「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2008年12月20日(土) |
Mamõ ちゃんと、おかあさん |
ご飯を持ち帰りにしてもらって帰り道のスーパーで買い物をしました。 私は今日、昨日このスーパーで買った短パンを履いていました。半パンはもしかしたら男の人のトランクスかもしれないのです。いや、きっとそうなのです。でも男の人のトランクスを女の人が短パンにするのは Mamõ ちゃんの家では Good Idea です。 買い物のあと海岸に行ってご飯を食べました。それから海岸を歩きました。今日は半パンを履いているから、いつもより海側を歩きました。耳にはIC レコーダーにつながったイヤホンが付いていました。 砂浜の上下が激しいところに来ると、押し寄せた波が隣の波とぶつかるようにして、その度にもっと大きな波しぶきが上がりました。しぶきはついに私の上半身にも飛んできて、「ひゃぁ〜」と声が上がりました。耳にかかっているイヤホンが無事だったか確認して、それから(おもしろいなぁ)と思いました。 少し歩いているうちに、本を書くより遊びたがっている自分を発見しました。あちらに見える島とかバスに書かれた行き先とか、やはりいろいろと思うのです。それで今は 「遊びたいけど本を書かなくちゃ」 になっているのです。 それがわかったら 「自分を遊ばせてあげよう」 という気持ちになりました。ちょうど丸い石を見つけたので、上に高く上げて左手で捕まえました。 右手に荷物を持っているという理由で左手なのですが外れることがありません。(利き腕と反対なのに) と不思議に思い、しばらくしてからグローブをはめていたのを思い出しました。投げる高さがだんだん高くなっておもしろくなって…。
私と空との間でくるくる舞う石を見ながらこんなことも思いました。 「今までこんなに自由に、自分を遊ばせてあげたことがあったかな・・・」 次にはこう思いました。 「もっと遊ばせてあげてもいいんじゃないかな」。 「飽きるまで遊ぼう」 このように思う私は何かに守られている気持ちになりました。意識してみるとその何かは 「おかあさん」 でした。広い海を見渡して「ふぅーん」と納得しました。でもそれは、自然に守られている感覚とは少し違いました。 それなら「おかあさんって、だれ?」海?空?山? まもなく答えがわかりました。それは私自身でした。私が自分を自由に遊ばせてあげられるようになっていたのです。私の思いは再び 「今までこんなに自由に自分を遊ばせてあげたことがあったかな」 に戻り、今度は深い満足を味わいました。
しばらくして、海岸の木の下から1メートルくらいのところまで登って座りました。(経験談ですが、高いところまで登るといつも、どこからが人がやってきて止められるのです) 木の上から遠くに見えるいくつかの島を見ながら「気になるところには行ってこよう」と思いました。私は今、あちらに見える4つの島に何があるのか知りたいのです。 10分くらい木を背もたれにしていたでしょうか。急ぎ足で家に戻りシャワーを浴びてパソコンを開きました。 思いついたことをする。浮んだことを打つ。方向が決まったら「するということ」をすることです。
夕方、海の向こうの島巡りのツアーを探しに行きました。
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