坐骨神経痛&腰痛(BeBe)
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2003年07月31日(木) 再発なのかな? .....追加

再発しているのかな?
脚の痺れが自覚症状として出てきた。ストレスという言葉に敏感になっている。
仕事、
いよいよ今日が最後の日となり、最後の挨拶をして帰っていった。どうしても引き継ぐ事が出来ない仕事がいくつか残ってしまった。そして、その事は私の上司には通じない。どうする事も出来ない。
来月早々に実施される監査の準備も思うように進まない。このままでは、どうなるのかと考えると、ぞっとする。この事も誰にも言えない。





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子供の事、
長男が家を出ると言い出した時、いいや、その前から思っていた。何かがあるたびに、『もう、あいつはいないと思うしかない』と自分に言いきかしてきた。
しかし、実際に行方が分からなくなってしまうと『連絡が取れない』事に対して無性に腹が立つ。或いは、何かが有る事を言って貰えなかった事に苛立ちを感じている。
どれを取り上げてみても、自分でどうにか出来ずにいることで、自分には無関係だと諦める事が出来ない事。明日になれば、何かが違っているので有ればいいのに。。。。。。。押さえている感情のふたを外すと自分でも怖いくらいに、むちゃくちゃになってしまいそうになる。

早く帰ると、おきているのが辛くて薬を早めに飲んで、薬の力を借りてでも眠りってしまいたい。おきていればいろいろと考えてしまうから。もっと、即効性のある眠剤が欲しい!!


2003年07月30日(水) 最悪

久しぶりに公私ともに一度に襲ってきて、パニック状態だった。
仕事で、
  1.退職者の引き継ぎ作業の内容を聞いておかねばならない。
    昼からと約束をしていた。
  2.朝から上司であるK部長から、明日の朝までで良いからと言って
    仕事を依頼してきた。半日で出来る内容じゃないのに。。。。。
  3.午後になって取引先の人と約束をしていたので、ある程度見通しを
    つけておかないと、間に合わない。
  などなど、次から次へと舞い込んでくる。
と、こんな状態の時に子供の事で電話が掛かってきた。動く事も出来ないし、電話をしても通じない。けれど、放置は出来ない。
こんな状況になっていても、睡魔が襲ってくる。呆然としている自分を自覚出来るのに、どうしてなんだろう。





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脚の痺れは無いものの奇妙な違和感が出てきて、何となく左脚に力が入らない。再発の予兆かと不安で落ち着かない。焦って仕事をするから直ぐ出来る事も、なかなかはかどらない。
結局のところバタバタしただけで、殆どが積み残しで明日を迎える事になってしまった。何とか脚の状態が平穏で腰も痛くなってきたけれど、悪化しないで欲しい。


2003年07月29日(火) どうしようもない気持ちに困っている

少しだけ、何かをやろうという気持ちになっても、それ以上にはならない。
反対に何もないのに、突然、やる気力がなくなってしまい何もする気にならない。坐骨神経痛は痺れがとれてから随分と日が過ぎてきて、少しずつだけれど今の状態に身体が馴染んできた。きっと、一番辛かった状態に戻る事はないと思う。それなのになぜ、この無気力がわきでてくるのか自分でも分からない。





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今日も悩むばかりで進歩はないままで一日が過ぎた。頑張っている振りをして、仕事をしている振りをして、これからもきっと過ごすのだと思う。
心の声と現実の声にギャップを感じて、歯がゆい思いをしながら毎日を過ごす事になるのだと思う。


2003年07月28日(月) 何もない一日

途中で目が覚める事もなく、目覚ましよりも少し前に目が開いた。丁度良いと思い起きようとするが、背中が痛い。しかし、おきねばならない。
朝食を済ませて、毎日同じ時刻に家を出て同じ電車の同じ車両に乗り込む。違いと言えば、学生が夏休みに入ったので車内の雰囲気が少し違ったように感じた。
会社について、部屋の鍵を取りに行き少しむせた部屋の中に入り込む。7月も終わろうとしているのにこの程度の暑さ、やはり冷夏なのだろうか。





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自分の机について、PCの電源を入れてメールのチェックからはいる。と言っても、最近は急ぎの用件があるメールとは顔合わせをしていない。
取り終えず何もない事が分かってホッとする。
月曜日だから、週のミーティングある。今までは、自分のペースで進めていたが、新任の部長が出席すると言い出してから変調を来している。バカみたいに来るのを待っているのです。これは、私にとっては屈辱に近い。少しして、電話がなり用事が出来たので欠席するという。
ホッとして、いつも通りの調子ではじめた。午前中は大体が睡魔との闘い。
午後ぐらいから、ようやく脳が起き始めると言った状態。締め切りの近いものから、時間の掛かるものから、社外との交渉からなどなど優先順位を決めて作業をこなしてゆく。
それも長くは続かない。
こんなごく普通の会社勤めの仕事をしていた日でした。


2003年07月27日(日) 体中が痛い

昨夜は早く寝ようとして、横になって朝まで寝ていた。
背中から腰にかけて凄くいたい。横になると、起きあがる時に手を添えてでなければ起きれない。背中が痛くて動けない。
朝は早く起きたけれど、何もする気になれず横になってボンヤリとしていた。





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今夜も昨夜と同じで眠剤を早い時間に飲んでいるから、横になれば眠れる気がする。最近は、脚の痺れから離れているけれど、不眠と睡魔、そして無気力と精神的な事ばかりで辛い状態が続いている。どちらにしても、周囲の人からは分からない事だろうと思う。
今までいろんな事を考えて、いろんな人の事を聞いて、おそらくこれ以上の事はないのだと思う。毎日が闘いで疲れてしまいました。
きっとそんな投げやりな気持ちが「無気力」になって、身体のだるさにもつながって何も手につかない。


2003年07月26日(土) 寝る事と、その時間

久しぶりで途中での目覚めがなく、目覚ましまで寝ていた。それでも睡魔が襲ってくるので、じっと座っている事が辛い。
薬のせいだろうけれど、うとうとして目が覚めた直後、目の前が黄色く見える。
脚の症状は落ち着いているけれど、時々、思い出したように顔を出してくる。血てょうにつけているメモを見ても、殆ど痺れているという時間がない事に気がつく。
痛みや痺れから解放される事にも、すこしづつ馴染んで来たように思う。





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脚の疼痛から解放されたなら、全てが解決すると思っていたけれど、現実はそうではなかった。無気力という試練を突きつけてきた。不眠と睡魔でも困惑している。
今日のように少し早く帰った日などは、寝るには早く、薬を飲んでも直ぐには効いてはこない。
それよりも、まだ何かが出来る時間なのに、寝る事がもったいないような気持ちにさせる。


2003年07月25日(金) 送別会

今日は部下の送別会と、交替で来る事になった派遣の人の歓迎会だった。
いろんな事が思い出されてきて、とても複雑な気持ちになっている。仕事の事は、出来ないものがいくつか当分の間続くと思う。でも、他部署からは人数が変わっていないから、大変さは通じないだろうと思う。引き継ぎとして一ヶ月間あったけれど、どれだけの事を覚えてくれたのか・・・・・。考えてもなるようにしかならない。





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しっかりしなきゃならないけれど、今の自分にはどれだけの力が発揮出来るか全然自身がない。「職場としては出来ない」と言えないけれど、「出来ない」という事が多く出るだろうと思う。その事自身はさほど辛いとは思わない。
今からしなければならない仕事をするために、必要な戦力が確保できないことで『出来ない』と発言をしなければならない事が悔しい。
必要な人材さえ与えてくれれれば、出来る仕事なのに、それを言えずに結果しか返事が出来ない。それが我が身を引き裂かれる思いがする。
退職する貴女の責任じゃない、貴女には貴女のこれからの新しい人生が始まるのだから。新しく入る貴女のせいでもない。誰も悪くはないのでしょう。
でも、私は仕事で苦しい事になるのも事実なのです。


2003年07月24日(木)

3時、その後は、30分から1時間おきに目が開く。時間ギリギリまで、そんな事を繰り返して、少しフラフラしながら起き出して朝の用意をする。
午前中は神経科の診察で病院へ行く。診察と言っても2〜3質問があって、薬の症をして貰っておしまい。たったこれだけでも、半日仕事。
救急センターへ行った事と、便秘の事を話すとその時に貰った薬とは違うものをだしてくれた。





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TMSの考えると、この身に起きる出来事をどう受け止めるのか・・・・。それを全て柔軟に対応するなんて出来ないと思う。イヤな事があれば、イヤな態度が出来て、嬉しい時は素直に喜ぶ。こんな生活は、会社の中ではムリなんだろうと思う。
うまく生きている人がいる。本人がどう思っているのか、それは分からない。
でも、私の目には指示されるがまま行動をしている人を見るたびに、そんな風に思ってしまう。私には、自分自身で納得の出来ない書類に検印はできない。
当然、決裁書類を書く事もできない。それらを、今、目の前に突きつけられている。そして、ことわりの返事をした。こんな日は誰とも話をするのが鬱陶しくなる。


2003年07月23日(水) やる気が出ないのは、隠せない。

いつになれば、普通の睡眠が出来るようになるのだろう?
昨夜も3時頃に目が覚めて、その後は何とか眠る事が出来たからよかった。けれども日中の眠気はあるし、何かで取り戻そうとするが『やる気』との闘いは、泥仕合になってきた。生きてゆくためには、働かなければならない。
その職場でやる気が手で来ない。そこで、周囲に気づかれないようにして過ごさなければならない。こちらがいくら頑張って”ふり”をしていても、きっと、バレているに違いない。





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『無気力』で何も手につかないと言っているけれど、よく考えてみると、やる気って何ナノ?それを調べるのも面倒。。。。。

今日の仕事、いつかのK取締役とのやりとりで敗退した仕事の続き。黙っていても済む事だけれど、それが出来なくて納得が出来ない点を改善するように依頼していた。発言するたびに、自分に対して腹が立ってくる。一日も早く終わって欲しいと思う。
ボンヤリして時間が過ぎてゆくのを待つだけの一日だった。


2003年07月22日(火) 突然襲ってくる「うつ」

不眠は変化なし。夕べはあつかったから、その事も睡眠の邪魔をしたのだろう。
「やっぱり」、、、、そんな気持ち。座っていると、右脚がピリピリとしてくる。以前の症状がよみがえった。がっかりしたり、ショックを受ける事はなかった。
ストレスを向ける相手は何だろう?こんな事はいくら考えたって分かるはずない。

今月で退職する部下は、引き継ぎを懸命になってやっている。





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「なんだか、疲れたな・・・・」こんな言葉が口癖になってしまった。気持ちがドンドンとマイナス方向へ進んでゆく。一度落ち込んで、手が止まってしまうとその日は、もうダメでどうしても何もやる気にならない。

こんな日はどうにもならない。


2003年07月21日(月) 朝から大あわて

目が覚めて時計を見ると、午前3時、、、いくら何でも早すぎると思って、目を閉じた。何度目かの時に、「寝過ごした」と思いあわてて支度をして、ネクタイをし始めた時に休みだった事に気が付いた。
休みだった事に気がついた時に疲れがどっと出てきた。一日の始まりが悪い。
昨日の労働のせいで体中が痛い。如何に運動不足なのかを思い知らされた。





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座っていても辛いので、横になってボンヤリとTVを見ていた。たったそれだけでも、痛みで思い通りに身体を動かす事が出来ない。腰が痛いのにはドキッとした。
TMSについては変化なしの状態が続いている。何をしていてもその事ばかり考えている。再発した時にその時に考えればと言う考えもあるけれど、自分にはそんな風には考える事が出来ない。医師が「分からない」という限り、問いかけても仕方がない。症状が軽くなっても同じように考える事を要求する病気も珍しいと思った。


2003年07月20日(日) グミの木

庭のグミの木がお隣さんちへ沢山はみ出ていて、苦情が来ているという。このところ、休みの日に限って終日雨の日が続いていたから何も出来なかった。
今日は暑いくらいの日だったので、のこぎりではみ出ている部分を、ばっさりと切り落とした。大きくなりすぎたので、抜いてしまう事が出来ない。根が大きくなりすぎたのだと思う。雑草も沢山あったし、その他の木の枝もあったけれどグミの木だけで疲れてしまった。





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腰も、背中もとっても痛い。
入院をのぞけば連休なんてホントに久しぶり、何もすることはない。ないと言うより、やろうとしないだけかも知れない。


2003年07月19日(土) 気になり始めると限りなく・・・・

椅子に座っている時、歩いている時、寝ころんだ時、どんな姿勢でも左脚の脛の部分に妙な違和感がある。
痛いのではない、痺れているわけでもない。水を吸い込んだスポンジが脚にへばりついている様な感じがする。痛みに意識を引きつける事は良くないと分かっていても、どうしても「なんだろう」「どうして」と考えてしまう。





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仕事に対して、ストレスを感じるような出来事はたくさんある。仕事以外でもある。このような状態は特別な事じゃない。「なおった」宣言は早かったか?
毎日のように同じ事ばかり考えている。そして、答えが出ないからもやもやしたままでいる。気持ちが落ち込んでゆくのが分かる。


2003年07月18日(金) 無意識と意識下の境目

あれほど痺れがとれて、普通の感覚がすばらしい事だと良い時期を思い出していた。ところが徐々に何かが違っている感覚がある。
普通の状態って言うのは、きっと、脚のそれぞれの部分を感じないのだ思う。

ところが、脛や脚の甲や何かを感じるから普段と違うのだと思う。そして、あさださんが言っていた事が思い出される。痛みが場所を移動するのと同じように、無気力やその他の精神的なものへ移る事がある。TMSというか自律神経の狂いが正常に働くようにならない限り、症状は手を変え品をかえてこの身に発症するのだ。

物事が「無意識」の中に入ってしまうか、「意識下」で受け止める事が出来るのかが境界線のように思う。





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無意識のストレスが原因だという。身の回りに起きている事の全てを意識下の元で受け止める事ができたなら、無意識へは入り込まずに済むのじゃないだろうか?
欲がでれば出るほどストレスは増えてゆくように思う。
何も欲がなくなれば、その時はきっと生きてはいない。何もない事もきっと欲の一つに入るだろうから・・・・。毎日のように、こんな訳の分からない事を考えている。人とのつきあいがやはり一番やっかいだと思っている。

座っている時、辛くなるほどの痺れがないので今日は溜まっている仕事を、ひとつ済ませる事ができた。堅いベンチでも座った方が楽だとおもう、いままでならそんな椅子は見るだけでも、イヤだった。


2003年07月17日(木) 違和感

暫く痺れから解放されて、いつまで続くのかを不安におもい落ち着きがなかった。
今日は座った時に痺れまではしないけれど、違和感が出ている。しびれが出始めて安心するというのも奇妙な事だと思う。今までも症状が急変した事はない、たいていが徐々に変わるから今度もそうかなと考えてしまう。

痺れが出てきてショックを感じている部分と、あれで治るなんて変だという事でとても複雑な気持ちがする。毎日が闘い。不眠、睡魔、仕事に対する熱意を復活させる、仕事以外でも脱力感などなどといろんなことと闘って行く必要がある。





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眠剤を飲んで座っている事も出来なくなるほどフラフラになり、それで睡眠にはいる。これがとても幸せな気持ちになる。それすらも最近は無くなってしまい、量を増やしても効果は出ない。

坐骨神経痛は難しい症状名だとねつくづく思い知らされた。簡単に原因があって、原因を取り除けば治る。そんなものじゃ無いという気がした。脚が痺れて痛いのに、人とのつきあいや仕事に対する姿勢なんかも考えさせられる。
何にも答えは見つかっていない。
不思議な気持ちを持った日でした。


2003年07月16日(水) 痺れのないノート

手帳に日々の出来事や気持ちを書いていて、この日記で少しだけ整理してみる。こんな事を続けているけれど、ここ数日は痺れに関する出来事が出てこない。
この事を考えるたびに思う事は、「ホントに治った」といえるかどうか。なぜ、迷うのかを考える時、坐骨神経痛という症状がこころが生んだ症状だからです。
切り傷だったら、痛みが無くなって傷口がふさがれば治ったとわかる。原因が無意識のストレスだと言われているから、症状が出ていないからと言ってストレスが無くなった訳じゃない。
身の回りで起こっている出来事が、無意識のストレスにつながるのか意識下の出来事として受け止められるのかで違ってくるように思う。

昨日もこんな風に意味もなく書いていて、途中で書く事を止めた。

症状が消えても考えさせられるなんて、なんとひどいヤツだ!!


2003年07月14日(月) 雑念ばかり

何も書けない日もある。


2003年07月13日(日) 久しぶりにまとめて寝た

昨夜は眠剤を増やした。いつもと同じく7時前に目が覚めて、今日は休みだからと思い寝る事にした。
すると、なんと次に目が覚めたのは午後の2時だった。時計を見て驚きで一杯だった。こんなにまとめて寝たのは、どのくらい前の事か思い出せない。
でも、その後が悪い。
ご飯を食べて直ぐにおなかが痛くなり、暫くガマンをしていたけれど痛みは治まらない。だから、救急病院へ行く事にした。なんと、結果は便秘だという。
痛みは事実だけれど、結果は少し恥ずかしかった。そう言われてみれば、何日も出ていない。入院をしていた頃は、いつも気になっていていた事のひとつだった事を思い出した。入院から遠ざかってからは、いつのまにかその事も忘れていた。

今日は、とっても痛くて恥ずかしい思いをした日でした。


2003年07月12日(土) やっと一週間が済んだ

無気力な状態の心をむりやり引きずって、一週間という長い区切りまでたどり着いた。会社でも、家でもするべき事は山積みになっている。遊び心が無くなってしまったようで、何をしても楽しくない。無感動になって行く自分の気持ちに不安を感じる。
今日は、腰が重くて痛みが少しある、これはおそらく運動不足の中でボーリングに言ったからだと思う。痛みなどがあっても、自分なりに納得が行く原因が有ると”仕方がないか・・・”と言う気持ちになる。おなかもひどくいたいし、右の人差し指は、とあるお店に入る時にドアに挟んで内出血して腫れあがっている。
なにもないのに、『ひどく疲れた』という気分が続いている。何にもしたくない、でもやらなければ、生きて行けない毎日。これが多分普通の生活なのだと思う。

手帳に書き込む行数が極端に少なくなった。書き残す事が無くなってきたのだ。
痛みがあったり、悲しい事があるといろいろと書く事があるけれど、なにもなく生きている時は書く事もない。空白の日になってしまう。

脚の痺れがなぜか無くなり、掲示板書くと「TMSに勝った」と励ましてくれる。自分では何かを努力してした事は、なにもない。なのにどうして勝ったと言えるんだろう?
生きて行くために自分の信念を心の中にしまい込んで、周囲の人達にあわせて何事もないように過ごす事が、良い事なのだろうか。一歩間違えば、ストレスになってしまう生活スタイルと思う。物事に真っ向から受け止めるしかできない、不器用な自分にはこんな事はいつまでも続かない。


2003年07月10日(木) 行動制限

坐骨神経痛の症状も感じなくなり、腰痛も出てこない。
歩く時にも、普通の状態で歩いている気がする。気がするというのは、これまでは、右脚の足首付近に痺れ感と重みあり知らず知らずのうちに、引きずるような状態になっていた。座れる場所があった時でも、堅いベンチだと抵抗感があった。
それもなくなっている。
今日は、同僚とボーリングに行った。以前は、とてもじゃないけれど出来るとは思えなかった。大丈夫になった事を確かめる意味でも行こうと思った。
初めのうちは、不自然な状態で大丈夫なのにどことなく脚や腰をかばうような投げたかになっていた。昔々の意地になってやっていた事の成績を思い出すと、惨めになる成績だけれど、充分に普通に出来た事に驚いた。

明日は、筋肉痛で苦しんでいるかも知れない。


2003年07月09日(水) 心の中に出来た空洞

今までは何かが入っていた場所だと思う。その場所に「坐骨神経痛」という症状が住み着いてドンドンと自分の心の中で住処を広げて行ったのだ思う。
ところが、ある日突然どこかへ行ったものだから大きな隙間が出来てしまったのだと思う。あまりに突然の事だから、何で埋めるのが良いのか判断が付かないでいるのが、今の状態なんだ。
仕事だってしなければならない事は山ほどある。でも、取り組む気力が出てこない。それは、今日も同じだった。決して何もしていないという事ではないけれど、本当に必要な事を、今日したのかどうかは分からない。
必要な本をいくら読んでも頭に入ってこないから、分からない事が片づかない。
そうこうしている内に、八つ当たりでもしているようなイライラしてくる。

今までに一日の全てを、痛みと痺れに費やしていた事を痛感した。


2003年07月08日(火) 気力

なぜ気力が沸いてこないのか、時々、手帳にその時の気持ちを書いてみた。
朝、電車を待っている間。
脚の痺れはない、眠気がひどく身体がだるい位の状態。この眠気は、眠剤の効果がまだ残っている時と同じ気がした。暫くすると電車が来て、混雑の中でボンヤリとした状態で乗り換えの駅に着いた。

いつからか、社内の会議には殆ど出ていない。(対象者になっていない)前任の部長が少しずつ外していった結果が、今の状態で今度の部長に依頼をしても変化はない。この事が気力がでない事と関係がしていると思う。

お昼前、
自分のする仕事に対してどう向かうかで、精神的な部分に影響が出るように思い始めた。少しくらい、考えたって答えはでない。鬱病と神経科で診断を受けたけれど、鬱病なのかどうか自分で分かるものだろうか?
少し落ち込んでいると、自覚する時は有るけれど誰にでも、それくらいの事は有るだろうし、薬を飲むほどの状態なのどうか、どうして分かるのだろう。痛みの時も、痛みの状態は相手には伝えられない。それと同じじゃないだろうか?

夕刻から退社時刻まで、歩いていても今までのように痺れた脚を持ち上げるような歩き方じゃなくて、普通に歩いている事に気が付く。不思議な気持ちだった。
当たり前の事が、特別な事に感じた。


2003年07月07日(月) 症状をなくす事が目標だったのかな?

一日が済んで何もないなんて事は、考え得られない事。それなのに、今日はこんな一日だったと書ける事がない。
毎週月曜日は、定例のミーティングをしている。そこに新しく来た部長が参加すると言い出して、ひどくやりにくくなってしまった。前任者も同じ事を言っていたけれど、初めの2〜3回で来なくなった。今度の人は未だにきている。
しかし、一度は休んでいて連絡もなく1時間以上も待った。今日も20分待って電話をした。すると、今からでるという。「門外漢」と言う事があるけれど、そう言う立場で上司としている事自体に、私の憤りが有るのだと思っている。
もうそろそろ諦めるかなと思っていたけれど、一向にその気配は感じられない。
世間で言うところの『相性が悪い』という間と思う。





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「どうでも良い」とか「好きなようにすればいい」とか、投げやりな気持ちが抜けきれない日が続いている。
長い間願っていた事、「例え半日でも良いから痺れのない状態が欲しい」と思い続けていた。その事が最近、増えてきている。
その事が目標を無くしてしまっている一つかなと、考えてしまう。
毎朝、1分単位で家をでる時間を決めて、決まった時刻の電車の決まった車両に乗り込んで、何一つ狂いの無いようにして会社へ行く。仕事が有るかなんて関係が無くて、決まった時間、いいや、帰りは電車の乗り継ぎの良い時間を見て帰る。
帰れば、何時には眠剤を飲んでおかないと睡眠が確保出来ないと考えて生きている。


2003年07月06日(日) 眠気を何とかしたい

体内時計が狂っているのとは、少し違う気がする。
夜は眠剤を飲んでもなかなか眠れず、朝は早くから目が覚める。寝不足が続くから日中に眠けがある。それとは少々違う気がする。
それほど、異質な眠気が襲ってくる。それが、今日は何の抵抗もなく殆ど終日、寝ていた。
坐骨神経痛の脚の痺れは無くなっている。これだけで充分だと、長い間思い続けていたのに、その状態になってしまうと次の欲望がでてしまうのだろうか?
何か出来事に対して、感動を感じる心が無くなってしまっている気がする。

自律神経が狂うという事は、いろいろな出来事が身にふりかかってくるのだろうか?


2003年07月04日(金) 睡眠と無気力感

眠剤を飲んでもなかなか眠くなってこない。明日の事を考えると、1時くらいには横になる事にしている。こんな状態でも、5時半くらいに一度目が覚める。
たいてい、またか!!とがっかりして、少しでも寝ておかないと、昼の眠気に影響すると考えてしまう。日中の眠気は半端なものじゃない。
座っていても脚が痛くないから、目を閉じていると完全に寝てしまっている。自分がどこにいるのか直ぐには分からないくらい。





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レム睡眠とノンレム睡眠があって、90分単位で繰り返すと言う。寝る時に、その事を考える。脚の次の課題は、睡眠の事と無気力感の事だと思う。
僅かの時間でも寝た気になっていたはずの時期の事を思い出す。今はダメです。
いくら眠っても、寝た気になれず眠気がとれずに身体もだるい。
気力が出てこない事は、睡眠の事を言い訳にしているように思う。

今日は、帰りの電車で寝過ごしてしまった。


2003年07月03日(木) 治っているのかも知れない。

不眠と無気力はあまり差が無いように思う。
ただ、坐骨神経痛に対しては「既に治っているのかも知れない」と感じてきている。今日も、ほぼ終日机上勤務だったけれど、座っている時に痺れは殆ど感じなかった。お尻痛い。これは、誰にでもあるものと思う。





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仕事に対しての苛立ちもあるし、ムッとする事はいっぱいある。けれど、脚の痺れは出てこない。無気力といえる事か分からない。
無感動なのか、何が有っても喜怒哀楽の差があまり感じない。『坐骨神経痛』が治っていると思えば、めちゃくちゃ喜ぶはずなのにそんな感情が出てこない。やり残しとした仕事が出てきても、『しまった』と感じない。
寝不足から来るだるさとかの悪循環がこんな気持ちにさせているのと思う。


2003年07月02日(水) 症状は出てこなくなった。

痛みも痺れも症状として自覚する事はなくなった。
今日は朝一から仕事でバタバタしていた。今月で退職する部下の後任として派遣の割り当てが1名あり、配属が今日だったので受け入れに人事へゆく。専門職としての派遣人員ではないので、即戦力にはならない。そうこうしていると、社長からの依頼事が来る、その途中で、部下からの報告や別部署からの依頼事が重なってしまう。こんな苛立ちの中でも、痛みが出てくる事はなかった。





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坐骨神経痛の症状は出なくなったけれど、『鬱病』はどうなっているのだろう?
考える事は、仕事の事か坐骨神経痛、鬱病のこと。ずっと朝から寝るまでそればかり考えている。初めて神経科へ行った時は、入院になっても仕方がないとまで腹をくくっていた。その必要も無いと感じ始めている。


2003年07月01日(火) 症状が楽でも、気力は沸いてこない。

症状は落ち着いている。なのに、気持ちが晴れない。脚の痺れは「ほぼない」と言っても良いくらいの状態が続いた。諸手をあげて喜ぶ気にならないのは、なぜだろう。昼間の眠気とだるさが続いているのは、薬の副作用だと思う。けれど、この薬を止めるのは症状が復活する気がする。薬の量が増えたから副作用も強くでているのだろうか。





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思わず同僚に「無気力が薬で治るんだろうか?」と尋ねてみた。突然だった事もあって、返事が出来ない様子だった。

日曜日に発生した社内でのメール事件。曖昧な解決しかしない事に対して、少し納得感がもてなかった。特定の個人に対する非難の内容でも、確たる証拠が有るわけではないし実害を誰かが受けたわけでもない。せいぜい会社のモラルを問われる程度の信用問題だろう。
役員人事の異動で戻ってきた役員が、顔を出してきた。普段と変わらず楽しそうにしていた。新入社員の正式配属で、各職場から要望が出てくる。
などなど、周囲はそこそこに変化がでている。


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