「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年02月22日(木) 歓迎します

 自分が歓迎された経験を思い起こして書き出そうと思いつきました。4年前から向こうの過去のことは思い出そうと出来ませんでしたが、心の勉強を始めてからのことは、書いているうちに、永遠に続くことに気が付きました。否定されなかったということは歓迎されていたと捉えることもできて、私はこれまでたくさんの人に歓迎されていました。
 そして、いつでも自分を歓迎してあげられるのは、私自身です。こんな風に感じるとき、私は心から安心します。自分を愛してあげられるのも、私自身です。

 今日は、解離性同一障害のDVD『DEAR〜傷つくもの達…。』を見ました。これは、ドキュメンタリーを元に舞台公演用に作られたものです。
DVDのパッケージに書かれているのは、「/日本ではこの障害がまだ事実として受け入れられていません。虐待を受け別の人格を作り出す子供達。薬では治らないとされているのに投薬治療のみを続ける医師、副作用で苦しむ患者、それを支えることが出来ない今の精神医療の現状。このような悪循環があるにも関わらず、それさえ気が付かない患者や家族が大勢居ます。/」です。

 以前から知っているビリーミリガンという外人ではなく、同じ日本人としてみるものは叉違う感情がわきました。病院でのやりとりや人格の交代の場面があり途中で2回ギブアップし、現実を意識しなおしてから、最後まで見ました。なるほど、パッケージに書かれているように医者の言葉のおかしさ・社会のおかしさが表現されていました。私の日々感じていることを、同じような経験をしている方が表現していることについては、私の思いも深まりました。苦しい自分を感じられるとき、社会のおかしさに気が付けるのだと思います。
 ただ、私は自分のことを障害という捉え方はしていませんでした。苦しいときには本当に苦しかったけれど、「障害」と言ってしまったら自分がかわいそうな気持ちがしていました。それから、意図的に人格を作り出したのではないので、この表現にも違和感があるのです。

 そういえば昨日朝、こんなことが…。
私は食べたご飯の食器をテーブルに置いたままコーヒーを入れ、食器を洗い忘れて部屋に上がりました。30分ほど後に、カウンターの上にぽつんと残った食器に気付いて「あら〜」と、一人笑えました。その後出勤する車の中で、忘れた行為を笑えた自分を思い出して、嬉しくなりました。
 一年位前の私はおそらく、テーブルに残ったお皿を見たら、時間が飛んでいた頃の自分に戻り、「今度はいったい何をしてしまったのだろう」と自問して「正しくしなさい」と言い聞かせる私だったのです。かわいそうなことをしていましたなぁ。間違えることもあるのにね。(そして、忘れものは小さい方がいいのです)


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