| 2010年09月17日(金) |
気持ちを整理する為の日記。 |
アパートの外国人さん。 子供が意識を失って我が家にSOS。 119番に電話して、救急車を呼ぶ。 パニックになってるママさんを冷静に見ていたつもりの私だけど。 子供の意識はありますか?と電話で問われ 意識があるってどういう状態?呼吸はしてます!と。 まったくもって私もパニック。
気道確保した状態で隊員の到着を待てと指示されて。 もしも呼吸が止まったら人工呼吸と心臓マッサージを、と言われ。 時々途切れ気味になる呼吸に冷や冷やした。
ほどなくして救急車到着。 隊員に抱きかかえられて子供は救急車の中へ。 パパさんと通訳さんも到着して私はお役御免。 その後入院せずに戻ってきてたから多分子供は大丈夫。
はぁ、ものすごく緊張した。 しばらくずっと胃が痛かった。 歯を食いしばってたのか顎も痛かった。
そして思い出すのは兄の事。 私、あの人が救急車で運ばれたと聞いた時 心臓がどくんって大きく脈打ったけどそれだけで。 診療室の中で半分暴れているあの人を見た時も。 ICUに運ばれる途中混濁した意識の中発したうわ言を聞いた時も。 次々につながれる点滴の数に愕然としつつ。 一旦帰宅後に大量に吐血して心臓が止まったと聞かされた時も。 病院に戻り痙攣が止まらないあの人を見たと時も。 モニターが平坦な形に変わった時も。
ただ淡々と確実に死へ向かっている兄を眺めていた。
胃が痛くなることも無かったし。 歯を食いしばる事も無かった。
どれだけ冷たい妹なんだと、周りの目には映っただろうな。 いや周りの目なんかどうでも良い。 なぜ他人に感じる事が出来る感情を兄には感じなかったのか。 それだけ私は心を閉ざしていたのかな。 もしもあの人を本当に許してたとしたら。 今両親に感じているみたいな愛情を取り戻していたとしたら。 あんなふうに冷淡には居られなかったと思う。 みっともなく取り乱したりして。 どっちが良かったんだろう。 こんな風に自分の気持ちが変化するなんてあの時は考えもしなくて。 これ以外の感じ方なんて想像できないと思っていたけど。
昨日の出来事から思いつくままに文章を連ねてみた。 何が言いたいわけじゃないけど、多分言葉にする事が今の私には必要な事だったんじゃないかな。 また月日が流れてこの日記を読み返してみたら。 きっと違う発見があると思う。
秋のお彼岸はもうすぐだね。 お墓参りに行かなくちゃ。 今までとは違った気持ちで。
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