「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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育成会 Gobamcanに居た少年の話が出ました。今はもう幾日も過去の話ですが、大人の中で大きな声を出したり部屋の真ん中に倒れこむ彼の姿は、自分を壊してまで叫んでいるように見えました。ですから、人が壊されている様子を見せられているようで辛かった。 彼は入院という方法を選んだとお聞きしましたが、自分を大切にしている私たちの中では、いつもそこからスタートという見方が出来ることに喜びを感じます。 午後の部で、育成会に参加しての感想として、5年目を迎える自分を語りました。出来ているところが分かり不安定な自分も分かる、今の私です。 自分のしていることの見える部分が増えてきたこと、マイナスをしていてもプラスをしていても、その形跡を見て自分の結果だと感じられることに深い喜びを感じています。 ある方は、ご自分の手を波打たせて不安定なご自分を表現しておられました。私はその方のしぐさを見ながら、その方の言われる“不安定な自分”と今の私が感じている不安定な自分を思い比べました。大きく波打っていた過去には、何時も波は底についていて分からない自分が多かったけれど、今私は、自分のしているたいていのことを、おそらく殆ど知っています。人はそれぞれでいいですが、数分前に語った“つながっていく自分”とリンクして、小さな安堵感を感じました。それから、未知の部分があることも意識出来ました。 人間には二通りあり、1つには自分をあきらめる人、もう1つには自分の可能性を探す人がある。私の自分探しは、耐え難い生き辛さからでしたがきっかけは何でもいいのです。過去よりは自分が分かる今、私は、私を、自分をあきらめずに可能性を探してきた人だと捉えます。
ほんの少し・たった1度の差で、さらに自分を知ることが出来るのです。
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