気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2005年02月22日(火) やっとお雛様飾れた

先週半ばから息子は熱(38度くらいまで)と鼻水と咳が一進一退。
発症したのは、運動オンチな彼が唯一張り切ってた全校マラソン大会の、前日の水曜日だった。
まったくもってタイミングの悪い子だ。カワイソウ。
息子を家において見に行った娘のマラソンでは、予想を裏切らずにトリを努めて担任の先生と同時位にゴールした彼女の微笑ましさに和んだけど。
・・・土曜日に中学ガイダンス&クラス分けテストがあるっていうのにねえ、

食欲もあるしお腹も大丈夫だし、機嫌もいいし、ただ熱と咳。冷たい雨の降る中、病院に連れ出しても、もっと嫌な風邪をもらったら困ると思い、
あっためて生姜入り水分摂って寝て治す作戦に出てたのに、いつになく長引いていて、
日中は元気そうにしてても、夕方からまた熱が上がってみたりして、治りそうで長引いてて、なんなの・・・。

結局土曜日は朝試しに家で算数やってみたら、むしろいつもよりも頭が冴えまくってることが判明し、だったら・と午後から薬で熱下げて連れてって、
しかし本番では6割解けたかどうだかって感じで、もう選抜クラスはこれで諦めついたなあー。上位5分の一に食い込むなんて無理っぽい。
いいよもう何でも、入学決まってるんだから。ひょっとしたらと頑張ってはみたけどさ。かえって普通クラスのほうが気が楽かも?
疲れてるけど本人わりと明るいから、なんだかそのまま風邪も治る雰囲気を醸し出してて、
さっそくもらってきた春休みの宿題(そっかー私立中学ではこのように入学前に宿題を出すのね)にもちょっと手を出してみたり、
そんなふうで月曜から普通の生活かなと思えば、週明けも、まだ熱。
でも昨日の午後は平熱に下がってた。今日は、咳は残るけど、7割方サボリのつもりで学校は休みに。
好き勝手に過ごさせていた。でもびっくりすることに自分からその春休み宿題をやっていた。やっと人並みの計画性が出てきたのか、感涙モノ。
ホントびっくりした。

そしたら夫から携帯メール「今はやっているインフルエンザは予防接種しててもかなり罹るそうだ。病院に連れてく?」
・・・・・んー、それは、いまさら、かと。もうほとんど治ってるんだから。でもインフルエンザだとしたら、あの家族2万円の注射代は何、ってことだけど。
(それだって、あの中学のトリプル出願の、保険のような受験料、掛け捨ていくらだったかに比べたら、かわいいもの。)

明日からは、ほんっとにほんっとにいよいよ、私の自由なお昼の時間がくるのかな?だけどPTAも年度末にむけて、何かかんか仕事が詰まってる。
どうでもいいけど早く私はビデオドラマの前に座りたいよ、もう一度。
その前にまず、雛人形今ごろ出す。その前にまず、その飾るスペースが今、受験関連参考書達に占領されてるんで、とりあえずはそれらをダンボール箱に避難させた。
すごい数なんだけど、全部書き込みしてあるし、よごれてるし、BOOKOFFとかに売るわけにも行かないし。
そうかと言って捨ててしまう思い切りの良さも持ち得ず。
過去問の中でも思い入れのないものは既に塾に譲ってしまった。しかしこの膨大な、受験情報雑誌の一年分は。・・・まあ、資源ごみだね。
だって6年後の娘のときには状況も情報も古くなってるだろうし。けど一部記念にとっておくか。

って改めて大手模試の偏差値表とか目に入って、いろんな思い出がめぐるめぐる。
高校受験とは母集団が違うこの表の読み方も、今ごろすっかり馴染んだような気がしてる。でもこれを過信してはいけないことも真実だ。
試験勉強は小学校で習わないことがほとんどだった。みんなが2〜3年間で準備することを、よく半年でやったものだ、いや無謀ですらあった。
親の見通しの甘さに子供を翻弄したのかもしれないと自責の念にかられたこともあったけど、まあ結果オーライでしょう。

そんでもってきっとこのお雛様、今度はせっかくだからと中旬くらいまではこのまま飾っておくんだろうことは容易に想像できる。
夕方、思い出したように、息子と娘と私は、そういう流れで、百人一首をやって遊んだのだった。申し訳ないが私はこのカルタに関してはもう、相手が子供といえど手加減しない。
けど結果娘6枚、私43枚、息子51枚という、すっきりしない。20年以上も経つと、記憶力も瞬発力も、やっぱり落ちるなー。といった、大人気ない時間を楽しんだのだった。



2005年02月13日(日) コンサート

幼稚園が一緒だったママがアマチュアオーケストラのメンバーなので、定期演奏会を聴きに、お友達と行ってきた。
カカトのある靴とか化粧とかが、久しぶりで。

息子は入試から解放されたとはいえ、近々中学のクラス分けテストがあるので、完全に遊びほうけているわけにもいかず、またパパの指導で久々に勉強を思い出す。
でもテレビも漫画も戻ってきて、時計を気にせず笑い転げていられるダラダラ感が懐かしい。
久々にテレビつけた日なんか、息子、「スイッチ入れるのが何だかコワイ」とか言うし。
妹とふざけあってすっかり子供らしくしてて髪の毛も生えてるし元に戻ってるし
ほっぺたのえくぼを見てると、まずは平和だなと思える。
(高校受験がなくてその分余裕があるってばあるけど、中だるみにならないようにね・・・。)
っていう子供と夫は置いてのお出掛け、お昼はバイキングでお友達の好意にてご馳走になってしまった。
こういう「ただひたすら嬉し楽しい」時間が懐かしい。今はこれを堪能すべき時。

音楽は、私は昔から「馴染みの曲は頭の中で一音たりともたがわず歌えるほどに馴染むけれど、知らない曲はまったく知らないし、
そして知っている曲が非常に少ない」というものだったけれど、
初めて聴く音も、いいものだなあって思った。
聴きながら、舞台にならんでいる楽器とそれを懸命に演奏する、普段はきっと普通のママだったりパパだったりする人々の素敵さに浸りながら、
頭の中で曲の由来とは全然関係ないアニメや映画の映像を思い浮かべたりしながら、
昔学校で片思いに夢中になったそのK君が楽器を演奏する様子と重ね合わせたりしながら、ときどき意識がふーーっと抽象的なところにいったり
自分のここ半年ほどの、やたらにいろいろあった思い出とか思い出してたり、それはすごく脳みそにとって良かった。

で、ご一緒した、お友達のお母さまが、私の老後のお手本としたいほど、良い感じで。
あくまでもお会いした印象のみで想像だけども。

私は何歳まで頭が元気で生きられるのかな・・・。子供たちが私を必要としなくてもいいように、早くなりたい。できるだけ悔いのない育児生活をいまのうちにやっておきたいと、いつも思う。その後は自分の趣味の世界を持つとかして、「フレンドリーだけれど一人でも平気でいられる」人間として生活するのが、子供のためにも自分のためにもなるだろうと思う。



2005年02月05日(土) 第三希望改め第二希望改め第一希望に昇格で、縁あって良かった。

昨日受けた「駄目で元々」の学校は、応募倍率が20倍近くでした。でも実質倍率は7倍弱かな。
夜に出た結果は、もちろんバツ。
そんななか、息子は「楽しかった」と言いました。
きっと、第一志望にしてきた学校の問題が、かなりひねっていたから、それを見慣れた目には、穏やかだったのね。

そんな話を母にしたら「成長したんだね」と言ってくれた。

さて、久しぶりに7時過ぎまで寝て起きた今日、5日、さわやかな休日。
いよいよ、明日以降の方針・行動を、息子が選び取る日。今日中に決断しなければならない。
選択肢は3つ。
A 2日に受かって唯一、縁のあった学校に行く。
B 明日6日に出願してある学校を受けてみる。
C 今日まで出願が間に合う、第一志望校の6日の特別日程入試(ただし、倍率・難易度ともに更に高い)に、奇跡を信じて?かけてみる。

私と夫の内心お勧めは、Aだった。
Bの学校は、当初第二希望として入れてみたが、受かった学校と比べると、実際一長一短で、
しかも本人がいまひとつピンと来ていないところがあるようだ。神奈川県で、遠いし。受かる保証は無いし。
Cは、いままでの経緯から言って、第一希望にはもう充分チャレンジしすぎるほどしたのだから、さらに難しいことをして、無駄に疲れたり落ち込んだりするのは、かわいそうだ。12月最後に受けた模試の、一番成績の良かったときの自己偏差値と比べても、7〜8ポイントも高いトコなんだから、無茶だ。
過去問だって、結局最後まで相性悪かったチャレンジ校、そんなところに万一、無理無理入っても、この子には合ってないのかも。
受かった学校、良く考えてみたらそれは、最初から結構気に入っていたところだった。
新興進学校というか、伸びてる。先生も熱心な感じ。新しい試みも取り入れてきた学校だし、保護者の声も吸い上げるだろう。
一度、ネットで真偽不確かな悪評を見かけたので、直接学校にアポなしでインタビューに行ってみたことがあったけど、担当の先生が誠実に答えてくれたので、安心して併願校にしたのだった。
出願の時には校長先生や在校生からのメッセージカードと、のど飴と、携帯カイロのセットをお土産にくれて、まあ営業もあるんだろうけど、なんだか「歓迎されている」気がして嬉しかった。

果たして息子はどれを選ぶか。答えはA。「やっぱり、ここがいい。ここが好き。もう、ほかを受けなくていい」

これで決まった。さっさと他校の過去問と学校案内をしまい込み、あるいは廃棄し、明日は受験の代わりに中学に制服の採寸に行こう。
入学手続き書類にハンコを押して、辞退用FAX用紙は捨てる。

終わった、入試。おめでとう、息子。そして、ほんとうにお疲れ様。おかげで親の私も、ちょっとは成長したかもよ。



2005年02月04日(金) 昨日は届かず(第三希望が第二希望に昇格か?)

ゆうべ、肝心なときに、うちのPCがネットに繋がらなくて、何度もモデムの電源入れなおしたり、焦った。
結局、実家のPCで第一希望校の結果を見てもらって、あえなく不合格が判明。
やっぱり、届かなかったのか。

でも息子は、受かった第三希望校を結構気に入っていて、あっさりしていた(振り?)。

只今、4日の早朝。これからの行動は、まず今日はとりあえず出願した、おまけのダメで元々の学校。
これは気楽に、6日の練習のつもりで、落ちて当然と思っていいというスタンス。
万一、これに受かってしまったら、どうする?と息子に聞いたら「悩むなあ」っていう。それほど第三希望が気に入ってるんなら、それはそれで喜ばしい。

6日は一応、第二希望校の受験日だけど、すでにこの第二希望、息子にとってはあまり重要度をもたなくなっている。
というのは、ここはちょっと場所が遠いのだ。難易度は第三希望よりちょっと高いと思うけど、通いやすさも大事だから、どうしよう。

もう、第三希望を第二希望に昇格してしまってもいいかも?
と、なると、6日に、第一希望の「特別入試」の出願が、まだ間に合うけど、どうする?息子に聞いても、すぐには答えが出ない。
それは難易度がさらに高くなると思われる。科目が算数と理科と作文なんて、苦手もいいところだし。
あと一日、猶予があるから、保留。
私は、もうこの第三改め第二希望?の学校でいいんじゃないかと思う。息子も気に入ってるんだし、もうこれ以上、不合格を味わうのは辛いんじゃないのか?
だけど、第一希望の最後の最後のチャンスにかけてみなくて、後悔するっていうんなら、出願もアリだし、

あとは息子の気力というか、チャレンジの気持ちがどれほどあるのか、に任せてみよう。
でも、一昨日受かったあの学校で、うちとしては、もう万万歳だよ。
第一希望を目指して勉強していたからこそ受かった学校なんだと思うから、実力適正なんだと思う。

さてと、そろそろ子供を起こさなきゃ。



2005年02月03日(木) 第一希望校に再挑戦

今日は夫は出勤、で私が付添い。
「今日で終わらせる気でベスト尽くして悔いないようにね。ケアレスミスがなければ、受かるよ」って敢えて言い切って教室に送り出す。
保護者控室は暖房利いてて、お茶の用意もしてあり、PTAや在校生がお手伝いしていた。
周りの人は、お喋りする人・寝てる人・読書する人・子供を送り出して会社に行く人、それぞれ。
私は敢えてお茶は飲まず、時計見るか目をつぶるかして、内心祈っていて、呼吸が苦しくなっていた。
設問を良く読んでるか、出来るものから解いてるか、単位間違えてないか、時計ちゃんとみてるか、休み時間にトイレ行ってるか、心配。

考え過ぎて息苦しいので、昨日もらった合格のことを思い出してみる。
・・・・・午前試験のあとの解き直しの、芳しくなかったこと。午後も受けるつもりで現地に戻っていく息子が、掲示板に不合格を確認するときの心境を想像して、泣きそうになって、ネット発表も、一目見るなり「番号無い」と思い込み、
これを落とせば私立進学は諦めか、いや今から出願できる次善校はないか、と学校案内本を見たりしてた。
そこにあの合格の知らせだったっけ。昨日の午後は嬉し泣きしながら祝勝ムードで、だから今日、ここにまたチャレンジに来られたんだった。
こんなドラマをよくぞ親にも見せてくれて、すごいね、息子。

終了20分前に、保護者に今日の問題が配られた。あ、一昨日のよりも、ちょっとは解きやすそう。でも、やっぱり難しいだろうな。
そしてなんと、算数の問題の一部に、「不適切な問題」があったと、担当者から説明・お詫びがあり、その箇所については、一律17点を加算すると言われ。
これってうちの子にとっては有利?不利?

出てきた息子によると、「こないだよりは、まし」なできだったらしい。国語が難しかった。算数は、まあまあ。理科は、一応全部埋めた。社会は、「バッチグー」だそうだ(笑い)。ホントかなあ?解き直しが怖いよ。

でも全力出せたみたいだから、いいよ、もう納得だよね。第三希望校だって良い学校だし、6日には第二希望校も残ってるし、
それに急遽「おまけ」で明日もひとつ、第二希望と同じくらいの難易度の学校を受けることになったんだ。けど、それも気楽に。

これから受験する人にはきっと、こうアドヴァイスできると思う。
・・・模試の偏差値での合格80%なんて、ほんとに目安でしかない。試験は水物、思わぬことが起きるし。安全校は手堅く決めたほうがいい。それも日程の早いうちに合格がもらえて、しかもそこにも「行きたい」ところじゃなきゃ、とても気持ちが持ちこたえられないよ、と。

帰宅して、食べて、息子はまず、只今お昼寝中。あと1時間は寝かせておいてあげたい。
ネット発表は、また夜だ。でも、昨日ひとつ受かってるから、待つ間も、ずいぶんラクだ。
(てことで、今日の日記はここで中断です。)



2005年02月02日(水) 第三希望校、確保。

きのうだめだった第三希望、午前試験終了、発表、ネットでみたら、
番号がなかった。ああ、やはりな、と思ってたら、
午後試験を受けに現地に行っていた息子から「受かったよ」と電話、
え、なんで?ネットは、あ!私が見落としていただけじゃん。

あああ、やっと合格出たー、一時はどうなることかと思った。
とりあえず。



2005年02月01日(火) 2.1 本命一次試験終わって〜人生は厳しい。

31日は時事問題を中心に暗記ものをひととおりおさらいして、早めに就寝。でも
いつもあんなによく眠れるのに、布団の中で私は諸々考えてしまった。
(30代に終わりを告げてひとつ歳とったことなど、ついでのついでである。)
親が焦ったって仕方ない。この子はよくここまで頑張ってきたし、
インフルエンザにもノロウィルスにもかからずここまで無事にきたことに感謝。
お兄ちゃんに付き合ってテレビもろくに観ず、友達と遊ぶときもよそで遊んだ娘の我慢にも感謝。
なによりこの受験は、算数理科の家庭教師としての夫の根気強さがなければ成り立たなかった。
わずかな休みは返上して、とくに年明けからの追い込みのすごさ。はっきりいって塾より効果大。
やったことは決して無駄にならない。いろんなことを教わった。
やれば出来る・やらなければ出来ない・でもやっても難しい・難しくてもやりたいということ。
我慢ということ。ひどい親子喧嘩の納め方。生きるの死ぬのと大騒ぎの裏には色んな不安とか、認められたいとかあるし
子供なんだし。
こっちは大人なんだし。
売り言葉に買い言葉で「ママなんかいなくなれ」って言葉を、ちゃんと大人として受け止めきれなくてプチ家出して、
コートも着ずに公園で泣いてから戻ってみたら、子供が投げつけたコップのガラスのかけらが床にちらばってて、そのあとなぜか
急にやっぱり可哀想でいとおしくて中学なんてもうどこだっていいじゃんって気になってみたら、食事で脳に糖分がいったら、
さっき放り投げた問題が、解けるようになっていた、とか。

で、朝はいつものように布団の中にうだうだしたりは、しないで、5時にぱっと目がさめ、部屋をあたため、息子を5時半に起こせて、
ビタミンと乳酸菌とDHAとブドウ糖のサプリとブラックブラックガムで目覚まし、
生姜スープに甘いパンにチーズにバナナはやっぱりはずせない。
昨日できなかった問題のさらっと復習とか。トイレもすませたし。夫は会社を休んでくれて付き添いに行ってくれるから、
7時ちょいすぎに送り出す。とにかく時間配分とケアレスミスには注意してね。落ち着いてよく読んでから。良い顔してる。

娘を起こして学校へ送り出すというときになって「お腹が痛い」と彼女が言うので、コワイので様子見。
単にお通じ前の痛みだったようなので3時間目にむけて学校に送る。
そのあと窓から見えるお日様にむかって合格祈願を気の済むまでやってみる。
それからお弁当つくり。3人分のおにぎり・煮物・ウィンナー(ちょっとゲンかつぎ)、みかん缶添えて、
楊枝に手製の紙旗つけてVの字と合の字を書く。お茶とウィダーインゼリーも持って渋谷に向かう。
受験会場保護者控え室。夫と合流。今日出た問題が親にも配られた、それを見ると。ああ、こりゃあ、うちの子には難しかろう。

「疲れたよお」といいながらも晴れ晴れとした顔で出てきた息子。もう素直に「お疲れ様!」という感情だけだ。
近くの児童館の休憩室でお弁当を食べる。息子は良い顔してる。だけど多分、半分も得点できなかったろう。
さあ、終わった試験は忘れて、ゆっくり休憩して、午後の(第三希望)受験の対策だけやろう。

夫と息子はそのまま試験会場に向かい、私は帰宅。あとで娘を学校に迎えに行かなきゃ。
今、午後4時過ぎ、ちょうど国語の真っ最中だ。気持ちの奥では祈りつつ、ご飯の用意して、・・・今夜のネット発表みてから明日の行動を決めなきゃ。
今日の午後の第三希望はマルで、午前の第一希望がだめなら・・・明日の午前は第二希望、あさっては今日の第一希望のリベンジ。
今日の午後の第三希望までもだめなら・・・明日の午前と、あるいは午後も、第三希望のリベンジ。4日まで挑戦できる。
明日の第二希望がだめなら、6日にその第二希望のリベンジ。
万一4日までにどこにもかかっていなかったら、7日に受けられるところを考える。

(ここでちょっと中断します。)
午後の試験も終わり、カレーライス食べながら、
持ち帰った問題と、解いた結果を、落ち込まない程度にさらっと見直し。
それほどひどい失敗はないとか言っていたけど、でも判明するケアレスミス。
「円周率は3とする」を読み落としたり、自分で筆算して書いた「7」を、「9」と読み違えたり。
国語も、問題数の多さをこなすのに精一杯だったのか、ちょっと勘が鈍っていたような気配。
初日の午前午後連続は、やはりきつかったのかな・・・。

19時半ネット発表の第一希望校は、
残念。辛くても、本人が塾に報告。
午後に確実に合格をとりたいと思っていた、第三希望は、10時発表なので、寝かせて、私と夫がネットで見た。
・・・受験番号が無いんだよね。
ここがだめとなると、以後の併願作戦は、強気では行けなくなる。
明日もこの第三希望を受けることになった。こうなると第二希望もチャレンジ校と言わざるを得ない。

明日は今日以上に集中力を養えるようになんとかしないと、と同時に、あまりプレッシャーかけてもいけないし。
親が動揺しては行けない。まだまだ長丁場になりそうな。でも明日ひとつでも合格もらわないとちょっと精神的にきついかな。

明日も5時起き。


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