭しと並べられていて、奧にカウンターがあった。

まだ、30代くらいの美しい女性が一人で留守番していた。「いやああーーー、アイヌの女性は美しいぜ」と、ネズミ男が言う。まさにしかりだ。僕たちはコーヒーを注文した。変わった陶器の器に入ったコーヒーが運ばれてきた。おいしかった。色々と話を聞いてみると、旦那と子供がいるとのこと。それもそうだろう。この美貌で独身とはあり得ない。ネズミ男君は少々がっかりしていたが、僕たちは彼の嫁探しに旅へ出たわけではない。

おいしいコーヒーをすすり、今度は、このジャイアンがツーショットの記念撮影を所望したところ、彼女はすんなりオッケーしてくれた。何を思ったのか、僕は彼女の肩に手をやり、にんまり。見事に撮影成功。のび太君も、ネズミ男君も、「じゃあ、僕たちも」とカメラに収めた。

と、その時、旦那らしき人物が登場。「いやああ、危なかったぜ」とは、ネズミ男君の弁。僕たちは苦笑いしながら話を続けた。「写真を送りますからね」と、ジャイアンは彼女のメールアドレスを入手。この辺は抜かりがない。ただ、今日現在、未送付のまま。じきに、送ろうと思っている。僕たちは彼女の好意に報いんが為に、小物を数点購入。彼女もたいそう喜んでくれた。

喫茶店を後にして、ホテルに戻った。今日が最後の夜かと思うと妙に気が騒ぐ。十分、思い出は作ったはずなのに、何かしら寂しさを覚える。のび太君も、ネズミ男君もそう思っているようだ。「ホテル内のスナックへ行こう」と、一つ返事で決まった。この時、まだ誰も、はちゃめちゃな、どんちゃん騒ぎになるとは夢にも思わじ。、




2011年02月17日(木) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(14)

僕たち約半数のメンバーが釧路湿原へ向かうことになった。残った者達は、現地で町を散策という趣向だ。釧路湿原かあ・・・・、湿原といえば丹頂鶴。のび太君もネズミ男君もカメラを首からぶら下げて、期待に胸を膨らませている。反面、僕、ジャイアンは淡々としたもの。

一時間ちょっとで、現地へ到着。木製のすかし塀が延々と施してあり、その中に譴いると言うのだ。僕たちは塀に沿って小道を歩いた。塀の隙間から中をのぞいた。いた。いた。確かに譴。頭が赤い。スマートな二本足で立っていた。あたかも縄張りを持っているがごとく、いや、実際、縄張りがあるのだ。我がテリトリーを確保して、そこに飛来するのだろう。残念ながら、空を舞っている丹頂の姿はとらえられなかったが、塀の内側には、まさに、天女を彷彿とさせるような美しい譴燭舛・・・。あの譴すらりと伸びた美脚の乙女だったら、僕はたちまち虜になっていただろう。

「お嫁に欲しい・・・・」。おっと、これはネズミ男君が言うべき言葉だ。ただ、如何せん。姿は美しくとも、心までは見えない。「譴硫犬えし」ではないが、そんな心優しき譴どうかは、皆目分からない。

のび太君は塀の隙間から、高級なカメラで窮屈そうに撮影していた。僕とネズミ男君は、先へ先へと歩みを進める。いつもの癖だ。我一番乗りと、それを自慢したいのだろう。はかない人生の嵯峨だ。それはそうと、僕も時折、携帯のカメラで、パチパチとシャッターを切った。今ひとつ、さえない。

と、そんな折、一台の車がやってきた。なんでも餌やりの時間らしい。良いタイミングに出くわした。おじさんらしき人が、塀の鍵を開き、ツルたちに小魚のようなものを与えた。何と、譴燭舛蓮△修両魚を口にくわえ、湿原に点在する小さな水辺で器用に洗って、口にほおばった。これにはちょっと驚いた。手当たり次第、食らいつくのかと思ったが、さにあらず。丹頂譴両緝覆気伺われた。

湿原の中は相当にに広いのだろうが、僕たちはほんの一部を見ただけ。それでも、自然の営みを垣間見れたことは幸いだ。のび太君は真剣に丹頂を撮影した由。写真が楽しみである。
 
    丹頂は 梅にも負けじ、気高きか。(字余り)

小一時間ばかりいて、僕たちは再びホテルへ引き返した。あたりはもう薄暗くなっていた。ホテルの部屋へ直行した。小ぎれいな畳の部屋、ここが、旅の最後のねぐらだ。寂しくもあり嬉しくもあり。いびきからの解放と、南国の故郷が待っている。

僕たちは「まず、風呂だあーー」と言うことで、例によって三人連れ立って向かった。それはそうと、旅で何回、風呂に浸かったのだろう?。朝晩一回ずつとして、六回目になるか?。温泉地への旅とはそんなものだろう。例によって、僕はカエルの行水で着替えを済ませた。待つこと数分。のぼせたような顔で、のび太君とネズミ男君があがってきた。僕たちはそのまま宴会場へとくりだした。

畳敷きの大広間に小刻みに配置されたテーブルの一つ一つに会席料理が施してあった。もち、僕たちは三人用のテーブルへ。椅子に座って食べる食事は足が疲れなくて良い。少々違和感があるが・・・・。何となれば、畳なら、ざ布団に座り隣近所と差しつ差されつで、酒も弾み、もっと和やかになるはずなんだが、こういうテーブルでは、妙にかしこまってしまう。これは仕方がないか?。見ず知らずの他人と、食事を摂るのは、レストランや食堂と同じ感覚だ。要するに、必要以上に他人に干渉するなという配慮だろう。喧嘩になることもあるやも知れぬ。

僕たちは例外だ。最後の夜とあらば、大いに盛り上げなくちゃあーーと、ビールと焼酎でとぐろを巻いた。添乗員さんも飲みたいようだったが、今宵はそうも行かないらしい。最後の夜が一番緊張する日だろう。終わりよければ全て良しだ。料理は特に変哲もなし。おいしかったと言うべきか。一万円の特別料理組にはかなわないが・・・・・・。

最後の夜だ。食事の後、外へ出てみようと言うことになった。なんでも、アイヌ民族のショーがあるらしい。僕たちは部屋へ戻り、浴衣を外出着に着替えて出かけた。ホテルの外は寒かった。おまけに小雨が降っている。ホテルの50メートルくらい先に、「アイヌの民族ショー」という看板が掲げてあった。一路そこを目指す。途中、男と愛人かと勘違いした夫婦ずれと出会った。目的地は一緒だった。一言、二言話しながら歩いた。

歴史を思わせるような古びた小屋みたいな所へ着いた。ホテルで買っていた割引チケットを差し出し中へ入った、薄暗い部屋に100名程度は座れそうな椅子が施してあり、中央には舞台があった。観客は三分の一程度。僕たちは前の方に陣取った。今や遅しと開演を待った。のび太君とネズミ男君がカメラを持参したことは言うまでもない。


2011年02月15日(火) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(13)

僕たちの旅も三日目となると、いよいよクライマックスを迎える。思えば旅の最初は、滝ばかり見てきたようで湿っぽく、だんだんゴージャスになってきたようだ。おっと、そう言いながら、今日最初の見学も滝だった。

なんでも、「オシンコシンの滝」と言うらしく、思わず「おしっこ」したくなるような名前だ。別名を「双美の滝」と言い、二筋に別れて、堂々と流れ落ちる様は迫力満天らしい。「なるほどねえーーー」と、みな相槌をうつ。

車は今日の目的地「阿寒湖」を目指して走る。途中、かの有名な「摩周湖」とやらを車窓から見た。バスガイドさんが、「右手の方をごらんください。あそこが摩周湖です」という。。えええう、何も見えない。すかさずバスガイドさんが、「生憎、今日は霧が立ちこめていますね。湖がはっきり見えませんね。残念ですが、またの機会にごらんになってください」という。

摩周湖か?。布施明さんが歌っていたっけ。「霧の摩周湖・・・・霧に抱かれて静かに眠る。・・・・・」。まさに歌の通り。それにしても、眠りすぎだぜ。霧だけしか見えない。まああああいいか。その後どこへ行ったんだったっけ?。

そうそう、知床自然センターという施設に入り、中で知床の四季を大型スクリーンで観賞したっけ。自然とは何と偉大で優美で、かつ恐怖に満ちていることか。我々人間は、この大自然の中で生かされているんだということを、つくづく感じた。

ここだったっけ?。マイナス15度という部屋に流氷が置いてあるそうな。有料だったか無料だったか忘れたが、中を見学することにした。入り口で、タオルを渡され、中で振り回すとこちこちに凍るそうだ。「へえ^^つ、そんなに中は冷えているの」と興味津々だ。

あった。あった。岩ほどもある流氷がいくつも安置してある。僕たちはおそるおそる手で触わった。「なあんんだ。氷の親分か?」と、安心した。僕たちは入り口で言われたとおり、タオルを部屋のなかで、ぐるぐると振り回した。みるみるうちにタオルがこちこちになっていく。なるほど、おもしろい。ただ一つ不愉快なこと。「俺のちんちんより硬いじゃないか」。まああいいか。自然の威力にはかなわない。

僕たちは自然センターを後にした。車はいよいよ最終目的地、「阿寒湖温泉地」を目指す。時計を見た、まだ正午ごろ。途中で「わかさぎ定食」を取る予定。どんな魚だったかすっかり忘れていた。ししゃもみたいな魚だろう?。違ったかな?。そんな事を考えながらとあるレストランへ到着した。確か2階の大食堂に案内されたと思ったが、すでに記憶から遠ざかっている。多分、僕たちは小皿に数匹もられた、ワカサギを何の疑問もなく食らい、ビールを飲んだことだけは確かだ。

昼食を終え、車は阿寒湖を目指した。なんでも今日は早い時間にホテルへ着くそうで、後は自由時間。阿寒湖の周辺を見学するメンバーと、自由時間を利用して「釧路湿原」まで足を伸ばすメンバーに別れた。もち、僕たちは湿原を目指した。丹頂鶴を見たかったのだ。のび太君はそのために旅行に参加したんだと言う。ネズミ男君も同感のようだ。僕は、そこまでの意気込みはなかった。何となれば、「カメラ」が壊れているし、携帯のカメラでとっても、おもしろくないからだ。

車は、道内でも有名というホテルに到着した。やっと、町らしい雰囲気の所に来た感じがした。ホテルの周囲には出店がずらっと並んでいて、客を待ち構えていた。まずは、湿原だぜ。くれぐれも、失言がないように・・・・。約、半数のメンバー達が湿原へ行くようだ。いざ、出発。おっと、その前に阿寒湖の前で、乗客全員で記念撮影ということになったが、生憎小雨が降り始め、撮影は流れた。僕たち三人は雨なんぞ、なんのそのと、阿寒湖と銘打った横カンバンの前で、雨に打たれながら交互に記念撮影をした。思い出に残る写真が撮れた模様。、



2011年02月13日(日) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(12)

雪やこんこん。あられやこんこん・・・」。おっと、童謡を歌っている場合ではない。日本全国、すっかり寒気団に覆われ、未曾有の雪害が起きている。過去、こんなことがあったっけ?。和が地ではとんと記憶にない。やはり、地球環境がおかしくなっているのだろうか?。

そんな中、宇宙に眼をやると、土星の衛星に水があるらしいことや、系外惑星の中に地球に似た惑星が500個だったっけ?50個だったっけ?、見つかったそうな。地球に似ると言うことは、恒星(太陽)からの距離が地球と同じくらいで、水が十分存在している可能性がある。となると、生命体が存在していてもおかしくない。こりゃあーー楽しみだ。

僕の心境は、ぎくしゃくした、こんな地球とおさらばして、系外惑星の生命体とコンタクトをとり、永住したいくらいだ。と、言いつつも、僕の生存中には無理だろう。近い将来であれ、すでに僕は宇宙塵となっているからだ。

さてと、夢みたいな話は止めて、現実に話を戻そう。旅日記の続きを書かねばならない。どこまで書いたっけ。そうそう、二泊目のホテルでカラオケに興じた所までだった。久しぶりに興奮した。

いよいよ恐怖のベッドインタイムとなった。僕たち三人は部屋へ戻り、「さあーー寝ようか」とお決まりの布団へ滑り込もうとすると、突然、のび太君が、「俺、夜間撮影へ行ってくるよ」と、カメラをかかげて、ホテルの外へ出るという。こんな夜に撮影スポットみたいなところがあったっけ?と、いぶかしく思ったが、のび太君の決断を差し止めるわけにも行かない。

「ご自由にどうぞ」と、僕、ジャイアンと、ネズミ男君は、真ん中の布団を残し、それぞれが両端に寝た。酒と歌で、ねずみ男君は早々に高いびき。そのいびきと、のび太君の事が、ちと気がかりで、僕はなかなか眠りに落ちなかった。小二時間ばかりして、のび太君が戻ってきた。眠気眼で、「どうだったの」と尋ねると、「良いのが撮れたよ。明日見せるよ」という。「へえーーーーそうなの」と僕は言い、じきに眠りに落ちたようだ。

翌朝の目覚めは必ずしも爽快ではなかった。「ネズミ男君、君のいびきにはまいったぜ」というと、「その言葉をそっくり返しますたい」と、おきまりの台詞。まああ、おあいこか?。のび太君は知らぬ存ぜずで、よそ行き顔だ。さわらぬ神にたたりなし。この辺が、紳士といわれる所以だろう。

のび太君が、昨夜撮った写真を見せてくれた。一台の車も通らない曲がりくねった道路に街灯がともり、幻想的な風景が映っていた。「へえーーーー、っ、こんな道路を通ってきたっけねえー」と、あらためて、のび太君の観察眼に驚いた。旅から帰り、スライドで見るのが楽しみだと思った。

さあ、いよいよ三日目の旅が始まる。例によって、朝風呂と朝食をとり、バスに乗り込んだ。添乗員さんも、バスガイドさんもいたって元気。旅の途中で、ダウンしてはおられませんぞえ。それにしても、皆元気だ。元気に乾杯だ・・・・・。




2011年02月08日(火) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(11)

三寒四温とはよく言ったものだ。やっと、温かくなったかと思えば、今日はかなり寒かった。身震いしながら、一つ二つ仕事を片付け、久しぶりにのんびりとした。こんな日は日記を書くに丁度良い。さて、昨夜の旅日記の続きを書いておくか。

二拍目のホテルでの宴会を終え、カラオケへ行くことになった。メンバーは僕等三人と添乗員さん、それに先ほど知り合った母・娘の親子ずれ。計6名である。ホテル内のスナックの横にカラオケボックスがあるという。わいわい言いながらスナックを探した。すぐ近くにあった。

スナックはあるがカラオケボックスが見当たらない。スナックへ入ってみると、なあーーーんだ、スナックの中の端っこの方に小部屋があり、そこがカラオケ専用部屋らしい。とりあえずカラオケ部屋をのぞいた。狭い。こんな狭い部屋に6人はいり、大声で歌ったら、やかましくて仕方がない。僕の美声も台無しだ。

そこで、僕、ジャイアンが提案した。「スナックの中にはステージもあるし、他に客もいないから、こっちで歌おうや」と。のび太君とネズミ男君は、その提案に不服のようだ。カラオケボックスのほうが、経費が安いと判断したからだろう。女性陣3人分の経費は当然、僕等とっちゃん坊や達が払うことになる。のび太君とネズミ男君はそれを躊躇したのかもしれない。度量が狭いぜ・・・・・。そこで、僕、ジャイアンの出番だ。女性陣達の経費は全部僕が持つからと、そっと耳打ちすると、即、決まりだ。

10人くらい座れるテーブルに陣取り、僕たちはビールやら焼酎やらを飲みながら、まずは談笑。程なく、ステージに立ち歌うことになった。女性陣も大いにはしゃいでいる。ネズミ男君が口火を切った。最初は僕に歌えと言う。しかも、かの名曲、「コスモス」という歌を。なるほど、母・娘の心情を察し、コスモスという歌を所望したのだろう。時期が時期だと思ったが、そのリクエストに応えた。

ボックスで歌うのと違い、ステージに立つと小心者の僕はさらに緊張した。いつもとは違う。「薄紅のコスモスが秋の日の、なにげない日だまりに揺れているーーー。この頃、涙もろくなった母が、庭先でひとつ咳をする。・・・・・・」わおーーーーーーんと泣く場面だ。僕はおそるおそる、座席の方を見た。皆、話に夢中で歌を聞いている様子は見えない。歌う天国、聞く地獄とはまさにこういうことなのか?。幾度となく経験してきたことだが、まあああいいか。歌い終えると、盛大な拍手だけが返ってきた。そこで、僕は言ってやった。「みなさん、涙を拭くおしぼりはいらなかったですか?」と。誰もその必要はなかったと見える。皆の目はぎんぎらぎんに乾燥していた。

次に歌ったのがネズミ男君だ。これがくせ者である。チェッカーズというグループが歌っていたっけ、「ハートブレイク」。彼はツイスト風に腰を振りながら見事に歌う。爆笑の渦だ。何を思ったのか添乗員さんが、ジルバらしき踊りを始め、僕がその相手を。細い体で、彼女はくるくる回る。よほど、回転が好きとみえ、僕のリードをはね除け、右や左に一人で回る。思わずこけそうになり、支えるのが大変だ。体格のよい女性なら、倒れて僕が上からのしかかっていたかも知れない。拍手喝采のなかで彼の歌が終わった。カウンターの中ではスナックのママさんが、大笑いしていた。

今がチャンスと、僕ジャイアンは、カンターへ赴き、ママさんと値段の交渉。一人三千円で手を打った。安いと言うべきか?。次に、のび太君の登場だ、さすがに紳士。クラブで男女がチークダンスを踊れるような曲を、甘い声で歌う。僕の趣味ではないので題名は忘れたが、愛とか恋にまつわる大人の歌だ。いやああ、泣けるぜ。こんな場合にこそ、おしぼりが必要だ。

そこで又、僕に重要な役目が・・。親子ずれの母親にブルースを所望された。僕は顔で笑い、心で泣きながら、丸丸と太ったボディーに手を回した。おっと、これはチークか?。もち、手が届かない。こういう場面では、かしこまって手を握り踊るのはふさわしくないと思い、手を腰に回したわけだ。母親は避ける様子もなく、むしろ、ぐっと僕を引き寄せた。うぐーーーつ。

その後、母親や、娘が歌い、僕たちは時の経つのも忘れてはしゃいだ。母親ともジルバを踊ったが、こちとらはさすがに兵。踊り慣れているようで、僕がリードされる始末だ。他に歌った曲と言えば、名残雪、メリジェーン、会いたい、白いブランコ、時代遅れ、いっそセレナーデ、きよしこの夜、神田川、越冬ツバメ、津軽海峡冬景色、そして、最後に僕の大好きな曲、春なのにでお開きだ。いやあああ、すっかり酔いも覚めた。後は船を漕ぎながら、いびきの嵐との格闘が待っている。





2011年02月07日(月) とっちゃん坊や達の旅。国内編。(10)

やっと、温かくなった。梅の花が今や遅しと開花を待っている。梅の花はいい。きりりっとして、桜の花とは違った威厳を感じる。梅の品種もたくさんあるそうな。我が家にも2本ばかり梅の木がある。品種はしらないが、今年もたくさんの実をつけることだろう。今から楽しみである。

それはそうと、僕の旅日記も長らく中断していた。記憶もどんどん遠ざかっている。早いとこ仕上げなくちゃ−、のび太君もネズミ男君も首を長くして待っている。ネズミ男君に言わせると、過去の旅日記は重要書類の一つとして、金庫ならぬ大事な保管場所に安置しているそうな。死ぬとき、棺桶とともに葬って欲しいとのことだ。まああ、僕としては嬉しいやら恥ずかしいやらである。

僕たちは知床五湖・展望台で自然を満喫し、ウトロウトロと銘打ったウトロ温泉地へと向かった。ここに二泊目のホテルがある。早めにホテルへ到着し、というより、もう午後4時を回ると、あたりは真っ暗。これじゃああ、どこも見学できない。海岸線を見ながら車はホテルを目指した。既に車内でホテルの部屋番号の札が渡されていた。ホテルに着くと、ホテル職員一同の歓迎を受け、僕たちは部屋へと向かった。

なかなかこぎれいなホテルである。今度は畳敷きの部屋で、三人が枕を並べて眠れるようだ。夜が怖いぜ・・・・・。「まずは風呂だ」と言うことで、三人連れだって浴場へと向かった。いやいや、こちらの風呂はどこもでかくて浴槽がいくつもある。二階にあがると露天風呂があり、夜景が一望できる。不思議なことに風呂に入ると、いつも三人ばらばらだ。それぞれに、小さなちんちんを見せたくないのだろう。外国のヌード村では堂々と、ちんちん丸出しで歩いたが、日本の地ではなんとなく恥ずかしい。従って、浴槽に浸かる者有り、換え仇を洗う者有り、僕は早々に露天風呂へと向かった。

露天風呂は寒かった。湯に浸かっていないと体がしばれる。風前の灯火となった頭髪は、凍りそうに冷たい。僕は小さく縮んだちんちんをタオルで覆い、すかさず階下へ降りた。のび太君とネズミ男君はどこにいるのか、湯気でよく分からなかった。冷えた体を浴槽で温めボディーを洗浄して湯から上がった。例によって待つこと数分。二人があがってきた。「あんた、いつも早いねーーー」とはのび太君の弁。早いのが僕のとりえ。

部屋へ戻り、少し雑談をした後、宴会場へと向かった。畳敷きの大きな部屋に椅子とテーブルが配置してあり、一人一人に膳が施してあった。畳敷きなのに椅子に座って会席料理とはしゃれている。僕たちは四人用の席に案内された。そうそう、今宵は添乗員さんが我々と同席して食事をするのだ。相変わらず、忙しそうに飛びはねていたが、程なくして我々の席へやってきた。「ご苦労様」と言って、さっつそくビールで乾杯だ。「うまそうに、喰らうビールで、肩の荷おり」。

「きょうは 飲むわよ」と、添乗員さんの鼻息も荒くなった。我々も負けじと焼酎のおかわりを。賄い人さんは行ったり来たりで大わらわだ。調子に乗った僕、ジャイアンは、賄い人さんにおねだりだ。「この箸のせ、いいねえーーー。僕、もらってもいいかなーーー?」。賄い人さん、そく曰く。「いいわよーーーー。記念にあげる」ときた。いちおう言ってはみるものだ。僕はにこにこ、のび太君も、ネズミ男君も、あきれた顔をしていた。

添乗員さんが、僕たちの横に陣取った客は、僕たちと同郷の人だと教えてくれた。話を聞いてみると母・娘の二人ずれでこの旅に参加していた。なんでも、娘はやがて嫁ぐと言うことだ。母・娘の記念の旅ということらしい。さらに驚くべきは、のび太君の実家近くの出身だった。意気投合することは言うまでもない。「僕たち三人が、一体どういう人たちなのか?」と興味を感じていたと言う。それもそうだろう。はげ茶瓶のとっちゃん坊やたちだ。奇妙に感じない方が不思議だ。まあ、それはそうと、楽しい会食の後、カラオケに行くことになる。


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