日記

2000年10月01日(日) 【SMILE FOR ME】

 【SMILE FOR ME】
夜。9時すぎ。いつも来ている“ホロホロ”という名前のライブハウスで。
「カリン」
低い声に呼ばれて振り向くと、高倉大介、通称大ちゃんがそこにいた。
「あ、大ちゃん。おつかれー」
思わず笑顔になってそう言う。
今日の出演者はアマチュアバンドばかりで、結構知り合いが多かった。
そのライブの余韻を残しつつ、気持ちいい音楽が流れているフロアに、
ライブ後も私は残っていた。
この店はライブが終わったあとクラブのようになり、飲み物が楽しめて、
踊ったりもできるのだ。
そして今、私の隣に立っているのは大ちゃん。
今日の出演者の一人であり、個人的には私の好きな人でもある。

背が高くて、短い髪とつり上がった眉、そして胸に響くような低い声を
持っている。
彼の存在感ときたら、とても20歳とは思えない!・・・・と思うほど。
それはいつも私が思っていることだけど、私だけではなくて、友人の
広田知子も前に
「大ちゃんの存在感ってすごい」
なんて、似たようなことを言っていたから、それは嘘じゃないんだろう、
と思う。
そして私の名前は、斎木カリンという。年は18。
大ちゃんと、何か飲んで、しばらくしてから他の友人たちと合流しようかと
話していたとき。

「カリン、カリン」
鈴みたいな高くて綺麗な声に振り向くと、色素の薄い茶色の長い髪と大きな目を
した、友人・佐伯菜子(サエキ ナノコ)がそこに立っていた。この綺麗な子が
モデルでもなんでもない、普通の高校生だと言って、信じる人がどれくらい
いるだろう?
そのくらい、菜子はキレイだと思う。その見た目も、性格も。降り積もった雪
みたいなイメージ。やわらかくて儚くて、ちょっと冷たくて優しくてキレイな。

「あ、菜子」
「よお菜子ちゃん」
片手をあげる大ちゃんに、にっこりと光がこぼれるみたいな笑顔で応えて、
菜子は私たち二人に問う。
「タカヒロ、どこにいるか知ってる?」
タカヒロとは、大ちゃんの親友、そしてCJというバンドのボーカルをしている子だ。
いつも黒っぽい服を着て、痩せてて、ナイフとかを思わせる鋭い眼をしていて、
はっきりと物を言う。そして歌うと凄くて、アマチュアながらに、とても、
人気がある。
菜子はそのタカヒロくんとは従兄妹同士で、両思いで・・・・ハタから見てもよく
わかるくらい、二人はお互いのことをとても大切にしていた。

「あたしまだタカヒロくん見てないよ。ライブ後」
「さっき、まだ裏にいたぜ? そろそろ出てくるんじゃねえの」
大ちゃんが言った。
「裏って楽屋?」
少し首をかしげて菜子が問う。
「まあそう。楽屋ってほどのスペースないけどね」
「わかった。行ってみる。ありがとう」
笑顔で私たちに手を振って、タカヒロくんの元へ去っていく。菜子と話すと、
それがほんの一瞬の他愛もないものであっても、胸の奥に、ふわりって真っ白な
羽とか、何かかけがえのない綺麗なものに触れたような余韻が残る。

「・・・・どうした?」
去って行った菜子を見て、ぼんやりそんなことを考えながら、その後姿を追って
いた私の視線に気付いて、不思議に思ったのか、大ちゃんが聞いてきた。
半分上の空で私は応えてる。
「いや、菜子かわいいなあって」
「ああ、そうだな」
あっさり言われて、瞬間、胸に何か冷たいもの、氷とかがするっと入ってきた
ような気分になる。だって私は大ちゃんのことが好きなのだ。
菜子がかわいい。と言った私の台詞にすんなり同意されると、ちょっと悔しくて、
思わず言ってしまってた。

「いいなあ、って思うよ?」
「なにが」
「菜子くらい可愛ければ、私も向かう所敵無しなのに!って」
「ハア?」
大ちゃんは、聞いた瞬間、ちょっと驚いたように目を見開いて。
そして、一瞬の後、ため息まじりにこう言った。
「・・・・お前バカ? 
 人間の魅力が見た目にあるなんて、本気で思ってんの」
「え・・・・そりゃあ、ある程度は見た目も重要だと、あたし思ってるよ?」
 そう言ったら、大ちゃん、軽く肩をすくめて。
「そればっかりじゃないんじゃねえの」
結構冷たい感じで言うから、思わず心臓がどきんと跳ねた。

私の表情が固まったのを見てとったのか、そこで大ちゃんはかすかに笑う。
その笑った顔を見た瞬間に私は安心している。
こういうとき、この人の笑顔って本当に特別だなあと思う。私にとって。
ちっちゃな不安の芽は、小さいうちに取り払われる。
彼は言った。
「じゃあ、お前はオレのことは見た目だけがいいと思ってる訳かよ?」

・・・・大体、酔っぱらってるわけでもないのにこの台詞はないだろう。とは、
後から思ったこと。そして、その台詞から、私が大ちゃんのこと大好きだって
いう気持ちなんて、完全にバレてる。とも思う。
でも言われた瞬間、私は単に焦って、
「そんなこと!」
と反論している。思わずムキになった私を見て、大ちゃんは面白そうに笑って
言った。
「じゃあ逆に、オレはお前の顔が好きだからいつも構うと思ってんの?」
「そういうこと言ってんじゃないよ・・・・。
別に大ちゃんがそういう人だって言ってるんじゃなくて」
それを聞いて、大ちゃんは。
少しの沈黙の後で。
私を軽く見下ろして、少し笑って、こう言った。
「じゃあ、お前はお前に自信持て」
さりげない調子で。でも、はっきりとした、低い声で。
だから、その言葉はそのまま、まっすぐ私の心にたどりつく。

そういうとき、思うことは同じ。いつも同じだ。
なんだろうこの人は!って、思う。
涙が出るくらい強い気持ちで、そんな風に思う。
「菜子ちゃんは菜子ちゃんだし、カリンはカリンだろ。誰にもなれねーだろ。
オレはオレで、タカヒロはタカヒロ、ってのと同じだろ?」
「うん、・・・・そうだね。
・・・・ってなんかあたし、悔しいなあ!」
「なんだそれ」
「だっていっつも大ちゃんに一本取られてる感じ!なんだもん」
「なんだそれ。ほんっとおもしれえなあ、お前って」
くっくと笑う。

心の奥に残る、虹みたいな残像。この人の言葉が、その存在が残す軌跡
みたいなもの。
くやしいけど。それ以上にうれしい。この人と関わることができてうれしい。
運命みたいなものはきっとあるって、こんなとき、私は思う。実感する。
それが永遠につづくものではないとしても。今、この瞬間の記憶は、
カケラみたいな小さなものとしても、きっと私の中に残るだろう。

今に見てろよ。なんて思いながら。
もういいじゃん。いつまで笑ってるのー!と笑って、私は大ちゃんの手をひいて、
ドリンクバーへ飲み物を取りに、一緒に向かった。
ありがとう、なんて、照れちゃって口にすることはできないこの気持ちが、
つないだ手から伝わればいいなあ!なんて、かわいいことを思いながら。


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