明日は母の月命日です。
今日、お墓参りに行ってきました。 今度はおせんべい、やられましたよ。トンビに。
そんな訳で、特に何もなかった日には 今まで書けなかった母の闘病記を書いていこうと思います。
私はあまりお見舞いに行くのは好きではありませんでした。 まだベッドから起き上がれて話せる状況の頃は 毎日の様に行っていたんですが 何本もの点滴、酸素マスク、進む黄だん・・。 とにかく力なく横たわってる母が 母のように思えなくて、忙しさを理由に 病院から足は遠のいていきました。
まだ口のきける頃、泣きながら「親不孝でごめんね」と言うと 「一度もそんな事思った事はないよ」と言ってくれた母。
今では、1人個室で寂しく辛かったであろう時期に 行ってやれなかった事をくやんでいます。
大部屋から個室に引越しした時、私が見舞いの当番でした。 部屋に入ると、空気はよどんでいて
「見て!この油汗!誰か来て!助けて!苦しい!」 いつも気丈な母が叫んでいました。 私はすぐに看護婦さんを呼びに行き、窓を開けました。 何と真夏に冷房が消されていたんです。 ささいなミスだけど、こんなに人を恨んだことはありませんでした。 それからです。母の口に酸素マスクがつけられるようになったのは。
歯の磨けない母の口をゆすぎ、ほんの少しだけアイスを 食べる。「んー。」とても嬉しそうに声を出し喜んでいました。 これが母の唯一の幸せな瞬間だったのかもしれません。 そしてこれが私の出来る唯一の親孝行でもありました。
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