ポンッ!・・・おもしろいことが起こりました! - 2001年10月30日(火) そうして事態は好転していく。 多くの共感をおぼえた夜だった。 - 懐中抱月 - 2001年10月28日(日) heart of voiceのワークショップへ。 2回目の参加。今回は友人を連れて行った。 今日のテーマはNBS。 ナチュラル・ボディ・ソニック(共鳴)。 声(音)を出すのに使うべき場所を使う。 呼吸、気功の型などを使っていく。 マスダさんという男性で、目が見えない方が参加されていた。 先生に手をとってもらい、気功の型などをおぼえてゆく。 動きを目で確認できないのに、正確に繰り返せるのがスゴイ。 私たちが日常いかに視覚に依存しているかを考えさせられた。 部屋が寒くてからだが縮こまったのが残念。 帰りは浅草でお好みを食べた。 なんで「もんじゃ」じゃないかって? やっぱボリュームでしょ! ふたりとも手持ちのお金がなくて、 とりあえずおいしくおなかいっぱいになりたかったのです(笑)! 帰宅して、地元の友だちに教えてもらい、 行った事のなかったお風呂やさんへ。 わりとすいていて、のんびりくつろげた。 - 『カフェ』、もいいけど純喫茶 - 2001年10月26日(金) 今日は朝からでかけ、住民登録と印鑑登録、運転免許の住所変更。 銀行口座の開設等と、新しい生活のための準備。 着々とひとつひとつ、こなしていく。 (あぁ、運転免許証もっててよかった〜!本人確認の証明がカンタン♪) 池袋北口を降りたところある、サン・フラミンゴで父とおちあう。 少し前まではフラミンゴは純喫茶の趣、 コーヒー1杯5、600円くらいのちょっと高級な感じの喫茶店だった。 でも今朝でかけてみてびっくり、今風の「カフェ」に改装されていた。 そういえば、2週間ほど前に友だちと、喫茶店の話をしていた。 彼女は信濃町にある高級喫茶店で働いてる。 「最近、いわゆる「カフェ」が増えて、ほんとに落ち着ける喫茶店なくなったよねー。 「お気に入りだったところが2軒も閉まっちゃったし。。 ・・・そっか、言われてみれば最近オープンするところは、 スタバだとかドトールみたいなところが多いよね。 それももちろんアリ、なんだけど、 あまりにも混み過ぎていたり、隣の席との隙間があまりに狭すぎたりと、 なんだかせわしく落ち着かないのも確かだよね。 そんな話をしながら、私が知ってるお店に案内。 池袋東口正面の三越付近で、知ってる落ち着く喫茶店へ。 どうしてゆうこがこういうところ、知ってるんだろう? と、首をかしげられたのがなんとも愉快だった。 カフェオレが、650円、いい値段だ。 でも、くつろぎのひとときを過ごせてふたりで満足した。 - へっちゃら。 - 2001年10月25日(木) 立ち止まらず、進みながら考える。 とうとうと、よどみなく、そして流れをさえぎらない。 いちいちすべてを『一時停止』にすることなく、思考する。 物事を決めていける。 打てば響くような、気持の良いレスポンス。 緊張と緩和。 静と、動。 ちょっと位嫌なことがあってもへっちゃら。 次々と角度を変えて、切り込んでいける。 気持ちをサクっと切り替えていける。 そんなの、なんだかすごくいいよね。 - 育児日記 - 2001年10月24日(水) 上司がわたしの席へふらりとやってきた。 コルクボードに貼った、4コマ漫画に注目し、 「いいこと書いてあるな、バリバリくんか…」と。 バリバリ君、という、某新聞に毎日載っている4コマ。 一コマ目: (机に向かい、勉強する息子に母、話し掛ける)「リキちゃん、きょうも頑張ってるわネ」 二コマ目: (息子、母に向かい一言。) 「『天才』とは『自分のできることにとことん挑戦する人』」 三コマ目 母「じゃ、『凡人』とは?」 四コマ目 (母が挫折した「5年日記」と「家計簿」を前に) 息子「『出来ることをやらない人』」 (母、頭をかく) 上司も5年日記を書こうとしたが、数行でやめてしまったよ、と。 でも、奥様は育児日記をつけているそうだ。 3人の娘さん、それぞれに一冊ずつ、いついつはじめてハイハイした、とか 言葉を発した、とか、細かくつけているそうだ。 すごく、刺激的だった。 わたしも、子どもができたら育児日記、つけてあげたいな。 … 帰宅するとポストに、師匠から書籍が届いていた。 思いがけない出来事に大感激! 「自然との対話 百選�掘廖⊆命申検� 私も、対話の秋をさらに謳歌しよう! - 人に誉められ、称えられ・・・ - 2001年10月23日(火) ゆうべは岐阜の友達と超久々の、長電話。 恋人との対話に悩んで行き詰まっていた。 苦しいとき、行き詰まったとき、同志と話す。 これは、基本だと思う。 誰と、何を話すにも、単なる受け売りでなく、「自分の言葉で話す」こと。 これ以上のものはない。 「なりたい自分」をみつけるために、 私が実践してることのひとつをひとつ、ふたつ、話してみた。 少しはヒントになったみたいで、よかった *(^ー^)* 人に誉められ、称えられ、楽しく、利う(うるおう)。 そんな今だからこそ、いいときに泣き、悪いときに動ぜず笑える自己の確立を思う。 - 豊かな『無駄』と『あそび』を考える - 2001年10月22日(月) 人生を生きていくのには、無駄が多く効率の悪いことが多い。 それをオッケー!と肯定してあげて、そこからスタートする。 そうすれば気持ちの上での余裕が生まれて、豊かに生きられる。 あそび、があるからこそ、部屋は部屋、として機能する。 …これは、数年前に人から教えてもらったこと。 完璧を目指さず、ちょっとハズした行き方(生き方)がいい感じ! - 自分の言葉で、語るのだ。 - 2001年10月21日(日) 友人がうちへ。 いとおしい、尊敬する、心から慕っている姉。 彼女と話すと、「そっか!それでいいんだ!」と、たくさんのことに気づかされる。 あったかくなる。 私は一人っ子だから、そんな彼女の存在が余計に大切。 何を考えて生きているのだろうか。 どうやったらあんな素敵な詩(うた)をつむぎだせるのだろうか。 不思議がいっぱいつまった、友達であり、姉であり、そうした素敵を愛する同志。 そんな彼女から、数日前から、「南無妙法蓮華経、ってどんな意味?」 ときかれ、私なりの自分の解釈を伝える機会に恵まれた。 南無、は帰命、「まかせます」、という意味。 妙法蓮華経、というのは、この宇宙をつかさどる真理。 あとから人が発見したかのような、法則、例えばものに圧力を加えれば動いたり、 上から落とせば下に落ちたり、はたまた笑顔をみればうれしくなったり。 そんな普遍的な宇宙のリズムの総称。 誰しも、信仰とか宗教、とか意識しなくても、何かを大事にして生きている。 信じ、尊んで、生きている。 家族や恋人が本尊の人、お金が本尊の人。仕事や名誉や地位が本尊の人、等々。 そこで、何に「まかせます」なのか、で、人生変わってくるだろう。 …友人のだんな様がお迎えに。 ほんの15分ほどだけど、だんな様ともお話できてよかった。 ふたりは、どこか、似ている。 ほんわかと、さらにあったかな気持ち。 わたしもそんな、人生のパートナーがいつかほしいと思った。 自分の言葉で、語るのだ。 人を笑顔にする使命、果たすため。 今日も、ゆくのだ! - シンプル・ライフ - 2001年10月19日(金) もうすぐ引越しだ。 父と共同でマンションを買った。 実家ごと引っ越すので、しばらくは両親のもとへ。 10代後半から、何回引越しを経験しただろう? 同じ建物内の移動も入れたら、 両手で足りないほど。。。 (後日、書き出して数えてみたら、6年間で9回!) そのたびに、「捨てる技術」が問われてきた。 ちょうどいいところに、『捨てる技術』という本をみつけた。 今日、職場の近くの書店に買いに行くと、 どうやらかなりのベストセラーだったらしく、 店員さんはすぐに場所を示してくれた。 殺ぎ落とされた、シンプルな生活を目指したい。 わたしと、音楽と。 それ以外、何もない部屋を望んだ、かつての恋人のように。 今、ようやく、当時彼のいわんとしていたことがわかるような気がする。 あれから、3年半が経つ。 - レイニー・ディ・ブルース - 2001年10月18日(木) 雨ふりの日には、気分が重くなる。 なにがあったわけでもないけど、 物憂げな夕方だった。 有意義なミーティングを終えて、 気分はいいはずなのに! 外は雨。 お気に入りのブーツにかけた、 防水加工もところどころはげてしまって。 そんな日でも、イキイキとした生徒の声に、ずいぶん励まされた。 一日の仕事を終え、部屋を片付けて。。 帰りの電車で本を読むのが楽しみで! 気付くと表は、小雨に変わっていた。 そんな夜のしじまに、レイニー・ディ・ブルース。 - 抑圧に押しつぶされ苦しむのではなく、 - 2001年10月16日(火) かかった圧力を受けて活用し、 より大きな希望に換えていく。 合気道とかみたいに、相手のかけてきた力を使って闘う。 BGM Wayne Shorter: Native Dancer - 移ろい - 2001年10月15日(月) 人の気持ちは、時の経過とともに移ろいゆく。 今、むしょうに切なさが込みあげてくる。 空しさが頭をもたげてくる。 - よく眠る - 2001年10月14日(日) よく眠る。 さらに、よく眠る。 9時半には横になった。 こんな日を、週に一度はつくりたいなぁ。。。 早々と用事を片付け、お茶を一杯入れて、 お気に入りの本を眠たくなるまで読んでいる。 もちろん、携帯はオフ。 素敵だ。。。 - 踊る女は美しい・・・/何に命を使うのか - 2001年10月12日(金) 「女って、もともとエロスを内包して生まれてくる生き物じゃない?」 「そう、命ということですね、 (踊るときに身に付けた)鈴や声といったものも、その音で生命を讃えているんです--------。」 (中略) 私も踊った。踊っているうちに疲れが消え、新しいエネルギーがよみがえってきた。 まわりを見渡すと、いつも仕事をしている姿しか見たことがない人たちが踊っていた。踊らないではいられない、といった顔つきで楽しんでいた。その姿もまた、ミッシェルのダンスに負けずおとらずエロティックだった。 ミッシェルって、アマノウズメノミコトみたい・・・・。生きる喜びを呼び起こすために、かつて人々は踊ったのだ。鈴を携え、声を上げて、足を踏み鳴らし、宇宙を掴み取ろうと腕を伸ばしながら。 古代人の踊る魂は、国境も人種もなかったに違いない。大地のエネルギーを汲み上げ、点へと投げ返す。事前と交信できる存在であった太古の女。できることなら私もそこに戻りたい。貧弱な、浮遊する、寄る辺のない現代人の性ではなく、大地に根差した女性性に。(中略) ときとしてしこってしまう、冷えてしまう女の部分を解き放ち、情熱的に踊れたら------。 踊る女は、みな、輝かしく美しいに違いない。 光野桃著 スランプサーフィン より引用 ・・・ 夢中になって踊るとき、疲れがふわりと消えてなくなり、エナジーフローを感じる。 それは、生物として、生命として、正しい反応だったんだ、と知る。 ・・・生命を讃えるうたを、歌いたい。 そこに命を、使いたい。 「締め切り」、と題する詩を友人からきいた。 こんな内容だったかな、 学校、仕事と、いろんな形の締め切りに追われる。 何かをいついつまでに、と、仕上げる時間。 私たちは、誰もが締め切りを持っている。 紫式部ももっていた。 命、という締め切りを。 限りあるこの命を、何のために使っていくのか。 そこに、人間としての価値があり、最大の「仕事」があるように思う。 何かが見えなくなったとき、この「何のため」という原点に戻る、素直さが持てたなら、人生に行き止まりはないだろう。 - ジンマシン - 2001年10月11日(木) 今朝、体中にかゆみを覚えて目がさめた。 夕べ寒くて引っ張り出したフリースの毛布に変な虫でもついてたかな? なんて、軽く考えてたら、午後の会議の途中から顔や首にいっぱい発疹。 夜までやってるお医者さんをテレフォンサービスで探して 大久保駅前の病院へ。採血をして、お薬をその場で飲んだ。 会社に帰って、トイレで全身に軟膏を塗った。 だいぶかゆみや腫れは治まってきた。 奇遇なことに、さっきドイツに住む友人からもらったメールに、 「〜最近、彼、夜中にジンマシンが出て・・・」なんて。 その友人がきいたところによるとそうしたジンマシン等は、 『何かの抑圧やそういうものによって崩れた生命のバランスを保とうとして出てくるんです。調和を保つためにね。病気っていうのはみんなそういうものです。」 と。深いなぁ。。 私にとっての『抑圧』って、なんだろう? あと、毎日届くお気に入りのCafe globeのメルマガで、 今日の一言英会話フレーズが it itches...(かゆいっ!)! 一体、何の因果なんだろう?? - 眠れ、ねむれ〜 - 2001年10月10日(水) ここのところ、午後から仕事の日には、いっつまでも寝ている。 必ず、目覚ましよりも前に目覚めて、1時間半後にもう一度セットして、 また1時間と10分くらいで目がさめて、を2度、3度と繰り返す。 贅沢だけど、カラダが求めてるとしかいいようがない、生理的現象。 ちょっと前なら、「さぼってるぅ〜!!」と、自己嫌悪に陥ってたかな? 今日は友達の誕生日なんだ〜! i am very good at remembering friends' birthday! - 帰り際に - 2001年10月09日(火) 現場での不安を、希望を、要請を、 これでもか、これでもか、と話してくれた、ふたり。 このモラルの高さに、誇らしい気持ちで、いっぱいになった。 それは、今抱える仕事の話。 一緒に働く女の子たちが、既存の枠を越え、 汗だくになって築く、分厚い信頼感。 感謝の二字に尽きる。 - 人と知り合う、ということ - 2001年10月08日(月) ロスから帰って、早、5年強。 すっかり、英語の感覚が薄れている。 新しい友達と、互いに生まれてから今までの話をし合う。 鈍った英語でのやりとりは、もどかしくてしかたなかった。 今は会社に勤めてるよね、そのあとはどうするつもり?? とか、 歌ったり働いたり以外で、どんなことするのが好きなの? とか、 これまで付き合った人はどんな人?どうして別れてしまったの? とか、 アメリカでよかったことは? とか、 するのが「嫌い」なことは? とか、 外人の男とつきあったことは? とか。。。 さまざまなことに、 ここ数年、改めて考えたこともなかったような角度で切り込む。 そうだよね、 こんなこと、語りあわなきゃね。 友達なら。 - 思い出の手紙 - 2001年10月07日(日) 元恋人のアパートをひとり、訪れた。 そう、地方へ数日出かける間、飼っている猫の世話を頼まれたから。 水を取り替えて、ドライキャットフードをあげた。 部屋を見渡す。 まだ私の荷物が少し残っている。 雑誌や小物の整理をしていたら、 手紙が出てきた。 であった頃の、ものだった。 また明日も水をとりかえ、 ドライをあげに、来るだろう。 - 憧れていたあの子 - 2001年10月06日(土) 出身の小学校で、16年前に埋めたタイムカプセルを開く会。 4年のときに埋めたので、5年から転校してきた私の分はないけれど、 みんなに会いたいような気がして足を運んでみた。 昔、すっごくおてんばだった頃(今もか!?)の仲間が 集まって、思い出話で盛り上がる。 印象的だったことがひとつ。 私はどちらかというと小学校ではいじめられっ子だった。 男の子にはからかわれて毎日のように泣かされてたし、 華やかな女の子グループに無視されたり。 今思えば多分に思い込みや被害妄想が入ってるかもしれないけど、 当時の私にとってはでっかい問題だった。 あの頃、性格が合わずにうまく付き合えなかった子が来ていた。 うちらの学年だけでも数十人きていたけど、 彼女の風貌が一番変わってしまったように思えた。 どこかやつれた感じ。メイクも濃かった。 一言二言私の方から話し掛けてみたけど、 私のことなんてなんとも思ってない感じが伝わってきて 寂しい気持になったから、その場を急いで退いた。 二人の間を、冷たい風がシュビュッ。。 他の友達とかわるがわる話す中でも、遠巻きにその子のことを、 「なんだか変わっちゃったね〜・・・」という声をそこここで聞いた。 大人っぽくて、かわいくて、雰囲気があって、人気者だったあの子。 いつもみんなの輪の中心にいた、あの子。 時の経過と、そのすごし方が一人ひとりみんな違っていたんだな、と、 卒業からの13年を思った。 - 眠れない夜は・・・ - 2001年10月05日(金) どうしよう。 気持ちいい朝にめぐり合うためには、 心地よい眠りが必要なのに。。。 - 天才と凡人の違い - 2001年10月04日(木) 「天才」とは、『自分にできることにとことん挑戦する人』 「凡人」とは、『できることをやらない人』 - マンディ・ブルー2001 - 2001年10月01日(月) タイミングよく、昔の恋人から久しぶりに連絡が入った。 元気そうでなにより。 彼からの数ヶ月に一度の電話はいつも、ちょっとうれしい。 なぜって、前向きな風が受話器から流れ出すから。 また、一年ぶりに女友達に電話もしてみた。 やっぱり持つべきものは、友情。 「結婚前に、ひとりの時を過ごせてよかったじゃん!」 と笑っていってくれた彼女にさらなる信頼を寄せた。 今世紀始まって以来最も落ち込んだ今日という一日は、 新たな出発の日となった。 -
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