| 言葉 主観 |
既に ワールドカップも終わり 初夏の気配のこの頃である。
前から 主観について 良く 友達と議論した事があった
最近 また 考えるチャンスがあったので
少し 疲れた様に 主観について 言い出してしまった。
友達は ”言葉は自分の 手から 離れたとたん 自分の物では
無くなってしまい 相手の 思う様に 動き始める”と
確かに その通りである。 相手の心の力量 物事の捕らえ方 関係
精神状態で どうにでも 動き出す。watasiは 顔文字は使わない主義である
安易に思えるからだ―― しかし それで きつい! といわれた事が多々ある
そんな つもりは全く無いのであるが そう取れるらしい
それを ある意味和らげてくれるのが 顔文字なのかもしれない
しかし そう聞くと 尚更 使いたくないものである
言葉を発したとたん 相手のものになるのなら
顔文字などで 表現してる場合ではない― 実生活でのコンタクトの取り方が
解らなくなって来り 表現のし方を 忘れてしまう怖さがある。
何度となく きついと 言われ もしかしたら 傷つけながら
少しづつ 成長していきたい。
物事は 多面で捕らえるべきだと思う――平面的な部分で物を捕らえると
一面しか見る事が出来ず おのずと 偏りがちな 考えになり 結果的に
相手を責めたりする事になる。
どの位置で物を考えるかも とても大切で 全ての面で 物を考え
其処から 感じたものを 自分のものにすれば良いと 思う
そう考えると 普通で 当然で などど ゆうことは 何処にも存在しない
相手を 責める必要もなくなる・・・。
絶対こうでなくてはならないなどど ゆうことも きっとありえないのかもしれない
時に 自分も狂いだし 一面しか見えてこない時がある――
出来れば 何時も どんな時も 色んな方向から 物事を 見 考えるようで
ありたい・・・。
高校の時に 友達と 建設的な物の考えを しよう・・と
何時も 言い合ってた。
過程があり 結果があり 主観があるーーーーーー。
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2002年07月08日(月)
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