「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年10月08日(土)

 今日は統合失調症の病名を付けられているSさんの精神科受診のお手伝いをしました。診察室の前には前回と変わらず多くの患者さんが待っていらして、私達の腰掛けている椅子の前のボードには「精神的疾患を抱える人々」へ向けられたセミナー勧誘のポスターがきれいに貼られてありました。私達が椅子に腰掛けるとお隣の席からお1人の女性の「私、働き始めたの」という言葉が聞こえ、続いて女性と同席されているらしい方の「よかったね」というお返事が私の耳に届きました。少し離れた場所には「今日から入院する」という青年が腰掛けていて、現在入院中らしい女性は「又あの部屋だよ。皆に言っとく」と冗談交じりに語りかけ、青年の返事を待たずにロビーを離れていきました。私にはぐるりと見回したその空間の全てが「間違っている」ように思えて仕方がありませんでした。頭には診察室の中に居るであろう医師の顔と先日鑑賞したヴィデオの中のセラピスト、そして過去に私に薬を処方し続けた医師の顔が順番に浮かび、医師・患者という世界に生じる力関係を思わずには居られませんでした。ほんとうに、私を含めた誰も皆、「自分で生きる力」を持っているはずなのに、そして此処に居て診察を待っていらっしゃる全ての方もSさんも、“生きる力”に変わりは無いなはずなのに。「私は今感じている世の中の間違いをもう少し大きな形で訴えていってもいいのではないのかな」・・・。

 私自身に付いては、過去に診察して頂いた医師の中に私の心を見ようとした医師は一人も居ませんでした。今思えば、医師が私に薬を処方し続けた事は当時の私が抱えていた混乱を長引かせる事に繋がっていたのではないかと思うのです。そして今、私の感じている「社会に対する違和感」は10年前に感じた事実が10年経った今もなお医療の世界で変わりなく続けられていることの結果ではないかと思えるのです。医師やセラピストが心を見る事のできない理由は私利私欲の為であるのなら、私は私達から“生きる力”を奪う事を止めて欲しいという事を強く訴える必要があるのではないかと思うのです。

そして今、私に何が出来るでしょうか。私はいつも自分を見つめて生きることが大切なのです。
心に湧いた思いを新たにして、自分の生き方を確認したような気持ちの夜でした。


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