ゆうべの酒日記

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2009年06月01日(月) 長い

土曜日は、朝4時40分に出発。
増田さんは、前回気がついたら私がいなかったのがショックだったとかで
頑張って起きてリンゴ食べてついてきた。
荷物持ってくれた。

朝の景色はまた違うねえ、とか言っていた。
普段は見えない伊勢丹の全貌が見えるよ、とか。
やっぱり目に入ってない景色があるんだ。人が多いとそっちに気を取られるんですかね。
というような会話をした。

改札で行ってきまーすと手を振って増田さんとお別れ。
山手線、京急と乗り継いで羽田空港。
ラウンジ開店待ちしてクロワッサンとカフェオレとトマジューを腹に流し込み、飛行機に乗って千歳空港へ。
案の定ちょっと定刻より遅れて到着。スカイマークって出発なり到着なり、絶対遅れるんだな。

まっすぐ正子さんのところに行った。
思いのほか時間くって10時ちょっと過ぎてしまった。
一見普通に見える正子さん。髪が短くなってて若々しい。聞いたら、自分で切ったそうだ。
(ウツでも筋弛緩でも、なんかやってないと気がすまないタイプ)

一緒にタクシーでポスフール?だったかへ、お父さんの時計の電池交換に。
そしたら時計は電池の消耗じゃなくて、部品のサビによる故障だった。
正子さんの中で、任務遂行できなかったショックがクローズアップされ始める前に(薬でボンヤリしてるからタイムラグがある)先手を打ち、
もうすぐ父の日だからプレゼントしちゃおうかな!と言ってみる。

「お父さん、ケイコちゃんに買ってもらったものなら何でも大事にするから、喜ぶわ」
と、ジワジワと正子さんも嬉しそうな顔になってたのでホッとした。

病院に行ったら食事が始まる時間だったみたいで、お父さんが食事場所で車椅子に座ってテレビ見てた。
おまえたちも病院の中にあるレストラン行ってゴハン食べてきなさい、って言われて
そこに行った。

私は山菜うどん、正子さんは悩んで焼きそばにしてた。
食べてもなかなかなくならないねえ、と言いながら、4分の1ほど頑張って食べていた。
残すと正子さんが「店の人に悪い」と思うようなので、私が4分の3食べた。
久々に油リッチなものを口にした実感があった。
ちなみにうどんも、ややしょっぱい気がした。
そういえば、あれが江別クオリティ。

お父さんのところに戻ってミーティング開始。
議長は当然お父さんだ。
いろいろ頼まれたので細かくは忘れちゃったけど、意外なことは一つもなかった。
とりあえず重点だけメモしたので、その作業を遠隔でこなす。

結構長いこと話して、お父さんがハアハアし始めたので、正子さんと家に戻った。
空港で買った花畑のキャラメル(脳のエネルギー)を冷蔵庫に収め
問題となっている温水器?のタンクの点検などして、お庭の美しさを褒めたりしてから辞した。

急いでバスやらJRやら乗り継ぎまくり(時刻表チェックせずに行動していたため接続が良くなかった)
なんとかかんとか、おばあちゃんがいる超田舎の老人ホーム着。
今回は、担当の人に話が聞けたりして、おばあちゃんは悟りを開いたんじゃなくて、わが身を儚んでると言ったほうが正しいことが判明。
4/16の日誌あたりから変化が見られることから、お兄ちゃんが行った後だな。じわじわ来たんだろうな。

帰りのバスが心配で、とっとと帰ってしまったけど
よく考えたら入院支度(自分で少しづつやっている)とか手伝うべきじゃなかったかとか
手なり脚なりさすってやるくらいのことをしたほうが安心したんじゃなかろうかとか
いろいろ悔やまれる。
なんかどうも、おばあちゃんそのものや、老人心に慣れてなくて何していいのかわからないところが多々ある。課題だ。

なんだかんだと乗り継いでお母さんち(ケアハウス)到着はギリギリ20時前くらい。
コマイとかイカとか煮物二種類とかパプリカサラダとか、いろいろ用意してくれてて、盛大に晩酌。
本物のビールとか久しぶりに飲んだし。
しかもプレミアムモルツとか。
(慣れない味に軽く違和感を覚えた貧乏舌が悲しい)

お母さんは60ジャストでそこのケアハウスが新築のときに応募して一発当選してそこに入った。
もう8年くらい住んでるので、最年少なのに主(ぬし)状態なので
どこの部屋が死人が出た部屋だとか全部知ってる。
でも新入居者には言わないんだそうだ。そりゃそうか。

翌朝、おいしい豪勢な朝ごはんを食べさせてもらって、バス停まで見送ってもらって色々乗り継いでお父さんの病院へ。

おばあちゃんの報告をまずしたんだけど「おばあちゃんの話はそのへんでいいよ」って打ち切られた。
なんか前夜、同室のキチガイがうるさくて久々に眠剤もらったら効きすぎて残ってるんだということだった。
しきりに眠気と戦いながら、言わなきゃならないことを一生懸命思い出して言っていた。
とりあえず正子さんのことをよろしく頼む的な感じだったので、まかしといてと応えてみた。

そして札幌駅へ。
オオノさんと待ち合わせの時間まで間があったので、土産買ったりとかできた。
コドモにキタカのシャーペンとか、家用にむしりホッケの燻製みたいなのとか。

オオノさんは見た目相変わらずだった。
遠くからでもよく判別しやすい歌舞伎顔。
(明治だか大正だかのアイドル芸者にもよく似てる)

とりあえず、オオノさんがクーポン持ってる駅地下の居酒屋でカンパイ。
オオノさんが今回の行程について労ってくれた。
でもオオノさんはお父さんを看取っており、70代のお母さんと二人暮らし。
高齢者はどこかしらに慢性疼痛があったりで、抑うつとこっち側を行ったり来たりするものだと想像してる。
一緒に暮らしてると常にちょっとブルーなんじゃないかと質問してみたら
でも慣れるよそういうの、とサラリ言うところに先人の輝きを見た。

あとオオノさんも鼻がよく効く人で、狭い職場の同僚のワキガが目下最大の悩みだと。
これからの季節はさぞかしあれだろう。
鼻の効く人って、つくづく生きづらそうだ。

生1サワー3くらい飲んだのかな。オオノさんを明らかにワリカン負けさせてしまった。
鶏せんべいっていうのがうまかった。

改札まで見送ってもらい、13:40分だったかのエアポート号だったかに乗った。
空港に着いたら何したんだっけ。
お土産物色はしてないな。意外とちょうどいい時間だったのかな。

飛行機は、雲の中でえらく揺れた。
スザンヌとかユッキーナみたいな人が「キャー!!どうしてみんな大丈夫なの?!」と言っていた。
隣のお婆さんも「わっ」とか「あら〜」とか言っていた。
到着は定刻10分遅れ程度だったかなあ。
しかし窓側の席はやっぱり雲の上では熱い。ジリジリする。

羽田空港では増田さんに買って帰るとメールした手前、空弁物色に奔走。
でもそんなに「らしい」のって売ってないよね。北海道と違って。
しょうがないから京急乗る前に博多の明太子も買った。

そんで帰宅18時過ぎくらいだったかな。
だだっと荷物ほどいて片付けた。
それからお土産でビール、もといリキュール類。
増田さんの映画(自主制作)本読みの話を聞いたりして
(※増田さんは人のことに関心示す余裕がないので私のことは社交辞令程度にしか聞かれない)
21時くらいには寝たんじゃなかったっけ。疲れてたし。

月曜日の朝に見た夢は、伊東美咲と一緒に職場を抜け出したかなんかで、職場と同じビルの別のフロアの会社に紛れ込んで空きデスクに二人で陣取ってた。
そのフロアの奥の席に座ってる男の人が、ボーナス支給の明細を配ったところだったみたいで、事務所内の人たちは各自それを確かめてた。
いーなあボーナス早いんですねここ、と美咲が言った。
そこのビルを出た。
車が迎えに来ていて、どうもこれも自分たちを迎えに来たわけじゃないみたいなんだけど美咲がチャッカリ乗っていた。
行き先はスタジアムかどっかのようだった。
どうします?乗って行きます?と聞かれたので、早稲田通り通るなら、どっかで降ろしてもらおうかなあと思った。
明るさで起きた時間は4時40分。