| 2005年02月24日(木) |
メルボルン旅行記(最終日) |
旅行記4日目までアップしました
朝、昨晩の飲んだくれバカ騒ぎも まるで何も無かったかのような爽やかな目覚めを迎え(大嘘) 身支度整えて呼んでおいたタクシーに乗り込み空港へ。
空港に着いてそうそうにチェックイン、 それから朝ごはん食べて、少し免税店ぶらぶらとしていた。 小銭が余っていたので、友人にあげようと思って、 少し離れたところにいた彼女に近づいて 「余ったからあげるよ〜」と声をかけると、 彼女はうつむいたままでポツリと 「何だか涙が出てきた」と言った。
その時気付いた。 そっか、またしばらく会えないんだ… (もっとはやく気付けよってところだけど) 彼女はここに残るんだ…… ここでまたしばらくのサヨナラをしなければならないんだ……
私がホームシックにならなかったのも、 日本に帰りたくないとさえ思ったのも、 彼女と久しぶりに過ごした時間がとても楽しかったから、 そう、すごく楽しかったから…だから……
そうしているうちに、行かなきゃならない時間になった。
ハグしあって、ありがとうと言って号泣する彼女に、 同じく号泣しながら私は、絶対また来るから、と何度も約束して、 そして私はメルボルンから帰国した。
帰りのフライト中、半分くらいずっと1人でこっそり泣いていた。 (後で聞いたらバレてたらしいが…)
この1週間とても楽しかった。ほんとうに楽しかった。 下らない事も大事な事もたくさん話した。 街を騒ぎながら歩き回ったりもしたし、 半年間の空白を埋めるかの勢いでずっと一緒にいた。 とにかく楽しい思い出をたくさん作った。
今日の別れは、彼女が日本からいなくなった時より辛かった。
私がメルボルンを好きだと思ったのは、 きっとそこに彼女がいるからなのかもしれない…
家に戻ってさっそく少しだけど土産話を家族にして、 それぞれに用意していたお土産を渡した。 みんなすごく喜んでくれて、何故かデジカメに収めたりしていた。
東京に戻ってきて思った。 家族の顔を見ると安心するという事、 そして日本も大好きだという事、 (でもさ…ちょっと雪降り過ぎなんじゃない? 寒くて死にそうなんですけど。)
そして、やっぱり彼女がいないのは寂しいという事。
| 2005年02月20日(日) |
メルボルン旅行記(4日目) |
本日は早起きして家を出発、 朝からシティに向かって、 ビクトリアマーケットというでかい市場に行く。
私はさっそくデザインを見て一目で気に入った赤い帽子と、 これまた一目惚れしたサングラスを購入、 両方合わせて23ドル、(豪ドルは今レート90)とても素敵なお買い物。 帽子の方は店員がおじさんだったため2ドルまけてくれた。 ついでにそこで結構お土産を買い込み、 その後、フードコートで軽い食事を取った。
太陽光線といえば、 オーストラリアは日本の40倍紫外線が強く、 皮膚癌発生率も世界一なんだと現地の人が言っていた。 なんだか外に出てしばらくすると頭が痛い、と思って、 友達に「頭痛がするけどなんでだろ?」と聞いてみると、 それは太陽光線が強すぎる為のものだと教えられた。 そんなわけで、帽子とサングラスを買ったのだけど、 サングラスをかけてしばらくしたらホントに頭痛が無くなった。 恐るべし、レイビーム。(違うか?)
その後、少しトラムを乗り継いで歩いたところにある、 ボタニックガーデンという馬鹿でかい自然公園へ行く、 ほんとに広い、元気のある人たちはそこを散策するというので、 まだあまり本調子で無かった私は、1人でショップ付近で休んでいた。
しばらくボタニックショップ内をウロウロしていたけど、 そのうち、隣のライブステージの方から(ガーデン内) 何やらギターのチューニングの音が、 これからライブでもやるのか?と見に行ったけど、 セッティングはしているけど始まる気配は無し、 夕方くらいにならないと見れないのかも知れない。 でもせっかく外に出たのだから、とそこらの芝生に寝転がって、 現地のライブハウスのチラシやら何やらを見ていた。
そうしている間に友人達が散策から戻ってきた。 合流して、そのまま友人宅方面のトラムに乗り、 スーパーで買い物して帰宅する、
明日はいよいよグレシャンツアー、 という事で酒は控えめにビール1本と、 マーケットで買ったワインだけにしておく。
| 2005年02月19日(土) |
メルボルン旅行記(3日目) |
昨日、私が爆睡している間に、 友人達はトラムパスというものを買ってきてくれていたらしい、 それはトラムと言う路面電車だけでなく、 バスと電車も乗り放題になると言うグレイトなパスカードで、 1週間のパスでたった25ドルだった。
それを使って早速トラムに乗ってシティへ出る、 ストリートをぶらぶらしていると、 連れの一人がセール中の本皮の鞄ショップを見つけた。 全品半額で、なかなか可愛いバッグがそろっている、 (店主はなんだか少し目がいっちゃってそうな人だったけども) 店内をブラブラ見ていると、 一目見て激しく気に入ってしまったバッグがあった。 色はパープルで、本皮だしデザインも可愛いので、 ちょっとしたパーティ(?)に持って来い。 しかも値段見たら25ドル!約2300円ですよ!! これはもう買うしか無い、とご購入。 連れも何点かバッグ買ってた。
その後、チャイナタウンに行って、 評判が良いという餃子の店に行ってみる事にした。 そこは普段行列が出来ている程人気がある店らしかったけど、 偶然にも人がはけた時に来店したらしくすんなり席を確保できた。
焼き餃子と水餃子と小龍包と、ベジタリアンチャーハンとかいうのを注文、 5人いるから大丈夫だろ、むしろ足りないんじゃないか? と思ったのもつかのま、最初に焼き餃子の皿が運ばれてきた時点で、 あまりの量の多さに不安な気持ちになった。 その不安は的中し、みんなで吐くんじゃないかというほど 頑張って食べたけど少し残してしまったほど、どれも量が多かった。
満腹になったし、味も最高でかなり美味しかったので大満足。 しかも値段も安くて、一人6ドル…信じられない。
その後、1回くらいはツアー参加してみようって話になって、 日本人向けツアーショップへ行って、 グレート・オーシャン・ロードの日帰りツアーを申し込んだ。
その後、カフェに入ってみんなで休憩、 そこでHOTチョコのマシュマロ添えを頼んだんだけど、 付いてきたマシュマロ(以下マロ)がものすごく美味しかった! なんか日本のマロと全く違う、表面が固めだし、味も良い。 そういえば昔、親指ブレアウィッチ見たときに、 その時は出演者が「マロベイベー!」とか言って テンションあがってる気持ちがわからなかったけど、 今ならわかる、だってマロだぜマロ、マロベイベー!
| 2005年02月18日(金) |
メルボルン旅行記(2日目) |
夜中、というか早朝、映画を見終えて一段落した私は、 しばらくヘッドホンを外し仮眠を取ることにした。
うとうとしていると急に 「ぶごーーーーー、ぶごーーーーー」 という、やたら大きくて異質な音が聞こえた。
何だ!?と思ってあたりを見回すと、 通路を挟んで隣に座っている白人のおばあさんが、 ものすごいイビキをかいていた。 それはなんとなく不安を感じさせるイビキだったので、 私は大丈夫かな?と気になった。 しかもそのおばあさんは離陸してからよく パーサーを呼んで水を持ってこさせていたり、薬を飲んだり、 気分悪そうにしていたので余計に心配になった。 でもすぐにイビキは止んだし、その後も動いていたので、 着陸したらたぶん病院に行くだろうし大丈夫だろう、と また仮眠を取り、そしてまた映画を見ていた。
やがて機内も明るくなり、朝食が配られ始めた。 映画も見終わり、着陸まで1時間ちょっとだったので、 モクモク食事を取り、また仮眠を取ろうかと思っていた時、 パーサーが隣のおばあさんに食事を持って来た。 でも寝ているようなので一旦食事を下げ、 10分後くらいにまた持ってきて声をかけていた。
しかしおばあさんは反応しない、 パーサーは声をかけながらおばあさんの身体を揺すった後、 急に腕をつかんで脈を確認していたかと思うと、 慌てて引っ込んで行き、他のパーサーを連れて戻ってきた。 そして2人がかりでおばあさんを座席から運び出そうとした。 その時、だらんと垂れ下がったおばあさんの手が、 私の頬に思い切り当たった。
冷たい… その手はとても冷たかった。
おばあさんはカーテンで仕切られたスペースに寝かされて、 そこでずっと着陸まで心臓マッサージをされていた。 (下の隙間からずっと見えていた。) 機内には「医療関係の方がいましたら…」という放送も流れていた。 放心状態の私に、日本語を話せるパーサーが、 申し訳ないけど事情聴取させてもらいたいので、 着陸しても残っていてもらえないか?と言ってきた。 私の他にもおばあさんの前後の席の人と、 私の後ろの席の人も同じ事を言われていた。
着陸後、私には連れが3人いたけど、その3人は先に降りるように言われて、 私だけが席に残り、変な緊張感に見舞われながらその時を待つ、 やがてぞろぞろと制服を着た警官がたくさん入ってきた。 中には若いカッコいい警官もいたけど、今はそんなのどうでも良い、 最後に、私服警官が数人入ってきたのを見て、何故か緊張感が増した。 制服着てる人よりやはり威圧感がある、眼光も鋭かった。 何だか映画のワンシーンみたいだ… そんなことをフワフワ考えながら、やっと私の事情聴取は始まった。
聞かれたのは普通に、誰か彼女に近づいていた人はいなかったか、 何か気付いた事は無かったか、そして滞在先とその連絡先だった。
私は知っている限りパーサー以外には誰も近づいた人はいなかった事、 早朝4時半くらいに彼女が変なイビキをかいていた事を伝えた。 それを何度も確認して、そして滞在先を伝えて、 私の事情聴取初体験は終わった。(もちろんパーサーの通訳あり)
テンション最下層のままみんなと合流し、 迎えに来ていた現地の友人との再会もそこそこに、 軽い食事を取った後、タクシーで友人宅へ向かった。
そして友人の部屋に着くなり私は、 精神的ダメージと肉体的ダメージのためにそのままダウン、 ベッドを占領し夕食までひたすら眠った。
こうして2日目はハリケーンのように過ぎ去っていってしまった。 (他の人たちはスーパー行ったりして結構楽しんだらしい)
| 2005年02月17日(木) |
メルボルン旅行記(初日) |
成田に着くまでは特にネタになるような事は無いのでスキップ、
便のチェックインも終わり、軽い食事を取った後、 税関の列に並んだ私の眼に飛び込んできた何か…それは
嵐の二ノ宮君に良く似た子がいるなぁ、しかも声までそっくり、 ん?しゃべり方までそっくり…って本人じゃん!?
慌てて視線を走らせると、そこには嵐が…5人全員いた。
実は今、一番下の妹の影響で嵐が少し好きになっていて、 そんなこんなで相葉君のファンだった私は、 たった1m前に立っている嵐(相葉君)に釘付けになってしまった。 (後で聞いたら私は、顔が真っ赤になって硬直していて、 あきらかに変なオーラが出ていたらしい) それでちょっと気付かれて、 変なのが見てるよ、プッって感じで相葉君に見られちまった… でもそんなのでさえかなり嬉しかったりする… (私いくつなんだよって話だよな,,,) まぁでもあっちはそういうの慣れっこだろうから気にしない
ってか、つい前日、嵐のコンサート行きたいね、生で見たいね。 って話を妹としていたばかりだったので、 今目の前にある光景が、最初は白昼夢かと思ったほど、 それほど嵐のみなさん素敵でした… っつーかみんな顔の整いようが尋常じゃない、 さすがジャニーズ、さすが芸能人。 リアルで見るほうが、よりカッコ良いし華やかだった。
デジカメもノートも持ってたんだけど、間近すぎるし そんなマナーに反するような事して嫌われたくなかったので、 写真も撮らなかったしサインも求めませんでした。 ほんと、近すぎて見つめるだけしか出来ませんでした。 こんな経験もう一生無いだろうから、 かなりしっかりと脳裏に焼き付けておきました。
もしかしたら同じ便?と期待したのもつかの間、 彼らはどうやらDの嵐の収録でシドニーに行くところだったらしい、 違う便のゲートに颯爽と歩いて行ってしまった。
そんなラッキーハプニングに心弾ませつつ、 メルボルン行きの便に乗りこんだ。 カンタスだったんだけど、どうやら最新機だったようで、 エコノミーなのに各自にテレビ付き、 映画もリストから選んで好きな時に見れるようになっていた。 そして私は周囲が寝静まる中、 映画を見まくってろくに睡眠も取らない夜を過ごした。 この後にどえらいアクシデントが待ち受けているとも知らずに… (ほんと、この時良く睡眠を取っておくべきだった)
こうして波乱万丈な旅は幕を開けたのであった。
| 2005年02月16日(水) |
どうする!どうなる? |
あと12時間後には豪州向けて出発します。
だけど、まだ荷造り全然してねー!!
今、午前0時40分。
でも行きのスーツケースは、 どうしても90%空にしかならないんだよな。
余計なもん持って行きたく無いし、 許される事なら手ぶらで行きたいくらい。
って事で荷造りなんてしなくて良いんじゃ? と思い始めている午前1時。
同じ歳の知人と現役大学生ふたりと話をしてて、 何でそんな話になったか忘れたけど、 「よく温故知新とかいうじゃん」って知人が言った時に、
「おんこちしん、て…何それ?どういうジョークなの?」
と現役大学生達はのたまった。 授業でもテストでも四字熟語はやらないんだって、 私が学生の頃は、これでもかと言わんばかりに 四字熟語覚えさせられたよなー。
たしかに普通に生活してて、 四字熟語知ってたおかげで命が助かった!とか 四字熟語のおかげで結婚相手が見つかった!という話は聞かない。
なんというか…有為転変という事なんでしょうかのう。 (これで意味間違ってたら恥ずかしい…)
さっき一度書いた日記、 やっぱりこのまま残しておけなかった。
私はまだ少し弱い人間だ。
何かのはずみで見ちゃった人、 いてもまだ何も聞かないで下さい、 私も平常心でその話題を出せるようになるまで…
やっぱり、 さすがに不安定だ。
だってそんな映画やドラマみたいな事、 まさか自分が経験するなんて思ってもいなかったから…
誕生日に買った赤いツイードのファー付きトレンチコート、 すごくお気に入りで良く着てるんですが、
「軍曹みたい」って言われました。
…ほんとに?
|