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パルレモアダムール















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2002年04月22日(月)→→→凡庸と非凡

わたしは凡庸な人間だと思うんだけれど、凡庸っていうのが一番非凡なのかもしれない。
凡庸な人間であるというのもそれは一種の個性よね。
わたしは凡庸な人間になりたくて、なりたくない。
自分であることを追い求めると、凡庸ではなくなる。
でも、大抵の男子はマニアな女子を嫌うでしょう。
だからわたしはマニアな女子な自分と、凡庸な女子の自分、その間でいつも葛藤していた気がする。
自分では、マニアな女子でいることの方が好きなのだ。
やっぱりどこか、「特別な自分」でいたいから。
ナナって変わってるよね、って言われるのが好きだった時期もあった。
でもね、それって自分が凡庸だから、それにコンプレックスを抱いているからこそのマニア化だったわけだ。
しかし大学→大学院まで行ってみると、今までは「マニアな自分」を自分で作ってそれを武器にしていたような感があったのだけど、いつのまにかそれが自分の皮膚のようにしっくり馴染んでいた。
専門の勉強をすることがただただ楽しくなってきた。
そうするとついつい何でも科学に結び付けて考えるという思考回路が出来上がる。
何かの現象を見て、その原因やしくみを分析しちゃったり。
ああそうか!それはそういうしくみなのか!と思うのが楽しくて。
そうすると自分でも気付かないうちにマニア化は進む。
文系男子からはいやーな眼で見られるくらい。
理系男子からも苦笑されるくらい。
わたしはマニアな自分を手に入れる代わりに、男子からは煙たがられるというリスクを背負うことになった。
そんなことは昔のわたしにはどうってことなかった。
だって男子と付き合うとかって現実的じゃなかったから。
そんなことは遠い未来のことだと思っていた。
でも実際その未来がやってくると、マニアな自分でいたい自分と、好きな男子に嫌われたくない自分との間で葛藤が生じた。
凡庸でいたくない。
だけど凡庸でいたい。
わたしはふつうの人間です、と当時付き合ってた男子に言ったことがある。
ふつうを強調するところがおかしいと言われた。
そりゃそうだろう。
わたしは変わっている。
でも、人間はみんな同じじゃない、みんな多少なりとも変わっているのよ。
変わってる女の子が好きだと言うひとが現れるのを待つべきか。
ああでもわたしは自分に無いものを持つ人が好きなの。
だから、変わってる女の子が好き、なんていう人は好きにならないのね。
変わってる女の子を煙たがるタイプを好きになっちゃうのね。
だから好きな人ができると、また葛藤が始まってしまうのだ。
くっそーなんとかならない?この悪循環。

わたしは凡庸な人間です。
誰が何と言おうとも。




ナナ

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