ときどき、晴れ...

 

 

もやもや - 2004年09月07日(火)

いくらなんでもあっちでは書けないので、こっちに書く。

エンピツだと逃げてる気がしたんだけど。
ヤプログだと字数制限くらっちゃったよ・・・_| ̄|○

読む人にとっては、気分を害するものだと思う。
ごめんね。

別にケンカを売るつもりじゃなくて。
ただ、吐き出しておかないと気持ちが悪いんだ。




























ずっとふたりでやっていたグループが居て。
ふたりは、ふたりであったがために、正反対の道を目指すようになった。
片方が前に出れば、片方は引っ込んで。
片方がボケれば、片方が突っ込む。
片方が喋れば、片方は聞き役で。
片方がギターに打ち込めば、片方はギターを遠ざけた。

最初は些細なことだったと思う。
それでも、いつの間にか、ほんのちょっとしたズレが、今では全く正反対の方向を向いてしまっている。

目指す方向。
向かっていく未来。
そのビジョン。
やりたいこと。

重なっているのかどうかさえ、判らなくて。
目指す道が、グループとして、個人として、ファンとして。
見えているものが、微妙に違っている気がする。

個人の活動を結ぶ点にグループがあればいい。
グループの行きたい道が見えていれば、ファンも付いていきやすい。
むしろそこに行きたいのなら、と後押しをする。

アイドルに限らず、グループを形成するのに必要なのは、お互いが見えていることだと、オイラは思う。

タレントもファンもグループも、結局は同じ方向に向かって歩いていくものだと思う。

*

正反対のふたりがいて、そのふたりを好きな人が居て。
いつのまにか、ひとりずつを好きな人が出てきた。

気付くと、それぞれのファンとグループのファン、3つのグループができていた。

そして、いつのまにか、それぞれが見ている方向が違ってきてしまった。

タレント本人が見ている方向。
グループが見ている方向。
それぞれのファンが見ている方向。
グループのファンが見ている方向。

微妙にかみ合わず、かすかに逸れてしまった4つの線が。
今では、いろいろな方向を向いて、まとまりがない。
繋がるようで、繋がらず。
ギリギリの際どい平行線を辿っている。

*

アンチが生まれる理由も、それを嫌がる理由も、なんとなく分かる気がする。

アンチは、誹謗中傷だけのアンチだけじゃなく。
仕方なくアンチになってしまいっている人も居る。
どうしようもなくなって、アンチになるしかなかった人。

このままじゃグループが危ないと、警鐘を鳴らすためにアンチになった人。
タレントの言葉をまっすぐに受け止めすぎて、アンチになった人。
タレントの言葉に傷ついて、もう傷つくのがイヤでアンチになった人。

むやみやたらと攻撃をするアンチを肯定するつもりはさらさらないけど。
何かが変わらなければ、今はファンでもアンチになってしまう人も現れるんじゃないだろうかと、余計なことを思う。

*

身近にいるのは、傷ついて、見るのもいやになったという人。

冗談か本気かわからないことをいう相方の言葉が。
自分の担当と比較して、担当を落とし込むような言葉が。
それが本人に言わせれば、愛だというものでも。

たとえば、ずっと担当がやっていた構成ができなくなって。
相方がそれを引き継いだときに、あたかも自分が作ったもののように言う。
担当は、今までそんなことを言ったこともなかったし。
相方もそういう風に言ったことなかったのに。
遂には、担当の選んだ曲がイヤだったという。
あの曲は嫌いだと、笑顔を見せずに歌いだす。

好きな人が作ってきたもの、グループのためにと生み出してきたもの。
それが次々と批判されていく。
冗談なのか本気なのか、受け取りきれずに、ついには拒否反応が出る。

相方だけど。
担当の相方だけど。
言葉を受け取るのが怖い。
担当を批判されるのが怖い。

担当はたくさん相方のためにとやっていたことがあった。
それなのに、相方は担当はなにもしてくれなかったという。
勝手にいろんなことを決めて、なんでもオレはやらされていたという。

解散説を否定しながら、同じ口で相方を批判する。
そうして、同じ口で、自分は可哀相だと訴える。
自由もなく、ひとりぼっちで、たくさんのことを我慢してきたと。

どうか、オレに愛を注いでください。
どうか、オレに優しくしてください。

そこに「自分」以外の人はいますか?

信じられなくなったら、全てが疑わしくなった。
自分中心のお山の大将。
いつでも自分が一番でなくては気がすまなくて。
付き合うのは、いつも格下。
自分が優位に立てない相手には、こびへつらって従順で。
少しでも優位に立てる相手には、偉そうにふんぞりかえる。

そう見えてしまったら、オシマイだった。

なんで、コンサートの度に。
「今日は機嫌がいいから、MC長いね」とか。
「今日は調子悪いから、そんなに喋らないね」とか。
「今日は元気だから、楽しそうだね」とか。
そんな風に思わなくちゃいけないの?

コンサートは楽しむものでしょう?
元気をもらいにいくものでしょう?

少なくとも、アナタの気分次第で様子がガラリと変わるものじゃないよね?

湧き出した疑問は止まらなくて。
気を使わせて喜んでいる姿が寂しくて。
身勝手に動いているときの周りの表情、見えてるか?
みんな楽しそうにしてるか?

どうして、あんなに周りが甘やかしているのか判らない。

イヤだって言ってるんだから、やめさせればいいじゃん。
楽しそうな顔もしてないのに、続けてもらう理由なんてないよ。
笑いながら歌うべき曲をしかめっつらで歌うなら。
せめて、笑えるようになるまで話し合えばいいじゃないか。

出した結果にあとから文句を言ったり。
好きだと言ったものを、すべて否定したりするのが、オイラにはどうしても理解できない。

わざわざ否定することないものまで否定して。
誰が解散説を作ってるかわかってるの?
そう言いたくなる。

どうしても、アナタも周りも納得できるまで、とことん話し合った結果だとは、どうしても思えないから。
半端に折れることは優しさじゃないよ。
ビジネスなんだから、納得できるまで話し合うことが優しさなんだよ。

そんな風に、オイラからは見えるのです。

全ては、彼を中心に回っていて。

彼が相方を批判しているから、まっすぐに受け止める人が相方のアンチとなり。
彼が相方を否定するから、冗談だと言われても好きな人への言葉は傷つく。
傷は次第に広がって、彼自身を受け付けれなくなって、彼のアンチになる。
そんな彼の言動が、ふたりでいることを否定するようにも見えて。
このままではグループが成り立たなくなってしまうと恐れる人が、警鐘を鳴らすけど。
それは、グループのファンにとっては理解しがたい行為だから、アンチ全てを否定する。

なにも喋らない相方がいいのか悪いのかは判らない。

でも、たぶん。
当人が思っているよりも、溝は深くなってしまっている。
そこに愛があるのなら。
もっと判りやすい言葉で。
もっと見えやすい形で。
愛そのものを行動に移して。

無理してグループをやっているんじゃないのなら。
いつでも楽しそうに笑っていて欲しい。

それが一番、今必要なことじゃないかと思ったりするのです。

しょせんは、傍観者のたわごとに過ぎないけれど。
このままじゃ、いつ終わりが来てもおかしくないもの。
そんな日は、こないとも思ってるけど。

そんなにイヤならやめればいいじゃん!!

そう思ってしまうんだよね。


...

震えるように - 2004年09月05日(日)

人がいなくなることは、怖い。

なんとなく。
そんなに長生きはしたくなくて。
ひとりぼっちで死ぬのはイヤだから。
誰にも迷惑をかける前に、
まだ誰かが傍にいてくれるうちに、
死んでしまいたくて。

今ならば、と考える。

更新もできなくなって。
そのうちひっそりと、誰かの手によって添えられる一文。

そんな、酷く暗くて。
どうしようもないことを。
それでもきっと、いちばん幸せな消え方のような気もして。

ひたすら「嵐があるから」と言い聞かせて死なないだけの毎日を。
それでもずっと続けていくような気がする。

とりあえずは、南くんとトキオを見終わらないうちには死ねないもんね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

遠い過去の話。

裕貴がJr.を辞めたときの記憶。

ドームで、はじめて彼の言葉を聴いた。
涙混じりでファンに伝えていた。
ジュニアを辞めること。

その頃、嵐はデビューしたばっかりで。
それが分岐点であったことは、誰にとっても明白だった。

なんでもない時に、何気なくそれを思い出していた。

例えば、とにのに置き換えて考えていた。

とてつもなく怖くて、嵐であることに安堵した。
いついなくなるかもわからないジュニアから脱している状況に、心から安心した。

もし、という世界を、永遠に体験することはないけれど。

偶然やなにげない選択が結びついて形成されている今を生きていることに。
彼らがここに居ることに。
私が彼らを見つけたことに。
ひたすら喜びを覚える。

幸せなのか。
これで良かったのか。
なにひとつ、わからないけれど。


...



 

 

 

 

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