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サッカー無関係日記16(ここにわたしはいた)
2003年02月19日(水)



人間の肉体と魂について友人と話していたんですが。
私ね、死んだ後墓に入るの嫌なんですよ、どうしても。


私は私のからだと私の魂でできてると思うんですが。
身体はね、魂が入ってないと肉塊ですから。

たとえ私の顔をしていても身体だけじゃあ私じゃないんですよ。
んでもって、私は魂の入ってない私の身体ってモノが気持ち悪いんです。
だからこの世に残したくないんですよ、骨すらも。


焼いて灰にしてしまえと。
海にでも流しちまえと。
海流に巻かれてどこかに行くなり、なんなりしろと。
この世界から永遠に失われてしまえと。


まあ、そんなふうに思うんですよね。
んで、魂のほうはね、それはそれで生き残られても困るんですよね。
身体だけの肉の塊も魂だけの非物質状態もどっちも私じゃないから。
両方あわさってはじめて私でしょ。

だからね、魂にはまあ他の魂といっしょくたになってもらって。
混ぜこぜになってもう一回別のもんに生まれなおしてもらいたい。
気持ち悪いんですよ、私の魂のまま他のモンとくっついてしまうのは。
木に竹をつぐような話なんですよ、感覚として。


そこのアナタ、コスモゾーンとか呟いては駄目です。
私のこの考え方がどこから来てるか気づいても突っ込んではいけません。
その後に何を読んでもこれが一番納得がいったんですよ。
人間幼少期に根付いた考えってのは変わらなかったりしますから。
三つ子の魂百までって言うでしょう、アレです。
電話で話した彼女の言ったシュタイナーは気になるところですが。


念のために言っておきますがコスモと間違えないで下さい。
決して小宇宙と書いてコスモと読むあの漫画ではありません。
誰がペガサス流星拳のことなんて話してるもんですか。
え?あの漫画嫌いなのかって?まさか。好きですよ結構。



それはいいとしてですね、魂なんですが。
そもそもそれがあるのかと。そういう話になる気もするんですよ。
私は魂ってのは肉の塊にすぎない人間の體を動かす動力と定義します。

それはひいばあちゃんが死んだときに感じたことなんですが。
彼女が死んだとき、私すごく不思議で。
ついこの間まで生きて動いてたヒトが、いきなりね。
顔のまわりを直方体のドライアイスにつつまれた肉になるんですよ。



だって、ドライアイスですよ?
腐らせないための手段ですよ、肉を。
アイスクリームなんか買うと一緒に入ってくる、アレですよ。
アレが、ヒトだったものの肉体の保存のために利用される。
ヒトってナマモノなんだなあって感ぜずにいられなかったですね。



動力が入ってる間は腐らないんです、ただの肉が。
今私のからだが腐ってないのは動力が入ってるからで。
何かの拍子にフッと抜ければオシマイなんですよね。
なのに今入ってるんですよ、私のスイッチは。

だから、肉塊を動かす力ってのは見えないけど本当にあると思う。
そういうわけで魂ってモンはあるんじゃないかと。


ただ、私に宗教はないんです。
特に一神教は嫌いです、傲慢だから。
神はいるとすれば私の中にしかいない。
だから私は無宗教です。






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