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| 2005年08月12日(金) 父、上京 |
| 父が、早めの夏休みをとって東京にやってくることになった。 私の父という人は、なんでもひとりで行動したり、ひとりで過ごしたりすることが好きな人だ。異母兄が、東京は不案内だろうから、空港まで迎えに行くと言っても、「ひとりで地図を見て電車に乗ってみるよ」と言った。父という人は小さな冒険をすることが好きな人なのだ。心細いとか不安であるということを楽しむ人なのかもしれない。 私はその日、仕事があって父と会うことは出来なかった。 父はその日、兄の家に泊まった。 ふたりは今頃、どんな会話をしているだろうと、終電車の窓の向こうを眺めながら、私は思った。幼い頃、父に連れられて行った寂れた動物園で、憂鬱そうな猿やクジャクを見たのを思い出した。 兄と父との間には、そんな思い出などない。私はこれまでずっと父を独占してきたのだ。 彼らにはこれからつくる思い出しかなく、彼らには過去というものがあまりないのだろう。 実家にいる母は、今日という夜をどんな風に過ごしているのだろう。 昨晩、父がいよいよ明日上京するという夜。 兄が私に電話を寄越してきて「どうしても羽田まで迎えに来なくていいって言うんだ」と兄は言った。いいじゃない、好きにしてあげれば?と私は答えた。兄の自宅の最寄の駅なんてわかりにくい電車の乗り継ぎがあるわけでもなく、昔であるにせよ父は東京で暮らしたこともある人なんだから、大丈夫だろうと私は思っていた。 そして翌日、兄から何度も着信が残っていた。電話をかけなおすと「まだ連絡ないんだけど」と兄は言った。父は最寄の駅に着いたら電話をして兄が迎えに行く予定になっていたはずなのに、まだ父から連絡がないという。飛行機が羽田に到着して2時間が過ぎていた。「飛行機の到着が遅れたんじゃないの?もうすぐ連絡来るでしょ」と私は答えた。 父は田舎の人なので、自分の携帯電話を持っていない。会社用の携帯電話の番号は知っているけれど、まさか夏休みに会社の電話を持ち歩くはずがなかった。 どこかで迷っているにせよ、兄の電話番号は知っているのだから、子供じゃあるまいしそのうち電話はかけてくるだろう。私はそう思っていた。 仕事が終わって終電を待つあいだ、兄の自宅に電話をしてみたら、父が出た。 「羽田から品川に出てね。あそこの駅は随分ときれいになったなあ」と父は言った。 山手線に乗り換えて路線図を見ていたら、久しぶりに高田馬場に行ってみたくなったそうである。そのまま、電車に乗って懐かしい街を歩いていたそうだ。あっという間に時間は過ぎて、夕方、兄に電話をかけてみたら、兄は酷く怒ったそうである。 父は、高田馬場の専門学校に行っていたことがある。 行ってみたくなったのだろう。だけど、兄が心配するのも無理はなかった。どっさりと田舎からの土産物を持って、街を見上げながら歩く父の姿が見えてきそうだった。 明日は、私と兄と父とで食事をする予定になっている。 とても楽しみだと思った。 ひとり過ごす母は、今日という夜を一体どんな風に過ごしているのだろう。 |
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