「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年02月02日(土) そよかぜ

 育成会。
 今日は子ども達からの手紙に返事を書いたその文章を読みました。
返事を書いている時間はいろんな言葉が浮かび、自分がわかって楽しいひとときでした。それから、書いたものを読み返したときには、私にはしてきたことがあるんだなということも。
 それでも、皆さんの前で語るということに緊張しました。自分に対してマイナスの感情を持っていると心に不必要な負担をかけてしまうのです。自分をOKにするのは私なのに。わかっているのにねぇ。
  
 手紙を読んだあと、私のどこに今のことを続ける強さがあったのと問いかけてくれる方がいました。続けてきたのはなぜかと自分に問うてみても、よくわかりません。ただ、私は必死に生きたくて、そして子どもに自分と同じ思いをさせたくなかったからなのです。
 楽になっていく自分にはワクワクしました。それから、やめたくなったりできないと感じたこともありましたから、そんなときは未来を見て辛抱のときだったのかもしれません。なぜなら、いつもなりたい自分がありましたから。
 

 今度行くベトナムは、旅行としては3回目ですが、何ヶ月も滞在するのは初めて。どういう風に行くのかと自分に問うと、いつも「ちょっと行ってくるね」なのです。
 ただ、初めてのことがいくつかあります。外国で異文化の中で暮らすということ・本を書く人になるということ・仕事を休憩して貯えのみで暮らすということ・大学へ行くというこということ。 初めてのことはいろんなことが初めてでわかりません。
 前回越南する途中の韓国で立ち寄った仁川という町は、右も左も韓国語。ホントに何もわかりませんでした。それなのに私は、あまりのわからなさを面白がっていたのです。今度も同じなのですねぇ。

 そしてもうひとつ初めてのこと、それは子どもたちと文通をするということです。上のことに比べてこちらが特別に感じているのは、そこに私とは別の命があり、彼女たちは生きているからです。命があると捉えるせいか、わからないということに心の緊張を感じます。でも未来を想像するのなら、今の特別さが自然に自分の中に溶け込んでいることを、後でごく自然に私自身が知るのだと思えます。 

 母になるということを。
親になるということは、親になれるということで、ひとつの命が命として生きるその尊い一瞬一瞬に立ち会わせてもらえるということでしょうか。
 それなら私も、自分の命の成長を感じる一瞬のように、一枚の紙の上で子どもたちのその一瞬に立ち会える機会もあるかもしれないと感じた夜でした。お日様が、月が、空が、草が私を見ているのと同じように。
 母は、自然の中のひとつであっていいのかもしれません。私は今ある自然の中のひとつ。


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