| 2013年02月26日(火) |
とかなんとか言ってたら、 |
腎盂炎だった……。 そういえばバレンタイン前位に、右脇腹がピリッとするな〜と思っていたのであった。 トイレが近いのは更年期だろうかとか、明後日の方向で考えていました(^^ゞ 前に何回もなってるんだから、ちょっとはそれかなと思わないと、と母が言ってましたが。 おっしゃるとおりです。。
どうにも動けなくて、寝てるか病院行ってるかの金・土・日。 頼りに頼って申し訳ない! でもすごいありがたいことだった。 しあわせなことだ。 ギリギリなラインまで行っていた。去年の初めくらいまで。 そのあとでこういうことになって本当によかった。 存在にすごく助けられているのは私の方かも、って思う。
たぶん 私がちょっと、なるべくきちっとやろうと思いすぎてたりとか 過去のつらかった諸々を思い出しすぎたりとか そういうのから具合悪くなったんじゃないかなーと思う。 あと、昔関わりがあった様々な一部の人たちの古い考えとか、黒いモノとかね! 受けないように気をつけていかないと。 ちょっと前に2009年の日記を読み返して あまりの救いのなさにくらっとした それはいろんな人との相性とか学びとか修行とかあったんだとしても なるべく今後も自分的には いやなことは忘れて忘れて、いいところだけ取って、それを伸ばしていきたいものである。
数日前から、なんか手がしびれる? 腰もガチガチだし、身体中が痛いような…と思っていたら、どうやら風邪 うつったかな? 夢うつつで こういう風に安らかなかんじで眠れるの しあわせだなあと思ってみたり でもこんなことじゃいけないわ 体力つけなきゃって風にも思って どちらにしろ幸せだな ……とかなんとか思ってたら、昨日の夕方から38度6分の熱! どうかなと思いながら、セミナーなどに行ったのが災いしたと思われる。 こんな高熱、去年のインフルエンザ以来だなと思って あのときと今の、格段の差を思った。 守られている、とか 今週の星読みにもあったけど、支援されていると実感してそれを遠慮せず受け入れるというのは 今まで、実のところ、私があまりできなかったことだった ありがたみを知る かけがえのない、って言葉の意味を考える その相手がこの人だから尚更うれしい そういう風に思えることは、すばらしいことと思う
ハッピーバースデイということで 41歳になって(バカボンのパパと同い年!) 朝起きてすぐにおめでとうと言ってくれたり カードやメールをもらったり 友人たちからグラスを(!)いただいたり うれしいものです たまに不安になって泣けたりってことは、今でもあるにはある でも いいものだけを受けて、それ栄養にして まだまだ伸びていきたい気持ちでいます
小沢健二くんの超名曲「さよならなんて云えないよ」の一節に、 「本当はわかってる 二度と戻らない美しい日にいると」 というところがあるけれど、今もまさにそういう側面があるなあと思う。 調子が悪いと、どうしても昔の、ないがしろにされたり、いいように利用されようとしたり、 なるべく真面目に話を聞いた挙げ句に感情のはけ口にされたり、蔑まれている感じがしたことなんか思い出して 暗い気持ちになったり、うっかり泣くようなことになったりするけど それでも
辺戸岬みたいなものだと今朝言われて、なるほどと思った。
沖縄最北端の辺戸岬みたいな 孤独で荒々しくて、断崖絶壁でいつも高い波が打ち寄せる でも驚くほど静かで美しい日もあって、クジラや海ガメが来たりする そんな風に行けたらいいと、心から思う。
きいろい象 という映画のプロモーションで 向井理くんがテレビに出ていて もう本当に目を奪われるほどかわいいし、声もよくて肌つやつやだな、 なんて、感心して見ていたら(笑) 夫婦にはかたちってないんじゃないか、みたいなことを言っていた ほんとそうだな、と思って 私が高校生のときにハマっていた漫画・サラディナーサ の中にも レオン(という登場人物)が娘のサーラに 形式なんてどうだっていいんだ という場面がある 要は自分たちが愛しあって、サーラが生まれた、そのことが大事なんだと なるほどなあと 今になってすごく、わかる気がした。
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