おもうこと
日常のいろいろなこと

2004年03月26日(金) ■嫉妬の心。

嫉妬心というものについて考えてみた。誰しも、「特別」という言葉の誘惑には、なかなか抗えないものがあると思う。様々なシーンで様々な「特別」と、「特別」の恩恵にあずかる人が存在する。「特別」扱いされている人と、自分を比べることは、ますます気持ちを空虚にする。それに、「特別」な待遇を受ける人は、その人にはほとんど罪がない。(・・・ことが多いと思う。)本人は、そのために何ら努力するわけでもないのに、相手がその人を「特別」扱いする。なので、「特別」扱いされているその人に対して、怒ったりしてもなんの解決にもならない。かといって、「特別」扱いしている人に対して、それを指摘するというのも、かなりリスキーだと思う。多くの人は、こういう状況の時には、友人に愚痴ってなんとか忘れようと心がけるのだろう。私も、たまにそういう気持ちになった時には、ごく親しい友人や夫に愚痴をこぼす。友人や夫から、反論されることもあるが、議論することで消化できている気がする。でも、ある友人は、その愚痴を口にすることができない。彼女いわく、プライドが高いため。そして、それを口にすることを恥じている。彼女は、今、どうしようもなく嫉妬心に苦しんでいる。私ができることといえば、自分がいかに解決するか伝えたり、彼女の気を紛らすことくらい。幸いなことに、私は今とても幸せ。小さな悩みは、人並みにあるけれど、特に不満もなく毎日を過ごしている。夫や娘とも仲良く暮らしている。夫と娘は、みていると思わず笑顔になってしまうほど仲がいいし、私自身、夫や娘から愛されているという実感がある。家族に愛されているという思いが、自分の存在価値を確かなものにするのだと思う。自分が必要とされ、愛され、そして幸せな気持ちでいられる場所があることが支えになっていると思う。彼女にも、そういう場所がある。まず私は、彼女を大切な友達だと思ってる。そして彼女の家族も、彼女を大切に思っている。彼女がそれに気づけば、もっと楽になる。気づくというより感じると言うべきかな。これば自分で考えて見つけなければいけない答えだと思う。他人から言われても、本人が自分で答えを見つけようとしなければ、きっとわからない。現に私が何度そう伝えても、彼女には効果がないようだ。結局、他人と自分とを比較することで、いつまでも幸せになれない。自分自身への自信や、これからの人生の良いビジョンがない場合、人は他人との比較で、自尊心を満足させたり、幸福を感じたりしてしまうのだと思う。私自身、まだまだ嫉妬心を完全にコントロールできているわけではない。でも、自分を幸せにするのは自分だと思っている。他人からの評価や、扱いをいつも気にしていると、ますます幸せから遠ざかってしまうんじゃないんだろうかと思う。私は、そんな風にいつも考えられるように、努力したいと思う。そして彼女が一刻も早く、自分の中に幸せを見つけ、嫉妬心から開放されることを祈る。


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