| 2004年03月28日(日) |
くるきゅう。(2004.3.27 CUTE BEAT A LIVE@久留米)-1 |
ついにこの日がやってきた。 CUTE BEAT A LIVE@久留米、“くるきゅう”というイベント当日である。
2年くらい前から東京で、CUTE BEAT A LIVE、略してCUBAというイベントが チェッカーズファンの人々の手で行われていた。 私は2002年5月に行われた第2回目だけ参加したことがあり、それはもう、 そのときも、楽しくて踊れて笑えて、そして泣けて、って感じのスバラシイもの だったのだが。
家を出る前に、思わずTyphoon CHECKERSのビデオ(85年当時、“あの娘と スキャンダル”や“俺たちのロカビリーナイト”などが発売になっていた年の夏の チェッカーズのライブビデオですが)を観てしまい、既に気持ちは中学生当時、 あの人たちのことばっかり考えていた14〜15歳くらいの自分に戻ってしまい、 すでにうるっと来ていた私!笑 なんと言っても、朝っぱらから“ジュリアに傷心”の映像を見て涙ぐむくらい である。笑 最後の“今夜はCまでRock'n'Roll”を観て、気持ちよさそう〜に 後ろ向きに倒れてブリッジしたような状態になり、ステージ上で頭を振る兄の 隣で享さんが、しゃがみこんで兄の耳の横でギターを弾く、そういうの観てても うるっと来ている始末。笑 ある意味、準備はOKである。(くるきゅうを迎えるにあたっての、私の心の 準備というか。笑)
その上、行きのJR内でがっつり穴子せいろなどを食べ(爆)、もうこれで どれだけ飲んでも大丈夫!という状態に持っていき(笑)、でも一応シラフで、 解散時に出たチェッカーズの3枚組ベストCDの1枚目、初期の曲がメインの それを聴いていた。 外はきれいに晴れてて、すっかり春で、菜の花がずっと咲いている。 そんな中で“FreeWay Lovers”を聴いていたら、あんまり幸せな感じがして きて、前奏から涙ぐみ、久し振りに聴く原曲の“Long Road”には心臓が止まる ような気持ちがし(笑)、“時のK-City”では「私たち、あの人たちを20年も 好きだなんてすごい」と実感して再び涙ぐんだりして、隣に座っていた見知らぬ おばさんから「はっ」と見られたりしながら(爆)、いざ久留米へ!という感じ である。
イベント自体は3時からだったのだが、思わず2時過ぎには久留米に着いて しまい、明らかに早すぎである。気合いが入りすぎていたということか。笑 しかも、考えてみたら私は、久留米まで電車で1時間という近場に住んでいる にもかかわらず、あんまり久留米に行ったことがない。なんか、行ったらいけない んじゃないかってくらい、自分の中で神聖視してたんじゃないかと思うくらいだ。 (それこそバカ?って話だけど。笑)
ちょっと早めに久留米に着いて、思わず携帯で久留米駅前の写真などばしばし 撮ったりして、ちょっとした不審な人である。笑 そして会場である久留米市民会館までの10分くらいの道のりをのんびり歩いて 行きながら、ああ、久留米なんだなあここは。今から、高校生当時のあの人たち がダンパをしていた小ホールで踊ったり飲んだりするんだなあ! などと実感 しつつ、会場前に到着。 早く着きすぎたので、会場ナナメ前にある、享氏の母校であるという城南中学を 観に行き、これまた写真など撮ったりし(笑)、意味なく久留米市民会館の周り を一周したりして(爆)、いよいよ会場となる小ホールへと向かったのだった。
市民会館前の階段を上がって、小ホールは会場右手。 すでに“CUBA”のポスター、かわいくオールディーズの絵が絶妙にアレンジされ たモノが貼ってあり、今日これなかった友人mちんやMさんに携帯で写真など 送ってみる。笑 そして小ホール入り口に到着したら、そこには黒幕の一人であるHりんがCUBAの ポスターを入り口ドアに貼っている所だった。 受け付けをしていた方々に「どもー☆」と挨拶し、黒幕の皆様は写真撮影が あるとのことで、一番乗りの私が代わりに受付をしていましょう、と一瞬交代。 2番手に来られた方に、 「黒幕さんたち、写真撮影してるんで、ちょっとお待ちくださいねー」などと 言いつつ、テーブル上にあった“グリコアーモンドチョコレート”のCM時の 写真のついた皿みたいなものがいたく気に入り、写真など撮っているオレ・・・。
そして憧れ(?)の小ホールのトイレなどにも行きつつ(笑)、会場内に入ると いたるところにチェッカーズのポスター、オールディーズのポスター、当時の チケット、CUBAの歴史を振り返るコーナーなどが貼ってあり、それだけでも うるっと来ちゃう感じだ。 入って左手にはバーコーナーがあり、今日の協賛はあのスナックシャルマン!
Hトさんと「はじめまして」したり、初めて会うHろさんとご挨拶したり、 友人k子ちゃんやtさん、空港までの道が混んでるってことでちと心配していた A子さんを迎えたりして、いよいよ“くるきゅう”ははじまった。
| 2004年03月27日(土) |
くるきゅう。(2004.3.27 CUTE BEAT A LIVE@久留米)-2 |
最初は、バラード系中心に。 “渚のdance hall”とか、“ムーンライトレヴュー50's”とか“Love'91” などにうるっと来る。 “渚のdance hall”なんて、前奏流れた瞬間に「ああっ」とか言いながら 振り返り(振り返っても・・・。笑)、隣にいたtさんに笑われたりしながら。笑 「NHKのさ〜、トレーナー着て歌ってる映像とか。思い浮かぶよね!」 「レッツゴーヤングね!」などとマジファンならではの会話を楽しむ。笑 ある意味憧れの“カルコーク”というカクテルなど飲みつつ、しばし友人たち と歓談。JCのことや12月に享さんがやっていたJC忘年会のこと、2chのこと など、色々。 そして“神様お願い”の原曲で踊ったり、“WのCherry Boys”でくるくる輪に なってまわったり。“24時間のキス”でキャーってなったり。笑 “WANDARER”で、「好きー!」などと言ったり。笑
そして、2番手でDJY子さんに交代し、兄が歌う“OH! CAROL”から、原曲の “悲しき片思い”、“ハウンドドッグ”、“twist and shout”。 ヤケティヤックにチャーリーブラウン。本物の“シャウト”から“How're you doing,Guys?”へ。 すでにここで、バドワイザーにソルティードッグ、スクリュードライバー、 ウォッカトニックなど飲み、いい感じの私!笑 ずっと気持ちよく踊っていた。
それから、いよいよカルコークエクセルさんたちのミニライブ!である。 カルコークと言えば、高校生の郁弥少年が所属していた、南筑高校軽音楽部の 人々のバンドとして、ファンの中ではあまりにも有名。 その人たちのライブが聴けるなんて! はじまる前にHりんから「あれがボーカルの村田くんだよ。もう、めちゃめちゃ 歌上手いんだよ」と言われていて、でも本当にそれも納得。 その奥さんがまたカッコいい。 そしてカルコークを作った人、というギターのスミさん、めちゃめちゃカッコ いい!笑 かなり釘付けの私たち!笑 一番前で、すばらしく堪能させていただいた。 ミニライブということで5〜6曲。アンコールも入れたら7曲くらい? でもつくづく思っていた。 ああ、こういう人たちと一緒にやって、鍛えられたんだなあ。あの人たち。って。 当時の久留米には、こういうカッコいい人たちがいっぱいいて、そんな中で チェッカーズがあれだけ人気あるバンドになって、10年もほぼ第一線という ような場所で活躍してきた、その背景を見たような気がした。 曲は、なじみのあるオールディーズの曲たち。 そして、「郁弥と同じステップを踏んでみたくないか?」というスミさんの声に 湧き上がる観客の私たち!笑 ボックスというステップの逆バージョン。しかし私は途中で訳がわからなくなり (笑)、自分流に踊っていました・・・。笑 もう本当にすばらしかったのだ。
スミさんへのインタビューを経て。 それから、恒例(?)のダンスタイムに。もはや私はダンシングマシーンである。 (最初からでは?笑) “HEART IS GUN”では皆でくるくるまわり、“愛と夢のFASCIST”では足を上げ 手を上げ、“Don't break my heart”ではあの振り付け、両手をくるくる上で まわすアレ、で踊り狂う。“IT'S ALL RIGHT”でも同じだ。 何年たっても大好きな曲たち!笑 でも泣ける曲たち!って感じで。
そして最後に。 “THANK YOU VERY MUCH!!”が流れたときに、「ああ・・・」と思った。 なんか、今になってはじめて知る。 歌い方、すごいやさしい。って。 なんで今になって? 今更わかることもあるのか? その歌い方。声のかんじ。 私は本当のところは、なんにもわかっちゃいなかった。と思った。 あの人が。 フミヤくんが、チェッカーズのことを、どんなに大事で大切だったかなんて? どんなにチェッカーズを、解散したくなかったなんて? あんまりやさしくうたうから。 「解散してごめんね」 って言われてる気になる。 なんかもう、今になってやっと伝わったなんて、バカみたいな話だろうか? 私はこの曲のことが大好きで、何回も何回もこの曲を聴いてたのに、一体何を 聴いてたんだと思う。 「解散してごめんね」って。 私たちに。 そんな風に思ったら、涙が出てきて、もう本当にあふれるって感じで、止まら なくなった。 隅の方でA子さんと座り込んで。 ほんとに目幅で泣く。って感じで泣いていた。 でもそれは私が先に進むために必要なこと。 都合がいいかもしれないけど、そんな風に真剣に思った。
そして最後の最後で、“ギザギザ”で皆でしゃがんだりして(笑)、バンザイ して終わった。
黒幕の皆様、本当ーにお疲れ様でした。 そしてありがとうでした。ありがとうって言い足りない!ってくらいの気持ち がする私!笑 企画力と、実行する力と、情熱と、気持ち。いろんなものを見たと思った。 もう本当にすばらしかったのです。 なんか、私はいつも、CUBAの後で小沢健二くんの歌のような気持ちになるん だけど、私が大好きな彼の名曲“すぐに会えるかな?”で、 「すばらしい日をサンキュー♪ 思い出はどこへ行くのか?」 ってフレーズがあり、そんな気持ちなんですが、心にやきついた思い出は、 人生を渡っていく一つの力になると思う。前に進める力とか、そういうのに。 それをまた一つ、もらったと言うか、増やした感じがします。 ありがとうでした。本当に本当に!
そして行けなかった皆が、このレポを読んでちらっとでも行ったような気持ちに (・・・はならないか?)もしなってくれたら、本当に嬉しい限りです。
いよいよ明日、チェッカーズファンの、チェッカーズファンによる、 チェッカーズファンのためのイベント“くるきゅう”が、久留米市民会館 にて開催される。 Cute Beat A Live、略してCUBAというイベントがはじまったのは、2年前 だったか? 私は第二回目の2002年5月に、ただ一度だけ参加したきり。 でも、そのときも、もうすばらしい経験をしたと思う。 そして明日、ついに私達のメッカとも言える久留米で、それが開催されるのだ。 しかもチェッカーズの皆さんが高校生当時ダンパをしていた久留米市民会館で!
なんて言うか、私は、なんかこれに参加することで、私の中のチェッカーズ ファンとしての気持ちに一区切りつくんじゃないかって気がする。 なんて言うか、解散からこっち、私(私たち?)はあの人たちをすごい好きな 気持ちを、途中でばさっと切られてそのままみたいな感じになっちゃって、 どこかいつまでたっても囚われてるようなところがあったように思う。 そんなの私だけか? とも思うが、そう思う。 それがやっと、なくなるんじゃないかという気がする。 って、明日が終わっても好きな気持ちは不変なのだが! なんとなくそんな気がするのでしたよ。 もう、本当に楽しみなのだ。
朝から、ひろあきくんの“飛人”という曲を聴いて泣きそうになる。
私は、ものすごく心が弱ってたりするときに、ひろあきくんに会いたいー! って思うことがすごく多い。 そんなの、笑っちゃうくらい都合がいい話!って思うけどさ。 そして彼の曲を聴いて、なにか取り戻すような気持ちになったりするのだ。
都合がよくてもなんでも。 彼のあの声、人の心に水みたいにすうっとしみ渡るあの声は、私には確かに 必要だ。
そして。 そして、私が何かを書かなきゃいられないように、彼もまた歌わなきゃ いられない人って気がする。すごくする。 だから私は、彼に勝手に共感してしまうのかもしれないって、そんな風に 思うのだ。
仕事で怒られて、目が覚めるような気持ちになる。 最近、私は仕事上、なあなあになっていないか? イヤだという気持ちがつよすぎて、いい加減な対応をしてないか? ぼーっとして仕事してないか? していると思う。あらためなければ。 そして4月になったら、そういうのを許さない人がたくさんいるところに 行くのだ。気をひきしめてかからねば。
| 2004年03月21日(日) |
尚インストアライブ@熊本 |
アルバム『In the Shadow』発売記念ということで。 尚ちゃんのインストアライブが、(なぜか)熊本のタワーレコードにて行われた。 もう、なんて言うか、勿体無いくらいの。 50人くらいしか観客がいなくて、ものすごい近い位置であの思わずうっとり してしまう、魅力的なサックスの音を堪能できる30分。 はじまりは午後4時だったのだが、2時半すぎに、もう会場に着いていると 友からメールがあり、「じゃああと15分くらいしたら私も行くよ」と、 それまで呑気にアフタヌーンティーでスコーン&チャイなど食していた私、 ちょっと早めにタワーレコードに向かうことにした。
会場に着いたら、すでに30人程集まっていて、私も4列目くらいで見れる 感じ。しかし1時間待ち。友と歓談しながら待つことに。
そしてちょうど4時頃、尚ちゃん登場。 それまで「最近のアブラーズ熱もあってか、アルバム実は3回しか(ry」 「タイトルがわからな(ry」などと抜かしていた私だったが。 尚ちゃんが出てきた途端に、「かわいー。」などと言い、「キャー」などと 小声で呟き、「尚ちゃーん」と(これまたなぜか小声で言いながら)手など 振っている始末である。(スミマセンすみません。って感じである。)
ただ、もうこの際、私がノリ易いのはちょっと脇に置いておいて言うけれど。 違うなあと思った。 ステージと客席の段差がまったく無い状態で観た尚ちゃんは、思ったより 小さくてすごーく細くて、1列目と尚ちゃんの間には30cmも無いくらい 近くて指のほくろさえわかる位で、やっぱり指がキレイで、そしてあの人の サックスの音色は、やっぱり艶があって色気すらあって魅力的で、こんな 少人数にただで聴かせるような音じゃないのに!って、そんなことを強く 思ってしまうような感じだったのだ。すごく。
ちょっとしたMCをはさんですぐに曲へ。なんだか1列目との異様な近さに 照れる尚ちゃん。かわいすぎる。って感じだ。服は黒いTシャツにさわやかー な白×細いブルーのストライプのシャツ? 下はジーンズだったんだろうか。 そしてFブラッドの頃からかけていた(と思う)黄色いレンズ×黒縁のグラサン をかけていた。あのグラサン好きな私としてはうれしい感じ。髪もサラサラ感 があり、更に良い。個人的な好みとしては、前髪もうちょっと長い方が好き かなーとも思うが(そこは個人の好みということで)。 そして「じゃあ挨拶代わりに2曲ほど」と言って、1曲目へ。
1曲目、“Key to the Mystery”(だったと思う。) 2曲目は“Lucky Number”。 そしてMCをはさんで、3・4曲目はタイトルがわかんなかった私・・・。 後からアルバムを聴いていて思うに、アルバム3曲目の“Crying Woman”とか、 10曲目の“Last Chase”、あるいは2曲目の“Sound of High-Heels”だった ような気もするが・・・。 そこは他の方のレポにおまかせします。(ごめんナサイ〜!) ただ、うっとりするくらい気持ちよく、聴いていた。 ああやっぱり私はこの人のサックスの音色が好きだなあと。 そんなことを思いつつ。
そしてまたMCをはさんで、5曲目で“恋の兆し”。 ここで私、うっかり泣くかと思ってしまう。隣で見ていたSちゃんに「涙が!」 とか言ってたくらいだ。笑 そのくらい良かった。 ナマの音の力をとにかく感じて、なんか、これは私が兄ファンだからこういう 感想なのかもしれないが、「ああ、この人はたしかにあの人の弟だ」って。 そう思った。 「だってこの色っぽい感じって一体なに!」って。そんなことを思って、 血の力なんて感じてしまった。隠してもにじみでる、どんなにシャイでも、 じわりと外に出てきてしまう色気みたいなもの。それが藤井家の血なのか、 なんなのかわかんないけど。たしかに同じものを受け継いでいると思った。 (まあ、兄は隠してなんか無いけどね。笑) ほんとに、それが思い込みでもなんでも、そう思ったのだ。 この人のサックスは歌うから。 喋ってるときわからなくても。サックスの音色はこんなにも。と思う。 人の声みたいに、歌って、聴いてる側の心をつかんでしまう。なんて。
そしてラストにバリトンサックスが登場する。 「1曲のためにバリトンを」ということを横浜かどこかで言っていたと 聞いていたが。私は尚ちゃんが吹くバリトン、というのがソプラノサックス と同列で特に好きなので、すごくうれしかった。 そして最後に“sleeping moon”を。 聴いていて。なぜだか解散からの12年を考えた。 尚ちゃんが、どうして解散直後、ロンドンに1年も行ってたのか? ツラかったのか? 捨てたかったのか? 単にリセットしたかったのか? それはわからない。 わからないけど、でも、そんなこともあったけど、確かにこの人も、10年 いや12年、がんばってきた人だなあと。 そういう風に思ったのだった。 照れて、飲んでばっかりで、でもすばらしい作曲の才能を持っている。 それは尚ちゃんにしかないものだと私は思う。 そしてつくづく、勿体無いよ!と思うのだ。 友人の誰かも言ってたように思うが、もっと他のミュージシャンと交流して、 その音楽の才能を、余すところなく発揮してほしい。 だって勿体ないよ!って。兄ですら、作曲の才能は尚之にはかなわないと ずっと思ってたって言う。そんな才能を、能力を、他の人ともっと関わって、 使ってほしいよ尚ちゃん!って。そういうの聴きたい!って。そんなことを 思うのだ。 去年の福岡のS.F.インストアのときも思った気持ち、たったこれだけの人に、 ただで聴かれちゃうんだこの音が?ってそんな気持ち。 そんなことをまたしても思って、切ない気持ちになっていた。 でも、そんな気持ちを持っていても、あの30分の空間は。得難いものだったと 私は思う。とても良いライブだったと、そう思うのだ。
| 2004年03月20日(土) |
リラックスに情熱をかける女。 |
それは私。 ホテルにマッサージがあれば、大抵やってしまうし、リフレクソロジーも 大好きだし、2〜3ヶ月に1回は行きつけのマッサージ屋さんに行ったりも する。 そんな中、最近、うちの近所(と言っても歩いて15分のところ)に、 『燃焼スパ』なるものが出来た。 燃焼ストーン浴というのが出来るらしい。 マッサージもある。スリミングコースもある。終わったらマテ茶のサービス。 ・・・ということで、給料も入ったこともあり、行ってみた。 そしたら、『燃焼ストーン浴』最高! サウナ好きにはこたえられない気持ちよさ。である。 ちょっと熱い石の上にバスタオルをひいて、あお向け5分・うつ伏せ5分・ 休憩5分の3セット。気持ちよすぎて、なんにも考えられなくなるくらい。 あれはトルコ風とかなんだろうか。それともアジア風なのか? 仰向けに寝て、天井を見ながら、流れているリラグゼーション用ってかんじの 音楽だけ聴いて、ただただぼーっとしていると。 ああ、現代人にはこういうのが必要なんだよなあ〜。なんて。 ぼーっとする時間が、ときには必要だよね。って。 そんなことを考えちゃう、ちょっと仕事で疲れ気味の私。なのだった。
ああ、でも、それにしても気持ちよかった。 また行こうっと。 次はタイ風古式マッサージとかアロママッサージとかするんだー♪
発表になった。人事異動。 その発表で、あまりにホッとした自分に驚いた。 それ程だとは、我ながら思っていなかったのだ。 まったく私ときたら、鈍いにもほどがあると思うけど。 がんばろうっと。と、素直にそんな風に思ったのだった。
友人から郵便で届いた、マサハルさんの最近出たシングル。 “想い”というタイトルだ。 届いた日に、聴いてみた。
私は正直言って、解散後、一度もマサハルさんのソロライブに足をはこんだ ということもなく、チェッカーズ時代に出ていたソロのCDも『Timely』 というアルバム1枚しか持っていないくらいで、解散後のいろんな話も、 人のウワサばっかり先行していて、正直言ってよくわからない状態だ。 最近ナマで会ったりライブを観たりしたわけでもなく。 近くでライブがあったとしても、行かないかもしれない。行くかもしれない。 それもわかんないぐらいの。
ただ、ちょっと前、夜もヒッパレか何かに出ていたマサハルさんが、香田晋と 一緒にポルノグラフィティの“アゲハ”という曲(だったと思う)を歌って いるところを、もう本当に歌うマサハルさんを観るのは7〜8年ぶり!って 感じで観たときに、なつかしくって、そしてこういうアップの曲歌わせたら マサハルさんってすごい上手だった!っていうことを思い出し、“愛と夢の FASCIST”とか“80%”が大好きだった自分を更に思い出して涙が出た。 ということがあった。
そして、GOとか、昔のビデオを観るたびに、「ああ、私はマサハルさんの こともほんとに好きだったよなあ。て言うか、思いの強さの優劣こそあるけど、 7人全員を好きだったよなあ。当時」って風に、すごく思う。
その“想い”という曲は、スローで。 なつかしくてかわいい感じの前奏ではじまってすぐに、もはや聴き慣れた、 ちょっとくせのある歌い方のマサハルさんの声が流れ出す。 (ああ、久し振りに聴くなあこの声。なつかしい〜。)などと思いながら クレジットを見ると、作詞・作曲 鶴久政治という文字が目に入る。 きっと明日いいことが と歌っている。 好きな人 好きな顔♪と歌っている。 その好きな・・・というところに、チェッカーズのことを考えちゃう私は、やはり 感傷に流されすぎているのかもしれないし、私自身こそ、チェッカーズという モノについて、今どうなって欲しいと思っているのかわからない。わからないが。 ただ、マサハルさんは、本当のところは、いったいどういう想いを持っている んだろう?って風に、思っていた。その1曲目の“想い”という曲を聴いて いて。
そうしたら。 次に収められている、2曲目の“Cherie”を聴いたら。 わかってしまった。 いや、決め付けるのは失礼だ。私は、わかったような気持ちになってしまった。 前奏とか、原曲とはぜんぜん違って、80'sテイストと、あと、“恋は水色” という50's(あるいは60's?)頃の曲も彷彿とさせる感じのアレンジで。 ああ、原曲と違うなあ。歌いだしのところもちょっと半音くらい違う感じ? などと、私は割と冷静に聴いてるつもりだったのに。
サビのところ。 「この恋が決められた運命なら せめて時を越えて通りすぎたい」 のところ。 そこで私は、ふい打ちで、動きが止まってしまった。 たとえば街角で、ふいに“星屑のステージ”が聴こえてきて「えっ」と思って 動き止まるみたいに。 なんか、心が止まるような感じで、その一瞬で涙が出た。 ものすごく強く心を揺さぶられた。
その歌い方。 すごい大切に歌ってるって、そんな風に思ったのは私だけか? いや、わかんないよ。それは自分の曲だからかもしれないし。単に歌い易いとか いうことであって、チェッカーズのこととか、ぜんぜん関係ないのかもしれない。 わかんないけど。 ただ、そのフレーズを聴いて私は涙が出た。なんだか泣けて仕方なかった。 それは単に久し振りに聴いたとか、私がこの“Cherie”という曲が大好きだから っていう、それだけのことじゃなかったように思う。
その歌い方で、わかったような気になっちゃったのだ。 ああ、マサハルさんも、チェッカーズのことは好きでたまらなかったはずなのに! って風に、思っちゃったのだ。 ただ、ちょっとしたことから、人と人との間はどんどん難しくなっていって、 その流れは本人たちにも止めることはできなかった?なんて。 そんなことを思ったりする。 そんなの、単なるファンの感傷だし、今更私とかがそんなこと思ったり言ったり しても、しょうがないことだって知ってる。知ってるけど。 思ってしまったものは仕方ない。
2番のサビのところでも、胸打たれる感じは一緒だった。 「ごめんよ さよならを君に言わせたね 何もかも投げ捨てて抱きしめられたら 走り出す硝子越し涙の笑顔で 空を指差して呟いた」 ってところも。 大切な大切なものを歌ってるって感じに聞こえる。 そしてそれは、きっとウソじゃないって風に思う。思い込みでもなんでも。 そんな風につよく思う。 この人にはこの人なりの、チェッカーズというものに対する愛みたいなものが、 たしかにあるのだと。あったんだと。そう思って、それだけでも、私はこの CDを聴けてよかったと思った。
だからなんだと言われるかもしれないけど、私は聴くことができてよかったと、 もう、本当にそう思う。
先日、読んだものについて。 気にしないと思いつつ、いちいち考えてても仕方ないと思いながら、 ものすごく気になる。 私は人目を気にしてるのか? そういうのって自分好きってことか? でもあれが、もし私の友人知人だとしたら? それってものすごく傷つくなあと思う。 相手にとっては思うツボなのかもしれないし、わかんない。 もしかして私が知らないうちに、誰かにひどいことを していて、そのはねかえってきたものに私が傷つけられて るってことかもしれない。 因果応報? 単にそれだけのことか。 でも、いちばん思うのは、原因がわかんないことほど、 そして顔が見えないことほど、怖いことはないなあと。 つくづく怖さということについて考えた夜だった。 でも、人生って楽しいことばっかり来るわけがないから、 ある程度は仕方ないのか? うーん。でも、傷つくな〜。 まあ私のことじゃないかもしれないんだけどさ。 しかし問題は、私がもしかしたら知らないうちに もっと傷つけたかもしれない誰かがいるってことだ。 言葉は暴力だから。場合によっては、実際に殴ったり 蹴ったりするよりも(それもどうかと私は思うが) 人の心をえぐり取って一生消えない傷をつくる。 そんなことわかってて、でも自分の信じてることは 曲げられないんだよな。ってそう思う。 でもそういうの、考えすぎるとなんにもできなくなってしまう。 なんかもう、本当にむずかしいなあ。と、そう思う。
私はね。 すっごいうれしいことだなあと思うの。 アブラーズの最終日、3月14日の東京に、アンコールでフミヤくんが出たこと。 聞いた瞬間、「なんで私いないんだそこに!」ってたしかに思った。 思ったけど。 でも、次の瞬間、思ったことは、「ああ、兄! よかったね〜。すごくうれしかった よね」ってことだった。 友人たちと電話でその夜話していたときも、「兄よかったよね!」って、そんな ことばっかり言ってた。そして「こんな日も来るんだね〜」って。しみじみ、 「私生きててよかったなあ!」って。 それは本当のことだ。 勿論いろいろな考え方があるから、快く思わない人もいるだろうし、それは 仕方ないことだと思う。 でも私は。 享氏とフミヤくんが一緒のステージに立ってくれたってだけでうれしい。 フミヤくんがきっと、心の底ではチラっとでも仲間入りしたかっただろう、 アブラーズのステージに立ったことがうれしい。って。 そんな風に、心の底から思ったんだよね。
でもそれは、チェッカーズが再結成することとはまた違う。 それとは全然違うことだとそう思う。 ただ、自然な流れでアブラーズとフミヤくんが一緒のステージに立ったという それだけのことが、本当にうれしいって。そんな風に思うのだ。
| 2004年03月07日(日) |
アブラーズ自給自足ツアー@神戸 |
さて、3月7日。アブラーズ自給自足ツアー@神戸。 ・・・大雪の神戸である。笑
名古屋から神戸へと新幹線で向かう途中、京都前では5cm以上の積雪・・・。 しかも吹雪いてる!爆 木にまで雪が積もってる! 「私こんな雪積もってるの見たの、今シーズン初めて!」などと言いつつ、 内心「尚・・・。」と尚ちゃんのせいにしたりしながら、いざ神戸へ。笑
そしてなんとか無事、神戸に3時頃到着し、友人たちとも会い、軽く食べたり してから会場へ。 雪は、一旦やんでいたものの、開演前になると再びじゃんじゃん空を舞っていた!笑 そして人をつめこみすぎのチキンジョージ。 ギュウギュウの中(なんか尚ちゃんもそんなことを言っていたらしいが・・・ 言ってたような気がするが、はっきりどこで言ってたか覚えてなくって 一生の不覚!な私でありますが。笑)、まあとにかくギュウギュウ詰めの 中、開演前に生ビール一杯飲みほして、いい気持ちで、享氏側のいちばん 後ろの方で観ていた私である。 今回のアブラーズのツアー、私的ラストライブである神戸。 ライブの様子を一言であらわすと、緊張の福岡・興奮の名古屋・狂乱の神戸! って感じ。 でも自分の中では。 とても気持ちよく踊っていた。 そして開演前は、私は神戸、かなり落ち着いて観るつもりでいた。 でもいちばん脳髄に響くようにあの人たちの音が、この身体に響いてるような 気になったのは、心臓に直接来る!とか、そんなことを思ったのは、この神戸 ライブが一番だったように思う。私の中で。
1曲目“SHAKE”。やっぱり好きだ。めっちゃめちゃカッコいいと思う。 2曲目“OH YEAH”。もはやどこで合いの手を入れるのか、とか、完璧に マスターしている客席の私たち!笑 更にそういうとき、享氏を見ていると、 ぜったい私たちにわかりやすくジェスチャー(と言うか)をしてくれてる のがわかる。すごく楽しそうにそれをやる享氏、好きだ〜!と思う。笑 曲の途中でコミカルな歩き方で場所を入れ替わる享氏とユーちゃんがかわいい。 真ん中でサックス吹く尚、ステキ! そしてもはや曲名思い出しただけでも頭に曲が流れてくる私ってスゴイ。って 感じである。笑
3曲目。“ONCE UPON A TIME”。 初日の福岡ライブを観たときに。 921のときほど、暴力的に泣ける感じにはならなかった。と私は書いたし、 確かにそう思ったはずなのに。 気付いたら泣いてた。神戸では。“ONCE UPON A TIME”。あの中近東風な 尚のサックス。そして上下に、流れるように、でも的確に、あまりにも魅力的に 響くユーちゃんのベースライン。狂ったように鳴る享氏のギター。シタール。 そしてクロベエのドラム! なんか、すっごい良かった。カッコ良すぎた。 そこで泣けたのは、絶対私が感傷的になっていたとかじゃなく。 そうじゃなくって、単に、あまりにもカッコ良すぎるあの人たちの演奏が、 この心臓をぐっとつかんだからだと。そんな風に思う。
そしてブレイクタイムを経て、オリジナル新曲のコーナーへ。 “トレイシー”。何度も言うが、私はこの新曲が本当ーーーに好きだ。 そして、5日の名古屋のときにも、つくづく思ったことだったが。 ああ、すごいなと。 尚ちゃんっぽいメロディーに、4人の音がからみあい、すばらしい音に変化する。 たとえば尚ちゃんひとりでは。 そうだな、例えば私の片手の長さ分の、魅力ある曲だったとする。 それがどんどん広がる感じがするのだ。 享氏のギターと、ユーちゃんのベースと、クロベエのドラムが重なって、彼ら のアレンジで鳴ったとき。 片手だったものが、両手を広げたくらいの大きさに。 いや、もっと大きくなるかもしれない。 もっともっと魅力的なものになる。って思う。
“RED ONION”や“I don't know”も、聴くごとに好きだあ〜〜と思う。 実感する。 “RED ONION”でのフィンガースナップ。私たちに「できる?」とか聞いてくる 享氏やユーちゃん。多少はできます〜だって“俺達のロカビリー”の時に練習 したもん!などと思っている私!笑 でも、どうしても鳴らない享氏、手で「だめー」って×のポーズしてたりして かわいい。笑 “I don't know”はスパイ大作戦とかルパンって感じが。すごカッコいい。 それもダークなカッコ良さ。マフィア系? からみつく尚サックスの魅力的な響き。官能的とさえ言えると思う。 その比類ないカッコ良さよ!
“Miss アニーの証言”や“青い瞳のHigh School Queen”での客席の大合唱。 “ジェイルハウスラブ”で、髪を振り乱してギターをかき鳴らす享氏。 もうアンバサダー、かっこ良すぎ! “OOPS!”のときの“運命-SADAME-”のギターなんて、倒れそうなくらいだ。 そして尚ちゃん。今も昔も変わらず淡々と、“Lonely Soldier”を歌う。 18歳の、Typhoon CHECKERSツアーのビデオでの18歳の尚ちゃんとは、当たり 前だが全然違う。でも音は同じ。何回か、ソロでもFブラでも聴いたことが あって、その度に感動してきたものではあったけど。 やっぱりこの4人でやるのって、ぜんぜん違うって思わせる。
後半。“FINAL LAP”や“OOPS! XYZ”を聴きながら。 その、10年前の曲だなんてちっとも思わない、新しいとも感じられるカッコよさ をこの耳で体で感じて踊りながら、その音の渦に囲まれて私は。 この人たちの音で踊れるというその幸せを、つくづく感じていた。 あまりにも幸せな気持ちで踊っていた。 そして、名古屋のときも思っていたが。神戸でも、真剣に思った。 ああ私は!って。 10年前、Blue Moon Stoneの夏ツアー。あの時私はひとっカケラも、あの人 たちが解散するなんて、夢にも思っていなかった。大抵の人があのツアーに ついて、「おかしいと思った」って言う。でも私は気付いていなかったのだ。 “Rainbow Station”なんか歌われて気付かなかったなんて、もう、自分でも わざと考えないようにしていたとしか思えないってくらいだ。 あのとき。 今でも覚えてる最終日の福岡サンパレス。1階の13列目くらいで、尚ちゃん 側だった。アンコールで、サンパレスの狭くて短い花道(みたいな所)に にこにこ笑って歩いてきた尚ちゃんに「尚ちゃーん!」って友だちと二人で 一生懸命手を振った。そんなことも覚えてる。 そう、10年前。 私はこんなにも大好きな音のカタマリを、その4人がそろって出す魔法みたい な音の流れを聴いて、身体で感じて踊って、それをなんて当たり前のモノだと 思っていたことだろう? それを10年も聴けなくなるなんて思いもせずに。 そしてそれだけ長い時間が流れて、またナマで聴くことが出来るその奇跡よ! って。そんな風に、思った。
そして名古屋〜神戸と来て、ブレイクタイムは本当にイイ感じだった。笑 どんどん尚の暴走ぶり、酔っ払いぶりは増し(笑)、それは9日の大阪で 頂点に達したというウワサも!笑
私は今回、ラストの東京に行けないことを、やはり残念に思っていたが。 神戸が終わった後では、かなり満足感にあふれていた。 いや、勿論行きたいよ? 行きたいさ。だけど。 ああこんなに大好きな音を出すこの人たちのライブ、3回も観れてなんて贅沢! って。 あの魅力的な音の海におぼれて、泳いで、私たちだけしか行けない幸せな島に 泳ぎ着く。とか。 書いてて結構イっちゃってるかとも思うけど、でもそんなかんじ!笑 そんなかんじがした。すごく。 「ありがとう!」ってアンバサダー(享氏)は何度も客席の私たちに言った けど、私たちの方こそありがとう!って。 つよくつよくそう思うよ。 そしてそれを伝えたいなあ!と思う。 伝わればいいなあ!って思うのだ。
そして、MCのときに享氏が尚ちゃんに、 「フミヤとお前ってやっぱり兄弟だと思った。目の前で並んで飯食ってるとこ とかそっくり!」って言ったりとか。 ライブの最後で享氏が、「皆、また一緒に遊ぼう」って。 「また一緒に遊ぼうな!」って言ったときに、思わずいつも兄がライブ終わり 頃に言う、「また一緒に遊ぼうぜ!」って台詞を思い出し、泣きそうな気持ち で、うれしくて、「やっぱりこの人たちはつながっている!」ってそんな風に 思っていた私がそこにいた。兄と享さんがつながっていてくれることが、 やっぱりものすごくうれしいんだなあ私は。って、そんな風に思った。 好きの種類こそ違うかもしれないけど、私の中での尊敬する人の双璧なのだ。 藤井フミヤと武内享というその二人は。 だからその二人の仲がもしかして悪いかも?などと思うと、ものすごく悲しいし、 逆に接点があると知ると、もう本当にうれしいってそう思う。 そして921以降、それがいい方にいい方にまわっている気がする。 そんなの、私がそんな気がしているだけにすぎないかもしれなけど、でもそれは とてもうれしいことだなあと、そんなことを思うのだ。 *********************************** 終わりです。読んでくれてありがとうでした。
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