| 2003年08月01日(金) |
いざコネティカットへ |
お世話になった友人宅をまた朝8時過ぎに出発した。 残りは350マイル程度のはず。不動産屋さんから 鍵をもらうために午後5時までにそこに行きたいが、 それでもかなり余裕を持っての出発と考えていた。
メリーランドを少し走ってデラウェア、そして しばらくしてニュージャージーに入った。この辺り の嫌なところは日本みたいに高速代金をとるところ だ。ちょっと走ったらすぐに料金所があったり、 日本と同じように初めにチケットをもらって、距離 で後で計算したり。全くアメリカなのになんで? とマジで思ってしまう。たまたま現金もっていた からいいものの、なかったらどうなっていたんだ ろう?
それでも昼過ぎにはニューヨークに入った。さすが にこの辺りは交通量が多い。それでも途中の観光案内 に教えてもらったとおり、少し遠回りしてでも マンハッタンを通らない道を行ったので、ある程度の 所まではすいすい行けたし、時間的に余裕があった ので渋滞が始まっても余裕をかましていた。
午後1時半過ぎ、コネティカット州に入る。ここから はもう数十マイルだ。以前に来たこともある。道に 迷う心配もない。距離的に言ったら2時半にはつく 距離だ。あぁ、不動産屋さんの営業時間に間に合って 鍵をもらって部屋に入ってゆっくり出来る。そんな 考えが頭をよぎった。
ところがI-95が全く動かなくなった。事故ではない かと思うくらいに動かない。のろのろとまさに東京 の環七のような感じになった。3時半をすぎた。 コネティカットに入ってから十数マイルしか進んで いない。目的の出口まで20マイル以上ある。いよいよ 雲ゆきが怪しくなってきた。仕方なくパーキングエリア に入り大家に連絡する。「遅れるかも」しかしいつも 通りここはアメリカ、予想した通りの返事。「私は 5時にはここを出るよ」「えっ、待って下さい。今日 部屋に入れないと泊まる所がないんですけど」「私 は用事があるから今日は帰らないといけないから」
まるでお客のことなんか気にしない。営業時間帯以外 はしらんぷりなのだ。
4時をすぎる。少し流れるもまた停まる。うーんうまく いってぎりぎりだ。でも高速を下りて下を走るほど 道は詳しくないし、第一わからない。急がば回れで がまんすることにする。4時50分、ようやく希望の 出口から出て一目散に大家に向かう。間に合ってくれ、 そう祈るのみだ。
しかしこんなときに限って信号が繋がらず、また トレーラーを牽引してるため、早く走れない。時間は 5時を5分ほど過ぎてしまった。それでも恐る恐る大家 のあるビルに入っていく。「すみませーん。」担当の 女性は不在で、奥のオフィスから男性が出てきた。 「あの今日○号室に入るはずの○○ですけど」「あぁ お疲れ様、どうにか私がいる間に間に合ったね。」
よかった、鍵があった。聞くと彼もあと数分で帰る ところだったらしい。本当によかった。ようやく 生きた心地がした。
こうしてハティスバーグからハムデンまでの長い 長い移動は終わった。一人での積み下ろしは疲れて いたせいもあり、その日では全く終わらなかった。 それでも床に寝袋引いて寝れたときは本当にほっと した。ただ長いだけでなく、不安定なトレーラーを 引っ張って移動してきたのだから。無事でよかった。
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