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2005年08月04日(木)  広島の女の子
先日、広島に行った。
どうしても、原爆ドームが見たかったけれど、時間がなくて断念した。
とても残念だと思った。

小学校一年生のとき。
担任の先生は、「国語」に力を入れていた先生だった。
文章を朗読させ、その文からあなたが感じることを、教科書に書き込みなさい、と言うのだ。
「あなたがこの文章から感じたこと」
小学生の子供たちにとって、何をそれほど感じることを期待していたのだろう。
想像力を養いたかったのだろうか。
けれど、それは私たちにはとても難しく、手をあげて「自分が感じたこと」を発表できる生徒は少なかった。

夏休みも近くなったある日、戦争について勉強しましょうと、教師は人数分コピーした冊子を配った。
自分たちと同じ年齢くらいの広島に疎開していた女学生たちが、原爆投下にあった瞬間を、それぞれのエピソードをつけて綴った本だった。
もうそれほど本の内容は覚えていないのだけれど、それぞれ死んでいった女の子ごとに章が別れており、彼女たちが被爆した瞬間のそれぞれの話を、とても残虐にリアルに書いた本で、私はそれを読んだとき暑い夏の日だったにもかかわらず、冷や汗が出て鳥肌が立ったのを覚えている。それほど、リアルで残酷だったのだ。

教師は、本の中の女の子を生徒それぞれに割り当て「彼女たちは原爆にあって一体何を思ったのでしょうね?天国で何を考えているでしょうね?お父さんやお母さんを残して死んでいった彼女たちの代わりに、皆さんが両親に宛てて手紙を書いてみましょう」と言った。

私は、一生懸命、「お父さん、お母さん、先に死んでしまってごめんなさい。ごめんなさい」と何度も書いた。「火で焼かれて熱かったよ」とも書いた。「怖くて痛かったよ」と書いた。
私に当てられた本の中の女の子が、私の背中にじっと張り付いているような気がしてならなかった。


いま、思い返しても、その授業は私にとってはとても残酷なものだった。
死者に代わってその子の両親に手紙を書けなど、私には残酷だと思った。
たとえ、想像力を逞しくさせたって、そんなことは出来ないと思った。
だから、先生が喜びそうな文章を幾度も重ねて原稿用紙を稼いで、早くこの授業から免れたいと思った。

その手紙は、その本を書いた作者に届けられたそうである。

私が、そのとき残酷だと思ったのは、死んでいった人の言いたかったことなど、当人ではない私には測り知れないということと、無残に殺された人の「死」をこんな形で掘り返したくはなかったということ。そして、たぶんきっと、あっという間に原爆を投下され死んでいったその人たちの姿が無残で仕方なかったということだろう。それを想像するにはあまりにも残酷だったのだ。

だから、私はその先生が大嫌いだった。

最近、坂本龍一と元ちとせが反戦歌を歌ったそうだ。
原爆で死んだ女の子になりかわって歌った歌だそうだ。
私は、だからあれも嫌いだ。


いつか見てみたいと思う。
原爆ドームをいつか見てみたいと思う。
だけど、やはり怖いと思う気持ちもある。
ドームの周りは2005年の平和な風景に溢れていたとしても、あの建物の佇まいの怖ろしさはずっと変わらないものなのかもしれない。
だけど、いつかは見てみたいと思う。
「あなたが何を感じたか、ここに書きなさい」と人に指図されるのではなく、「この歌を聴いてください」と一方的に押し付けられるのではなく、私自身の意思で、自分自身の目で確かめてみたいのだ。
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