ヒカゲメッキ by 浅海凪

 お礼とボツネタ

 ひとこと送信くださる皆様、亀更新の当サイトに足を運んでくださる皆様、ありがとうございます。いただいた感想を読んで目から鱗の気分になったり、新作のイメージを固めたりするたびに、画面の前で頭が下がる思いです。

 騎士の新作をここのところ書いているのですが、どうにも纏まらず、書きかけのままネタばかりが増えていっている現状であります。
 できれば春らしく、色恋めいた話をお届けしたいものです。


以下、行き場を失った騎士のボツ文

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「あんまりきょろきょろしてると、いいカモだと思われるぞ」
 ラストカの粋を極めた王都の様子は、レオの目にはひどく新鮮だった。
 活気あふれる市場には見たこともないような品々が集まっているし、行き交う人々もまた、中部者と入り混じって色素の薄い北方人から見慣れた色黒の南部人、海の向こうの異国の者と、雑多で目を引かれることが多いのだ。あちこちへ視線が動くのは、仕方のないことだと思う。
 現に、いいトシをした大人たちでさえ、気圧され半分好奇半分であっちへふらふらこっちへよろよろと引き寄せられているではないか。
「おまえこそ、強がりはやめにして素直になったらどうだ?」
 だが、警告を発した同道者は、軽く鼻を鳴らして突き放した視線を前途に向けるだけだった。
 大街道から城門を潜って王都に入って以来、その足取りにはまったく迷いがない。
 地図も案内もなく、入ったばかりの町で迷わず進むのはいつものことだが、今回はどこか様子が違う。町造りの知識や経験に当てはめて予測するのではなく、記憶しているものと現在とを照らし合わせているように、レオには見えるのだ。
 それは、ここ数日レオの中で重石となっている事柄に、さらなる重量を加えるものだった。
「……それで、どこに向かってるんだ」
 沈んだ気持ちを切り替えるため訊ねると、ほんの少し考え込むような間が空いた。今朝から一度も躊躇わなかった足が初めて止まり、つられて立ち止まったレオの顔を、分厚く切り出した氷の底のような不思議な青さをもつ目が見上げてくる。
「騎士になる試験っていうのは、まだ先なんだよな?」
 胸をえぐられたような気分になり、レオは答えるために開いた口でため息を吐く。非難する筋合いではないことは理解していたが、黙って耐えるのは性に合わない。
「これがおまえの問題だっていうなら分かるけど、そうじゃないのにおれだけ置いて行こうなんて考えるなよ。二人一緒に話を聞いたんだからな」
 青い目が二三度素早くまぶたに隠れ、そして逸らされた。何も返さずに歩き始めた銀色の頭をにらみ据えて、追いかける。
「おれの騎士修行の札なしで、どうやって貴族と会うつもりだよ。何の証も持ってない子供が簡単に会えるような相手じゃないだろ」
「立派な騎士になって家名上げるとか言ってるくせに、こんなことで札を人目に晒していいのかよ」
 はっきりと怒った口調で言い返されて、レオの耳の上あたりで何かがぶちんと千切れた。
 もともと気が長いほうではない。重石の下から頭の天辺まで一気に駆け上がってきた怒りにまかせて、首の後ろに手を伸ばし、そこに掛けた紐をつかんで乱暴に首から抜き取る。その先にぶら下がる小さな木片を、振り返りもしない銀色頭に力一杯投げつけた。
 ぺん、と威勢のよくない音を立てて命中した札が、落下途中で後ろ手に掴まれる。
「……これはオレの問題だって言えば、ついて来ないんだよな」
 ようやく振り向いたと思ったら、レオの氏名と教会で立てた誓願、それらを保証する地元の教会主の署名が焼き付けられた木片に目を落としてそんなことを言うので、レオの怒りは持続しなかった。
 続けて罵るために開いた口で、せめてもと大きくため息を吐く。意識して大またに歩けば、エルとの距離はすぐに埋まる。
「何て言われてもついて行ってやるから、そんな寂しそうな顔するな?」
 慰めるように頭を叩き、冗談めかして言ってやると、エルはいつも通りの小生意気な表情を浮かべて、へん、とか鼻から息を吐いた。
「願い下げだ、ばーか」


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 王冠の冒頭になるはずだった部分。割と短気だった、騎士になる2年前のお二人です。
 あまりにも長くなりすぎる上、この先まだまだ忍び込む前のエピソードが必要だったためボツにしました。
 騎士誓願については別の話で触れたいものです。エルの挙動不審の理由なんかについても、そのうち。
 

2006年05月05日(金)
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