「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年07月18日(金) 新生

 約1ヶ月前の6月10日、ある出来事がありました。それは、この6年間の人生の中で一番のアクシデントでした。コツコツ癒やして落ちたはずのマイナスが再び押し寄せ、癒やした空間に育ててきた愛は消えてなくなり、自分は死んでしまったと思いました。緊張して体に力が入り、呼吸は浅くなりました。
 それでも、それまでと同じ日常をこなそうとしました。しゃにむに「まとめ」をして、そうしていれば乗り切れることを無意識に願っていました。
でも、それは振り返ってみれば、傷ついた心を感じられないまま押し込んで、「平気」 をしようとする私だったのです。だから自分を余計に混乱させ、その延長で6年間続いたページは閉じる結果を招きそうになりました。
 昨晩は、狭い部屋の中を、「これからどうしたらいいんだろう」と道に迷った末、2時間くらい寝ました。朝になったら、頭には繰り返し同じ歌を歌う自分が居たので、 「あー、自分はこんな状態になったんだ」 と自覚しました。歌の歌詞は、成人した頃のある時期好きだったもの。私は頭の中の自分と一緒に歌いました。心がちぎれそうなのは、閉じかけたページを思ってか出来事を思ってか。自分を探してみると、それは、自分を傷つけたことへの悲しみでした。それが解って安心したのか、「これからどうしようか」 を考えられるようになりました。
 「この心の痛みを置き去りにしたら本当にだめになる。今日は何もせず、自分を感じることをしよう」 と決めました。もう、本は出来ないかもしれないとも思いましたが、仮に本が出来たとしても、今を置き去りにした本なら私にとっては無意味だから、「出来ても出来なくてもどっちもいいよ」 と、傷ついた自分に言いました。
 そうしたら、1ヶ月前の悲しみが沸いてきました。ベトナムは地獄で、この国の誰とも口を利きたくないと思いました。
「私はこんなに苦しかったんだ。自分を置き去りにしてたんだ」。
 感じるままに自分を預け、泣いたり怒ったりしたあと、「Mamoちゃんごめんね」 と謝ってあげたら、一人分の肩の力が抜けました。
誰とも口を利きたくない自分に、「話したくなるまで誰とも口を聞かなくてもいいよ」 と言ったら安心して、一人分か二人分かの肩の力が抜けました。
 そのあと、このトラウマをどうすれば取れるかを考えました。起きてしまったことは変えられない。変えられるのは私のこれからだけです。
 浮かんだのは、この出来事もまとめて本にすることでした。そのためには1冊目の本が必要です。
「1冊目が出来たら今のことも書ける」 。私はベッドから立ち上がって、パソコンを開きました。
 でも、デスクトップに並んだ引き出しの行き場所は変わるかもしれません。どうしたらいいのだろうを探したら、本 『インナーチャイルド』 を見つけたので、本を開いて自分を安心させてあげました。
 数行読んだら 「すれば解るかもしれない」 という思いが浮かんできたので、本を閉じて「何が出来るかしてみよう」を始めました。
 時々、泣きたくなって、そんなとき「泣いてもいいけど手を動かそうか」と自分に言っていました。
 
 昼すぎ、洗剤を買いに外へ出ました。そうしたら、バイクタクシーの手招きや車の騒音に怒りが沸いて仕方がありません。自分は、本当は怒ってるんだと思いました。それでも、昨日よりも力を抜いて歩いているのに気が付き、自分は1ヶ月間することを怠ってきたのだと解りました。

 家に帰った時、「こわいよぉ」 とFBしている自分になっていました。アンカーしたあと、それは弟に体を触られているところを見ていた人格 「なつき」 のチャイルドが出てきました。
長い間置いてきぼりにしてきた 「なつき」 のチャイルドに、「こわかったね」 と言葉をかけました。
 机に座ろうとしたけれど体がこわばっている気がしたので、ベッドに寝転がりました。そうしたら、頭に歌が流れてきて、今度は軍艦マーチのような行進曲でした。もう一度一緒に歌ってみようとリズムを取っていたら、歌の間から 「たすけてたすけて」 という声が入ってくるようになりました。その声はしばらく続くうちに、ある一定のリズムになり、昔居た、歌う人格 「Samu」 が出てきたので、私の子ども時代は、「たすけて」と繰り返しているうちにそれがリズムになって歌になったのだと解りました。
「Samu」は、男の子のような女の子のような姿です。その子は 「たすけて」と繰り返すので、「どうしたの?」 と尋ねたら、「胸が痛い」 と言いました。
「胸が痛いんだね」 と言ったら 「うん」 と言い、もう一度 「どうしたの?」 と尋ねたら消えました。
その子は歌っていたけれど、本当は 「胸が痛い」 と言いたいチャイルドだったんだと思いました。
 私も落ち着いたので、パソコンを開いて、「よしお」 というアルコール依存のおじさん人格のことをまとめました。「よしお」 は、母から受ける性の虐待に負けないよう作られた人格のようでした。
 途中で又、悲しくなり、もう一度ベッドに寝転んで深呼吸をしました。悲しみは今度は、あの日、大切にしていたものをなくしたことへの悲しみでした。
 その時、最近の自分の言葉を思い返しました。
「今まで生きてきたから、これからだって生きていける」。そう。私はたぶん生きていけるのです。そして、今までと同じくらいかそれより少しいい程度に生きていける。生きるだけなら誰にも出来るのです。そこをどう生きるかが問題だったのです。自分は道を間違えていたと再び実感しました。
 それなら、今の私も、昨日までのことは昨日までのことで、今からどう生きるかなのです。
 再びいすに座ったとき、家を出て来る前の自分を思い出しました。あの時、子ども達に自分を伝えることのできる自分が居たから、今があるのです。
だから、ここに書いたことは、その次を見る私の 「したこと」 でした。
そして、今していることは2冊目の本を書くための 「する」 です。


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