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パルレモアダムール















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2002年05月25日(土)→→→sleeveless

もうすぐ夏がやってくる。
まあ今年が「例年」という言葉で定義できるような気候であれば、梅雨を経て夏がやってくる(ああ理屈っぽい)。
夏になると、ノースリーヴの服を着たひとをたくさん街で見かけるようになる。
でもわたしはノースリーヴが苦手だ。正確に言えば苦手だった。
一昨年の夏、当時すきだったひとを水族館に誘った(水族館に誘う、ということは君が好きだー!と言っているようなもの。あと花火も。)。
その前にそのひとと会ったとき、ノースリーヴなんて恥ずかしくって絶対着れない!とノースリーヴがいかに苦手かを話した。
ノースリーヴは胸のある人が着ると服が前に引っ張られて脇のところがきちんとフィットするけれど、わたしみたいな胸なしは脇がぶかぶかして下着が見えてしまうとか、胸無い貧弱体型だけど手足が太いので二の腕なんて出せないとか、二の腕のアトピーが気になるとか、アトピーだからワキ処理をそうしょっちゅうできないとか、色々色々理由はある。
まあ端的に言えば、人前に二の腕という肌をさらすのが恥ずかしかったのだ。
しかし、その水族館の日、わたしはノースリーヴのブラウスを着て行った。
本当は上にカーディガンをはおって行きたかったのに、カーディガンは洗濯機の中。
文句を言うわたしに母は、そのまま行きなさい!と一喝した。
実際のところわたしの二の腕は目を覆いたくなるほどではなく、周りを見渡せばわたしよりも太い二の腕をさらしているひとは沢山いた。
でも自分ではないみたいで、終始落ち着かず、そのひとに会ってもまず、上に着ようと思っていたカーディガンが乾いてなくて〜とたくさん言い訳をした。
そのひとは、がんばってるなーと思った、とだけ言って笑った。
ノースリーヴを着ることで、水族館に誘うだけでは伝わらなかった気持ちが伝わったのかもしれない。
ノースリーヴを着ることで、すきだという気持ちを体現しようとしていたのかもしれない。
その日の帰り道、つきあってほしいと言われた。
それ以来、わたしはすきなひととのとびっきりの夏デートの時は無意識にノースリーヴを着ていた。
もう、恥ずかしいよーどうしようとは思わなかった。
もちろん、「いつもと違う」感を察知されてしまうのだけれど、それは狙っているわけではなくて、自分の中での「いつもと違う」感を演出して気分をうきうきさせるためだった。
だから、ノースリーヴはすきなひととのデート以外では着ない。
袖=わたしのバリア。
袖を取り去ってしまうことはそこに踏み込むまでは難しい。
けれど踏み込んでしまえば、たいしたことではないのかもしれない。
すきなひとの前ではいつもノースリーヴでいたいものだ。

もうすぐまたノースリーヴの季節がやって来る。
今年は例え着たとしてもずっと上にカーディガンをはおっていそうな予感…
もしわたしに水族館か花火に誘われてわたしがそのときノースリーヴを着ていたら、あなたは確実にわたしに好かれていますので逃げるなり腹括るなり対策をお願いします。
ってそんなことここ読んでる可能性のあるひとにはしませんけどね。




ナナ

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