umityanの日記
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2008年08月17日(日) 僕の心はもう秋へ飛んでいる。

瞬く間に盆が終わり、日本列島はオリンピックと高校野球の熱気で一杯だ。おまけと言っては何だが、気温もうなぎのぼり。日本経済はうなぎ下がりだ。(こうう言葉があるかどうか知らない)。

僕はそんな世間の動態を横目に、ひたすら仕事に邁進したのでした。おかげで、なんとか目的を成就。今は、今秋に行く予定のとある国のことが頭をかすめている。

いみじくも、今朝、テレビで、発展途上国の厳しい現状を打開すべく、斬新なプロジェクトを推進している人の話を聞いた。「旅をするなら発展途上国がよい。その国の現状を見て、日本を振り返ったとき、日本人に出来る何かを見いだせるはずだ。日本人の知恵と勇気とバイタリティーは、必ずや世界一の頼れる日本と成り得る」と述べていた。意義深い言葉だ。

今や世界経済は、株価の上下落に一喜一憂し、投資マネーで、短兵急に利ざやを稼ぐことにしか関心がない。大きなことは言えないが、これでは世界経済も日本経済も良くなるはずがない。今、必要なことは、長い目で、こつこつと、地味に一歩一歩、地盤を固めていくことが何より重要なことだろう。

そんな状況の中、今秋は、ジャイアンと自称している僕、ドラえもん君、のび太君の三名は海を越えるだろう。どんな思いが僕たちを待っているのだろうか?。すでに、胸が騒いでいる。

話しは変わるが、オリンピックの色んな競技を見て感じたことがある。勝者は喜びの涙で頰をぬらし、敗者は悔しさの涙で頰をぬらす。ただ、どの涙であれ、皆、美しい顔をしているという印象を受けた。四年間の努力の成果がいかであれ、何かを成し遂げたという充実感は、何にも替えがたいいその人の宝である。ただただ、「ご苦労様でした」という、ねぎらいの言葉をかけてやりたい。

昨今、オリンピックも、あのクーベルタン伯爵の「オリンピックは参加することに意義がある」という、大きなスローガンをよそに、各国のプロパガンダに利用されているように見える。世界平和の象徴でもあるオリンピックの隣では戦争が行われている。この矛盾した現象はまさに二律背反と言うべきか?。
互いに矛盾しながら互いに正当性を主張する。

おっと、雨が降り出した。最近気象がおかしい。いつも不安定だ。転ばぬ先の杖。雷が鳴る前にこの備忘録を閉じよう。






2008年08月03日(日) 心の進歩。

時が流れ、灼熱の夏が真っ盛りだ。連日の猛暑に、うんざりしている。同時に体力も気力も下降気味。「これじやいけない」と思えど、流れ落ちる汗は如何ともしがたい。不快感だけが脳細胞を支配する。クーラーの部屋へまっしぐら。電気代が心配だぜ・・・・。

昔はこうではなかった。エアコンなしでも夏、冬が充分過ごせた。ああああつ、昔に戻れたらなあーーーと思えど、今ではそれも叶わぬ夢か?。何とかしてこの温暖化を食い止めなくてはならない。

涼を求めて、久しぶりに「のりちゃん先生」と、小料理屋の暖簾をくぐった。会話は「暑いネー」で始まり、「暑いネー」で終わる。僕は友人から聞いた温暖化対策の一方策を、のりちゃんに話した。「日本全国のコンクリート道路を全部はがして、昔のでこぼこ道に戻したら、太陽の反射熱を随分おさえられるのでは 」と。のりちゃん曰く。「はがした残骸はどうするのよ。残骸の処理に莫大な金がかかり、かえって、温暖化が進むよ。そんな事を言うなら、もっと、いい方法があるよ。車のすべてを廃棄して、電車と船だけにすればいい。そうすればかなりの効果があるよ」と。うんんん、確かにそうかも知れない。ただ、いずれも不可能な夢物語だ。たとえ、日本のみがそれを実行出来たとしても、経済は大混乱を起こすし、世界が歩調を合わせなければ何の意味もないだろう。

夢物語はこれくらいにして、のりちゃんが別の話題でしゃべった言葉が面白かった。「今や、科学や技術は格段の進歩を遂げてきたが、人間の心は、ちっとも進歩していない」というのだ。要するに心だけは昔とちっとも変わらないと言う。言われてみればそんな気もする。そもそも心の進歩、(進化と言っても良いか?)とは何だろう?。

人間の心を全く別の次元というか、物に変えることなのか?。有史以来、自然界の王者として、飽くなき欲を持ち続けてきた人間。科学や技術の進歩は、この欲の産物と言えるだろう。欲は本能の一つであり、また心の一部とも言える。理性が本能を押さえることは出来るが、理性のみで、心を支配することが心の進歩、進化なんだろうか?。そんなことはないはずだ。

要するに分からない。ただ、なんとなく、心はちっとも進歩していないという、のりちゃんの言葉が妙に心に残った。

僕はのりちゃんと別れて、夜の町を一人で彷徨った。知っている店へ赴いた。心が妙に落ち着いていた。カウンター客の中に自然とうち解けていった。ママさんの涼しそうな目が僕仁注がれた。僕は優しいまなざしでそれを受け止めた。どうも、今日のアルコールは良いアルコールに思えた。妙に優しく振る舞えた。

何故だろうと思った。多分、のりちゃんが言った「心の進歩」と言う言葉が脳裏をかすめ、「やさしくあること」が心の進歩の一つであるように感じていたからだろう。家に帰っても、心の穏やかさは持続していた。

ふっと、悪魔の声が聞こえた。「それは心の進歩ではない。ただ単に、気分が良かっただけだ」と。確かにそうとも言える。僕の心もいつ豹変するか分からないからだ。とりもなおさず、僕の辞書では「心の進歩とは優しさの追求」である。


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