日記のような語りのような。

2004年07月18日(日) 今回の夢は。

19日更新分について。
SEED小説、ムウラウ以外の話で、『dreamer2』をアップしました。
タイトルの通り、前回の『dreamer』同様にドリーム小説となっております。
そしてなんと今回は、前回のデフォルトがミゲルな「ヴェサリウスの日常」的話ではなく、ごくごく普通のドリーム小説風となっているのです! だがしかし、これが「普通」の夢小説と云えるか否かは甚だ疑問でありますが。だって書いたの私だし(笑)
ちなみに今回のデフォルト名は「ディア」となっております。名前を記入しないとこの名になりますのでご注意を。……あ、別に某女王補佐官を意識したわけではございませんので(笑) なんとなく好きなのですこの名前。

今回もまたある意味で「ヴェサリウスの日常」なのですが、ある方が別人です。というか変人です(笑) あんなの彼じゃない…!と思いながらも楽しかったから良しとしておいて。
以前少し語った夢話に繋がるものがあるかもしれませんが続編があるかは未定。書きたいけど書けるかはわかりません…。



1年以上お世話になっていた人が関西に異動になりました…。そうなるかもという話はちらほら聞いていたけれど、いざそう決定されたと聞くと不思議な感じです。
だって別に、一生会えないわけじゃない。けれどそうはいっても、プライベートで仲が良かったわけではないから連絡を取り合うとは思えないし。そう簡単に会える距離でもない。
そんな風に考えると、もしかしたらもう二度と会えないのかとも思うわけで。
それが悲しいとか寂しいとかそういうのではなくて、やっぱり不思議な感じがする。
消えたわけじゃない。死んでしまったわけでもない。なのに一生会わないということは、いないことと同じようなものではないのだろうか。
例えば故人に対してであっても同じようなことを思うわけで。
死んでしまったけれど、もう二度と会えないけれど、でも死んでなくても一生のうちで二度と会えない人もいるわけで、だけどその故人との思い出やその人についての記憶はちゃんと残ってて。私の中でその人がいたというのは事実で真実で、だけどもう二度とその人には会えなくて。
これがさらに声優(または俳優・歌手など)であったとするともっと不思議な感じになる。
その人の姿を見ること、声を聴くことは二度とない。けれど、その人がそこにいたという記録はいつまでも残っていて。死んでしまった人と、引退して隠居生活を送っている人とでは、こちらからすると(未来の可能性を除くと)同じような存在でしかなくて。
その人の姿はメディアや媒体を通していつだって見られるのに、もう新たなその人には出会えない、それはなんて不思議なことなんだろうと思うわけですね。
……気づけば今までに考えたことまでがつらつらと出てきてしまった……話ズレすぎです(苦笑)


――みなさん、ドラえ○んの絵はきちんと描けますか?(唐突に)



拍手お返事。
>ですよね!やっぱり面白いだろうなと思います。舞台は固定されてるし日常ネタは豊富だし書きやすいしラウ可愛いし(笑) 色々目論んでいたりはしますが未定な予定です(おい)


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紗月 [MAIL]