小話。...ナソラ

 

 

風雲縛魔伝*三郎次×葛葉 - 2006年03月12日(日)

「何やってんだ、お前」
「……三郎次っっ?!」

再会は突然だった。
そして葛葉にとっては、嬉しい筈のその偶然は少々都合が悪いものでもあった。
何と言っても今の自分は代理とはいえ立派な遊郭の太夫である。
すめらぎの里で北斗と風音が消えてから一年、すったもんだがあって現在、この場末の遊郭にとりあえず落ち着く羽目になってしまった葛葉だ。
もとより美貌だけは並外れているため、花魁姿も様になる。江戸の吉原に出しても十分に名を轟かすことが出来よう。

しかし、本来葛葉はくの一だ。
むろん女郎などやりたいはずもない。資金を稼ぐためとはいえ、憤りを感じているところに以前知り合った、しかも未だちょっと忘れられないでいる男にその姿を見られたくなどなかった。

「………」

突然のことに二の句が告げないでいる葛葉に、三郎次は以前と変わらず醒めた顔つきで、一言。

「似あわねえな」
「っっ!!ちょっとー!!久しぶりの言葉がそれ?!あたしだって好きでこんな格好してんじゃないわよー!!ちょっとこっち来なさいよ!!」

三郎次の久々の再会とは思えぬ冷徹な一言に啖呵を切った葛葉は、勢いのまま往来にいた彼をぐいぐい引っ張って座敷に上げてしまった。慌てたのは女将だが何と言っても店一番の太夫の代理人の機嫌を損ねて辞められでもしたらたまらない。仕方なく黙認することにしたようだ。


**


「それで、あんたは何でこんなところにいるのよ」
「何って、刀を売りに来たんだよ」
「あ、そっか…」

三郎次があの島を出る理由といったらそれくらいだ。

「お前は?」

酒を手酌でくいと飲みながら男は聞く。葛葉に接待してもらう気などはじめからないらしい。無論葛葉とて彼を客扱いする気など毛頭なかった。

「あたしは…」

言いかけて、葛葉は口ごもる。

「風音を…、樹木子に血を吸われて死にそうになってた、あの子を、探してるの。突然、いなくなっちゃって…」

途端にうなだれる葛葉を三郎次はちらりと見ただけで、何も言わない。その無言に促されるかのように葛葉の口から溜まりにたまっていたものがぼろぼろとこぼれ始めた。

「探しても探しても見つからなくて、ほんといろんなとこ歩き回ったんだけど…。それで、お金もないし、風音も見つからないし、でも絶対諦められないし!!だって私が諦めたら本当に風音消えちゃいそうだから…っ!」

うる、と涙腺が緩むのをとめられない自分を情けなく思いながらも葛葉はしゃっくりをあげそうになる喉を必死で押し留める。

「っだからっ、とりあえずここで!資金稼ぎしてんのっ」

ぎゅっと艶やかな着物に皺がよるのを気にもしないで拳を握りしめる美しい女を三郎次は静かに見つめる。結い上げた髪も唇に差した紅も彼女の端整な顔に良く似合っていて、なるほどこんな場末の遊郭に置いておくには勿体無いほどの美女である。
しかし本人の心根は鬼仲島で無茶苦茶をやらかしたあの時からなにひとつ変わっていないようだった。

三郎次は面倒そうに酒を飲み干した。

「いいじゃねえか、好きなだけ探せば」
「え…」
「諦めたくねえならその相棒を、これでもかってくらい探せばいいじゃねえか」
「探したわよ!でも、…見つかんないのよッ」
「だから、見つかるまで探せばいいんじゃねえのか?諦めたくねえんだろ」

葛葉ははっとした。
幸村の命を破り、ひとりきりで北斗と風音を探してきた日々は、彼女にとって心細く、辛いものだった。手がかりもない、隣にはいつもいるはずの相棒もいない。それでも弱気になる自分を叱咤して幼馴染を探し続けた。

でも、それが本当に正しいことなのか分からなかった。
だから誰かに「風音を探してもいいよ」と、ずっと言って欲しかったのだと葛葉は気づいた。
気づいたら気持ちが溢れて止まらなくなった。

「……っう、…さぶろうじぃ―――!!」

恥も外聞も構わず、感極まって葛葉は三郎次に抱き付いてワンワン泣いた。三郎次は突如胸に飛び込んできた女に一瞬ぎょっとした表情を見せたが、彼女が子供のように泣き喚くのを見て、黙ってそれを受け止めた。
背中をさするでもなく、頭を撫ぜるでもなく、ただ葛葉の華奢な体を逞しい胸板で受け止めていた。

やがて泣きつかれたのか、葛葉は三郎次に体を任せたまま眠ってしまった。ずず、と彼の胴体を下に滑っていく葛葉の体に、三郎次は舌うちする。

「ちっ、めんどくせえ」

言いながら、ぐいっと鍛えられた腕で彼女の体を抱え上げると、ぎゅっと胸の前で固定する。葛葉はよほど疲れたのか、その振動にも目を覚ます気配がない。生まれたての赤ん坊のように昏々と眠る葛葉を見下ろして、三郎次は溜息をつく。
息にあおられて葛葉の髪から、彼女には似合わない芳しい香りがした。


...



 

 

 

 

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