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2006年02月24日(金)  世間に認知してもらうこと
久々に、悔しい気持ちになった。
不甲斐ないというよりも悔しかった。
そのクライアントと1時間話し続けたけれど、結局、話は結論には至らなかった。

そこで働いている派遣スタッフについて私と担当者の意見が食い違ったのだ。
私は、「派遣スタッフの心情も考えるべきだ」と考えた。けれど、相手は「お金を払っているのは私たちなんだから契約に反しない限り、どんな扱い方をしても自由だ」と言った。
顧客のリクエストに応えるのが営業サービスではないかと言われると、仰る通りだと私だって思う。
けれど、きっとお互いの望む「満足感」が少し違ったものなのだ。
私は、ずっと先のこと、たとえば最終的な満足感を求めて、そう提案したつもりだったけれど、クライアントは“いま望んでいること”、悪い言い方をすれば“目先の満足感”を訴えたのだ。

クライアントが私に言った「どんな扱い方をしても自由だ」という働かせ方を派遣スタッフに望むと、今は彼女も応えてくれるかもしれない。だけど、そのうちじくじくした気持ちで働くことになり、不満が漏れるようになり、モチベーションを保てなくなるだろう。それは容易に私にもクライアントにも想像できたことだ。そうなったとき、果たしてそこにクライアントの満足感はあるだろうか。
けれど、その点についてクライアントは、「モチベーションが保てなくなれば、そのときは契約を終了させる」と言った。そしてこうも言った。「モチベーションを保たせるのは派遣会社の仕事であって、私たちは派遣スタッフの心情を考える立場にはない」と。


ただ、悔しかった。
派遣契約にとどまらず、労働者は企業にとって一体なんだというのだろう。
労働力はただのモノであると考えることしか出来ないのだろうか。働いているのが人間だということに思い及ばないのだろうか。
もちろん、就業中の派遣スタッフをサポートするのは派遣会社の仕事だ。モチベーションを保たせるのは派遣会社の仕事だ。だからこそ、「今の働かせ方だと、彼女は保たないだろう」とクライアント側と相談しているのだ。それが、私たちが“派遣スタッフをサポートする”というスタンスだ。
責任という線の引き方が、このクライアントとは違った。

私が求めていた、クライアント・派遣スタッフの「最終的な満足」=お互いの関係が良好であること、長く安定した派遣スタッフの労働力を企業に提供すること、というのは、きっとこのクライアントが求めることではなかったということだろう。

ただ、悔しかった。
世の中の働き方は多様化している。その中で企業がレベルの高い労働力を確保するには、たくさんの工夫や、これまでとは違った努力が必要になってくるのではないだろうか。
「派遣は、社会の労働意識の低下に繋がる」と言われるけれど、私は社会がまだ派遣契約のメリットやその上手な使い方を知らないだけではないだろうかと、ただただ思う。
けれど、そのメリット感を世間に認知しきれていないのは、私たち営業担当や派遣会社の力不足だとも思っている。

派遣スタッフをたくさん使って事業を成功させた企業はある。
だけど、それはまだごく僅かだとも思うのだ。

このクライアントにも同様だと思う。
私が、もっと上手く伝えられればわかってくれたかとも思う。
悔しいのは、クライアントがわかってくれなかったこと、人をモノとしか考えていないと思えたこと、それに加えて、相手が納得できるよう商談できなかったこと。
それが理由なんだと思う。

悔しかった。ただただ悔しかった。
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