おもうこと
日常のいろいろなこと

2001年08月01日(水) ■「千と千尋の神隠し」

今日は、「いかすデー」(映画が大人1,000円の日)だから、ものすごく混みますよ〜と、劇場の方に忠告された。
でも、娘と2人で、どうしても行きたいねってことで、英会話が終わってすぐ、6時50分の回に間に合うように、出かけた。
港祭りの花火大会があるから、雨さえ降らなければ、きっとかなりの人たちがそっちへ行くだろう・・・と見込んで映画館に向ったんだけれど、予想通り、6時30分についた私たちは、なんとか座ることができた。1時間前から待つ人がいると聞いていたから、ラッキーだった。前から2列目で、ちょっと画面が近かったけれど、立ち見の方も結構いたので。

映画の内容は、大人でも結構楽しめるなぁという印象かな?もともと、妖怪とかおばけとか(神様なんだけどね)が大好きな娘はもちろん、最初から最後まで一言も声を出さずに見入っていた(笑)。斜め後ろの小さい子は(多分3歳くらいかな?)、最初から最後まで泣いていたからよっぽど怖かったんだろうなぁ。
私が印象的だったのは、”カオナシ”って登場人物(?)。妖怪なんだか、人なんだか、はっきりわからなかったけど、なんとなく不気味で寂しい存在だった。顔がないので、お面みたいなものをつけていて、何か他のものを体内に入れて同化しないと、話すことさえできない。いつも、受身で、自分から何かをすることができなくて。
相手の欲しがるものをだして、操ったり、思い通りにいかないと、怒って廻りに当り散らしたり、なんだか、現代人の典型みたいな存在だったなぁ〜。
没個性の時代を象徴するかのような、”カオナシ”って名前も、ちょっぴり、風刺がきいているようなきもするし。どうして千尋を気に入ったのかはわからないけれど、カオナシはさびしがりやで、誰かに声をかけてもらえるのを待っていたみたいだった。
千尋の両親も、とっても現実的で、特にお母さんは、割と子どもに対して冷たくて、なんとなく恋人気分の抜けきらない、見た目若くて、”お母さん”っていうよりも、”お姉さん”ってタイプの女性だった。
両親が、千尋が静止するのも聞かず、お店で食べ物を食べ始めて、戻ってきたときには、食べることをやめられず、豚になってたところなんて、現代人の飽食に対する風刺なんだろうか???って思わず、自分におきかえてしまった。
宮崎作品は、小さい子から大人まで楽しめる単純明快なストーリーの中に、風刺や、メッセージが上手に組み込まれていて、何度も見れば見るほど、「あ〜、そうか。」って納得することが多いようなきがする。
極端な例だけれど、車の後部座席で、だらりと横になって、けだるそうな千尋と対照的に、恋人同士のように仲がよく、元気のいい両親。また、車を降りても好奇心旺盛なのは、両親で、子どもである千尋が一番、用心深く及び腰風なのも、笑えた。また、私たちがよく口にする、「いやだ。」とか、「帰りたい。」という言葉を発したら、すぐに消えるか食べ物にされてしまうっていうのも、絶対、私はすぐに消えてたなぁ〜って思ったなぁ(笑)。何を言われても、「働きたい。」といい続けて食い下がるように言われる千尋。そうしないと、自分の存在自体が消えてしまうという、究極の状態に追い込まれることで、彼女の生命力、潜在的な力が目を覚ます。普段、なかなか、こんな状況に追い込まれることなんてないからなぁ〜と思いながら、こんな風に無限の可能性をどの子どもだって持っているんだって教えられた気がする。自分が、考えて、自分が行動しないと、他の人にはどうにもできないっていう状況も、子どもの潜在能力をひきだす助けになるんだなぁ〜。甘やかして、なんでもやってあげるっていうんじゃだめなんだよ〜〜って、宮崎監督が言ってるような気がした(笑)。そんな風に、自分自身で何もできない子どもが、”カオナシ”になっちゃうんだよ〜って。
相変わらず、映像美にはうっとりして、油屋の絢爛豪華さや、神々が訪れれる船の美しさなど、素晴らしい世界が広がる映画だったけれど、いろいろ考えさせられる映画でもあった。しかし、あの油屋、すごいなぁ。上手く文章にできないけれど、あの想像力には本当にびっくりする。神様が、疲れや汚れを落としに、お風呂にくるって設定なんて、どうやったら、考えつくんだろう??高名な河の神が、捨てられた自転車やゴミをたくさん体にたくわえて、”おくされさま”になってしまった絵なんて、自然を汚す人間に対する警鐘だと思った。

でも、本日一番印象に残った場面は・・・。映画が終わって、外に出るときに目にした、映画館の中の汚れ方。とにかくすさまじいばかりのゴミだった。港祭りをやっていたせいか、発泡スチロールのトレイなどが、座席下に散乱して、ポップコーンのケースや、ジュースのカップが、無造作につみかさなり、無残な大きなゴミ箱と化していた。映画の中でゴミを飲み込んで悪臭を放ち、どろどろに変化した河の神の姿を見たのに、自分たちの出すゴミは捨てていくんだなぁ〜〜。あれを見て何か感じたなら、ゴミ箱があるのに、座席の下にゴミを捨てていくことはできないと思うんだけど・・・。暗いし、席を立てば誰がどこに座っていたかわからない場所だからこそ、モラルが問われる。
映画は最高だったけれど、見る側のマナーは、最低だったような気がして、残念だった。最終回の観客がすでに私たちと入れ替わりに入場してきていたが、今日の上映が全て終了したあと、きっとあのゴミを片付けるのに、長い時間を要したことだろう・・・。いろんな意味で、考えされられる夜だった。


 < Back  INDEX  Next >




corolle [MAILはこちら♪]

My追加