気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2006年01月25日(水) 昨日は一日、悪魔のような片付け

ずーっとずーっと前に、せっせと用意した、非常用持ち出しグッズ。
家族がそれぞれに背負えるように3つのリュックに分けて入れて、寝ている2階の部屋の隅っこに置いといた。
その後、私には色々あった。
幼稚園のバザーとか謝恩会がとか、、役員の仕事がどうの、お兄ちゃんの受験だの、とかなんとか。そのあと気のめいることもあり、軽く引きこもりもし、ユースケドラマのおさらいにも夢中になり、
そんな私の怠惰な生活が積もり積もって、持ち出し袋の上にも横にもバザーの材料の余りや、娘の卒園アルバムや、その他いらないもの、しまい切れない衣類、そして埃も真っ白に積もり、
とうてい持ち出せないし役立たない非常用グッズに。

気になってしかたなかったけど、どうしてもやる気になれないでここまできた。やるとなったら大仕事だ。このまま一生、手をつけずにいたいとさえ思っていた。
でもだめだ。「大地震は必ず来る!」みたいなテレビを見てしまうたびに、胸が痛い。あの水も缶詰もカロリーメイトも、賞味期限は切れているはずだ。着替えも小さくなってるはずだ。今、何かあったら、どうする。やらなきゃ。やりたくない。けど夢にまで出てくる。

家事の何もかもを後回しにしていた私が、この底辺から這い上がるためには、まずこの非常用持ち出し物にたどり着くこと。ここが突破口なんだ。
勇気を振り絞って、掃除機をたずさえて、魔屈と化したそのエリアに踏み入る。
朝、子供を見送った8時から、ずっとずっと格闘。
触るもの全てが埃まみれ。ちょっと汚れたものに触ると、手がひび割れてくる。で、ちょっと何か開けると、そりゃもう腰が抜けるほどの懐かしさ。
掃除機で吸いながら、濡れティッシュで拭きながら、あっちにしまい、こっちに捨て、洗濯機に放り込み、手を洗い、干し、また開け、吸い、拭き、考え、捨て、しまい、放り込み、手を洗い、干し、・・・・飲まず食わずでお昼過ぎ。もうすぐ子供が帰ってくる。汗だく埃だらけ。手から血が出ている。
こんなことならゴム手袋を穿けば良かった。(手袋を「穿く」ってつい言っちゃう。標準語だと何て言うのか思い出せない。「装着する」か?)
しかし私はアトピー体質ゆえ、ゴム手袋にかゆくなるので、あえてこの血だらけの痛みに耐えて、痛いとわかってながら洗い、無駄なハンドクリームをつけるが焼け石に水。
可燃・不燃、ゴミ袋が半端じゃない多さ。

娘も帰宅し、友達を連れてきた。彼女たちにおやつを出しながら、まだ自分は汗だく。
やっと出てきた防災袋の中身を取り替える。賞味期限が気になる。ちょっとの超過なら、ここで食べようとしていたカロリーメイト。それが2年前に期限切れ。どうしよう。やっぱり捨てるしかないのか。後で味見してから考えよう。どうせ捨てるものでも、手元に長く置けば置くほど罪の意識が軽くなるだろう。
はかせるオムツムーニーマンのビックサイズは感慨深い。いつの話だろう。たぶん娘のオムツはとれてはいたけど、何かの備えにと思って入れていたんだろう。このまま入れておこうか。無理すれば、今でも穿けるかもしれない。
ってなこと考えながら、なんだかんだいっても子供が大きくなると、いざというときにもラクになるなあって思った。これが乳幼児だと、避難生活も大変だ。ミルクを溶かす水も確保しなきゃならないころ。それを無事に過ぎてしまったんだ。それはホッとしたけど、数年立てば次は親とか自分が「老人」という弱者になることも不安だ。

夕食が作れなかった。手の痛みがひどすぎるから。野菜を触りたくない。お皿を洗うのも辛そうだ。幸い夫が外で食べてくる日なので、いっそ店屋物とも思ったけど、お金ももったいないので、考えた挙句にご飯だけは炊いて、近所のお店でシュウマイとコンニャクを買った。田楽で食物繊維をとって、シュウマイでタンパク質をとる。DHCの発芽玄米ポタージュをこういう時こそ利用する。なんだか、ものすごい手抜きだ。

シャンプーが沁みるからお風呂にも入りたくなかったけど、しかたなく入った。寝ようとして横になってしばらくすると、痰がからんできた。いくら咳をしても、あとからあとから痰が上ってきて、それも水のように滾々と湧き出てきて、少し血の味がする。
恐るべし魔屈の埃たち。今思えば、マスクをすべきだった。こんなことで死んだらどうしよう。新しいカロリーメイトとペットボトルの水を買うまでは死ねない。それにあのゴミを回収してもらうまでは死ねない。今週のぷっすまの録画を観るまでは、絶対死ねない。負けないぞ。絶対に今、眠ってやる。
(朝起きたら咳は治っていた。)

そんな魔のエリアが、うちにはあと7〜8箇所はあるんだけど、それはまたいつか、体力気力が充実したときにしよう。一回一回が死ぬ思いをするだろうから。(そこまで溜めないうちにまめにしておけば良かったってことだろうけど)



2006年01月10日(火) お正月休みの様子。テレビ、トランプ、うちのお雑煮とか

何が去年と違ったかって、それはやっぱりテレビ。年末年始の特別番組を観られること・・・嬉しくて嬉しくて、いっぱい観た。
去年はテレビどころじゃなかった。2日から朝早く電車に乗って塾の「正月特訓ゼミ」に子供を送る日だったっけ。感慨深い。
今思えば、駆け込み受験組はそんなふうに切羽詰っていたのだった。
喉元過ぎれば熱さ忘るる。
娘はレコ大や紅白のスタアのファッションチェックに忙しい。
息子のお気に入りは笑点。録画までして観ていた。
(息子の日本フェチ?は、だんだん激しくなってくる。元日のバスに掲げられた国旗に、敬礼してみたり。神社も大好きらしい。)
私は何と言っても、ぷっすま生5時間SP。録画を夜中にチョコチョコと観てはおさらいする。特に「ビビリ王」を巻き戻しながら5回も10回も観てる人なんて半径100m以内で私だけだろう。
夫は・・・風邪から来る中耳炎になってしまって、可哀想だった。しかも今年の元日は出勤。2日3日は寝てるハメに。
なので我々も、両方の実家への年始参り以外は、あまりお出かけもせず、テレビばっかり。

あ、カードゲームも、かなりやった。いつだかは一日にラスイチ〜ことわざカルタ〜百人一首〜トランプのページワン〜51〜七並べ〜ダウト。
但し夫は途中でリタイア。頭をあまり動かすと痛いらしい。
けど、トランプが家族でできるのって新鮮だ。娘がまだ小さかったころは、あまりやらなかったから。
何かにとりつかれたように、もう一回、もう一回と、遊び続けて、皆一回は勝って、負けて、飽きるまで。
トランプはものすごく久しぶりだったので、最初、ルールがごっちゃになって思い出すのに時間がかかった。
「51」の謎が悩ませた。手札の5枚を同じ記号ので揃えて、合計点数が高い人が勝ちってのは分かってるんだけど、51って数にならないのだ。覚えてる限り、どうしても最高得点は60点だ。
どう勘違いしてたかというと、Jが11、Qが12、Kが13、そしてAがその上を行く14点だろう。10と合わせて5枚、60点。
おかしい。もしかしたらAは1点なのか。それで9、10、11、12、13で計算してみたって、55点。
じゃあ何?51って。なんなの?夫と電卓囲んで、諦めてネットで検索して謎が解けた。
絵札は全部10点、Aは11点だって。それと10を合わせて51。なあんだ、そういえばそうだったよ。

おまけ
これから実家に年始に行くのであまりお腹をいっぱいにしたくないという朝の、ものすごく早くあっさりできる雑煮(関東風)、うちの場合。
生協や「シュガーレディ」の冷凍を活用する。
1、まず鍋に多めに湯を沸かしがてら、生協で買った天然だしパックを2個ほど放り込んで、その間に人参と大根とナルトを薄切りにして入れ、冷凍しておいた生協の油揚げを拍子木切りにして加え、
2、その間にオーブントースターに切り餅、一個を半分ずつに切ったものを人数分並べ、5分焼く。
3、鍋からだしパックを引き上げ、火を止める直前にシュガーレディの冷凍小松菜をぱらぱら入れて、シュガーレディの天然和風だし顆粒と、醤油少々を加える。
4、おつゆをよそってから、お椀に切り三つ葉を洗ってから手でちぎり入れ、焼いたお餅をよそる。オーブントースターには次のお代わり用のお餅を並べて焼き始める。
5、食べてる間にお代わりお餅は焼けるので、必要な人はお椀に追加してあげる。
そして、食べに出かけない日のお雑煮は初日より具を増やす。
生協の冷凍鶏肉唐揚げ用バラ凍結を、流水解凍してから、水から煮る。そして生協の冷凍サトイモも途中から加える。他に手鞠麩とか紅白かまぼこなどを増やしたりする。けど絶対三つ葉を外すことはできない。(と思っているのは、うち中で私だけだ。子供と夫は三つ葉を邪魔者扱いしている。なんということだろう。三つ葉の無いお雑煮なんて関東じゃありえないじゃないんでしょうか?って思ってるのは私だけなんでしょうか?)


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