「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will
「細胞」のお話を保育士さんに読んでいただいて、感想を聞いてみました。いくつかの単語や表現方法などで、同じ女性から見た視点で共感する部分がありました。それから、視点が違うものもあり、「なるほど」と感心する部分もありました。 人には心があり心で感じたものを、表現して他者に伝えようとする生き物で、その表現方法はさまざまです。全く横道に外れますが、そして当然のことなのですが、例えば赤ちゃんは始め、お腹がすいたら唇をムニュムニュさせてお乳が飲みたいと訴えるけれど、赤ちゃんは「私は今から唇をムニュムニュと合わせることをしよう」と思ってしているとは捉えにくく、飲みたいという欲求がそのしぐさとして現れているのですねぇ。 本題に戻りますが、自分の感じているものを言葉で語るのも書いて表現するのも、心に添って浮かんでは消える一瞬の思考を、その時語った・その時記した。そして次があるということなのでしょう。時の流れと共に変化する思考を、どこでどのように生かすかで違ってくるから面白いです。細胞の話を書き始めた当初、自分の中の「改めて実感した体の細部の役割・生きる力のあること・すごいよ・この感動を言葉にしてみたいんだ」という衝動にも似た心持ちから、今は「よりやさしく伝わりやすく語る方法があるかな?」と自分の中にあるやさしさを探求している自分が面白いです。自分のやさしさを探しだそうとしている自分はくすぐったく心地よいもの。私は「生きている」という感じがします。
最近は昼休みの公園でウグイスを見かけます。小さいけれど、飛んでいくのは早くて、飛んでいった先を見失い、あきらめて、すずめと遊んでいます。 子どもの頃には、つっぱり棒をして半分かぶせたかごの中に米粒を置いて、棒には糸を付けた仕掛け網を作り、すずめが米粒を食べに入ってきたら紐を引っ張ってかごをかぶせ、すずめを捕まえて遊んでいました。考えてみれば、誰が思いついた遊びなのか分からないけれど、よく捕まえられたなぁと感心します。子どもの発想ってすごいものです。私も、子どもだったのです。
そこで一言。 すずめさん、まん丸おめめで何を見ているの?小さなお顔におおきなおめめ。かわいいね。チョンチョン歩いてかわいいね。飛んでる姿も可愛いね。仲間に入れてくれてありがとう。楽しい昼休みになりました。
|