umityanの日記
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| 2002年05月06日(月) |
日記を書き続けている理由(完) |
日記を書き続けている理由(完) at 2002 05/06 17:16 編集
五月六日、月曜日、午前中、曇り、午後から雨。長かった休暇も、いよいよ今日で終わりだ。こう書くと、僕もずいぶんと休みをエンジョイしたように聞こえるが、実はそうではない。僕にとっては365日が仕事みたいなもの。五月の連休も、盆休みも、正月の休暇も、単なる時間の経過であり、僕には関係がない。本来、SOHOとはそいうもの。おまけに毛色の変わった仕事を二つもやっていれば、「休みなんてとても、とても」と言いたい。「あんた、休みもとらず、化け物か」と言われそうだが、そこは、さるもの、ひっかくものだ。時間の使い方で結構、自由がきくのだ。特に夜の社交なんて得意中の得意である。おまけに、他人様の休暇は、こちとらも比較的ゆっくりできるから好きである。 そうそう、休暇の話はこれ位にして、先日の日記の続きを書かねばならなかった。何やかんやと言いながら、日記を書き始めて二年。先日、パートワンを書いた。さあ、続きをと思えど、日にちが経つと、テーマが陳腐化してきたみたいで、どうも書きたくない。それじゃ、「看板に偽りあり」と言うことになるので、少しばかり続きを書くことにしよう。書き始めの動機は、パートワンに記したように単純な発想だった。しからば、「今でもそうか」と問われれば、今は考え方が少し違ってきた。かいつまんで言えば、子孫の誰かが僕を先祖として承継したとき、「あああ、先祖にはこんな人もいたんだなあ。わおーーー、馬鹿みたい」と思うか、「わおーーー、面白いご先祖さん。昔はいろいろと大変だったのね」と思うかは自由であるが、ただ、日々の心の変遷や社会のありようを記することによって、子孫にとって何かの参考になれば良いし、ひいては、より良い進化への一助になればいい。そう思うから書いているのだろう。。いやはや、僕もずいぶんと大風呂敷を広げたものだ。いずれにせよ、僕はノーベル賞も叙勲も受けないであろうし、総理大臣の一人として名を残すこともない。そう考えたとき、日記を残すことが、僕が生きたと言う一つの証である。ひょっとすれば、子孫は言うかもしれない。「ご先祖さんよ。日記じゃ腹はふくれねえよ。どうして、金ぴかの財産を残してくれなかったのかい」って。おおおっつ、なんと罪深いことを。「わが道はわが道で責任を持って生きよ」と、これからも、大声で叫ばねばなるまい。
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