ゆうべの酒日記

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2009年12月22日(火) 正子さんの年金の申し込み用紙が来たけど厚生年金部分の記載がない

昨日は暇だったので、午後は本社の部会に出てみた。
幸い、いつもより10分くらい早く帰宅できた。

飲んだのは彩旨と赤ワイン。
肴:関西風すき焼き

関西風っていうのは、いわゆる統一ルールに則った水を使わないやつのことだった。
すき焼きが鍋物で肉が豚なのはうちの実家だけだったんじゃないかな。

テレビは、投稿ビデオのなんかだった。たぶんズームインのコーナーの総集編。
サン牧して寝た。21時半くらいなんじゃないかな。

なんかハリーポッターっぽい雰囲気だった。
大沢あかねが家(実家っぽい三角屋根の一軒家で実際より大きい)に来ていて
夜、外が雨降りなことに気づいた。
三角屋根の一番上から庭の端まで洗濯紐が渡してあって
靴下がずらっと干されたままだった。
もう一本の洗濯物干し紐が屋根の向こうから平行に庭に伸びてて
そっちは靴がずらっと干されていた。
あーあと思いながら、しょうがないよね?そのうち雨が止んで乾くよね?と自分を納得させる。
大沢あかねは一緒にオロオロしてくれた。

コンサート会場(クラシック)にいた。
年下の上品な美女が、なんか懐いてきた。
一緒にナントカしませんか?って言われて、コンプレックスから遠慮しようかと思ったりもしたけど
考えなおして元気に「いいよ!」と言う私。

母の実家にいた。
表に紅白幕のついた奉納品台みたいなのが二つあって
私と兄の手配でガーナチョコとキットカット(それなら祖母が食べられる)とあといろいろが積んであった。
祖母は何かオロオロする病気になってるみたいで、体は大丈夫なんだけど、面倒をみる必要があった。
そばに魚屋があって、ラインナップを見たら、かなり売れ残ってる期間が長そうな感じの魚たち。
パーマのおばさんがときどき魚を布で磨いていた。

お兄ちゃんとお父さんの部屋にいた。
私が配置した棚は、お父さんが自分の使い勝手で動かしてあった。
金属の網目に白い塗装をしたコンテナラック?で一部パイン材使用。
収めてあるのはバイク用ヘルメットで、五段くらいあった。
お兄ちゃんがパソコンでなんかしてた。
私ももうひとつのパソコンでなんかしてると、ちょっとアレ?っていうようなことが起きて、自分で解決しようとしてたら
私よりコンピューター的なものに自信のあるお兄ちゃんが、貸して見ろ、的な展開になり
でも私も自力でどうにかできそうなところを奪われるのがイヤだったので何かちょっと空気悪くなった。
お父さんは専らお兄ちゃんの側にいた。

その三人でバスか車に乗っていた。
隣をバスが通り過ぎたんだけど、ミニのチェックプリーツスカートにブラウス姿の二十歳前後の女の人が乗車口につかまってお尻を地面に引きずられながら歌かなにか歌っていた。
膝は立てており、白いパンツはこっち側に丸見えで真ん中へんがちょっと湿ってるのか黒ずんでた。
あー、なにかこういうの典型的なスタイルだなーと思った。
お兄ちゃんとお父さん、特にお兄ちゃんは、今の見た!?○○って言ってたぜ!と私が聞こえてなかった情報を教えてくれた。
ちなみに乗車口には女の子の姉らしき、似たような女学生スタイルの女の子がうつろな顔で横向き体育座りしてた。おさげだった。

増田さんが3時半くらいに起きたりどっか行ったり戻って来たりするようになった。
手を延ばされたので、できるだけ近づいたけど、体が動かなかった。
それを何度か繰り返し、増田さんの体温が私と同じくらいになって鼾をかきはじめた頃起床。5時19分。