「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2005年02月26日(土) |
「自立」 して生きていこう |
半日の仕事を終えた午後、「鳥が見えて運動が出来る場所」 を探して車を走らせた。天白公園の河川敷近くに 「ピッチング」 が出来そうな壁のある小さな公園を見つけて車を降りてみた。風は強いけれど空は晴れていて、川伝いの景色は遠くの方まで良く見える。「気に入った!」 早速降りて身体を慣らし、素振り・空手の正拳・公園にある大きな壁に向かってのピッチング。気が付くと、すぐ目の前にオレンジ色のお腹をした 「ビタキ」 が止まっていた。私は慌ててカメラを撮ろうとしたけれど、鳥はすぐに飛んでいった。いいよ、カメラに取れなくても。私は今日確かに自分の目で 「ルリビタキ」 を見たのだから、私の見たものが何処かへ飛んでいっても構わないのだ。そして此処で運動していれば 「鳥」 を見ることも出来るんだね・・この場所を私の暮らす町 「名古屋」 の 「お気に入りナンバー2」 に決定すべし。 再び意識を運動に戻して今度は 「正拳」 を作ってみた。以前私に「拳を握り人差し指と中指を親指でかしめた時、かしめた指と腕の形が水平に整っていれば、その拳で腕立て伏せをしても痛くない」 のだと言って、私の前でやって見せてくれた人が居る。私はその光景を思い出しながら指の形を整えて、その拳を公園の地面に付いてみた。細かい砂利の上に降ろした両方の拳には私の体重がかかっているけれど、なるほど不思議、指は少しも痛くない。慎重に身体を下げて腕立て伏せをやってみた。8回でダウンしたけれど、地面に付いたままの私の指は依然として痛みを感じない。何度かに分けて腕立て伏せを続けてみた。 「うん 大丈夫。 何度やっても痛くない。 私にも出来るんだ」 気のせいかな、私が見つめている身体の 「箇所」 に、私の全神経が集中している気がした。
時計は一時間を経過していた。私は運動を止めて河川敷に登ってみた。高台に立って遠くを眺めている自分の足がしっかりと地面に付いている事を「私の感覚」で感じている。過去 「自分が誰か」 を分からないまま生きていた「私」 は、今は 「私」 を知っていて 「私」 が繋がり続けている事を 「私自身」 で感じているのだ。 私はさらに自立して 「自分」 を感じて生きていこう。「自分」 を生かせる生き方をしよう。そう思える 「私の生き方」 はちょっぴり「かっこいい」んじゃないかな。そんな気がした土曜日の午後。
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