まめごはんつうしん
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| 2001年07月27日(金) |
おおきくなったら なんになろうか |
朝、まめだぁに起こされました。姪っ子が具合悪いとのことで、なんとこの土壇場で兄嫁が来ないことに! 「で、K子叔母さん(ばあちゃんの末弟のお嫁さん)にピンチヒッターを頼んだから」‥‥はぁ。陰謀? そんなことはないだろうと思うけど(あったらそんなもん、全面対決だよね)、そう思われても仕方ないようなことをこのヒトたち(兄夫妻)は積み重ねてるので。 ま、でも、とりあえず、まめ子を9時半までに保育園においてこないことにはどうしようもないので、9時10分には家を出ました。昨日ちょっと遅くまで起きていることになったけど、昨日のうちにあらかた、今日の支度は済ませておいたので、そんなに大変ではなかったです。 で、まめ子を保育園においてきたあと、病院に着いて、なんとかばあちゃんを車椅子にお乗り換えさせて、駐車場に車を停めて(その間ばあちゃんは‥‥どうしたんだ? ごめんなさい(;_;)。 まだ車椅子、自力では動かせるんですけど)、受付を済ませて、神経内科に‥‥げ。なんでこんなに混んでる? 仕方がないので、(身障者用の)トイレに行って、ATMに行って、入口ロビーのところでK子叔母さんを待つことに。 11時頃、そのK子叔母さんが来ました。まぁ、わたしが戻ってきてもまだ‥‥診察、終わってないよなー、とは思ったものの、診断書を書いてもらわなくてはならなかったりとか、このところの容態(食が細くなったとか‥‥)の話をしておく必要があったりとかで、いろいろ話をしておきました。(結果的にはこれが役に立つことに‥‥(^_^;)。) で、わたしがいったん病院を出たのは11時15分頃、と。 11時半に保育園に到着。車が止まるなり「ままー!」と駆け寄ってくるまめ子。しかし、「お荷物取りに中に入ろうねー」と言ったら「もっとそとであそぶ〜」とぐずられてしまった(笑)。まめ子を連れて帰るのが意外に大変で(^_^;)、途中K子叔母さんのお昼を買っていたりしたもんだから、病院着は12時40分! 流石に診療科の待合室に‥‥と思ったら、なんと外でばあちゃんとK子叔母さん発見(^_^;)。 きけば診察に会計まで済んでしまったとのこと。ひえー‥‥結局めんどくさいところをK子叔母さんに押しつけてしまったのねわたし(ToT)。 とほほ。 それで、やはり薬待ちが200人弱‥‥とのことで、一度帰宅。K子叔母さんは3時半頃、今度は自宅に来てくださいました。で、まめ子をみてもらっている間にわたしひとりで再度医大へ。薬を受け取ってきました。土日は院内の薬局もお休みになるので、金曜日診療では薬は翌日でも、というわけにいかないところがなんともめんどくさいです。 K子叔母さん、急にお願いしたにもかかわらず、とても助かりました。どうもありがとうございます!
それで、まめ子保育園デビューのこと。報告によれば「お友だちとおもちゃを取り合って泣いたのが2度ほどありましたけど、ママを恋しがって泣くことはなかったですよ」と。おもちゃの取り合いは‥‥ねぇ。これこそ、わたしの関与しないところで、どうやったらいいのか学んでいってほしいところなので‥‥がんばれまめ子! でもえらかった。よく頑張りました。よく遊んだのと、慣れない環境でまめ子なりに緊張していた(と思われる)のとで、なんと医大からの帰り、寝てしまいました! 1時!! そんな時間に昼寝をはじめたのは何カ月(!)の時だったっけかまめ子。1年以上前だぞ。(ので、夜も10時近くには眠くてどうしようもない感じだったのに、親がだらだらしていてなかなかお風呂に入れず‥‥ごめんよまめ子(^_^;)。) たしかに、まめ子がまだ2歳前だということを考えると、週1回とはいえ保育園に、というのはかなり思い切った決断だったかなと思います。以前、「親が楽したい、という理由で一時預かりを利用するのもありかも」というようなことを書いてますが、実際(たとえ午前中だけでも)預けて思ったのは、預けることひとつとっても、やはり生やさしいことではない、ということ。親が子どもから離れた時間を持つ、というのは大事なことだけど、子どもの側からしたら、新しい世界にこぎ出していくことになるんだもの。子どもに起こる変化‥‥とか、そういうものも受け止めてあげなくちゃいけないのかな、って。 まめ子は、気がつけば大勢の人と接する生活を余儀なくされたり(笑)、核家族だった時期がせいぜい3カ月程度だったり、親が適当に頭悪かったりして(^_^;)「この子はちゃんとひとをみてるからきっと人見知りも激しい」なーんてことは考えてもらえなかったりしたから、他人となじむことに対してかなり有利だった面もあると思います。そうそう、まめ子ぱぱは転勤族じゃないしな。「○○支所に転勤が決まったから」なーんてまめだぁが言っても「あ、そう。(今までは自転車だったけど)車で通うようになるねー」で終わるし(笑)。 ままもぱぱもおばあちゃんもいない、保母さんとお友だちとの生活は、まめ子にとっては新展開。でも、まめ子ならちゃんと自分のエネルギーに変えていけるなー、と、改めて思いました。「おおきくなったら なんになろうか/おっきく がようしにかいたゆめ」なーんて口ずさみながら。いや、口ずさむのはわたしか(^_^;)。 ただ、やはりそれでも、急激にフルタイムで預けるのではまめ子のリズムが崩れるため、夕方まで預けられるようになるのは、早くても来月の末。うーん‥‥8月の通院2回、どうやって乗り切ったものか。12時半降園では、今日の例から行っても診察と重なりそうだし‥‥ホントなら、まめだぁが病院、わたしが保育園という割り振りにした方が、病院の方で手落ちが出なくて(^_^;)いいような気もするんだけど、お仕事のことなども考えると、通院のある日は、まめだぁが保育園へお迎え担当、ということになりそうです。あのヒトビトをあてにすると、結局すんなりとは行かなくてこっちが大変な思いをする、ということがよーくわかったし。でも遠隔操作はしようとするわけだ。許さん。 <御夕飯>ちょっと、通院疲れで(それくらいで(^_^;)。)ちゃんと家事をする気にならなかったので、メインディッシュ(コープのお総菜の唐揚げと、昨日のプチトマト)は出来合い。で、これはばあちゃんの分、なしです。一品足らなくても、ばあちゃんの適正量はそれでいいのだ、というあたまの切り替えがようやくできるようになったので。 お粥は昨日のがチルドルームにまだあったし、お味噌汁も麩だの乾燥野菜だのわかめだの(具はばあちゃん、基本的に食べないけど)‥‥唯一ちゃんと作ったのはもやしと春菊の胡麻和え。これと、冷や奴をフードプロセッサーにかけただけで終わってしまいました。でも、量的にはこれでちょうどよかったようだ。 余談だけど、昨日の残りのカレーと唐揚げ(まめ子の一口大に切る)、半分に切ったプチトマトでまめ子用ディッシュを作ったら、食が進んだようでした。やっぱり子どもだ‥‥唐揚げとトマトはでも、飲み込みきれなくてずっと口に入れていたけど‥‥「いいかげんペッてしなー」って言って、口から出させたんですが。でも好きみたい、唐揚げ。
☆はじまること、おわること☆ K子叔母さんが「なんか、ここ(病院)に来るときに、テレビカメラがたくさん並んでたんだけど‥‥なんかあるのかしら?」と言っていました。はぁ‥‥なんだろう。っと、あ! 昨日のニュースで、ここの病院で2例目になる脳死からの移植があるって言ってなかったけか? それだ! 「あー、そうかー」とK子叔母さん。 脳死と判定された患者さん、10代の女の子だったそうですね。終わっていくいのち、生かされるいのち。軽はずみなことは言えないけど、ヒトははかないけど、その存在はどんな人でも重い。自ら不必要な人になることを選ばない限り、存在することに意味はちゃんとある。でも、誰かの中で生きることを選んで死んでいく、というのは、せつない‥‥残された家族のみなさんだって。生きているのがまず、大事なんだね! つらつら考えていたのですが、年老いていくことを、子どもにだんだん返っていくようだというのは、当たりかもしれないと、ばあちゃんを見ていて思います。ばあちゃんの場合は純粋な老化じゃなくて、進行性の病気であることがつらいのだけど。 食事の内容だって、極端なことを言えばまめ子が食べていた離乳食を遡るようだし、自分の筋力で自分の身体を支えられなくなることも、まめ子を退行させているような(極端かもしれないけど)‥‥ただ、赤ちゃんがまだ、自分の筋力で自分を支えられないときの重さはせいぜい10Kgにも満たないけど、老いていくヒトは‥‥ばあちゃんでも50Kgとかあるしな。そのへんがつらいか。赤ちゃんなら抱っこできるけど、50Kgを抱っこ、は、わたしには出来ない‥‥ ばあちゃんの病状、今より進行したら、どうなるのかな。昨日、テレビ局勤務の子育て情報誌スタッフさんと話していて、結構何も考えていない自分に気づいちゃったんだけど(^_^;)、当事者になったら何も考えられないのよ。どんなに冷静になろうとしても。その時その時でやっていくしかないのかな、やはり。
☆今日のありがとう!☆ あゆみさん、全然お手紙かけなくてごめんなさい(ToT)。「福島でお茶会」、ぜひしようね! その時にはここぞとばかりに兄嫁をこき使うわん(ヲニ)。なんて、まめだぁ兄に何倍も嫌味言われて返ってくるかもしれないけど。負けるもんか!
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