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2006年02月02日(木)  幸せな大人になるということ
先日、誕生日を迎えた同じ歳の友だちに、おめでとメールを送ったら、返信がかえってきた。

『一足先にオバサンになったよぉー。アイちゃんはあと少し26歳を楽しんでね☆
でも、数日後には……、オバサンの仲間入りだね★首を長―くして待ってるよ(笑)』
と書いてあった。

妙齢(?)の女の人が言いそうな言葉だと思った。

自分で自分を、年寄り扱いしたり、女性ならオバサン呼ばわりするのは、勿体無いわけで。実際、私はもうすぐ27歳になるけど、上を見上げれば私たちより年上の人はたくさんいて、その人たちには私はどんなに頑張っても敵わないわけで。
でも、「どんなに頑張っても敵わないから」と諦めるんじゃなく、かなわないから面白いと思えたりして。

小学生のとき、担任の先生が言った。
「みんなは、上級生にはまだまだ敵わないよ。だって、あいつらはキミ達より1年も2年もたくさんご飯を食べて、遊んで勉強してるんだから。もし、その1年、2年を追い越したかったら充実した生活を送って、素敵な大人になりなさい」

私はそれを聞いて「そうか」と思った。
私たちがまだハイハイをしている頃、1学年上の人たちはよちよち歩きをしたり、言葉をしゃべったりしていて、私たちがまだ足し算を勉強している頃、彼らは掛け算の勉強をしていたのだ。
そうか、年上の人たちにはそれなりに過ごしてきた時間があって、物理的にその時間に私は敵わないけど、毎日楽しく過ごしていれば誰よりも素敵な大人になれると、あの頃純粋に私はそう思った。
誰よりも誰よりも幸せになれるんだと思った。

だから、年齢だけで自分で自分を「大人扱い」してはいけない。
歳をとったと決め付けることは勿体無い。
年齢は確実に毎年増えていくけれど、年齢が増えても増えても敵わない人はたくさんいる。
年齢を重ねたからといって、何かが突然解決されるわけでもなく、突然希望が見えるわけでもない。


私は以前、自分は30歳まで生きればそれでいいかなと思ったことがある。
理由をはっきりと言葉にすることは出来ない。
生意気に達観したつもりなのかもしれないし、女性特有の30代への恐怖があるのかもしれない。
だけど、たとえば自分の好きな30代の作家やアーティストや音楽家や俳優のことを考えたとき、彼らはまだまだ若く、だからこそこの人の作品をこれからももっともっと見ていきたい、と思える。彼らがまだまだこれからいろんなパフォーマンスを行ってくれることに、私は期待して楽しみにしている。
30代、40代、50代、まだまだ先は長く、彼らがどんな作品をつくってくれるのか楽しみなのだ。
そう考えると、自分も30代、40代、50代を迎えて、それを楽しむことに希望を感じるときがある。

なんだか上手く言えないけれど、そう思えることがある。


私も人のことを、「この人オバサンだなぁ」と思うときがあるけど、同じ年齢でも「オバサン」だと思える人と、そうは思えない人がいる。たぶんきっと、「オバサン」だと思える人は自分で自分の事を「オバサンである」と認識している人じゃないだろうか。

誰かに挑もうとしたり、何かに臨もうとするとき、自分はオバサンにはまだなれない。
オバサンだと思った時点で、なにかに挑戦する意欲が失せていくような気がする。
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