「いつもにこにこ・みけんにしわなし」
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2005年11月29日(火) オレ流がいやだったらしい。

「担任です。ミーちゃん、3時間目から頭が痛いって保健室で寝てますので、」

「迎えに行きましょう。」と、にっこり受けて
ミーさん学校から返品です。

「アダマが、いだい〜。」だそうですが
昨日買ってきたハリーポッターのDVDは見られる程度ですので
ご心配なく。


宿題の3ケタ÷2ケタのひっさんとともに
また「アダマがぁ〜!」痛くなりましたが
夕飯は平らげました。ご心配なく。


翌朝、「アダマ・・・・」と起きてきたので
学校に行かないと、おうちでおかあちゃんがオレ流の割り算を教えることになるが
それでよろしいのか?おかーちゃん的にはお勧めではないよ?
と言ったら

お子様用ノーシンを飲んでランドセル背負って出て行きました。
ご心配なく。



2005年11月23日(水) すごいハイキング

大杉谷 て ご存知だろうか。

大杉谷渓谷だの大台ケ原の三重側だのいうとなんとなーくイメージわくだろうか。
ひとことで言ってしまうと どえらい山 なわけです。

そこにハイキングに行きませんか?とミーがお誘いを受けて
母子4人で参加することに。
だいたい12キロ、て書いてあるけど、
帰りは川くだりだから半分の6キロかな?
という説明でしたが。

ダム湖一周12キロ以上の旅でした。
すげえ強行軍!!

往路はダム湖の南側に作られた舗装道路を歩いて発電所まで。

復路がすごかった。
ダム湖北側の山の斜面に村道として切り開かれた、
がけの上の猟師道のような幅わずか70センチほどの道。
そこを延々歩いてダム湖北上。

マルがへばってきます。
マルだけでなく村民以外みんながヘばり気味になってきます。

大杉谷はV字渓谷として日本に名だたる景観を誇っています。
そのV字の谷を見下ろしながら幅の狭い山道を伝い歩く6歳児。
ガンバレ!ガンバレ!
後戻りはできないんだよここ。落ちたらダム湖にドボンなんだよここ。

ホントによくがんばったなぁ。
マル、「足が痛いよぉ。まだつかないのぉ?」を繰り返しながら
船着場まで歩ききりました。

ダム湖の船着場からダム湖をぐるりと遊覧。
さっきまでうねうねとあんな切り立ったガケのうえを歩いていたのか。この子ったら。
ほ、ホントによくがんばりました。えらかったねぇ。


大杉谷は去年のひどい台風であちこちが崩落して
まだ谷が巨石で埋まっていたりする。
ダムに注ぐ美しい川に谷から雪崩のように家ほどもある巨石群が
道をえぐり、アスファルトを跳ね上げ、ガードレールをなぎ倒してなだれ落ちている谷あいが次々と現れる。
痛々しい山の姿に子どもたちはなにを感じただろう。


穏やかな山を楽しむハイキングではなくて
はからずも自然の恐ろしさを実感するハイキングになった。
・・・もみじを楽しもう、てことだったけど。


2005年11月20日(日) 100回おめでとう。

モックン、リフティング100回達成である。

リフティング100回はサッカーをはじめた2年生の頃からの目標で
5年生の今、同級生のレギュラーくんたちは
1000回を越えるところで競い合ってはいるのだが、
それでもモックンにすれば、100回は偉業なのである。

毎日練習するような熱心なサッカー少年ではないし、
ことさらサッカーに情熱を注ぎ込む性格でもないし、
親には、もう、サッカーやめてほかのことしたら?とか言われるし、
たちの悪い下級生にヘタクソな上級生と揶揄されるし、
それでも「やめないよ?」と続けてきたモックンのモックンらしい成果なのだ。

なにをするにもマイペースのモックン。
次は200回を目標にするのだそうだ。
コツがわかってきたから次は早いかも、だそうだ。



2005年11月19日(土) サルコとスジコ

きのう、おでかけのときに、
うっかりマルさんたら
車のドアに顔をぶつけた。

「おおう!おおうぅ!!ぅわぁああ〜〜ん!」
と激しく泣き始めたのであわててそばに飛んでいくが、
ほかのきょうだいを出し抜こうとあわててぴょんと飛び出しただけなので
そんなに傷になってるわけでもない。

でも本人には顔がどうなってるかは見えないので
自分の今痛いところがいったいどーなっちゃっているか!にビビリながら
激しく泣いてなさる。

そんな、泣かんでも。という様子を見ていると、
「パックリくちが開いちゃって〜♪」
などとウソをかましてあおって楽しむこともしたくはなったのだが
調子づいて大泣き続けられるとえらいことなので
「全然大丈夫。赤くもなってない。血も出てない。スジがついたかもしれないくらい。」
とお伝えしてみた。

「・・すじ?」

うん。スジ。

「すじ。」

あ。スジ、お気に召さなかったか。

「ス、スジついちゃったぁ〜〜〜〜。」おおう!とスジを思って泣きなさる。


ああ、もう。ええい。
「かわいそーにかわいそーに、スジコ!」

スジコと命名。

「おがーちゃん!」

抱き合ってスジコ!おがーちゃん!スジコ!おがーちゃん!を繰り返して焼肉屋に到着。

満員。

「やってられん!星に帰る!」とミー。

ど、どこの星に。
「サルの星さ!」

サルコ!!(命名)





2005年11月13日(日) ミーがテニスだとよ!

ミーのなかよしのマサちゃんが
テニスをはじめることにした。

インドアのテニスコートで毎週1回。
ミーちゃんも一緒に行こうよ!と誘われてすっかりその気のミー。

今日は見学に行ってみた。
ミーはテニスをしたことが一度もない。
体験していって、ということで、さっそくコートに。
貸してもらったラケットで結構打ち返している。
へぇ。うまいもんだなぁ。
やっぱりミーはスポーツタイプだよなぁ。

1時間でフォアハンド、バックハンド、ボレー、ラリーなんかを楽しんで
満足した顔でベンチに戻ってきた。
「おかあちゃん、ラケット買いに行こう!」

・・先に、入会しようよ。ね。


ミーはモックンのサッカー少年団に入りたい!としつこく言っていたのだが
どうしてもいいよ、と言ってやれなかった。
サッカーは身体を当てて戦う格闘技のようなスポーツなのだと
モックンたちを見てて知ったから、
二度も骨折を経験したミーをとても放り込む気になれなかった。

テニス少年団に誘われたこともあったけど
「少年団」も、もう、いい。(親の本音)
テニスといっても、少年団でなくこんなスクールだったら、スイミングと同じで
「自分の上達と友達づくりを楽しめる」だろうなぁ。

ミーには仲間内でせめぎあう少年団で勝ち抜くだけの才覚もあるだろうが
も、巻き込まれるおかあちゃんが限界です。勘弁してケロ。
テニスしたいなら、スクールにしよう?

「うん。なんでもいいから ラケット買って。」

入会の手続きを済まして
そのままスポーツショップに子ども用のラケットを見に行くが
リクレーション用のしかなかった。
ミー様、当然のようにお気に召さない。
「は!テニスの王子様の絵なんか書いてあってもさ!」
お道具に凝るのは父譲り。

人工芝のオムニコートには通学用の運動靴は滑るようだったので
専用のテニスシューズを買って帰った。


ミーちゃん、テニスの女王様(Jr初級)になります。


2005年11月12日(土) サッカーの感想

久しぶりのサッカーの試合だーと
初めは連絡が回ったのですが
どうやら明日の招待試合の準備がてらちょちょいとな、てことらしく
朝から早起きして行ったにもかかわらず
出番は1試合のみ。
午後からはお弁当食べただけ。

なので
「今日の感想は?」

「唐揚げ弁当、うまかった!」

は妥当です。


2005年11月11日(金) 度胸のおんな

近所に新しくスーパーがオープン。
この3日ほどは毎日店頭で風船配ったり、豚汁ふるまったり、餅つきしたり
ワショーイだ。

ワショーイに一番ノリノリなのがミー様である。

毎日ワショーイと徒党を組んで自転車で出かけていく。
初日にサラダ油(498円)が198円だったので
ついでにおつかいを頼んだら預けた1000円が3日たっても返ってきませんが気のせいかしら?

てへっ全部使っちゃった!なんておともだちに大盤振る舞いしてたらどうしよう・・。
とドキドキしながらほりっぱなしになってる財布を発見、そーと中をうかがうと
198円のレシートと802円のお釣りがそのまま。



・・・・て、いうことは。
ミーは純粋に、毎日毎日
タダで豚汁を食べて風船をもらっていただけなのか。

・・毎日。3日続けて。買い物せずに。



大盤振る舞いよりも、
そっちの方がうんと度胸あると
頭が下がりました。


2005年11月10日(木) 待ってる

「きょうは、おかーちゃん、学校のとなりのテニスコートにいるからね。
学校終わったら、テニスのとこの、前にジュース買ったちっちゃいおうち(クラブハウス)の中で待っててね。
車で一緒に帰ろうね。」

って言ったのに。


マルさん、朝のテレビに夢中で「うん、わかったぁ。」は生返事だったらしく
先生に
「おかーちゃんがいないー!うわーん!」
と職員室に駆け込み、兄、姉の教室までお騒がせした挙句
おかーちゃんの車を先生に探しに行かせて発見させ
テニスコートまで随行させた。

コートの外側に逆光で見えるシルエットの小さい方は間違いなくマルなので、
ああ、ちゃんとわかって来てくれた。えらかったなぁ。
ところで隣の大きい人はダレ?モックン?
はてな?と整理体操を抜けてダッシュしたら

「おかあさんが、車で待ってるはずだっていって。」と先生。
どっはー・・・・。申し訳ありません。

子は 都合のいいところだけ ちゃんと聞く

身に沁みました。しゅん。


2005年11月09日(水) イルカさんペンギンさん

スイミング。

モックンがイルカの4級
ミーがイルカの5級

その差が縮まってきた。

合否は40メートルのタイムで決まる。
級ごとに設定されたタイムを切れば合格。
タイムに挑戦する泳法は自由。

なので、たいていが
バタフライで5級を突破、
背泳ぎか平泳ぎで4級、3級を突破、
2級はクロールで突破していくのだが

モックン5級をクロールでラクラク突破。4級進級。
ホラ。そんなことすっから!
4級のタイムがもともと遅い3泳法で切れないじゃん!
モックン、まさかバッタで2級挑戦?(永久に進級できません)

今月末あたり
モックン、ミーに抜かれるかもしんない。



そしてあなどれないのがマル。
実は彼女が一番進級が早い。
コーチに留めてもらったこと多々。(背の届かないコースだと溺れるから)

抜かれるよ。二人とも。
いまはペンギン4級だけど。


2005年11月08日(火) 母の仕事

歯医者さんの3ヶ月検診でフッ素を塗って終わりにしてもらうはずが

ミーとマルに
新しい虫歯が発見されました!!!


がっくり。
虫歯は感染症なのだから、気を抜かずに磨くんですよ!おかあさんがっ!
と先生にあれほど言われていたのに
気を抜いた私のせいでしょうかやはり。

仕上げ磨きは小学生でも必要!というのが先生の指導なので
歯医者から帰った後はしばらく
24本(モックン)
24本(ミー)
22本(マル)
の合計70本を、しゃかしゃか磨いてたんですが。

忘れちゃうんだよねぇ・・。

とほほ。
毎日自分で磨いた後必ず
「おかーちゃん、仕上げして!」って絶対言って、絶対、頼んだ!
ってお願いすることにした。

大人の歯を治療することにしたくないものなぁ。
将来年寄りになっても自分の歯に苦労しないでいてほしい。
こんなことにも母の力添えがちょこちょこ要るのである。

ちょこちょことした力添え。母の仕事はこれにつきる。面倒だ。


2005年11月07日(月) 10代にはいってきたこどもたち

参観日です。
3教室をバタンドタンと回ります。

11月の参観は「人権教育」の授業参観なのですがいろいろなわけで。

1年生は車イスマークを先生が黒板に貼って
「コレは何かなー。どこかで見たことあるかなー。」
「からだのふじゆうな人がとめるちゅうしゃじょう!」
とかやってます。

4年生は「私はだれでしょう。」
特徴を書いたプロフィールをランダムに読み上げてそれが誰かを当てるゲーム。

5年生は「もし みんなおなじだったら。」
みんな同じ顔だったら。みんな同じ景色だったら。みんな同じ感受性だったら。
どうなる?をワークシートに書き込んで発表。


いまどきの小学校の人権教育の指針は、いただいた資料によると
「個性を認め合い、お互いに支えあい、身の回りの不合理や矛盾などの問題解決に向けて実践していく力をつける。」
らしいです。


参観のあと、
おうちでもちゃんと話し合って、人権教育を親からもしなさいよ!
ということなので考える。

ええと?
個性を認め合う。か。
お互い支えあう。か。
学年ごとのテーマを見ても
どれも「友だちをたいせつにする」とか「相手の気持ちを理解して進んで行動」とか書いてある。

なるほどなるほど。
そういう方針なのならば、

「まず、自分自身を大切にすること。」かな。
認め合って、支えあうには
相手を受け止めてあげるだけの力を自分につけないと。
受け入れてあげるフトコロをもたないと。
タフで優しい自分育てからはじめるべし。


こどもたちが
そろそろそんなことを本気でできる年齢になってきました。






2005年11月06日(日) ミーの日記

ミーが日記をつけはじめた。

学校から、毎週、週末の日記が宿題に出るのだが
ミーはそれを毎日のように書いていくのが好きな子だ。
言われなくても毎日書いていたら
先生も毎日お返事を書いてくれていたりする。

2学期からは先生との交換ノートもはじまって
それもミーは毎日書いてるらしい。

提出用の日記、
交換ノート、
毎日二つも書いているのに、
「おうち用日記」も書き始めた。
クマのプーさんの表紙のハードカバーの日記帳をみつけたのが事の発端だ。
このかわいらしい日記帳には
先生には言えないヒミツのことを書くらしい。


ミーは、全然本を読まない子なのに
よくこれだけアウトプットできるなぁ〜と
ミー・ワールドを形作る多様な構成を思う。
それぞれに書いている内容が全部違うのだから驚く。

モックンは毎日毎日何か読んでいるけれど
まったく書かないから実に対照的。
サッカーノートも言われるまで書かないものなぁ。
いつかまとめて放出する日が来るのだろうか。


幼い兄妹でもこれだけの違いがある。
これをよく見定めて
よいところ伸ばしをうまくしてやらないとなぁ、と思う。

よく見定める、が一番、むつかしいんだけど。




2005年11月03日(木) 少年・少女武者



秋の祭りは歴史祭り。
騎乗した鎧武者や、槍を持った武者が行列をして会場を練り歩き、
鉄砲隊が種子島の発砲実演をしたりする。

武者行列にモックンとミーが参加することになった。
大人たちに混じって少年少女武者として行列に加わる。
市内の小学生4年生以上なら誰でも参加できるので、友達と一緒に申し込んでみたわけだ。

昼からの行列に集合は朝8時半。
受付を済ませて着替え室に入ると立派な衣装が並べてある。

こりゃあ、ちょっと着物の着付け程度じゃ無理だわ。と一見してわかる代物。
着付けの先生はたったふたりだけ。

ミーを用意のTシャツ短パンに気がえさせて
着付けの先生に「初めてなんですが何から準備したらよろしいですか?」と声をかける。

「まず、たび、はいて、それから襦袢着て!」

はい。
足袋をはいて襦袢を着て腰紐でぎゅうとくくる。

先生、次は?
すね当て。足首とひざ小僧のしたでひもをくくり、形になった。
次は袴。

袴。
どやって着付けるのかがもうわからない。
しかもあとで鎧を着るときに邪魔にならないひもの結び方があるようで
もう、母、ここでお手上げ。
ひたすら先生の手の空くのを待ちお手伝いに回る。

袴のすそを絞ると次は籠手。

錦織のあでやかな織物の籠手に袖を通して、肩口から反対の脇を通して背中でくくりつける。
次に胴鎧。立派なつくりの重たい鎧をがっちりくくりつける。
もう華奢なミーちゃん、折れてしまいそうなくらい紐でぐるぐる巻きである。

その上から錦のきれいな陣羽織。
それから薄いシフォンのような生地の水衣を羽織る。
最後に飾りのついた額当てをして完成。

着付け、た、たいへん。8時半集合、納得。


ミーにつきっきりでモックンの世話ができなかったが
そこは友達くんたちと一緒の強みで友達くんのおかあさんが世話を焼いてくれた。
その様子をマルが男子の着付け部屋と女子の着付け部屋を行ったりきたりしながら
逐一報告を入れてくれる。
助かる〜。使える〜。

着付けの後はお化粧。
男の子はどじょうヒゲをばっちり入れられる。
だいたいがファンデーションを塗られたこともないし塗られたくもない男の子が
舞台化粧バリに顔を塗られ、眉を描かれ、ヒゲを描かれるので
はじめはみんなしょぼーんとしている。
化粧が終わって、友達が化粧部屋から帰ってくると
やっと顔を見て笑いあう余裕も出てきた。

ミーは赤い口紅をきりっと引いてもらって
美しい少女武者姿である。
モトがいいのであんまり化粧も濃ゆくないのだ。おほほほ!(バカ親)


支度が済んで、昼食をとり、いよいよ行列出発。


大人もだらだら歩くが
子どももだらだら歩く。

だらだらと行列は駅前を東西南北に練り歩き、
だらだらと市役所に戻って解散。
およそ2キロ1時間の行程だった。

その間中、マルとふたりで
「モックン!モックン!」と最前列へ走り、
「ミー!ミー!」と最後尾を待つことを繰り返して、母と妹、ぐだぐだ。
一生に一度だろうと思うとやっぱり記念の写真は撮っておきたいじゃない。ああ疲れた。

最後に、きょうだいだけで一枚記念に撮って、終了。

おつかれさま。こどもたち。
おつかれさま。ワタクシ。




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