涙の訳を聞けなくて・・・ - 2004年03月29日(月) 親の一周忌食事会には親の兄弟が集まってくれました。 おいしい物を食べながら、昔の写真を見ながら、いろいろしゃべりました。 夜の8時過ぎに叔父さんが僕の横にやってきて、いろいろ話はじめた。 50を過ぎて、分かってきたことや未だにわからないことが混在し、 理想と現実の乖離に苦しみ、 今まで積み上げてきたもののプライドとそれに反するように巨大化した孤独感が、 容赦なく苦しめているんじゃないだろうか? お互い向き合って、膝を付け合って、 4時間近く話をしていた。 話をすると言っても、叔父さんが一方的に話すだけだけど。 途中、何度か頭を叩かれたり頬をぶたれたりしてしまった。 言っている言葉の意味は今の僕には分かりづらい面がたくさんあったけど、 気持ちが絶え間なく流れ込んできてしまうから、僕はずっと泣いていた。 「お母さんが命と引き換えに残してくれたものなんだぞ」 と、泣きながら大声で叫んでいる叔父さんは本気で僕に伝えたいことがあったんだと思う。 僕はすでにその叔父さんの裏切っている。 「早く自立しなさい。甘えてちゃダメだぞ」 と、酒の量に比例してタバコの本数が増えていく。 僕はお茶を啜る。 「繋ぐんだ。繋ぐんだ。」 点が線になっていく。 叔父さんはこの社会に絶望しているように感じた。 可能性はほぼ無くなり(←本人曰く)絶望を抱えたまま生きるのは並大抵の事じゃない。 そのときに支えになるものはやっぱり家庭なんだろうと思う。 「○○○のために・・・」ということはヘタすれば最初から逃げ道を作ってしまうことになりかねないけど、 それが大きな力になることだってありうる。 そして「繋いでいくこと」ができるんだ。 挙句には女の子を紹介するぞみたいなことを言われて、困ってしまいました 僕にはまだまだです。 う〜ん、人の期待に答えるのは得意じゃないんだけどな。 50過ぎのおっさんが号泣している姿ってのはちょっと衝撃的だったけど、 「話をする」っていうのはきっとこういうことなんだと思った。 僕がこれから誰かに何か伝えたいことがあるときは、 叔父さんみたいに話をしたいなぁと思いました。 でも、あ〜やって話しをするには積み上げてきたものがなきゃできそうにないな。 まっ、僕は殴られるくらいが丁度いいのかもしれない。 BGM:君のためにできること/Gackt ...
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