umityanの日記
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2002年01月30日(水) 今、巷では何が起こっているか?

早いもので、一月も明日を残すばかり。最近、スランプ気味で日記を書く気にならないでいたが、昨日の政界のニュースをみたら一言、書きたくなった。政界は外務大臣や、次官の更迭とかで揺れに揺れている。アフガンの復興支援会議に参加が拒否されたNGOをめぐってのトラブルである。詳細はよく分からないが、ボランティア活動で、幾多の功績を挙げてきた団体を、批判的発言をしたと言うだけで、会議から締め出すと言うのは、了見が狭いと言うべきではないだろうか。批判的意見のなかにこそ、参考にすべき、多くの果実があるかもしれないではないか。貴重な立法機関が、「言った」、「言わない」で、子供じみた水掛け論をやっている姿は、なぜか情けない気がした。田中真紀子大臣は、言葉の使い方が下手かもしれないが、正しいことを、勇気を持ってやろうとしているように思える。その言動に偽りはないだろう。ただ、あまりにも、真紀子いじめが激しくてかわいそうである。世の中から「いじめ」をなくそうと叫んでいる政治家、自らがいじめをやっているように見える姿は、あまりにおこがましい。情けないかな。行政も、正しいことをやろうとしても、古い慣習や、前例で、押し通されたり、上から圧力をかけられると、非力なもので、すぐ屈してしまう。長いものには巻かれろの心境だろう。確かに、生き残ろうと思えば、それも処世術だろうが、国民のたずなをとっている先生諸氏や、行政が、襟裳を正さなかったら、大橋巨泉氏が言ったように、日本丸の行く末は危ない。昨今、失業率が5.6パーセントになり、更に追い討ちをかけるように、消費税免税点の見直し、社会保険の3割負担、給料所得者で65歳以上の人も、年金をかける、ペイオフの実施、周りをみまわすと、支出増や不安をあおる案件ばかりだ。おそらく、こういう状態では景気の回復は今年も、来年も望めないだろう。なぜなら、消費が依然として冷え込むばかりであるからだ。企業は生き残り策として、大型合併、合併を繰り返し、中小の事業者は置いてきぼり。いずれ、業界が大きく再編されるだろう。周りには、小さな店舗は見当たらない。あの、駄菓子屋はどこへ行ってしまったのか、と言うことになる。しまいには、IT化ではみ出した高齢者や失業者が巷にあふれ、社会は混乱するに違いない。要は、文明の利器を当てにせず、大昔の原始時代に戻ったような自給自足の生活をしたほうが、金もかからずいいかもしれない。ただ、戻るべき原始の森も見当たらないのが現状。これから先、人類は、特に日本人、われわれはどこに向かって生きていけばよいのだろう。朝から、ふーーーっと考えてしまった。


2002年01月23日(水) 雪よ、今日は有難う。

雪よ!!今日はありがとう。
at 2002 01/23 11:20 編集

新年会が明けて一晩眠ると、そこは雪国だった。何かの本にあったような文句。いやあああ、今朝、起きてみると見事な雪景色だ。思えば昨夜、そんな予感がしていた。久しぶりに、綿雪と言うか、ボタン雪というか、美しい光景にうっとり。昔は、こういう風景をよく見、よく遊んたものだ。「雪やコンコン、あられやコンコン」。手にしもやけを作って、外ではしゃいだ。何故か、しもやけがなつかしい。指が赤くはれて、押すと、おお、痛しである。いたずらで、弟の指を「指パッチン」すると、ワンワン泣かれて、母から大目玉。それほど高くもない鼻の頭もまっかっか。「天狗の鼻みたい」とからかわれた。最近、雪と戯れ、遊んでいる子供の姿を見なくなった。世の中が豊かになり、寒い外で遊ばなくても、温かい部屋でゲームに興じたり、テレビでもみていれば、雪なんて、山ほどにも見れるから便利だ。小さいころ経験したことが懐かしく思える。こういう郷愁を抱くと、「歳をとった証拠よ」と言われる。「なんのその。僕はいまだに青年で、絶好調」とお返しだ。
おっと、この忙しい睦月の時期に、郷愁に浸っている場合ではない。小山ほどにたまった仕事を整理しなくてはいけなかった。
部屋の窓から雪を眺めて仕事ができるなんて最高だ。「雪よ、今日はありがとさん」だ。さあ、午後からは雪が舞う娑婆世界へ出勤だ。


2002年01月22日(火) 今日の約束・・・・・大丈夫?

久しぶりの寒波である。身も心も寒くなる季節。こんなときは温かい燗でもつけて「グイ」とやると最高。実は今日は6時から新年会が待っている。多分、これが、1月最後の団体での飲み方になるだろう。一体、何回、新年会もどきをやったことか。「あきれて、あいた口がふさがらない」とは、ばあやの口癖か。愛犬エルまで、そっぽを向く始末。体調は絶好調ではない。そのうえに、金欠病が後ろをついて回る。どこからか福の神が舞い降りてこないかと思えど、そう世の中は甘くないようだ。こういうときは、静かに飲んで、静かに休むに限る。多分、今日は二次会も三次会も僕の脳裏にない。ひ・た・す・ら、帰宅あるのみ。「へええ、珍しいじゃないの」とは、知った人の口癖。本来、僕はアルコールなるものに、それほどの親しみを持っているわけではない。以前もいったことがあるが、人が好きなだけである。その、手段として、アルコールなるものがあると言ってよい。「おおおおお、言い訳このくらいでいいだろう。誰も信じちゃいないようだし」。さああ、出かけるか。僕は今日は早く帰る。約束しよう。帰ったらご帰還のタイプを打とう。


2002年01月21日(月) アフガン復興支援会議

アフガン復興の支援会議が、今日、東京のホテルで開かれるそうだ。廃墟と化した国土を復旧するには多額のお金が必要であり、又、いろんな技術も必要だ。世界各国が、頭を絞っていろんな支援策を講じようとしている。何よりも日本が会議の開催国になったことは良いことだ。金さえだせば良いということではなくて、何が大切かと言うことを考えるチャンスが与えられたからである。世界各国の、こういう協力体制を見たとき、「地球はまだ大丈夫だ」という気がする。
ただ、心無い殺人兵器としての地雷が無数、アフガン全土に埋められている。戦争は物を破壊するだけでなく、尊い命を奪おうとするから残酷である。テレビで見た片足をなくした子供たちの輝いた目。その目を見たときに、誰もいたたまれないだろう。経済復興は金があればなんとかいいだろうが、無数に埋められた地雷は誰がどうやって撤去するのか?。こんなとき、まさに技術が要求される。誰かが言っていたが、地雷探査のロボットを大量に製造して、アフガンの土地にいっせいに放てば、結構、効果があるのではと。確かにそうである。人間が手作業でやっても、全部撤去するには千年はかかると言われている。その上、限りなく危険である。こんなとき、ロボット君には悪いが、手伝ってもらったら良いと思う。日本はそういう技術は優れているはずである。地雷撤去は日本がとりえる最大の貢献策ではないだろうか。世界平和の前兆とも言うべき会議のいくえを見守りたい。






2002年01月15日(火) 年初の願望

今日は朝から仕事バリバリだ。先ほど、僕の領域は一段落。後は、パートさんのタイプあんど、整理を待つだけ。クライアントが急いでいるとのことだったので、昨日は休日ながら、奮闘したのに、先ほど電話があった。社長が海外行きとのことで、23日以降に延期してほしいとのこと。うんん、これは嬉しいというべきか、悲しいと言うべきか。まああ、キャンセルになったわけではないから良しとしなくちゃ。ゆっくり中身を検討して間違いを探すのもいいだろう。ないとは思うが。おっと、この過信がいけない。今までに何度涙を呑んできたことか。今年は、くれぐれも石橋をたたいて渡る僕に徹してみよう。
ということで、そろそろ、出かけようと思っている。外は曇り空だ。寒くはない。すでに、草や、木の芽が新しい息吹をはぐくんでいる。自然って偉大だ。「花が咲き花が落ちる。何の不思議はなけれど」。誰の言葉だったか忘れたが、宇宙の循環システムはすばらしい。僕たち人間もその例外ではなく、循環の中に組み込まれている。いつかは、花落ちることになるだろう。そして又再生だ。復活だ。僕と同一人物の復活はないかもしれないが、未来に、限りなく僕に近いやつが、現れて、仏さんとなっている僕に語るだろう。「偉大なるご先祖様、あなたさまの日記を拝見させていただきました」と。「私も、あなた様のように生きてみたいです」と。「苦しゅうない。そうしてみたら」と、僕は言うだろう。うんんん・・・・、これは僕の年初の願望であって、ほぼ、ありえないだろう。一昨日、神さんにお願いはしてきたが、100円では、神さんも、「あっ」と驚いて、そっぽを向くのが関の山。さああ、くだくだ言うのはやめて、ご出勤だ。娑婆が呼んでいるぜ。


2002年01月14日(月) 連休最後は成人式か。めでたし。

連休最後は成人式か。めでたし。
at 2002 01/14 20:50 編集

三連休も、今日で終わる。さあ、明日からは、また過酷な労働が待っている。なんだか、本当は喜んでいるような・・・?。実はそうである。さあ、がんばらなくちゃ。僕はどうも、じっとしている性分ではないので、常に何かこそこそやっていなくては落ち着かない。今日はというと、朝起きてから、年賀状の当たりくじの確認。すでに整理済みだったので、ぱっと見て何枚当たっているか、すぐ確認できる。なんと、切手シートが6枚当たっていた。うんん、連番の百枚で3枚当たるから、僕は200枚、賀状を買った。と言うことは、6枚当たっても、とんとんか。可もなく不可もなしだ。さあ、楽しみの一つが消えた。次に、やったことと言えば、洋服部屋というか、クローゼットというか、もう山ほどに、散らかっている夏服やら、冬服の整理だ。クリーニング屋さんに出した針金のハンガーがあちこちに散らばり、どろころすると、足を傷つけかねない。面倒でも、きれいに方向をそろえて、輪ゴムでとめて保存しておく。時々重宝するからである。
とりあえず、一枚、一枚、ハンガーにつるして、クローゼットに安置した。狭い部屋が見る見るうちに、素敵な空間にはや変わりだ。うんん、日ごろから着ない服は、このようにきちんとしておけば、何も問題はないのだが、几帳面なようで、どこかずぼらな人間のようだ。まあ、自分のことを悪く言うのはやめよう。さあ、次に、昨日買って来た「老梅」を庭の隅に植えた。これが見事にきれいなんだよなああ。黄色い、つぶらな花弁が僕のお気に入りだ。立派に育ってくれよと祈りつつ、スコップで穴をほり、丁寧に植えた。いやああああ、やれば、結構、仕事ってあるものだ。更に、その後、ワープロで明日の仕事のいくばくかを仕上げた。一応、このくらいで今日はいいだろう。後は、こうやってパソコンで日記を書いて、おねんねするだけか。
それはそうと、今年の成人式も若干、荒れたようだな。まああ、成人になって、初めての抵抗もいいかもしれない。「飲みなはれ、歌いなはれ」だ。ただ、もう大人なんだから、子供じみたことは止めて欲しいと思う。何はともあれ、20歳を原点としてがんばって欲しい。


2002年01月13日(日) 今日の「たこ焼き」はおいしかったぜ。

at 2002 01/13 22:16 編集

今日は三連休の中日。午前中に仕事を済ませて、午後から小一時間のところにある神社へ御参りに行った。ここ近年は、ほとんど、神社へ参拝することはなかったが、どういう風の吹き回しか、行って見たくなったのだ。えらい混んでいるなと思いきや、あちこちから団体客がバスガイドさんに案内されてやってきていた。こういう光景は、ほほえましくて、思わず笑ってしまった。幼稚園生や、小学生の引率旅行を思い出したからだ。そういう僕だって、人のことを笑ってばかりはいられない。外国へ行けば、僕たちもやはり、小学生と一緒。きょろきょろして、不安な顔を隠せないじゃないか。ガイドさんの後を、「遅れをとるまじ」と懸命に着いていくではないか。それにしても、神社への参拝は、何事も信心からというから、結構なことである。僕は、こういう門前町や温泉町みたいなところが好きである。母が今でも、温泉町で商いをやっているから、郷愁をおぼえたのかもしれない。通りの両脇にはずらりと、土産品店が並んでいる。どこも似たり寄ったりの品物ばかり。神社にあやかった、いろんな菓子類、人形、どこへ行ってもパターンが同じである。ただ、びっくりしたことが一つ。それは、たこ焼きの「たこ」がえらく大きかったことだ。ぶち切のたこが、無造作に積んである。「どうしてこんなに大きいの」と、店のおばちゃんに聞いたら、「これが名物よ」との返事。なるほど、名物ね。僕の質問もまた、的を射ていた。「この辺の海でたこがとれるの?」。おばちゃん曰く。「ええええっつ?」。何故か怪訝な顔をしていた。早速、車の中で食してみた。「うんんん、値段も高いが、たこが大きいからなあ・・・・。うまいぜ」。まあ、まやかしではなかったようだ。それにしても、僕も変わった男だ。門前町や温泉町の商店には、たいてい、同じ商品が並べてあると言ったが、どこの、店にも、木刀やら、置物の刀剣類が置いてある。木刀と神社。何か関係があるのだろうか?。僕は以前から、この木刀が欲しいと思っていた。護身用にである。千円ちょっとしかしないから安いものである。ただ、買った木刀をぶらぶらさせながら、歩いていると人が皆、僕を避けて通るようだ。それもそのはず、ブラックハットをかぶり、木刀をちらつかせれば、危険人物と思われても仕方がないじゃないか。早めに退散だ。
というわけで、今日は。お賽銭100円を大きな箱に投げ入れて、今年一年の平安無事を祈ったのでありました。100円では効き目もないかもしれないなあ・・・・。





2002年01月11日(金) 今年もボスや弟と、はちゃめちゃか?

今年もボスや弟と、はちゃめちゃか。
at 2002 01/11 15:57 編集

昨夜は仕事仲間と、新年を記念して一献傾けた。そして今日はさらに、新年第一回の異業種交流会が6時からある。連夜のはしごになりそうだ。ちょっと、昨夜の酩酊がたたって、必ずしも絶好調ではないが、ボスと一緒なら、行かねばなるまい。今宵の行動のパターンが、まぶたにはっきりと見える。まず、小一時間、ジョッキでビールの飲み放題だ。といっても、せいぜい、中ジョッキで3杯が限度である。ひとしきりだべり、ボスも僕もほろ酔い加減で、さあああ二次会だ。昨夜の仕事仲間から紹介された小料理屋へ直行だ。こじんまりした、かわいらしいママさんが一人でやっている。「あら、今日も来たの?」とか何とか、多分言われるだろう。返す僕の言葉がまた、いいじゃないか。「ママさんの料理でなければ、酒がうまくないからね」とね。この言葉に、ママさんもにっこりしながら、「あなた、上手ね」とくる。
こうなればしめたものだ。代金は安いし、料理も山盛りだ。これは、考えすぎか。
カウンターには6人程度しか座れない、後は、三畳程度の小部屋がある。カウンターには大皿にもられた、ママさん手造りの料理が、早く食べてもらいたそうに、所狭しと並んでいる。いやあああ、見事、見事。多分、僕は「いわし」を食べるだろう。これがうまいんだよなーー。核酸がいっぱいだ。青物の魚は体に最高だ。僕は小いわしを頭から「がぶっ」とくらいついた。いやあああ、う・・・・・ま・・・・い。
ボスは、僕とは違って、「おでん」を注文するだろう。おでんは、おなかに重いんだよなあ。まああいいか。僕が食べるわけではない。焼酎のお湯割を、そうだなああ、2杯か3杯は飲むだろう。あああ、おなかいっぱい。さあ、次はボスちゃんの、クライアントの娘さんが経営している、クラブへ行くことになるだろう。例のしゃりしゃなりのママのいる店である。弟の大好きな店である。僕は今年の1月5日にすでに行っている。なんと、その日はママさんの誕生日だった。僕は知らないで行ったのだが、知った以上、何かプレゼントしなくてはと、9000円の赤ワインを注文した。なんと、周りのかわい子ちゃんたちに、たっぷり飲まれてしまった。まあいいか。
僕とボスはひとしきり、新年の挨拶をママにして、小一時間ばかりいて、ラストストアーへ行くだろう。数十年らい暖簾をくぐっている、例の大ママ、中ママ、小ママの店である。ボスはここへ行きたくて仕方がないのだ。何故って、下手な歌を思いっきり歌えるからだ。ど演歌で、しかも、曲間に「えーーーいい、えーーーい」と掛け声がはいる。これはいわゆる気合である。やかましくて仕方がないが、そうも言えないので、皆、苦虫をつぶしながら、拍手喝さいだ。ああああ、今年も、はちゃめちゃな年になりそう。そうこうして、午前様のころ、ご帰還だ。玄関の鍵が開いていればいいのだが。おおおお怖いぜ・・・・・。


2002年01月09日(水) ワンちゃん一匹、ニャンちゃん二匹。

我が家には、ワンちゃん一匹と、ニャンちゃん二匹がいる。犬の名前はエル。猫の名前はまだ付けていない。いつの間にかいついた、居候だから付けていない。周りの者は、あえて、「シロ」とか「シャム」とか呼んでいる。毛色がそうだからである。僕は本来、猫よりも犬が好きである。あるときは訴えるように、小さなおめめで、僕を見つめ、またあるときは心配そうな目で、僕を気使ってくれるのは、まさに愛犬「エル」。顔をさしだすと、生暖かい舌で、「ぺろっつ」とご挨拶だ。もう10年以上、生きているから、僕よりずっと先輩の「ばあや」みたいな存在。まだ、ばあやが若いころは、二人して近くの土手までよく散歩に行ったものだ。土手で首輪をはずすと、一目散にどこかへ駆けていく。よほど、嬉しいのだろう。目が輝いている。僕は流れ行く雲をのんびりと眺め、今はすっかり忘れてしまった、タバコをふかしながら、エルの後を追う。程よいころ、口笛や、名前を呼ぶと、懸命に駆けてくる。このいつわざる、愛情にはただただ、心をゆさぶられる。反面、猫族ときたら、食事が欲しいときだけ、「猫なで声」を出しながら、擦り寄ってくる。食事以外の時は、贅沢な場所で、「ごろね」である。労働の喜びを少しは知ってほしいと言いたくなる。昔はあんなに、「ねずみ」を捕まえたじゃないか。あっつ、そうか。今はねずみもいないか。ピチピチのかわい子ちゃんなら、まだ許せても、猫なで声だけは「ぞーーーっつ」として、身の毛がよだつ。あまりにうるさいから、一度、怒ったことがあった。それ以来、僕を遠巻きにして、ほとんど、接近しなくなった。僕にとっては幸いである。多分、猫族とは、信頼関係を取り戻すことはできないだろう。世の中には猫好きな人もたくさんいると思うので、これ以上、猫のことを悪く書くのは止めよう。ただ、心無い人たちが、公園やら、あちこちに、彼らを放置するので、周りが迷惑してしまう。彼らも生を受けた以上、生きる権利はあり、腹も空く。できれば、心ある人たちに、飼われて幸せな生を全うしてもらいたい。
最近、生物種の絶滅が増えているそうである。犬・猫たちはその心配はないだろうが、ちょっと気になった。
「エルばあや」よ、そろそろ、出かけますぞよ。ばあやの目は「早いお帰りを」と言っているようだ。心配しないで、帰りは早いから・・・・・・・・。


2002年01月07日(月) 春の七種、(ななくさ)、知っていますか?

明けて早くも一週間が過ぎた。光陰矢の如しとはまさに然り。ところで、今日は春の七種(ななくさ)粥を食べる日。万病を除くらしい。七種とは、秋の七草とこんがらがって、ほとんど名前を知らなかった。今朝、テレビを見たら、七種をやっていたので、この際だから、書きとめておこうと思う。芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべ)、仏座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)。以上らしい。情けないかな、ほとんど、どんな草なのか知らない。昔の人たちは、これらを良く知っていて、今日、もしくは昨夜の夜に粥にして食べたらしい。万病をのぞくという願いを、これらの草に託した先人の知恵はすばらしいと、つくずく思う。同時に、七種(ななくさ)の名前がとても面白い。仏の座なんて、もったいなくて食べるのがおこがましい感じさえする。すずなや、すずしろは、鈴虫を連想して、思わず涼しくなる。せり、なずなと言えば、カーレーサーのセナ氏を思い出す。はこべは、知っているようなきがする。そういえば、小学生のころ、友達の家に遊びに言ったとき、鶏がせっせとハコベを食べていたような。
それはそうと、今日から本格的な仕事だ。年末に今年の計をたてたが、さらに、付け加えておきたい。今年は「笑い」の年にしよう。日本人は笑いがない国民になってしまったと、今朝の新聞に書いてあった。確かにそう思う。貧しい外国の子供たちの、あの輝いた瞳と笑顔は、今の日本人から、消えてしまったようだ。豊かさがそうさせたのかもしれない。だからと言って、「まずしさ」に戻れと言っているわけではない。ただ、今年の僕は、昨年以上に「目に輝きを持った笑いの男」として、精進していきたいと思う。あの、「笑うセールスマン」のような、いやみな笑いでは、もちろんない。心に笑顔を唇に歌を・・・・・まあ、こう言った感じである。


2002年01月04日(金) 今年も」がんばるでーーーー。

もう、今年が明けて、四日目。早い。365分の4が過ぎたことになる。約分すると、およそ、91分の1である。この約分はたいして意味がなかったか・・・。大晦日から正月にかけて、よく眠った。誰に邪魔されることもなく、思う存分にだ。昼ごろ、大あくびをかきながら起きた。洗面を済ませ、書斎に赴くと、年賀状がどさっと、机に置かれていた。毎年の風景。居間には朝、昼兼用の食事、いわゆるおせち料理が、並んでいた。僕は本来、かしこまった料理よりも、普通の当たり前の食事がすきなんだが、まああ、今日は周りにあわせて、静かにいただくことにした。極力、食べ過ぎに注意しながらね。
その後は、パソコンに向かい、昨年の仕事の整理。僕って几帳面。元旦から仕事とは、これいかに?。お答えいたします。時間つぶしの気晴らしである。時々ゲームにも興じた。負けて腹が立つと仕事に集中。しばらくして、再びゲームに挑戦。正月の二日間は、こんな調子でだらだらと過ぎた。買い物にもちらと行ったが、特にほしいものなし。福袋だけが、えらく、勢いがあったようだ。とはいえ、僕の興味をそそるものでもない。、昨日は、例によって高校の同級生諸氏と、新年の懇親会だった。僕は愛車で、故郷に陣取る仲間のもとへ、ひた走り。今年は絵描き夫婦の家が会場である。僕は、極上の「ゴマ焼酎」を持参して乗り込んだ。この焼酎は何を隠そう、もらいもの。僕も現金な男である。いかにも高かったかのように告げ、よだれを流しながら、のどに流し込んだ。僕たちは寄って集まれば、話は議論ばかり。お互いの傷を攻撃しあって笑い転げるという悪趣味のやつ。まああ、同じ釜の飯を食ったやつばかりだから、とりとめて、傷つくこともない。ひとしきりだべり食って、夜はカラオケに行くことになった。故郷で、カラオケに行くのは初めてである。田舎とはいえ、ホテル並みの立派な建物である。「へーーーー、ちょっとの間に変わったものよ」と驚いた。いかにも常連らしい、友の一人が気負いながら、案内して、六畳壁張りの部屋に陣取った。鏡張りでないところが憎い。別に我が姿を見て歌うこともないか。
ここも、点数がでるカラオケだった。なんと、友人が90点以上の高得点を連発。こう点数が高いと、どうも、疑いが先にたってしまう。要は、客に自信を持たせて「また、いらっしゃい」ということなのだろう。さすがに、点数が高いと悪い気はしないが、こうも乱発されると、いい加減うんざりもしてくる。昨夜は11時過ぎには帰還した。「おはやいお着きで」と、ばあやに目玉を白黒された。というのは今日の朝8時半から仕事が入っていたからだ。仕事をボイコットするほど、僕の神経は図太くはありませぬぞ。とか何とか言いながら今日も暮れようとしている。さあ、明日の土曜日も仕事だ。稼がなくちゃ、僕のお飯も食い上げになってしまう。
今年もがんばるでーーーーーー!!!。


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