umityanの日記
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2009年11月30日(月) 日付が変わると、もう12月だった。

いよいよ11月も終わろうとしている。恐らくこの日記が書き上がる頃は、12月になっているだろう。最近の僕は、腑抜け状態で、仕事にも身が入らない。二足のわらじを履くと、両方に同じ比重をかけることが出来ない。ま、これは僕の心の弱さに起因するのだろう。

とにもかくも、11月が終わりだ。さらば11月。されど11月。色んな事があった。僕は行事の後始末をしながら、嬉しいのか、むなしいのか、どちらとも言えない複雑な気持ちで、今を迎えている。

嬉しかった事を書こう。ある友人が音頭をとって、10名程度の利害関係のない知人達を集めて、小料理屋で僕を祝ってくれた。まさか、記念品までもらうとは夢にもおもわじ。黄金食に輝くネクタイだった。似合う似合わないは別として、則、包装紙をはがし、首に当ててみた。「きまったぜ」と言いたかったが、とりあえずは笑顔で感謝だ。

世話になるばかりでは申し訳ないと思い、滅多に飲まない上等の酒を2本持参した。なにしろ、皆、のんべーばかりだ。僕の祝いにかこつけて、ちゃっかり飲もうというのも、一つの目的なんだろう。飲むのにもそれなりの理由が必要というわけだ。何はともあれ、その場は「ろは」ですんだ。

例によって僕は、事前に考えていたお礼の挨拶を披露。とりあえず、笑いを誘ったから、成功というものだ。2次会へは7〜8名が参加した。今度はスナックだ。歌でもおらぼうという計らいである。僕は「白いブランコ」というかの名曲を、同伴の女性とデュエット。心も体も揺れてしまった。すっかり酩酊だ。この後は記憶も定かではない。

もう一つ、嬉しかったこと。これまた超、久々に、どらえもん君と、のび太君の2代目を伴い大都会とやらへ行けた事である。仕事である。飛行機が懐かしく異国の空を思い出した。早く乗りたい一心で、第一関門のゲートをくぐった。「キンコンカン」と音がした。ゲートをくぐると、そこには仁王立ちした怖い番人が立っていた。そばにいた能面のような女性が、「ポケットの物を出して。何か金属製のものを持っていませんか」という。僕は「えええつ」と驚きの表情を見せ、ポケットに手を入れた。小銭が出てきた。「もう一度ゲートをくぐって」と女性が指図した。番人の男は、厳しい表情で僕を眺めていた。僕は素知らぬ顔で再びゲートをくぐった。静寂の時が流れた。無事通過だ。番人の男は、相変わらず僕を眺めていた。僕は愛想笑いを浮かべてその場を切り抜けた。どらえもん君が、「にやにや」と笑っている。不愉快なやつと思ったが、まああいいか。仕事の旅は始まったばかりだ。

どらえもん君は機内で、持参の握り飯を食べ始めた。僕に、「一つどうか?」と彼が言ったが、さすがに遠慮した。アシスタントパ−サーと言うんだったっけ?、キャビンアテンダントというんだったっけ?、忘れたが、昔風に言えば、スチュワーデスっさんが笑っていた。僕も笑った。さすがにどらえもん君だ。お腹から魔法の何かを出すどころか、お腹に、握り飯を放り込んでしまった。その後は、互いに眠りについた。
  
都会はまぶしく、行き交う人々が皆、我々と違うように感じられた。そのことが顕著に思えたのは、電車に乗ったときである。4人掛けの椅子に、僕とどらえもん君が、対角線上に座った。(のび太君2代目はこの電車に乗車しなかった。)止まる駅駅で、人が乗り降りする。混んできた。僕とどらえもん君の席は、二つ空いていた。誰も座らない。何故だ?と思った。そうそう、僕の自己紹介を忘れていた。何を隠そう。僕はジャイアン。やっと、理由が分かった。図体の大きいどらえもん君と、人相の悪そうなジャイアンが腕組みをしながら、席に座っていると誰もが恐怖を覚え、近づかないのも道理である。おかげで、僕たちはゆっくりと電車の旅を満喫できた。ただ一つの不満を除けば・・・・・。一つの不満とは乗車時間が長いことだ。田舎では車で「ツーツラツー」と走れば目的地。しかるに、都会での長時間の電車は退屈である。

不満を言っても仕方がない。おっと、もう12月1日の午前零時になろうとしている。書きたいことは山ほどあるが、これくらいで、今日は止めておこう。


2009年11月13日(金) 花金の雨が心をいやしてくれる。

花の金曜日。外は雨。僕は終わった行事の心地よい疲れを引きずりながら、残務整理に追われている。時折々に、祝いの電話がかかってくる。うれしい限りだ。今朝も群馬にいる画家の友人から、「どうだった?」との声が届いた。「もちろん成功さ」と、答えたら、喜んでくれた。持つべきは友達だ。

こんな中、世の中を見回すと、色んな事があっている。かの名優、森繁久弥氏の死去。女性が絡んだ不可解な事件。逃亡生活にピリオドを打った事件。フェリーの転覆。挙げれば枚挙にいとまがない。

色んな情報がそく伝わる高度情報化社会は、科学文明のなせる業。その功は大きい。ただ、知りたくもない情報までもが脳裏に刻まれるから厄介だ。時々思うが、深い山の中や、孤島で自給自足の隠遁生活をすれば、世の中の動きに翻弄されることもないだろうし、悲しみも払拭されるに違いないと。

出来ないことを言っても仕方がない。机上の空論だ。気持ちはそうでも、僕なんか三日ももたないだろう。「やはり娑婆がいいぜ」と言いながら、転がるように、一目散に山を下ることになるのだろう。

それはそうと、明日、土曜日の夜はさる小料理屋で、お祝いの宴が企画された。友人のはからいで、10名程度の賛同者達が僕を祝ってくれるそうだ。有り難いことだ。とは言え、皆、のんべーだからなあーーー。「ろは」でご馳走になるわけにもいくまい。上等の酒でも一本持参するか。

今、挨拶の言葉を考えている。綾小路君麻呂さんの、漫談のなかに面白い挨拶の言葉があった。借用させてもらおう。

「今日は私のお祝いの為に集まっていただき、本当に有り難うございます。苦節20年。やっと、この世界で飯が食えるようになりまた。これも偏に皆さんのご支援、ご協力があったればこそではなく私自身の力によるものです。

ここで、笑いを誘おうと思うが、ちょっと、自信過剰で不快感をあたえるかなあーーーとも思う。まあ、いいか。更に続けて、

「明日は撮影が待っています。レントゲンの・・・。実は父が尿管結石、母が糖尿病。従って、私はハーフであります。今日は何にもありませんが、おいしく食べさせていただきます」。

ここで、さらなる爆笑が??????。うんんん、これじゃあーーーママに悪いか?。冗談がきつすぎるのも考えものだ。多分、当日はこういう言葉にはなるまい。改めて再考だ。

今日は仕事もあがったりで、良い休日になった。雨のみがしとしとと、僕の心を癒やしてくれる。さあ。夕飯の前に一風呂あびて、更なる再考を続けよう。



2009年11月05日(木) 僕の行事が終わった。

昨夜は突然の呼び出しで「のりちゃん」先生と、夕食をを交えることになった。夕食と言っても、実際は焼き鳥を喰らい、焼酎で、とぐろを巻くが常。昨夜も同様だ。

彼とは久しぶりの再会。なんでも、四月頃、病気を患ったとのことで禁酒の半年を過ごしたそうな。病気とあらば仕方あるまい。人生に挫折して、どこかへ、トンずらしたかと思っていたが、さに非ず。酒を断ち、研究がとんとん拍子ですすみ、素晴らしい企画に予算がとれたそうだ。そこで、禁酒を解き、めでたく快飲となったわけだ。めでたしめでたしだ。

おっと、昨夜の日記の続きを書かなくてはなるまい。ママが「どれでも好きな器を持っていっていいよ」と言う。僕は目を白黒させながら、ママの顔をのぞき込んだ。ママは澄んだ目をして、にっこりとほほえんでいた。ふと、思った。「なせばなる。何事も」。

かくして、今、手に入れた器は食卓テーブルの一角に陣取り、毎日僕の拝観を受けている。当初は、「鶏ガラ入れ」にしようと思っていたが、見る度に味わいが濃くなり、「がら入れ」にはもったいないという気がしている。うんんんんーーー、これまた何に使おうかと思案中。

画家と言えば、僕の友人の1人もそうである。何度かその店へ連れて行ったことがあるが、不思議なことに気づいた。何かと言えば、店内の壁に多数、掲げられているママの油絵を見ても、友人は一向に誉め、賞賛する気配がない。プロ同士とはこういうものなのかなあーーーと、いぶかしく思えた。

よく考えてみれば、それが正解なのかもしれない。僕みたいな素人が、いたずらに褒めちぎるのは、軽薄者と思われても仕方がない。やはり、プロというのは、静かにそっと、その人の力作を鑑賞するのが正しい姿勢なのだろう。

ところで、この店には常時、2人の女性従業員がいる。1人は40を過ぎたかのような熟女。もう1人は少女の域はとっくに脱して、壮年にさしかかったかに見える半熟女。双方共に気は強い。酔いどれ男達を扱うには、それくらいないと、到底、勤まりはしないだろう。

中でも、僕は口の悪い男のトップテンには入っているだろう。僕がよく使う言葉に、こう言うのがある。「まだ、君の心がみえない。君は何を考えているの?ーーー」と言うと、返ってくる言葉が面白い。「そう簡単に、あなたに見せるものですか」とくる。いやああ、ごもっともだ。他に、「これは罪なことか?」と問えば、「それは罪です」とやり返される。まああ、言葉のキャッチボールだ。こういう会話は健全というべきだろう。最近はママまでが、僕の言葉の先取りをして、僕は開いた口を閉じざるを得ない。まいったぜ。

はちゃめちゃな問答はこれくらいにしよう。取りもなおさず、僕の一年が終わろうとしている。行事のお祝いをくれた諸氏に感謝の念をささげ、新たなる目標に向かって歩きだそう。




2009年11月04日(水) 一時中断。

僕の行事が終わった。一年前に計画し、本月11月1日に満願成就。嬉しくもあり寂しくもあり。人は、何かに熱中しているときが一番充実しているのかもしれない。一年を振り返るにはまだ早いが、今年の僕はそうだったと締めくくりたい。

行事の当日、高校時代の友人達が来てくれた。何はともあれ、友人は有り難い存在である。幾ばくかの金子を頂戴した。「へえーーー、彼らがねー?」と一瞬、頭を何かがよぎった。彼らも一応、常識はわきまえているようだ。僕としては嬉しいかぎりだが。となると、お返しが大変だ。故郷に帰ったときに、一杯飲ませて、それで、帳尻を合わせることにするか?。うんんんん、それも策がない。今、思案中である。

お祝いと言えば、さるスナックのママさんから陶器の器をもらった。いつもカウンターに数点置いてあり、様になる光景を醸し出していた。なんと、ママの別の顔はれっきとした画家だ。立派な画廊も数年前に新築した。0陶器も焼くらしい。僕の食指が動かないわけがない。「ママ、これいいねえーーー。僕これ欲しいなあーー」と、店へ行くたびに、いつもおねだりしていた。帰ってくる返事は、「今度、焼いてあげるね」ばかり。僕は首を長くして待っていたが、一向に、焼き上がる気配がない。

そんな日々が一年くらい続いただろうか?。僕の熱いまなざしに、ママも意を決したのか、先月、「どれでも、好きな物を持っていっていいよ」と言う。

おっと、「のりちゃん」から笋澄0貉中断。



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